本年最終日、何とか仕事を終えました!
 
今日が仕事納め、明日が仕事始めとなると、いったいこの仕事の納め始めにどれほどの意味があるのやら、そもそも年末年始のおやすみなど、当工房とは無縁なわけですが・・・(笑)。
 
さてさて、今年最後の作品は、武道に多用される御刀の外装です。
 
鞘の特殊加工(煤竹による刃方の補強)
 
*:現代拵えの補強では、水牛の角を用いた加工が多い
 
ご要望通りの作品を作るために長い時間を費やしてきましたが、予期せず完成を急がなければならなくなり、不眠不休の末何とか今年中に出荷することができました。
 
 
ここで、ご依頼に際してのお願いがございます。
刀剣の拵工作は、はじめに設計を施して綿密に計画を練りながら作り上げていく大変繊細な作業です。
工作の途中で追加のご要望や作り直しの指示があれば、当然はじめの設計からやり直さなければなりません。
そうなると材料費も工賃も余計に発生してしまいますし、完成はドンドン遅れます。
 
ご依頼当初のタイムスケジュールは、当方の作業時間を考えてのことですので、当然ながら指示の修正や訂正は視野に入っていません。
急ぎの仕事や急な出張など優先しなければならない仕事が発生すれば、予定はドンドン遅れてしまいます。
 
そして、この仕事を生業にしていて感じることは、現実的ではない工作を希望される方が圧倒的に多いということです。
もちろん、湯水のようにご予算を頂いていれば話は別ですが、やり繰りする中で何とかご要望をカタチにして差し上げたいと考えて納期がずれ込んでいる場合がほとんどなので、そのタイミングでの催促は若干の反則感を感じます。
 
とはいえ、今年の仕事を終えることが出来ましたので、残りの時間でブログ更新に励みます(笑)。
 
常連の皆様、今年新たにご縁を頂いた皆様、今だご縁がないもののいつの日か相見舞えるであろう皆様、本年はブログへ遊びに来てくださってありがとうございました。
来年もよろしくお願い致します。

イベントのご案内です。

 

本日、年に一度のものつくりのイベントが開催されます。

その名もズバリ「よこはま技能まつり」!

 

今年で第40回を迎え、横浜の職人が一堂に会するビッグイベントなのです。

主催は、横浜市技能職団体連絡協議会で、昭和43年に発足した歴史ある団体です。

 

今年は、団体と言える規模ではないものの当工房も参加の打診を頂戴し、ブースをご提供頂きましたので、参加いたします。

 

日本大通りの一番海よりのブースNo.27におりますので、お時間がございましたらご来訪ください!

飲食店やステージパフォーマンスなども目白押しですので、一日楽しめると思います。

というわけで、今日は早いのでもう寝ます。

ではでは、ご来訪の暁にはひと声お掛けください!

刀剣修復を生業にしていると、思わぬ御刀に巡り合うことがあります。

 

日本刀の種類は、その形状から太刀・刀・脇差・短刀といった大分類がありますが、厳密にはその明確な線引きは難しく、判然としない作品は無数に存在します。

例えば、生れは太刀でも後世に打刀に加工された刀身というものが圧倒的大多数で、多くは茎反りを伏せたり、茎を磨り上げたりしてあります。

刀剣鑑賞の基礎になりますが、刀剣は作刀された時代によって刀身の形状に違いが現れます。ところが、上記の如く体配に修正が加えられてしまうと、時代判定が難しくなるのです。

 

研磨のご依頼にてお預かりしているこの御刀は、鞘を掃うと反りは浅く、典型的な寛文期の刀姿を示しています。焼き刃は、匂い縁のない細直刃。鉄味は黒く、地肌は精緻な中にも古色を帯びた鍛え肌で、古刀期の鉄で鍛えられていることから実に違和感を覚えます。

とはいえ、新古境の時期には前時代の鉄を用いて時代の流行の形状で作刀されたものがあり、例えば国広一門などにも古刀地金を用いて慶長新刀を作り上げた作品が残されています。

今回は、切っ先から物打ち一帯にササラの如しと表現するに相応しい刃毀れが無数にあり、この部分を修復してほしいというご依頼です。

 

補修前の状態

 

早速茎を拝見すると、大変状態の良い生茎に末備前の名工の銘が刻まれています。偽名臭も一切なく、下の出来だけで典型的な作域を示すほどです。

問題は、上にあります。前出の通り、体配は寛文。地金は古刀、刃紋は同工にしては異色な出来です。よくよく見ていると匂い縁が不明瞭なのではなく、刃紋そのものが見えません。

つまり、細直刃調の化粧が一応に刃先をごまかしているだけで、実際には焼き刃がないのです。

 

これで納得しました!つまり、こういうことです。

この刀身は末備前の名工の手によるものですが、何らかの災難に見舞われて焼け身となり、外部からの高温にさらされたことで刃紋が消え、焼き刃が緩解したことで膨張していた刃先が縮み反りが戻って突っ立った体配になっていたのです。

そこに、研師が研磨を施し、カタチだけ化粧を施したのでしょう。

本来であれば、先反りのある時代の体配を示し、焼き刃は足の入った中直刃調の刃紋に典型的な映りが全面に現れていたはずです。

 

この当方の見解は、ご依頼時に依頼者様にお伝えしましたが、鞘への抜き差しを多用する居合などに使うわけでもないので何とかしてほしいということで、お引き受けしました。

 

ご依頼をお受けしたとはいえ、これは困りました。

出来ることなら、本来の作域を再現して差し上げたいと思いますが、刀身にダメージが残るような加工は望まないということですので、化粧でごまかす他ありません。

時々、焼け身や再刃の刀身に入念に内曇りをかけていくと、以前の刃紋跡が写り気のようにジワッと現れることがあるのですが、今回はどうも難しそうです。

 

工作中の状態(特に損傷の酷い部分は荒砥から整形していきます)

 

というわけで、刃紋があったであろう位置?に化粧を施しました。

 

修復後の状態

 

本当は、刃中(化粧部分)に足を再現して、あたかも刃紋であるかの様な表情を加味したかったのですが、ここまでとします。

あとは納品を待つのみです。

 
イベントの告知です!
 
 
次世代を担う子どもたちのためのイベント、「かながわ しごと・技能体験フェスタ2019」が開催されます。写真は、昨年の会場の様子。
 
 
このイベントは、子どもたちに楽しみながら技能や職業への関心と理解を深めてもらうために、厚生労働省委託事業としてかながわ技能振興コーナー(神奈川県職業能力開発協会)が主催する参加・体験型のイベントなのです。
 
 
 
開催日時は、7月20日土曜日・21日日曜日 10:00~16:00(体験受付は15:00まで)。
 
毎年、開始時間前に入場待ちの列ができるほど、子どもたちが楽しみにしているイベントでもあり、開始と同時に目指すブースへと我先に走って向かうことから、転倒して怪我をされる方もいらっしゃるとか。
 
今年は横浜市からの要請を頂き、当工房も参画させて頂くこととなりました!何を体験してもらうのか?といいますと、柄巻(つかまき)に挑戦して頂こうと思います。
この日のために一か月間来る日も来る日も短刀拵型の靴ベラをお作りしました。21日に5回(所要時間1時間)の開催で各10名のご参加を考えて、50人分の材料をご用意しました。
50人分の材料を机の上に並べてみると、実に圧巻です(笑)ページトップの写真参照。
 
 
ご担当者様からの温かいお言葉として、「今年のイベントの目玉体験になります!」とのことで混乱が予想されることから整理券をお配りすることになりますが、開始早々に整理券が無くなってしまう可能性が高いので、ご興味がございましたら早めにご来場頂ければ幸いです。
体験会場は、横浜市のブースになります。
 
 
皆様にお会いできますことを楽しみにしています!

暑くなったり涼しくなったり、カラッと晴れたと思えばジメッと湿度が上がったりと、目まぐるしく天候が変わる季節、体調管理にも自信が持てません。

とはいえ、夏の訪れは一歩一歩着実に近づいてきています。

 

今年も彼らが顔を見せてくれました!

冬の間は、どこかで冬眠しているのでしょうか?個体の特徴があり、毎年同じ場所に現れている様です。

 

暖かくなると身体を動かしたくなるのは生き物のさが・・・かどうか知りませんが、近所の公共施設をお借りして鈍った身体を動かしたくなりました。

週一回程度、刀剣を用いた武道を稽古しようと思います。参加費無料、経験の長短、流派、所属団体一切不問、もちろん未経験者歓迎です。お近くの方でご興味ございましたらご一報ください。自流上位主義、段位自慢、他流批判者以外でしたら大歓迎です。たまには、刀剣鑑定・歴史研究以外で共に楽しみませんか?

江戸時代の式正に従った外装用に、柄頭が完成しました。

この柄頭は、角を黒塗りにして研ぎ上げたもので、武家が正式の会合や登城の際に用いた裃指しに用います。

 

既製品の角頭が職方向けに販売されているものの、拵え全体のバランスを考えるとどうしても一から作らざるを得ません。特に、反りが深い・浅い刀身や極端に長い・短い場合など、近現代の作品の中に不格好な角頭を見かけますが、武士が一世一代の晴れの場に携える外装なだけに、拘りと入念な調整が求められたと考えられます。

 

 

どの形状が良い悪いとは一概に言えず、拵の様式によっても意見が分かれるところですが、最も座りの良いカタチに拵えを仕上げるために、一つ一つ刀身や外装のバランス・所有者の体格や嗜好に合わせてお作りしなければなりません。

あとは、刀装職人のセンスに大きく左右されることも事実です。

人工の砥石が届きました!

 

この砥石は、刀剣職人が日頃使っている天然砥石とは違って、人工的に作られた砥石なのです。何でも製造元は、昔は陶器を作る窯元であったとか。

天然の砥石があるのになぜ人造のものを使うの?という疑問がありますが、人が作った砥石は品質が均一です。天然砥は、石の中に固いところや柔らかいところがあるため、刀身に引掻き傷をつけてしまうことがあり、イシケが多いと前の砥石まで戻らなければなりません。人造砥は、時には粗い砥石目を消すために部分的に用いたり、砥石の面摺りに使ったりといろいろと用途があります。

 

今回入手した砥石は、天然砥石でいうところの備水と改正のちょうど中間あたりの番手で、1000番あたりの粗さです。あたり・・・というのは、製造元によって番手が同じでも研ぎ味が違うことがあるため、大体1000~2000番周辺の砥石は使ってみないとオリの感触がわかりません。

 

この砥石はとても素直で、力加減でサクサクと研ぐことが出来ます。現代刀などの硬い刀身と相性が良さそうです。金剛砥を使うまでもないが若干整形を施したい時などに使ってみようと思います。

 

さてさて、以前包丁研磨のプロと称する方から、砥石の使い方に関する質問を頂いたことがありますが、おそらく人工砥石と天然砥石を混同されているご様子でした。本来、プロと称する以上、そんなことも知らないのでは失格と思います。人造と天然とでは、刃物が研げる道理が違うのです。そのため、使用法にも若干の違いが生じます。人造砥は、上記の砥石の様に窯で焼いて作られます。当然、内部の研磨粒子は陶器の様にトゲトゲしています。そのため、水をかけ流しで刃物を研ぐこともできます。

ところが天然砥石は地球の大気が作り出した芸術品です。内部の研磨粒子は、長い時間を掛けて水の流れに乗ってコロコロと転がって堆積したものです。つまり、粒子の角が取れて丸くコロコロしています。このコロコロした粒子を刃物に作用?させるには砥汁といって、研磨時に発生する泥をうまく活用しなければなりません。

 

最近では、刀剣研磨用に天然粒子を焼き固めた人造砥石も発売されているそうですが、貧乏三流職人には手が出ません(笑)。

短刀の鞘の修復です。

 

蝋色塗りの鞘が完成しました!鯉口は金泥漆で仕上げています。

 

当初、素人工作による雑な塗りが施されていた鞘で、ご依頼者様が気に入らないので塗り直してほしいというご要望でした。一度塗装を剥がし、下地の状態から漆を塗り重ねていきます。

最後の仕上げで、素手に研磨剤をつけて表面をやさしく時間をかけて撫でていきます。

 

ちょうど素手磨きが終わったところです。小柄櫃には、石目を撒きました。

 

漆塗りは20年以上やっていますが、いまだに身体がかぶれます(笑)。若い頃のような火傷のごとき腫れ方はしないものの、最後の工程では指先が段々と熱を帯びてくるのがわかります。

 

この工程で鞘塗りの作業は完了です!とはいうものの、このまま納品すると、敏感なお客さんによっては漆かぶれに悩まされることがあります。

以前、お急ぎのご依頼ということで即納品したところ、治療費を請求されるという悲劇に見舞われたことがあるので、当工房では再度ムロに入れて表面の硬化を図ります。

ちなみに、ここまで完成していれば、最後の工程で表面に歪みなどが発生することはありません。

刀剣外装(刀装)の形状は、使用される刀装具に大きく依存します。

特に刀装の顔ともいえる柄前の形状(柄成)に至っては、ほぼ縁金具に左右されるといっても過言ではありません。

 

そのため外装制作のご依頼時に刀装具を持ち込まれる方には、大きすぎたり小さすぎるといった刀身と不釣り合いな刀装具には、はっきりとその旨をご案内しています。

一般的な工房ではどうかというと、ご依頼者の要望を最大限に酌んで黙ってお請けするケースが多いようです。私は、不格好な刀装をお作りすることは、刀身の性能を最大限に活かすこともできず、将来的にご依頼者様に恥をかかせることも考えられるので、極力避けています。

それでも、中にはご自身が一番正しいとか、黙って言われた通り作れ!といった態度で迫ってくる方も少なからずいますので、そうした場合には事情を勘案してご依頼をお断りするかそれでも工作を行うか判断することにしています。

 

ところで刀剣を用いる武道家にとって、ご自身の愛刀をより使いこなせる状態に仕立てることは、大げさに言うと死活問題でもあります。

そこで今回は、柄成を使用者と刀身に合わせて調整してから、柄下地に合わせて刀装具をお作りするという真逆な工作を行います。

 

柄下地に合わせて、柄縁を制作します。

 

まだ、櫃孔が空いていませんが、形状が完全な楕円形ではなく卵型になっていることからも汎用を目的にしていないことがお分かり頂けると思います。

 

作りかけの切羽(黄銅)。

 

柄縁が特殊な形状である以上、切羽も柄縁に合わせてお作りしなければなりません。

当然、鯉口の形状も合わせて調整しますので、鞘の形状も一般的なものとは変わってきます。

そして、完全なオーダーメイドの外装に仕上がるのです。
 

今回は、既存の刀装具は鍔のみということになりますが、結果的にご依頼者様がご満足頂ける使用感と安全性、強度を共存させるには、刀装具に至るまで新規にお作りすることも一つの解決方法なのです。

ついに新元号「令和」が決まりました!

ニュースにて、万葉集からの出典であることを知りました。

 

きました!初の本邦古典からの出典です。しかも、万葉集。

私が愛してやまない万葉集からの出典なのです!どれぐらい万葉集が好きかというと、知人との待ち合わせ時間まで常に万葉集を持参して愛読しているため、「また万葉集ですか?」と半ば呆れられるほどなのです(笑)。

 

ニュースでは、序文からの出典である旨のみが紹介がされていましたが、梅を詠んでいることから万葉集の中でも古い時代の歌が集まる巻、梅花の歌序となれば巻第五の梅の花の歌の序文ということでしょうか?

 

ビンゴ!

 

今年の我が家の梅の花。

 

私はこの巻第五に接し、現在の工房への移転を決意したほどなので、家の真ん中に梅の木があるこの終の棲家には並々ならぬ思いが込められています。ちなみに、この巻第五は万葉集全体を通して読んでいても特に異色な感覚に囚われます。完成度の高さというか、改定を許さない姿勢を感じさせるというか、何か暗号?の様な秘密が隠されているのではないかとすら感じるほどです。謎解きには私の脳みそでは足りませんが(笑)。

 

さてさて、この序文は天平2年(730年)正月13日の太宰府での出来事を綴っています。

実に、1300年近く前の古典から掘り起こしたことになります。

 

筆者は大友旅人、太宰府の自宅で開いた雅宴の様子を詠んでいます。

何のための雅宴か?というと、見事に咲いた梅の花をめでることが目的なのです。

当時は、梅はまだ日本に持ち込まれて日が浅く、貴族など資産家しか手に入れることができなかった大変珍重な植物でした。

 

旅人の代表的な和歌といえば、

 

 世の中は 空しきものと 知る時し いよよますます かなしかりけり

 

世の無常を嘆く悲しみに満ちた歌ですが、旅人の歌に共通する物悲しさがこの歌からも滲み出ています。旅人の歌は、現代日本に通じるものがあり、上記の歌からは最愛の妻を失った旅人の悲しみが胸に迫ります。

 

旅人の親友山上憶良は、百済からの帰化人であることなどを鑑みても、高い教養や語学力など大変な有識者であることがわかります。

 

ちなみに、天平二年正月十三日の何時ごろのことかというと、だいぶ朝方から集合した様です。

 

以下、ご参考までに原文抜粋(訓読み)。

 

時、初春の令月(れいげつ)にして、氣淑(よ)く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かをら)す。加以(しかのみにあらず)、曙の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて盖(きぬがさ)を傾け、夕の岫(くき)に霧結び、鳥は穀(うすもの)に封(こ)められて林に迷ふ。庭には新蝶(しんてふ)舞ひ、空には故鴈歸る。於是、天を盖(きにがさ)とし地を坐とし、膝を促け觴(さかずき)を飛ばす。言を一室の裏(うち)に忘れ、衿を煙霞の外に開く。淡然と自ら放(ほしきさま)にし、快然と自ら足る。若し翰苑(かんゑん)に非ずは、何を以ちて情を壚(の)べむ。詩に落梅の篇を紀(しる)す。古(いにしへ)と今とそれ何そ異ならむ。宜しく園の梅を賦(ふ)して聊(いささ)かに短詠を成すべし。

 

次に、私のデタラメな意訳です(笑)。

 

時まさに初春の名月、空気は澄み風は心地よく、梅は乙女がおしろいで装うがごとく咲き乱れ、美しい香りが漂う。のみならず、明け方の山には雲が流れ、松の枝は霞掛かり枝葉を傾ける。谷戸には霧が立ち込めて、鳥は薄霧に迷い鳴く。庭には蝶が舞い、空には北に帰る雁が飛ぶ。

今我ら晴れ渡る空の下、地に腰を下ろし酒を酌み交わす。心通わせ、心の趣くままに振る舞い、満ち足りた時間を楽しむ。この気持ちを書き表すことが出来ないとしたら、他にどんな手段が残されているだろうか。

中国の詩に落梅の詩篇がある。感情を表現するのに漢詩の昔と和歌の今とで何か違いがあるだろうか?今こそ庭の梅を詠んで、歌を味わおうぞ。

 

と、思わずテンションが揚がってお見苦しい持論を展開してしまいましたが、筑紫での度重なる不幸に見舞われた旅人の一連の物悲し気な歌の中で、一時の喜びに満ち満ちた序文です。

 

ついでながら、この年(天平2年)9月、国民の大きな負担になっていた苦役の防人が廃止され、翌年には広く有能な人材の募集が始まります。令和年間は、外国からも有能な人材が集まる国際都市に変貌を遂げる変革の年になることを願ってやみません。

 

以上、万葉集オタクの戯言にて、ご了承くださいませ。