1人の人生がスタートして、1週間ぐらいが過ぎた。
まずは、とにかく食っていくことから始めなきゃな。

以前に書いたが、俺が大工の丁稚をしていた頃、職人さんで《大下勝》と言う人がいた。
その人が、会社を辞めて《独立》したと聞いた。
さっそく電話をかけて、会ってもらった。
事情を説明して、とにかく仕事をさせてほしいと頼むと、快諾だった。

翌日から仕事だ。
朝5時に起きて、弁当を作る。なかなか、大変な作業だ。こんな大変なことを、美雪は何年もやってくれてたのかと思うと、とても申し訳ない気持ちになった。

現場で、必死に働いた。何もかも忘れるぐらいに……。
クタクタになって帰宅し、風呂を沸かして入る。少しだけご飯を食べて、夜9時には就寝。
そんな《当たり前の毎日》を繰り返していくうちに、少しづつ、気持ちも軽くなっていった。

1ヶ月後、給料をもらった俺は、美雪に電話をかけてみた。

『もしもし?』

『もしもし。』

『元気か?』

『うん。』

久しぶりの、美雪の声……。元気そうだった。

『俺、退院してな。1ヶ月前から、大下さんのところで働かせてもらってるんや。今日、給料もらったから、ご飯でも奢らせてもらえんかな?』

『うん。ありがとう。』

意外にも、あっさりと会えることになった。


日曜日……。
駅前の、デパートの入口で待ち合わせをした。美雪と中也がやってきた。

『父ちゃん!』

中也が、抱きついてきた。涙が出そうになるのを、必死に堪えた。美雪も、元気そうだった。
3人でレストランに入り、食事をした。周囲の人たちから見れば《普通の家族》。
食事の後、中也をゲームコーナーに連れて行き、車のゲームに乗せたり、UFOキャッチャーで、ぬいぐるみを取ってやった。そして、たくさんのオモチャを買ってやった。

『お金、大丈夫なん?』

『うん、大丈夫。』

こんな関係になっても、俺を心配する美雪。きっと、俺が無理をしてると思ったんだろう。

楽しい《時》は、あっという間に過ぎ去り、帰る時間に……。

『じゃあな。』

『うん。』

2人が歩いて去って行く。
中也は、何度も何度も振り返り、俺を見てる……。
悲しい………。とてつもなく悲しい……。胸が、引き裂かれるぐらいに……。

『中也、振り返るな!  父ちゃんも、振り返るような生き方はせんから、お前も振り返らずに行ってくれ!』

ボロボロと泣きながら、そう呟いてた……。


退院して、家に帰った。
《2人がいない部屋》という現実に、改めて、悲しみが襲って来る。
テーブルの上に置かれた《ペアだった》はずのマグカップ。俺のカップは、少し欠けてる。間違いなく、俺のもの……。

壁の落書き……。中也が描いた……。

『ニャア~』

飼い猫の《マメ》の鳴き声だ。マメが『おかえり』と言ってくれた。

『ただいま。元気やったか?』

座った俺の膝の上に、マメが乗ってきた。


さて……。これからどうしたものか……。
とりあえず、缶ビールを飲んで、大好きなSTONESのCDをかけた。
横になり、タバコに火をつけ、深く吸い込んだ。ふーっと、煙を吐き出しながら、呟いた。

『こんなシーン、昔、映画かTVドラマで観たよなぁ………。』

よほど疲れてたんだろう。そのまま、眠ってしまった。秋の夜とはいえ、部屋の中は、昼間の太陽のおかげで、まだ少しだけ暖かかった。

どれぐらい眠ってたんだろう?  目覚めたら、真夜中だった。
不意に、誰かの声が聞こえたような気になった。幻聴とかじゃなくて、ただの《夢の続き》だ。

部屋の中は、本当に静かだ。あらためて《家族の空気》が、痛いほど恋しい………。
でも、終わったこと………。嘆いても、始まらない。
俺は、俺が何処まで行くのか、何処へ向かうのか、確かめなきゃならない。
これまでの、俺の《試練》に、どんな意味があるのか、確かめなきゃならない。
これからどれぐらい、こんな夜を過ごすんだろう……?
でも、潰れるわけにはいかない。《死ねない・死なない》のなら、《生きる》しかない。《屍》のような人生だけは、絶対にごめんだ。


真夜中……。少しだけギターを弾いた。
ふと思った。弱気な俺にだけは、絶対に負けたくないと。
この、静まりかえった環境の中、どう生きるかは《俺》が決める。《弱気な俺》に、支配されてたまるか!と………。

そうでも思ってなきゃ、ずっと泣いて生きてしまいそうだった。
無理矢理笑って、グシャグシャな顔をした、強がった《俺だけの人生》の、スタートの夜だった。


第二部  三章   完……。
入院して、2ヶ月近くが過ぎた。
主治医との面談受診のなかで、《退院》についての話が出始めた。
病状も《完全回復》ではないにしろ、生活できないほどじゃない。もちろん、不安もあったけど、退院してみなきゃ分からないし、いつまでも、ここにいるわけにもいかない。


入院中、数人の《友人》もできた。
双極性障害の男性と、鬱病の少女。2人とも、とても優しかった。
少女は腕に、無数の《リストカット》の痕があった。とても、痛々しい……。
彼女の口癖は、『私は、いらない子』だった。俺は、彼女と話す時はいつも、《聞いてあげること》に努めた。俺がそうしたからといって、彼女の病気がすぐに良くなるわけじゃない。これは《TVドラマ》じゃないから、そんな単純なことじゃない。
でも、俺と話すことで、少しでも元気になってくれるなら、俺も嬉しい。

双極性障害の男性は、病気が原因で離婚したらしい。そこが、俺と似てる……。
《躁状態》の時に服用する頓服のせいで、呂律が回らない姿が痛々しい。でも彼は《水墨画》が、とても素晴らしかった。
そんな人達と関わることで、俺自身の《悲しみ》も、少しづつではあるが、薄れていったのも事実だった。


いよいよ、明日が《退院》と決まった日。
少女が俺の部屋に来て、泣きながら言った。

『お兄ちゃん、もう、おらんようになるん?』

『うん。明日、退院や。』

『もう、遊んでくれんの?』

『いや、絶対にお見舞いに来るよ。』

『約束ね!』

俺は、小さな《傷だらけの手》と、指切りげんまんをした……。


退院当日。
数人の患者達から《帰る前に唄ってほしい》と言われた。正直、自信が無かった。やっぱり、入院するまでのLIVE浸けの日々や、メンバーとの軋轢やなんかが《トラウマ》になってしまってるようだ……。

『お兄ちゃん!唄って!』

少女の声……。この少女が、喜んでくれるなら、唄おう。唄わせてもらおう。
そんな思いで、2曲だけ唄った。《やさしく愛して》と《季節のない季節》を……。俺が《励まされた曲》だから……。みんなにも、元気になってほしいから……。

みんな、号泣していた。俺も涙が止まらなかった。
つらく悲しく、とても苦しい《季節》だったのに……。

これから先は《嵐のような日々》が、待っているだろう。
そんなことは、百も承知だ。
でも、生きなきゃな。自分を、確かめなきゃならないから……。