美雪と中也の物が、何一つ無くなった部屋。
中也が好きだった、ミニカー1つさえ無くなった部屋……。
その部屋で《悲しみ》と一緒に、眠った。

翌朝、CDの並ぶ棚を見て、いくつかのCDと、CDデッキを、病院へ持って帰った。
看護師に、戻ったことを伝えた。

『おかえりなさい。何か、変わったことはありませんでしたか?』

『変わったことか……。部屋の中が、ずいぶんと変わってた。』

そう言って、病室に戻った。

ベッドの横の棚に、CDを並べ、その横にCDデッキを置いた。
並べたCDを見ながら、ふと、目が止まった。
《BORO》のCD……。《大阪で生まれた女》が、大ヒットしたシンガーだ。
このCD、見るのも聴くのも、本当に久しぶりだ。俺は、この人を尊敬していたが、いつの日からか、聴かなくなっていた。

【やさしく愛して】
会いに行きたいけど  君はもう遠い人
最後の電話の  受話器の向こうで
コインの落ちる音と  発車を告げるベルの音
追いかければもっと悲しくなる
そんな気がしたんだ

コインの落ちる音は  涙の落ちる悲しい音
あの頃そんな優しい心に
どうしてなれなかったのだろう


俺の心境そのものだった。
どこで、切り替えればよかったのか?
美雪は、どんな思いで俺を見てたのか?
今なら、その答えのすべてが判るのに……。
また、涙が止まらなくなった。

しかし、次の曲をかけた時、不思議な感覚に包まれた。

【季節のない季節】

大人に変わる季節がある
たとえようもなく  怯える季節
世界の中で一人きりの
国にいるような  孤独な季節

めぐり来る夜ごとの夢  綺麗すぎた物語
言葉もなく風も吹かない  季節のない季節がある

諦めるのか  またやりだすのか
どちらでもいいと  ゆだねられる
地の果てでさえ  行けるはずと
疑うこともなく  信じていたのに

このハイウェイは  どこまで続く道
地図にのらない  道がある
僕たちの人生にも
道の途切れた季節がある


今、俺が味わっている《悲しみ》は、俺だけのもの。でも、俺よりも悲しい人達は、この世にたくさんいるはず……。
長い目で見れば、今のこの《悲しみ》にも、きっと深い意味があるんだろう。それに気付くことができるまで、生き続けてみよう……。
今は《季節のない季節》なんだろう。
《大人になること》と、年齢が比例しているとは思わない。いくつもの《壁》を乗り越える度に、人は1歩ずつ《大人に変わる》のかもしれない。
これからは、100mを全速力で走り抜けるよりも、1歩1歩、歩いてみよう……。

《悲しみ》とは違う《感謝》に似た涙が溢れた。

今聴いても、胸が熱くなる……。
あの《季節のない季節》を過ごした日々が、胸に甦る……。
不思議なものだ。
あれだけ苦しみ、俺を潰した《音楽》が、今度は俺を、救おうとしている。
いや、音楽を《求める心》が、俺を《蘇生》させようとしているのかも知れない。

ギターの弾き方を思い出し、曲の完成と足並みを揃えるように、俺の病状は好転していった。そんな俺のことを、主治医は《信じられない》といった様子だった。無理もない。一番、不思議に感じていたのは《俺自身》だから。

1ヶ月半ほどの《一般閉鎖病棟》の暮らしから、《開放病棟》へと移った。

開放病棟の患者達は、閉鎖病棟の患者達とは違い、俺の話を理解できる人達だった。
ダンテの《神曲》に準えるなら《煉獄編》と言ったところか…。準えること自体、おこがましいが……。

外泊も、できる状態にまでは回復した。
一度、家に帰ってみたい。もちろん、誰もいないということは、じゅうぶん承知している。
しかし主治医が、許可をくれない。今の、俺の病状にはまだ、厳しすぎる《現実》だと。

でも、遅かれ早かれ、帰る日は来る。寧ろ、それからの暮らしのほうが、俺にとっては厳しいはずだ。だったら今、その《現実》というものを、この目で、耳で、心で感じたい。
その思いを主治医に告げ、外泊許可をもらった。


家に帰った。
美雪と中也の荷物は、もう何もない。
中也が描いた、壁の落書きが《おかえり》と言ってくれてるようだった……。
泣いた。泣けて、どうにもならなかった。

ほんの数ヶ月前までは、ここには確かに《家庭》があり《家族》があった……。

涙が止まらない……。泣いて、どうなるものでもないことは、嫌というほど解ってる。でも、涙を止められない……。

『美雪…。中也…。ごめんな……。』

そう呟いて、また涙……。

立ち上がるしかない。ここで、終わっちゃいけない。
もう、すべてを失った俺……。
でも、負けちゃいけない。とにかく、生きよう。死ぬほど悲しいけど、生きよう……。

いつまでも、止まない雨はない。
これまでだって、悲しい思いをいくつもしてきた。だから、この悲しみだって必ず、乗り越えられるはず………。

ここで終われば、俺は《大嘘つき》になってしまう。自分に対して《大嘘つき》になってしまう。
ここで終わったら、何のために生きてきたのか、わからない。

苦しい…。悲しい…。
でも、これからの日々は、もっと《どうしようもない現実》を、思い知らされることだろう。でも、俺の《人生》だから。
俺が、なんとかしなきゃな……。

《不死鳥》なんて、かっこいいもんじゃない。
だけど、この日初めて《宿命への応戦》を誓った。

ONE MORE TRY……。

そう。《ONE MORE TRY》だ、何度でも……。

再び、一般閉鎖病棟に戻った。
そこにいる人達は、俺の理解を超えていた。
1日中、泣き喚く人……。
わけもなく殴り合い、看護師に制止される人……。
意味もなく笑ったかと思えば、突然、怒りだす人…………。

いつか見たような光景……。昔読んだ、ダンテ・アリギエーリ作の《神曲  地獄編》の内容のような光景だった。当然、俺にもちょっかいを出してくる。
俺は、病室のベッドで布団を頭から被り、ずっと震えていた。あまりにも《強烈な光景》に、押し潰されそうだった。

しかし、俺の心の片隅では、あの【保護室】で書いた2曲の詞のメロディが、ずっと流れていた。
曲を創りたい………。この2曲を完成させなきゃ、死んでも死にきれない。ここで、終わるわけにはいかない。

看護師に《ギターを持ち込みたい》と、申し出た。困惑する看護師は《主治医に相談する》と言った。

翌日。1日が、やけに長く感じた。やがて、主治医との面談があり、ギターに関しては勿論、《ダメ》だった。
音楽と、人間関係で病気になったんだ。当たり前の答えだろう。
でも、諦めきれない俺は、気持ちのすべてを訴えた。

どれぐらい話したろう………。主治医は《ギターが、他の患者に壊されても、責任は負わない》との条件で、持ち込みを許可してくれた。

翌日、知人に頼んで、ギターを持ち込んでもらった。ところが、ギターの弾き方が、よく判らなくなっていた。安定剤のせいで、思考がうまく働かないのか、それとも、弾き方を忘れてしまったのか………?

いずれにしても、ギターがひけない。知人に頼んで、ギターの《コードブック》を買ってきてもらい、1から《弾き方》を勉強した。

その日以来、俺は誰とも話すことなく、ギターに没頭した。安定剤のせいで、思考回路はほぼ《停止》に近い。それでも、浮かんでくるメロディ……。

頭の働きなんて、もう、どうでもよかった。《深い悲しみ・挫折感・恐怖心・不安感》などの、様々な《心の作用》が、曲を生むんだろう。下手なギターは、安定剤による《脱力感》で、指の動きが一層、鈍い。でも、そんなことは問題じゃない。

《どうせ死ぬなら、完成させて死んでやる!》

この、少し歪んだ《決心》が、唯一の《生きる糧》だった。

【立場は退いても、心は退くな!】
新聞に踊った【師匠の言葉】が、この頃の俺に、更なる力をくれた。