不謹慎とデリカシーとシンパシー | 小坂井彩の日記帳

小坂井彩の日記帳

今日も平和です

この前、不謹慎について書いたんですが、

上手く言えないなあと思っていたら、

前から拝見してるおちまさとさんのブログを読み、そうそう!って感じたのでご紹介します。

http://m.ameba.jp/m/blogArticle.do?unm=ochimasato&articleId=10830934123


仕事や勉学など、現状で自分の本分に努められる人は努めることがまず大切だけど、

余力の中で、

娯楽は100%NGにしないで、
クローバー励まし合いながら
クローバー慎みを持って感謝し
クローバー過度のエゴを出さず人の邪魔をしない範囲で
クローバー危機を乗り越える力になるものを

行うことは、私もむしろ必要だと感じてますあせる


確かに自粛が続けば、娯楽の向こう側で働く多くの人達が、

食べていけない・お家賃払えない人が出てしまうあせる

復興という名のイベントをチャリティーでやるってったって、スタッフはおにぎり1コぐらい食べないと死んじゃう。

その経費ぐらいチャリティー募金から出したって、罪悪じゃないでしょう。

そこの線引きが難し過ぎる。


私の友人はイベント業の人が多いから、来月のお家賃とか大丈夫?あせると心配してしまいます。

小さな頃から、『食べれない人もいるんだから、食べれる事に感謝して、だからこそお腹いっぱいでも残さず全部食べましょう』って言われた、その思想を、

(今でも残すと主人に怒られます)


よく行動の前に考えながら、日常生活全般にも取り入れれば、ヒステリックな自粛は起きないかと。


安否情報を端的に発信する以外、わざわざ自分一人の楽しかった日常(励まし・協力の生産性・感謝・哀悼の意がない話)をブログなどにあげることは、

私の中では、不謹慎というよりは、デリカシーに欠ける(うまくニュアンスを変えて伝えられないあせる)気がしますが、

リアル生活では淡々と経済を回さなくては、募金もできない汗

日本人は、忍耐強いから、『今はジュースなんか飲まず、家でお茶入れて飲んで我慢する』という思想になりがちあせる


かく言う私も、まるで非国民みたいな気分になるから、お酒を飲む気になりません。
その反対で、家にある飲む気にないコーラは、自宅待避命令が万が一時の食いつなぎにしようとエゴ寄りの考えになってしまいます。

どこまでが思いやりで、どこからが過度な自粛なのか、さらに善意や自分を護ることが、全て違うアスペクトから見れば悪行に取れないこともないから、

世の多くの仕事に影響が出てるダウン

思いやりが一方では苦しめてしまう。

昨日、主人とビクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』のジャンバルジャンについて話してました。

善行とは何か。悪行とは何か。

結局、シンパシーを感じたこと起点に、今は行動すれば、その人のできる範囲の善行ができるのかな、と今日現在考えてます。

もしかしたら10億募金したユニクロ社長だって、足りないってジレンマ感じてるかもしれないし、

できる範囲の優しさを持ち、我慢し過ぎず、自分のできることをステレオタイプな考えになりすぎず、それぞれに実行しないとね。



そして、たくさん募金できるように、お金稼がないとね。



なんかまた自分一人で思ってたらいいやんて話かもしれないけど、

これ読んで、いつもの日常生活に過度な罪悪感を抱いてる人が、少し気楽になってくれたらなと思いまして。