川越style「川越まつり 連々會創立30周年記念式典」川越東武ホテル光琳の間2018年6月2日 | 「川越style」

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川越まつりの街、川越。

川越まつりのさらなる発展のために、祭り人たちが一致団結すること。

 

国指定重要無形民俗文化財「川越まつり」は、江戸「天下祭」の様式や風流を今に伝える貴重な都市型祭礼として江戸時代初期より370年の時代を超えて続き、 川越独特の特色を加えながら独自の発展を遂げてきました。
川越氷川祭(川越まつり)の最大の特徴は、山車行事。精巧な人形を乗せた絢爛豪華な山車が、小江戸川越の象徴である蔵造りの町並みを中心に、町中を曳行される。何台もの山車が辻で相対し、すれ違うさまは、そのスケールの大きさに、見物客を圧倒する。
川越まつり最大のみどころは「曳っかわせ(ひっかわせ)」。向かい合う数台の山車が、囃子(笛、太鼓、鉦、踊り)で競い合い、まつり人たちは提灯を高々と振り上げ、歓声を上げる。とくに夜の「曳っかわせ」は最高潮の盛り上がりを見せる。
最近大きな話題となったのが、ユネスコ無形文化遺産登録に向けて申請をしていた「川越氷川祭の山車行事」を含む全33件の「山・鉾・屋台行事」は、2016年12月1日ユネスコ無形文化遺産登録決定。
これから2020年の東京オリンピック、2022年の川越市制100周年と、川越・川越まつりに寄せられる期待は高まっていくばかりです。
もちろんそれは、祭りを作り上げる川越市内の祭り人たちも自覚していて、世界中の注目を集める中、これぞ川越まつりという熱狂を魅せようと覚悟を決めているのだった。
 

2018年6月2日(土)川越東武ホテル光琳の間で開催されたのが、川越まつり「連々會創立30周年記念式典」。

「連々會」は、川越連雀町の川越まつりの山車曳行を担う会で、町内の人を中心に100人近くの会員が属しています。平成元年の発足から今年でちょうど30年。前年の昭和63年は昭和天皇の体調を気遣い川越まつりを自粛。翌年に、それぞれ個人で楽しんでいた祭りを地域一体となって盛り上げるものにしようと設立されたのが、連々會でした。

あれから30年。節目の年を祝し、これからのさらなる川越まつりの発展を祈念し、催された記念式典。

会場には連雀町の川越まつりを作り上げている連々會の面々が集結していました。設立メンバーの世代から新規の会員まで、幅広い年代が属しています。現会長が第五代目で、連々會を立ち上げた初代から第四代までの会長も列席していました。また、連雀町自治会長や連雀町の道灌の会、雀會も参加しています。

「連々會創立30周年記念式典」

式次第

・開式の辞

・祝い木遣り

・連々會会長挨拶

・連雀町自治会会長挨拶

・道灌の会会長挨拶

・乾杯(ご発声~雀會会長)

・ご歓談

・寿獅子(雀會)

・中締め

・大締め

・閉式の辞

・記念撮影

 

川越の連雀町は、本川越駅から中央通りを真っ直ぐ北へ進み、連雀町交差点手前から仲町交差点手前辺りまでを縦軸とし、県道川越日高線を横軸として一体に広がる地域。

氏子神社として熊野神社があり、連雀町の太田道灌の山車もここにあります。山車庫は中央通り沿いにあり、日中はシャッターが上げられガラス越しに山車が見られるようになっています。それに連雀町の蓮馨寺は、粂原住職が小江戸川越観光協会会長も務めていることから川越の発信に協力的で、「川越Farmer's Market」、「四万温泉 温泉マルシェin川越昭和の街」などのイベント会場にもなっています。

周辺は、「川越昭和の街」として注目を集めている地域で、新しくオープンする個人店が続々と増えている元気な地域。個性的なお店が多い昭和の街には、昭和の街ファンも数多く存在します。4月29日の昭和の日に昭和の街の会が開催した「コッペパンデー」の人気ぶりは凄いものがありました。

熱い地域には熱い祭り人たちがいて、熱い祭りがある。

 

川越まつりに深く関わる祭り人たちは、誇張なしに、川越まつりを中心にして一年が回っている生活を送っていて、川越まつりに向けたタイムスケジュールで生きている人たちである。

まさかそんな、と思うかもしれませんが、これが少数どころか街の至る所にいるのが川越。川越は川越まつりで動いている街という側面があり、ゆえに、川越まつりにどっぷり浸からないと(毎年山車を観に来るというレベルでなく綱の内側で山車曳行するという意味、さらに言えば川越まつりに向けた一年という日々)、本当の川越はいつになっても見えてこない。
昨年、2017年10月の川越まつりは、両日共雨に見舞われ、特に二日目は朝から晩まで降り続けるという悪条件でしたが、そんな中で連雀町は、小雨になった午後に山車曳行を決定し一丸となって太田道灌の山車を曳き廻したのでした。

(「川越まつり」2017年10月14日、15日の午前~午後の部 雨の中を山車がゆく

https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12319980756.html

 

(「川越まつり」2017年10月15日夜の部 川越人意地とプライドの雨中山車曳行と曳っかわせ

https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12321168321.html

昨年は、1457年に太田道灌公が河越城を築城してちょうど560年という節目の年であり、太田道灌の人形を山車に戴く連雀町は、雨に打たれ、ずぶ濡れになりながらも、意地とプライドの山車曳行を魅せました。

また、昨年の川越まつりはTVアニメ「月がきれい」の影響も大きく見られた。

川越のとある中学校を舞台にした「月がきれい」は、中学3年の始業式からストーリーが始まる。安曇小太郎や水野茜といった等身大の瑞々しい中学生の物語。物語では、連雀町の熊野神社などが重要な舞台として登場しています。

月がきれいで、連雀町太田道灌の山車、雀會の天狐、連々會の面々の狂喜乱舞が描かれているOPテーマ。第1話は公式に公開されています。
物語の導入部から1分45秒ほどでOPテーマ。一番盛り上がるサビの部分で連雀町の川越まつりです。
TVアニメ『月がきれい』第1話「春と修羅」
https://www.youtube.com/watch?v=ygfsl0rQta0&t=179s
 

川越まつりは、煌びやかな山車に目を奪われますが、山車を動かしているのは町内の祭り人たちであり、現場の「人」、祭り人たちにフォーカスする視点も川越まつりでは重要と考える。

人がいてこそ、山車が動き、囃子が演奏され、曳っかわせが盛り上がる、全ては人。

祭り人のドラマこそ、川越まつりなのだ。

川越まつりにまつわる会は他の町内にももちろんありますが、この規模となると川越で出色の存在。

連雀町のあのド迫力山車曳行を支えているのが、なによりこの大人数であり、祭りが好きで好きで仕方がないこの祭りバカたち(いい意味で)なのだ。近年の川越まつりでは、人出不足で山車を曳くのにも苦労している町内も見られる中で、毎年会員が増加して拡大しているのが連雀町・連々会の特色。

特に明記したいのは、各町内の祭りの山車曳行の会があっても活動が川越まつりに限られることが多い中で、連雀町の連々會は年間を通して活動があり、毎年春頃には親睦旅行も企画している。昨年は、群馬県へ観光&BBQに出掛けていました。

(「連雀町 連々會親睦旅行」2017年4月23日川越まつりに向けて結束力を高める遠足

https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12271868215.html

会の仲の良さもありますが、なにより、祭りはみなが気持ちを一つにしてこそ成り立つという想いのもと、年間行事を通して連帯感を深め、一年の集大成となる毎年10月の川越まつりを迎えようとしています。

それに、節目にこうした盛大な式典を開催している町内は少なく、ましてはホテルを会場にして行うなどは川越で他に例を見ない(ちなみに10周年は氷川会館、20周年は川越プリンスホテル)。規模も祭り熱も、いかに、この町内が抜きんでているか分かるでしょう。

 

祭りの繋がりは血の繋がりにも似て、ある意味で家族的である。

今の世の人間関係では「空気を読む」ことが美徳とされる中で、祭りコミュニティではみなが裏表なく言いたいことを言い合い、熱をぶつけ合い、時に喧嘩もし、そうしたみなの気がうねりとなって、そのまま祭りのうねりに繋がっていく。祭りはテンション上げてこそ、おとなしく空気を読んでちゃ祭りは盛り上がらないのだ。

一見、いつの時代かと錯覚しそうになりますが、川越まつり自体が370年前から続いているもの。370年の伝統を守ってきた祭りの共同体が、簡単に今の時代に染まらないのは当然なことでしょう。

コミュニティに打ち解ければ、人間対人間の濃い繋がりがあり、それが今の時代に逆に新鮮で、若い世代も続々と取り込んで祭りの虜になっていく現状がある。

連々會創立30周年記念式典は、川越まつりにまつわる祝い事というだけあって、川越まつりの要素がふんだんに籠められていた。言ってみれば、東武ホテル光琳の間に、連雀町の川越まつりが再現と言っていいほど。

開式の辞のあと、連雀町の山車曳行の責任を担う職方「小塚組」による、祝い木遣りが行われました。

木遣りは、川越まつりに欠かすことのできない神聖な儀式で、山車の曳き出しの際には必ず職方による木遣りが行われます。様々な場面で川越まつりは多くの人を魅了しますが(曳っかわせだけではないんです)、この、山車の曳き出しもその一つ。町内会所前に山車を留め、これから山車を曳いていくぞと興奮が最高潮に高まる中、厳かな職方の木遣りが始まり、祭り人たちはみな耳を澄ませて気持ちを鎮めて一つにしていくのだ。

(2017年川越まつり 山車曳き出し前の職方による厳粛な木遣り。川越まつりはここから始まるのだ)

木遣りが終わるとさあ行くぞ!と拍子木が打たれ、それを合図に町方が山車の綱を力一杯に「ソーレ!」と曳いて行く。静から動へ。緊張から一気に爆発的な紅潮へ。川越まつりが始まった。

この場面を見たいがために沿道に詰めかける人が毎年大勢いて、毎回曳き出しの瞬間には拍手が沸き起こります。連雀町の太田道灌の山車であれば、連雀町交差点で待機していれば見ることができます。

式典では川越まつりの木遣りとは違い、町内頭「小塚組」は祝いの席の祝い木遣りを披露しました。

職方の姿に惹き込まれる場内の連々會の面々。それぞれの瞼の裏には、川越まつりの曳き出しの場面が思い浮かんでいたことでしょう。

木遣りを耳にするだけで山車を曳きたくてうずうずしてくる者も多いはず。祭り人にとっては木遣りは本能的にイコール山車曳き出しの緊張と興奮に直結しているのだ。

 

続いて、連々會飯野会長、連雀町自治会長谷部会長、道灌の会相曽会長の祝辞の後、雀會大谷会長の乾杯の発声が行われました。

乾杯の後は雀會のお囃子が会場を盛り上げ、歓談の時間となり、それぞれのテーブルで、また、テーブルを超えて酒の杯を重ねて30年を祝い合いました。川越まつりの緊張感とは異なり、祝いの場ということで笑顔が弾ける光琳の間。とにかく呑む、喋る、冗談を言い合う、こうした歓談こそ祭りの一致団結を根底で作り上げるのだった。

祭りの会の集まりで酒が入ってくれば「そろそろあれを」と聞きたくなるのが、自分たちの町内のお囃子。祭り人たちにとって、これ以上心地良い音楽はこの世にないのだ。自分たちの町内のお囃子が川越で一番だと誇りに思い、山車と同じように町内のお囃子を大事にする。これは川越まつりの現場の祭り人たちのメンタリティーの一つです。

川越まつりの山車曳行は、山車の曳き手だけでは成立せず、山車の上でお囃子を演奏する囃子連があってこそ。「山車曳行」の連々會と「お囃子」の雀會は、それぞれ会としては分かれていますが、川越まつりを作り上げるという点で一つになっています。

連雀町の囃子連「雀會」による寿獅子披露。場内から、「待ってました!」と歓声があがる。

雀會は、川越まつりで太田道灌の山車で囃子を囃子を演奏する連です。この日は寿獅子で、30周年を祝うべく二人獅子という豪華さでした。


式典の途中で、連々會がこれまで長い年月と議論を重ねて、デザインや色などを詰めていった襦袢(じゅばん)が披露されました。

襦袢は、着物の下に着用するもので、片肌脱ぎで粋に見せるのがポイント。

これまで連雀町では着物の下に各々が好みの鯉口シャツなどを着ていることが多かったですが、川越まつりでは何より祭り人たちの一体感が重要ということから、統一の襦袢を決め、祭り衣装に身を包むものはこれを着用することを推奨。既に着物・股引が統一されているので、襦袢と合わせこれにて連雀町の祭り衣装の正装が完成されました。

市内の他町内では、祭り衣装は統一した規準を設けている町内もありますが、連雀町でもそうした動きになっています。

宴たけなわとなった頃、小江戸川越三十三本締めで中締め。

手締めも川越まつりにまつわる魅力の一つ。

川越まつりの街、川越らしく、川越には「川越締め」など様々な手締めがありますが、

小江戸川越三十三本締めは、よく見られる三本締め、

「チャチャチャン チャチャチャン チャチャチャチャン

チャチャチャン チャチャチャン チャチャチャチャン

チャチャチャン チャチャチャン チャチャチャチャン」

の後に「チャ チャ チャ」の三本を入れて燦燦と輝くよう三十三本で締めるものです。

掛け声と共に祭り人たちのこの一糸乱れぬ手締めの惚れ惚れする美しさ。芸術にまで高められた川越まつりの手締めであります。

そして最後は、大締めとして一本締め。

最後の最後に一本で締めることで、みなの気持ちを一つにして、これまでの30年、そしてこれからの30年に向けて固い絆を結びました。

閉式の辞が述べられ、連々會創立30周年記念式典が無事に閉幕したのでした。

川越まつりまでいよいよあと4ヶ月。

2018年、平成30年、今年は平成としては最後の川越まつりとなります。

来年の川越まつりは、新しい年号による最初の川越まつりとなる。

平成時代の幕開けと共に発足した連々會、平成が終わる今年でちょうど30周年を迎え、見据えるのは、未来。

 

 

川越まつりの街、川越は、川越まつりと共にこれからも歩んで行く。

50年、100年、これからも川越まつりの熱狂は続いていくに違いない。

川越まつりは、永遠不滅なのだ。

 

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