『神曲』煉獄登山57.第6環道で貪食の罪を浄め終える | この世は舞台、人生は登場

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   巡礼者ダンテが煉獄への入山を許されて煉獄門を通過する時、門衛天使によってラテン語の「罪」を意味する「ペッカートゥム(Peccatum)」の頭文字「P」を七つ額に刻まれました。そして、それぞれの環道でそれぞれの罪が浄化される度に、守衛天使によって「P」文字が額から消されました。第6環道で大食・美食の罪が浄化されて、天使から祝福を受ける模様は、次のように描写されています。

 

   その姿を仰ぎ見るとまぶしさに眼が眩(くら)んだ、私はそれで、声をたよりに進む人のように、先生の後ろの方へ身を振り向けた。すると曙を告げる五月のそよ風が、草花のかおりに満ちあふれて、かんばしくあたり一面にそよぐように、風が私の額の真中に吹きよせて、羽が動くのがはっきりと感じられ、そこからかぐわしい大気がただようのだった。 (『煉獄篇』第24歌 142~150、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   彼の姿は私から視力を奪ってしまっていた。それゆえに、私は、私の師匠たちの背後に回った。それはちょうど、耳を傾ける方に向かって進む人のようであった。

曙の告知者(夜明けを告げる)五月のそよ風は、揺れ動いて良い匂いを出して、牧草と花々にすっかり満たされる。ちょうどそのように、私自身、一陣の風が額の真ん中に当たっているのを感じた。そして、翼が動くのをとてもはっきりと感じた。その翼は神の芳香のそよ風を感じさせた。

 

   その第6関門を守護する天使の翼によって出された「神の芳香を発するそよ風l’orezza d’ambrosia)」によって、第6番目の「P」文字がダンテの額から消えました。残すは、第7環道で消さなければならないただ一つの「P」だけになりました。

 

   そしてまた、恒例のごとく「イエスによる山上の説法(Sermone Domini in monte)」の中で語られた「八つの幸福(Beatitudes)」の一節が歌われます。第1環道では『煉獄篇』第12歌、第2環道では第15歌、第3環道では第17歌、第4環道では第19歌、第5環道では第22歌で、それぞれ「八つの幸福」の中の一節が歌われていました。そして、第6環道で貪食の罪を浄め終えた者たちに贈られた言葉も、「八福」の中の一節から採られた次の表現でした。

 

   そして耳もとで声が聞こえた、「幸(さいはひ)なるかな、神の恵みに照らされし人々、その人々の嗜好(しこう)は、かつて過ぎたる望みの火を胸中に点じたることなく、その人々の飢餓(きが)はかつて度を失したることなし」(『煉獄篇』第24歌151~154、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   そして、私は(次のように)唱えるのを聞いた。「余りにも大量の恩恵が彼らを照らしているので、味覚への執着が彼らの心の中で過度の欲求を燃やさないで、常に正しいところのものを渇望している至福の人々よ。

 

   上の第6環道を出る時の天使による祝福の言葉は、次に上げる第5環道の見送りの言葉と同じイエスによる「八福」の「第4福」から採られています。

 

   その天使は私たちに「幸(さいはひ)なるかな、義を求め義に渇く者は」といったが、その言葉は「義に渇く者は」で止み、そのほかはいわなかった。(『煉獄篇』第22歌4~6、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   そして、正義に対して彼らの欲求を持つ(=正義を求めたいという願望を持つ)者たちは至福である、と彼(天使)は言った。そして彼(=天使)は、「渇いている」と言う以外に他のこと(=言葉)は無くて、そのこと(=言葉)で終わった。

 

   第5環道を出る時は「正義を・・・渇望する(giustizia・・・sitiunt)」ものは「幸である」という「イエスによる八福」の中の「第4福」で送られ、第6環道では「常に正しいところのものを渇望して(esuriendo sempre quanto è giusto)」という同じ「第4福」の言葉で送られています。すなわち、ダンテは、第5環道の「貪欲の罪」と第6環道の「貪食の罪」は一続きだと考えたのでしょう。ただし、第5環道の天使は“sitiunt(乾いている)”とラテン語で祝福しているのですが、第6環道では全文がイタリア語で祝福しています。確かに、第6環道のイタリア語「Beati cuiベアーティ・クーイ)」と、イエスによる「八福」の中の「第4福」のラテン語「beati quiベアーティ・クイー)は音韻的には似ています。それは、貪欲の罪と貪食の罪の同一性を強調したダンテの意識的な技法によるものでしょう。

 

〔参考〕

 

 

 

  いよいよ、煉獄山の最後の苦行場第7環道へ向かいます。