感謝 | 小坂井彩の日記帳

小坂井彩の日記帳

今日も平和です

これは、将来の自分向けの日記です。
驕りが出た時に、読み直して、シュンとする用の。


なんの力もない私には、今は募金か、被災地に向けて少しでも多くの方の無事を祈ることしかできず、それ以外は敢えて、できるだけ普通の消費者としての生活をしようとしてます。


マイミクの方が言ってらした、

『明るい話と浮かれた話は違う』

を肝に銘じ、粛々と淡々と日々の生活を送る努力をしています。


私は弱いので、こんなことが起きたら、正直胃薬飲んじゃってるようなていたらくです。


これが一番良くないって分かってます。


お風呂の中で、私の両親が幼い頃から言っていた事を思い出しました。


『今、先進国である日本の都会に、人間としての理性を持って生まれたこと、そして五体満足に生活できていることのほうが、奇跡。そのことに感謝しなあかんで』


『人間、もっともっとって、欲出して手を合わせるけど、まずは平和に暮らせていることに、心から感謝しな。それがどんなにありがたいことか』

震災前でも、しょっちゅうしょっちゅう言ってました。


嫁行く前とかの忙しい時期や、仕事が取り分け上手く行ってる時とか、マジでわかってるわー。うるさいなーって思ってましたが、今、心から思います。


確かに歴史・世界情勢を少し考えれば、いかに自分が奇跡的に恵まれているか、認識できます。


これは自分は恵まれているっていう選民思想では、決してあるません。


感謝の念です。


感謝があれば、痛みを分かち合おうとできるし、人を尊敬することもできる。


3日ぐらい前に、母が

「枝野さん、ほっぺた、みるみる風船みたいに萎んでってるやろー。心配やわあ。」

と、関西人らしい事を言ってましたが、


そんな母にはやっぱり叶わないと思いました。
そういうことを意識せず、TVで最新情報だけを見ていた自分が恥ずかしくなりました。


節電や募金先などは、私よりもっとお詳しい方、影響力のある方がいらっしゃるから、敢えて書きません。


私がこういう何様発言なん?を書いて、嫌な気になる方もいらっしゃるかもしれないけど、


(私、洗礼受けてませんので、あくまで読み物としての知識と捉えて下さい)

聖書にあった、

売春婦のマグダラのマリアに、もし自分は罪を犯したことがないと言い切れる者は、彼女に石を投げろ


とある、そんな気持ちで、大目に見ながら私の日記をお目汚し下されば幸いです。


私も上の意識を持ち切れてなんかいません。


だからこそ、感謝の大切さを、文章っていう形に残させていただきます。

そんで、働ける喜びを持って


(もうたいがい疲れたて言い続けてる)原稿暗記します。