入院して、2ヶ月近くが過ぎた。
主治医との面談受診のなかで、《退院》についての話が出始めた。
病状も《完全回復》ではないにしろ、生活できないほどじゃない。もちろん、不安もあったけど、退院してみなきゃ分からないし、いつまでも、ここにいるわけにもいかない。


入院中、数人の《友人》もできた。
双極性障害の男性と、鬱病の少女。2人とも、とても優しかった。
少女は腕に、無数の《リストカット》の痕があった。とても、痛々しい……。
彼女の口癖は、『私は、いらない子』だった。俺は、彼女と話す時はいつも、《聞いてあげること》に努めた。俺がそうしたからといって、彼女の病気がすぐに良くなるわけじゃない。これは《TVドラマ》じゃないから、そんな単純なことじゃない。
でも、俺と話すことで、少しでも元気になってくれるなら、俺も嬉しい。

双極性障害の男性は、病気が原因で離婚したらしい。そこが、俺と似てる……。
《躁状態》の時に服用する頓服のせいで、呂律が回らない姿が痛々しい。でも彼は《水墨画》が、とても素晴らしかった。
そんな人達と関わることで、俺自身の《悲しみ》も、少しづつではあるが、薄れていったのも事実だった。


いよいよ、明日が《退院》と決まった日。
少女が俺の部屋に来て、泣きながら言った。

『お兄ちゃん、もう、おらんようになるん?』

『うん。明日、退院や。』

『もう、遊んでくれんの?』

『いや、絶対にお見舞いに来るよ。』

『約束ね!』

俺は、小さな《傷だらけの手》と、指切りげんまんをした……。


退院当日。
数人の患者達から《帰る前に唄ってほしい》と言われた。正直、自信が無かった。やっぱり、入院するまでのLIVE浸けの日々や、メンバーとの軋轢やなんかが《トラウマ》になってしまってるようだ……。

『お兄ちゃん!唄って!』

少女の声……。この少女が、喜んでくれるなら、唄おう。唄わせてもらおう。
そんな思いで、2曲だけ唄った。《やさしく愛して》と《季節のない季節》を……。俺が《励まされた曲》だから……。みんなにも、元気になってほしいから……。

みんな、号泣していた。俺も涙が止まらなかった。
つらく悲しく、とても苦しい《季節》だったのに……。

これから先は《嵐のような日々》が、待っているだろう。
そんなことは、百も承知だ。
でも、生きなきゃな。自分を、確かめなきゃならないから……。