自伝小説【不良少年の唄】の、第一章と二章を、おかげ様で書き終えることができました。

読者となっていただいた皆さんには、心より感謝しております。

ということで、次回から【第三章】に入ることになる。

第一章では、幼少期の自己をなるべく【客観的】に、自分の【映画】でも観ているつもりで、綴っていった。
今、こうして思い返せば、昨今、問題になっている【幼児虐待】を、昭和40年代に、俺が受けていたことに、我ながら、改めて驚いた。

また、第二章では、【荒れた中学時代】から【少年期】を、多少、過激な描写もあったが、なるべく、包み隠さずに書いていった。

俺が中学の頃、ちょうど【三年B組 金八先生】が放送されていた頃だったし、【ズームイン❗朝❗】 と言う、朝の情報番組で、【校内暴力 なぜ?】と言うタイトルの、全国各地の中学校を取材したドキュメントが放送されていたし、【茜さんのお弁当】と言う、不良少年達を題材にしたドラマが放送される等、【不良少年】が、社会問題になっていた時代だった。

では、現代はどうか………?
【幼児虐待】は悪質化し、【不良】と言うよりも【非行少年】が増え、表面的には見えにくくなり、【いじめ問題】も、まったく解決の糸口すら見えない。

【昭和】から【平成】になり、その【平成】が終わり【令和】という時代になった今、どんどんと文明は発展し、人々の暮らしは、【便利さと豊かさ】を手に入れたにもかかわらず、【人間の精神性】だけが、まるで【上れない螺旋階段】のように、同じことを繰り返しているように感じるのは、俺だけではないだろう。

我が師匠は仰った。
【人間は、境涯だけを置き去りにした】
と。
まったく、その通りだ。

次回から第三章に入るが、これからも俺は、【どうすれば、人間は立ち直っていけるのか?】
をテーマに、自分の半世紀を、赤裸々に、記していこうと思う。

そして、この俺の【ろくでなし半世紀】を読んだ方々が、希望を持ち【まだまだ俺は、やれる❗】と、勇気を出して、楽しく生きていってもらえるのなら、作者としてこれほどの【喜び】はない………。





今後もどうぞ、宜しく御願い致します。

                                                        by. 法太
【反社会勢力組織】に所属して、1年が過ぎた頃だった。
外車を乗り回し、街を、肩で風を切って歩く。
みんな、俺を避けて行く。
財布には常に、20~30万円ぐらいは持っていた。それが、箔をつける為の条件みたいなものだったし、警察にビビるようじゃ、一人前のヤクザじゃないと、信じきってた。

ある日、検問中の警察に、車を止められた。相手が、俺だと気付いた警察官は、やれ車から下りろだの、トランクを開けろだのと、注文をつけてきた。カッとなった俺は、警官に殴りかかった。周囲の警官達、一緒に車に乗ってた仲間達に止められ、なんとかその場はおさまった。

しかし、イライラしてた俺は、その警官に
『お前、当直はいつや?』
と聞いた。
『●日や❗それがどうしたんや❗』
と、その警官。また、カッとなった俺は、
『お前、絶対にやったるからな❗』
と、吐き捨てた。
『お前、バカか?やれるもんなら、やってみろ❗』
と、その警官。
『忘れんなよ❗』
と、俺が言い残して、その場は終わった。

●月●日、深夜……。
あの日の警官が、当直中であることを確認した俺は、仕返しを決行した。
警察署に、火炎瓶を2本投げ、燃やした。

短気な性格が、災いしたのか…。
投げやりな生き方が、災いしたのか…。
暴力的なやり方が、災いしたのか…。
とにかく、やってしまった。

『お前は、絶対にやったるからな❗』
と、俺は言ってしまってるから、俺の犯行だということは、すぐに発覚し、ほどなく俺は逮捕された。

もう、何度目だろう?
何度、鑑別所や少年院に入ったろう……?

4週間後、鑑別所から裁判所へ。
裁判所で、トイレに行きたくなり、手錠をかけられたまま、トイレへ。
途中、両親の姿を見た。何故か、慌てて隠れようとした。でも、手錠がかけてあるから、母親と目が合ってしまった。

やがて、審判。
親父は、
『今度こそ、更正させる。真面目にさせる。』
と、珍しく裁判長に訴えていた。
こんなことは、初めてだ。あの、親父が……。
今まで俺の、裁判にすら、来たことないのに……。

俺は、今回の俺が起こした事件が、いかに重大な事件だったか、初めて気付いた。そう、俺はもう、何十年も帰れないかもしれないほどの、大きな事件を起こしてた。
TVのワイドショーでは、数日間、この事件を取り上げたらしい。それほど【反社会的】で【凶悪な事件】だった。

判決は………。【特別少年院送致】……。
理由は、【本人には、まだまだ更正の意欲は見られないが、まだ若く、更正の機会はある。殺人罪にもとれる犯行ではあるが、被害は建物だけである。】と言うことだった。

再び俺は、少年院に送致されたが、どうでもよかった。
何故なら所詮、俺の人生には【夢や希望】なんてものはないと思っていたし、今後の俺も、同じような生き方しかできないと、思っていたからだ。

ただ、判決の後に涙を流していた、両親の顔だけが、胸に焼き付いていた。

本当に、本当に【親不孝】な人間だった。

第二章、完。
俺の部屋には、色んな連中がやって来た。
ときには【コイツは誰だ?】みたいな連中も(笑)
まぁ【友達の友達】っていうヤツだな。
で、結局そんな連中と一緒に、酒や薬、バイクや喧嘩、と言う、毎度毎度な感じで。

最初は【刺激的】な日常も、だらしなく過ぎていく【時間】に嫌気がさしてくる。
【こんなことしてたらダメになる】と言う気持ちが、日に日に強くなっていった。
そんな思いは、周囲りの誰もが感じていたが、誰もがなかなか、言い出せなかった。

ある日、よく遊びに来てた先輩が、ギターを持ってやって来た。そして、何気なく弾いてくれた。
その先輩が突然、俺に
『なぁ、俺達でバンドやらん?』
と言ってくれた。
俺は、中学の時に少しだけ、ドラムを叩いたことがあった。でも、ドラムじゃなくて、ベースをやってみた。
他のメンバーも集まり、みんな一生懸命に練習して、【LIVE】と言うものを経験した。御世辞にも【上手い】なんて程遠いレベルだが、何とも言えない【気持ち良さ】を感じた。
その頃から俺は【作詞】を始めた。楽器は、どうも上手くないので、ヴォーカル担当になった俺は、詞を書き、鼻唄で唄って、先輩に曲を【形】にしてもらった。

そんな感じで、何度かLIVEをやったものの、みんな薬や喧嘩がやめられず、あえなく空中分解……。
また、フラフラと暮らしてたところを、先輩に誘われ、再びヴォーカルで参加。
そのバンドでも何度かLIVEをやるが、メンバーがパクられて、またバラバラに。

また、だらしない暮らしに逆戻り。
俺に残された道は【反社会勢力】と言う就職先しかなかった。
仲間に誘われ、俺は組の構成員として、好き放題に暴れまわった。

もう、人生なんてどうでもよかったんだな、その頃は。


この頃のSTONESのメンバーも、全員が【薬漬け】だったよな。
この曲なんて、その代表みたいなもんだしな。