入院して、10日ほどが過ぎたんだろうか……。
今日が何日なのか、何曜日なのか……。そんなことすら、どうでもよくなった。
俺の《希望》は、《早く人生を終わらせること》になった。もはや《希望》なんかじゃない。《絶望》だ。
主治医から言われた。
『脳の、MRI検査の結果、小脳に萎縮があり、この年齢での萎縮にしては、程度がひどい。治すことは不可能。若くして、パーキンソン病になるでしょう。いわゆる、《廃人》と言ってしまえば、失礼かもしれないが、それが現実です。』
と。
治ろうが治るまいが、今となってはどうでもいい。とにかく、消えてなくなりたかった。
主治医から、【一般閉鎖病棟】に移るように言われた。周囲は、意味不明なことを話してたり、おかしな行動をする人達ばかり。
俺も、この人達と同じと言うことだろう。なにしろ、もうくたびれた。つくづく、自分に嫌気がさしていた。
ある日、美雪が見舞いに来てくれた。ゆっくりと話した。俺は、ただただ謝った。悪いのは、すべて俺だ。なのに美雪が《ごめんね》と……。
彼女は最後まで、俺のことを気遣ってくれた。しかしそれが、なおさら俺を、不甲斐ない気持ちにさせた。
美雪が帰った後、俺は再び、錯乱状態になり、また【保護室】に入った。
このままずっと、こんな感じで生きていくんだろうか……。
翌日……。
目覚めとともに、急に胸から《言葉》が吹き出してきた。頭がおかしくなってしまったので、仕方ないと思ったが、どうしても、書き留めたくなった。
そこで、鉄格子の窓から、看護師に頼んだ。
『すみませんが、紙とペンを貸してもらえませんか?』
ペンは、《自傷行為》の恐れがあるから、無理だと言われた。それでも、何度も何度もお願いして、主治医の許可が下りた。
俺は、コピーに失敗したような用紙を2枚と、先の丸くなった鉛筆をもらって、コンクリートの床に伏して、書き殴った。
《俺が思うよりも ずっと深い傷なんだね 気付いてあげられず つらい日々を過ごさせたね……》
《GUILTY ~罪~》と言う曲が生まれた。
《あんな親父になるまいと 家を出た15歳の夜 気が付けば親父以下の 最低野郎になってた》
《MY SON》息子への曲……。
ここまで《絶望》しても、曲が生まれてしまう。いや、《絶望》を感じるほどに《唄》で《抵抗》しようとする俺がいた。
頭も体も、まるで《抜け殻》のよう……。でも、《抵抗》する俺。
もう人生を《終わりたい 終わらせてくれ》と願う俺。
でも《生きている》ことを《証明》しようとする俺。
もう、何も残ってない。バンドも家庭も。それなのに、もう何もないのにまだ《何かを生み出そう》とする俺。
薄暗い、コンクリートの部屋の中。そこに、無理矢理にでも《灯り》をつけようとする俺…。
一瞬、《このまま終わりたくない》と、ここまでになってもまだ、そう思う俺がいた。