三矢の訓え篇『邂逅物語』①古代神國に生きた人、古代神話世界に生きた人 | HEVENSLOST/軍神の遺言

HEVENSLOST/軍神の遺言

オタクという名の崇拝者です、
そして愚痴などを呟き、叫び、
日々を生きる糧としたいです。

「違う、お前の名前は筒香真白だ」

「つごうしろだ」

まずはここ、魔界から真白を遠ざける。

「4番門扉再稼働の前に、真白の罪をなかったことにする。完結していない世界の歴史はその世界の住人だったらどうともなる。萬屋店長、副店長の2人が生きている時代に戻って未来で死亡とならないように歴史を変えればいい。ただ俺達ではそれができない。門番の力を借りる。20代目門番は俺達がよく知っていたあの元就だ。死んだと聞いた、でも遺体が見つかっていないならどこかで生きている」

返事がない。俺は真白を見た。

「寝ている場合じゃねえんだよ、起きろ、おい」

「もにゅもにゅ」

「何処へ行くのですか」

また邪魔をするのか。

「頼成隆景か」

「筒香真白は今、アビス魔界で仕事を任されています」

「君は前にも俺の仕事を邪魔した」

「邪魔をしましたか」

「君に関わると面倒だ。俺達は概念、君には関係のない話だ。去れ」

俺はぐっすりという真白を担ぎ上げた。

頼成隆景。元就も、頼成姓を名乗っていた。親戚か親族か、隆景という人間には二人の兄がいる。3兄弟なら元就のことを何か知っているかもしれない。

「頼成隆景」

「何でしょうか」

「人を捜している、20代目門番」

「むにゅむにゅ」

「煉獄閻魔、神8名、太陽神と月神、煉獄彩姫、彼等から容赦無い攻撃を受けた後です。奴隷死魔と名付けられ関所44か所の番人、彼等からも奴隷扱いをされ、あと僅かの時間で餓死、概念として完全消滅を果たす寸前でしたが」

「フェニックスリスタートを知っているか」

「アビス魔界王の側近兼秘書という方だと存じています」

「リスタートをここに」

「あの方はアビス魔界王の側近兼秘書、奴隷原状回復よりアビス魔界執務の方が重要だと考える筈です」

「非情な奴だったんだな」

「何故非情だと表現をするのでしょう」

「旧知の者に対して普通の態度と思えない」

「20代目門番を何故捜すのですか」

「4番門扉再稼働をさせる」

「果たされないと考えます」

「俺達の同胞、俺にとっては家族同然、前も真白を5番門扉に移してくれた、俺達を一番理解してくれた人間だ」

どすっ。俺はその音に後ずさった。

「これは、」

「マスカレイドです」

「見つかったか、」

真白がまだぐっすりという状況の中、俺は担いで走る。

「おやおや、何処へ行かれるんでしょうかね」

「烏丸、ご苦労」

「風神さん、この筒香烈火という悪魔人間が奴隷シマの逃亡幇助をですよ」

まずい、俺は人間だった。でも風神なら俺の事を分かってくれる。共に行動をしていたと覚えていてくれている。

「アビス4、四魔貴族の1人、戸隠風神だ。奴隷シマを回収する」

「風神、俺だ」

「奴隷シマは仕事中だ。抵抗するならば此方も容赦しない」

「風神、筒香烈火だ」

「我が師を自害に追いやった奴隷シマを引き渡せ」

「風神、俺は今人間だ、でも前は概念、仲間だっただろ」

「烏丸、雷神は」

「もう来てますよ」

「ならばアビス魔界門番、四魔貴族第二班の力、受けて貰おうぞ悪魔人間」

「ギガとリヴァが交代してくれた、おっしょー様の仇を討ってこいと言われた」

「持って来たか」

「おっしょー様から頂いた俺の宝だ」

「奴隷シマ回収、実行だ」

「ウェスチェラで先に奴隷シマをぶっ潰す」

「俺はイムフルで悪魔人間を相手する」

 

師は、その名をルドラ=シヴァという。俺は父と母と師の会話を聞いていた。師は、常に俺達に優しくしてくれた兄のような存在だった。

アエノ=トールが実名の雷神とは師を通して知り合った友だ。だからこそ俺達は少しは分かる。師の悲痛な嘆きが友の心に呼応している。

 

「イムフル、師は一度たりとも己の死を厭わぬ方だった」

『我がきゃつの動きを止めてみせようぞ、呪詛も与えておく、居場所把握だ』

「悪霊退散っ」

どっすんと地響き。

「奴隷シマの頭なんかすーぐぺっちゃんこだぜ」

「遊びじゃないぞ」

「分かってる、行くぞ」

雷神が槌、ウェスチェラを振りかざす。俺は悪魔人間の動きを封じる。

「クリーンヒット!」

ウェスチェラをその悪魔人間が片手で受け止める。次だ。

「雷神、こっからがようやく遊びだ、楽しくやろうぜ」

「ならお前もまじで遊んでくれよ」

俺は天之鉾。雷神はミョルニア。

「俺の名は戸隠風神、今の悪魔人間にならこれくらいが妥当だ」

 

「おー逃げとる逃げとる、ありま、アビス魔界入口の方へ行きましたねービリビリどがしゃーんとかですね」

筒香烈火は逃げる。つごうしろを連れて逃げる。

「烏丸、志津史から何かないんかい」

「もうじき餓死でしたんで捨て置けと関所番に伝えてましたがちと回復しとります」

「てか風神と雷神がちょい頑張るって久々に見たよ」

「ギガンテスさん、リヴァイアサンさんはどこです」

「俺の眼鏡問題を解決してくれるって、コンタクトってやつの事をある人に相談してくれてる」

「ギガンテスさん、ほんに自由気ままに楽しんでましたね」

「俺さ、天空から墜ちて来るあの子を両手で受け止めたいんだよね」

「ハマってますな」

「たまにあの飛行石、実在したらいいなとか考えたりしてんだよね」

「実在してますがな」

「え、まじ」

「古代神國におられた方が造った事があるらしいんですわ」

「やっべ、欲しい」

「空を飛びたいわけですな」

「長らく隻眼巨人で不自由してたからな、あ、眼鏡問題のお礼みたいなやつでリヴァにプレゼントしてもいいな、それっていくらくらいすんの」

「どえらい幼馴染で仲良しでんがな、仲良きことはいいことですわ」

「烏丸だってあの子に告白とかすればいいじゃん」

「そ、それとこれは別問題☆」

「アビス魔界監視塔番としてアビス魔界王に認められたお前なんだからさ、もちっと自信持てよ。俺もコンタクトというものになったらもちっと自信持てる気がするんだよね」

どんがらがっしゃーんという音にギガンテス、烏丸が目線を向ける。

「悪魔人間、奴隷と共に結界衝突で気絶ですわ」

「亜空間もレベル上がったしな」

「志津史君ですな」

「あらま、風神と雷神相手に逃げるしかないのにやっべ」

 

「何処へ行こうってんだ、奴隷死魔」

郷間志津史の凄味のある声にようやくお目覚め、奴隷シマ。

「命令遂行がまだだ、関所3番迄しか挨拶回りが終わってねえだろが、4番から44番、四魔貴族、監視塔番、最終がアビス魔界王と告げた筈だ」

「あ、う、」

郷間志津史の冷酷目線で既に言葉が無い奴隷シマ。気絶状態から復帰した筒香烈火。

「返す」

郷間志津史が首を傾げる。

「何を返す」

「萬屋の店長と店番、2人をお前達に返す、そのために少し出掛けてくる、だから真白を解放してくれ」

「誰の事だ」

「萬屋の店長と店番、真白が原因なのは分かってる、ただちゃんと解決策がある、それを実行すればいいだけだ、生きた状態で返す、必ず」

郷間志津史がマスカレイドを回収する。

「門番という奴がいる、歴史をやり直している世界がある、門番がそれをやってくれれば二人が死ぬ前に死なせないようにと説得する、生きた状態で返す。だから真白を解放してくれ、真白も仕方がなくてああするしかなかっただけだ」

郷間志津史が周囲を見渡す。

「生きた状態で返す、必ず、門番さえ見つければやり直しがきく、歴史は変えられる、真白の罪も全部帳消しにできる、萬屋と店番の2人を必ず返す、約束する、だから見逃してくれ」

「ならば交換条件だ」

筒香烈火が安堵する。

「人質をアビス魔界へ1名寄越せ」

「人質だと」

「貴様らは信頼するに値しない、我々は奴隷死魔から其れを学んだ、猶予を与えてやるが其の侭逃亡する恐れがある、その為の人質だ、1名を此のアビス魔界に寄越せ」

「俺がやるしかない、でも真白をここに置いていけない」

「人質を我々は奴隷とみなさない」

「魔界の悪魔は平然と嘘をつく、信じられるか」

「今此処で奴隷死魔を完全消滅させる」

「だから、」

「人質を寄越せ、貴様が実行するのなら貴様以外だ、奴隷死魔が妥当だ」

「奴隷扱いをやめないじゃないか」

「食事を与える、水分もだ、貴様が其の提案を実行し完遂しアビス魔界に戻ってくるまでは奴隷死魔の命の保証はしてやる」

「他の奴にしてくれ」

「誰が居る」

「頼成隆景、あいつをくれてやる」

「ならば今すぐ此処へ連れて来い」

「多分近くにいる」

「今すぐ此処へ貴様が連れて来い」

「多分近くにいる」

「話にならん、交換条件に応じないなら話は終わりだ、奴隷死魔を回収する」

「郷間志津史さん、頼成隆景です」

「こやつが君を人質にと提案してきたが」

「応じます」

「ならば猶予を与えてやる、逢坂桐蔭、ルドラ=シヴァ、2名を生きた状態で此方に返すとするなら」

筒香烈火が立ち上がる。

「よし、真白、これで何とかなった、後は元就を捜すだけだ」

「貴様の名前は何だ」

「遺体が見つかってない、どこかで生きてる、20代目門番をしているなら4番門扉再稼働も可能だ、とりあえず魔界からこれで出られる」

郷間志津史が冷酷な目で奴隷死魔を見ている。

「郷間志津史さん、彼は筒香烈火という名前の方。以前、アビス魔界王相手に2秒で圧勝したとされる方です」

「ならば猶予は2日だ」

筒香烈火はつごうしろと名乗る奴隷死魔を立たせている。

「約束は守る、萬屋と店番、生きた状態で返す。待ってろ」

筒香烈火とつごうしろ2名はアビス魔界を出た。一部始終を見ていたのは、アビス4、四魔貴族の1人、ギガンテス。アビス魔界監視塔番、烏間烏丸。アビス4、四魔貴族の2人、戸隠風神とアエノ=トール。言葉無く2名を冷酷な目で見ている郷間志津史。

人質とされた頼成隆景。

「おいギガ、コンタクトとやらなんだが」

「リヴァ、猶予が2日だとさ」

リヴァイアサンが戻ってきた際、その場は沈黙の場となっていた。

 

「猶予が2日って志津史が言ったんだろ?2日でマジで戻ってくんかいな、絶対に不可能な事を成し遂げて2日でマジで戻ってくんかいな」(リヴァ)

「成程、奴隷死魔と共に逃亡か、戻ってこないな」(ギガ)

「居場所は把握出来ている」(風神)

「2日後だろ、第2班だ、戻らん輩に追手をなるとどう采配なさるかだな」(リヴァ)

「あ、俺とリヴァで行かん?」(ギガ)

「たまには我々もアビス魔界の外にな、それとギガのコンタクトがな」(リヴァ)

「俺は眼鏡を卒業し、必ず逃亡犯をぶちのめす。本来なら風神と雷神にと思ったんだが仕事も大切だしな」(ギガ)

「いいか、二人とも」(リヴァ)

「俺達はいいんだけどさ、まずはアビス魔界王に相談だよな」(雷神)

「来客さんたちがまだおられるんです、その方々とも相談ですわ」(烏丸)

 

アビス魔界を出た2名。

「…終焉の場だろ、俺にはスペアキーがない、そっからだ」

筒香烈火、考える。隣にふらふらと立っているつごうしろが笑っている。

「ふひ、ふひひひひ」

「…何笑ってんだよ」

「まかいからでたいえにかえる」

「おい、終焉の場に行かないと」

「はらへった」

「だから今はそれどころじゃ」

筒香烈火、唖然とする。つごうしろがその場で排泄行為。筒香烈火が現実を目の当たりにする。筒香真白としていた彼の現状の姿である。

「真白、前より背が、そんなじゃ人間だと3歳くらい」

「うひひふえへ」

「なあ、自分の名前」

「はらへった」

ぼりぼりとつごうしろが身体を掻きむしる。頭部からぼたぼたと蛆虫が落ちる。

「たべもののみもの」

「…ほれ」

「うひひひひひひ」

服装、外見、風貌、つごうしろの現状に唖然とする筒香烈火。

「概念だろ、なのに食事、排泄、萬屋をお前が殺せるはずがない、どうやって殺した、萬屋は人間だ、」

「げふぅ」

「…とりあえず元就を捜しに行く」

つごうしろ、その場に寝転がる。少しお腹が膨れたので満足して眠くなって寝る事にしたというだけである。

「くそ、」

筒香烈火が背負う。

「…まずは風呂、着替え、」

 

 

 

「くろがサタン君の為にってこれ、お茶を買った日の事なんだ」

「くろはどうしておるのだ」

「追悼コンサートの後から熱を出して寝込んでる、僕でも治せない」

「既に父上達は方々へ出向いておる、俺様も此の場を離れられん」

「先刻、アビス4、四魔貴族の会議が開かれました」

アビス魔界王、側近兼秘書のひろ、頼成隆景と郷間志津史が座っている。

「戸隠風神が逃亡幇助した者に呪詛を刻み居場所を把握出来るそうですが」

「筒香烈火は筒香真白が殺害した逢坂桐蔭、其の死に悲観し自害したルドラ=シヴァ、2名を生きてアビス魔界に返すとの事です。歴史を遡り、逢坂桐蔭が存命だった時代に戻り説得をする予定です。例え古代神國で存命だった彼に接触し説得を試みても、本来の彼を知らない者に其れは不可能です。ルドラ=シヴァと煉獄閻魔ですら知り得ない本来の彼を前にした場合です。

以前、筒香真白は陰陽師と式神の共存世界に籍を移した経緯があります、其れはアビス魔界王ならご存知の筈です」

「俺様と太陽神殿は其の様な指示を出しておらん」

「20代目門番が4番門扉住人、筒香烈火に懇願され筒香真白は概念世界滅亡直前に籍を移し人型概念として命を長らえる事が出来ました。その後の行動は現状に繋がります。人型概念として誕生した筒香真白は人間が台頭する世界に籍を移したことで其の世界に順応、人間と同じように食事と排泄を学習し進化を果たしました。筒香烈火も同様です。彼は人型概念の始祖、人型思念です。

一度失われてしまった生命は二度と戻せない、一度奪ってしまった生命という宝は絶対に相手に返すことが出来ない。

郷間志津史さんが猶予は2日と提示していましたが2名は全く耳に入れていません。

アビス魔界王、あなたはどう采配をとしますか」

「案ずる事は何も無い、猶予2日、其の2日という時間、志津史は休暇とせよ」

「はい」

「2日後の準備をしておればよい」

「分かりました」

 

「あなたは古代神國を見てみたいと考えたことはありますか」

「前はありました」

「今は違いますか」

「今見てしまうと戻れなくなると思うので」

「誰もが同じ場所にずっと留まることは出来ません、少しずつですが誰もが前に進んでいます、あなたはあなたが知っている逢坂桐蔭が本当はどういう人だったかを知りたいですか」

郷間志津史の足が止まる。

「人質という身でありながら不躾な質問ですが、あなたにそのピアスをくれた逢坂桐蔭、あなたに2週間毎に定期便を配達していた逢坂桐蔭、幼い頃にあなたとあなたのお兄さんに飴をくれた逢坂桐蔭、あなたが知っている逢坂桐蔭には欠落していたものがあります。相手が大切で、その相手を知りたいと思えるような気持ちがあなたにあるのなら、あなたがそれを望むと選択するのなら、応じてくれる方がいます」

「何故、不可能だと断言できるのでしょうか」

「筒香烈火が捜している相手があなたの隣を歩いているからです」

郷間志津史が苦笑する。

「筒香真白が何故自分の名前を筒香真白としたのかは前の歴史からの継承です。

『もしこの先に未来があるのなら、そこで友がつつがなく倖せに何不自由なく生きてくれれば』そして彼は姓を筒香と選択しました。本来ならツツガマシロとしたかったのでしょうが彼にそれを思考する能力、理解する能力が極端に欠如していた為つつごうとしただけです。名前も、誕生したその日が真っ白の猛吹雪という景色だったので真白です。単純な思考で誕生し、自らが成すべき事を果たさず、先の未来からの干渉が始まり、8年3か月という短時間で歴史を終えた世界の者です」

「そうですか」

「逢坂桐蔭という彼の居場所ですが、すぐ近くだと思います」

「すぐ近く、ですか」

「あなたの心の中だと俺なら考えます」

2人は歩き出す。

「俺は天明に抗う者を見届ける事が此処に居るという意味になります。逢坂桐蔭は別段天明に抗うことをしませんでしたが、俺にも大切な友達がいます。

彼を友情という特別な感情で認めている方々の為にどうか生きてはくれないか、彼に生きてくれませんかと依頼をした事も、俺の記憶している友情を逢坂桐蔭、ルドラ=シヴァ、煉獄閻魔に感じたからです。断られてしまいましたが」

「行きたい、です」

頼成隆景が郷間志津史を見上げる。

「伝える事がもう出来なくても、一度でいいので、本当の逢坂さんを知りたいです」

 

『國分桐蔭』

青々とした草原の丘。その丘の下に川が流れており、まだ幼い子供がその川に向かって石を何度も投げている。その子供の傍らには父親がおり、

「桐蔭、角度だよ、水切りを確実なものにするには、こういう角度でこう、投げる」

と水切りという遊びを教えている。

「え、えい」

「うーん、そうだなあ、石をまず選ぶ所からかな、こういう石がちょうどいい」

「なるべく薄くて平たい石?」

「そう、水の抵抗を考えるとこういう石が適している、それでこう、持ち方はこう」

「こう、」

「そうそう、それで投げる時はこう、この角度で」

「こう、」

「ほら、さっきは3回だったけれど今7回になった」

「すごい、」

「練習すれば川の向こう岸までとんとんとんと行くだろうね、お父さんもかなり昔練習をしたんだよ、最高で34回かな」

「34回も?」

「34回で向こう岸に着いちゃったから、もしかしたら35回だったかも知れない」

「練習する、34回、ううん、35回」

「桐蔭、目指すなら36回にしないか?」

「どうして?」

「お父さんがもしかしたら35回かも、ならその上を行くようにと36回に目標を定めたらいいなと思っただけだよ、桐蔭が大人になった時、お父さんより立派な人になってくれたら、それはそれでお父さんもお母さんも嬉しいんだ」

 

「ただいま」

「ただいまー」

「おかえりなさい2人とも」

「…日和、これは甘いね」

「え、」

「また塩と砂糖を間違えたね」

「…あああああ」

「あはははは、お母さんは料理が下手」

「桐蔭まで…どうせ私は駄目駄目ですよ、桐蔭の方が料理が上手だわ」

「桐蔭に料理を教えたのは俺」

「そうね、そうでした」

 

『逢坂桐蔭』

「お父さんが、死んだ、」

川で水切りをしていたという日からまだ少ししか経っていないという頃。

「お、お父さんが、う、嘘だ、だって、げ、元気だったのに、」

「桐蔭、元々お父さんは短命だったの、私がお父さんの命を長らえさせていただけ、

黙っていてごめんね、本当にごめんね、」

そう言いながら母親も倒れた。

「お母さん、お母さん、」

「桐蔭、もうあなたは逢坂桐蔭という名前、ごめんね、でもお父さんもお母さんも、

いつまでもあなたの心の中にいる、生きて、あなたを守り続ける、」

「嫌だ、嫌だ、独りにしないで、お願い、」

「出来ればあなたに、兄弟が、…」

「お母さん、」

彼は父親も母親も失い孤独になった。その日は彼の4歳の誕生日だった。

彼は川の前に立っている。しかし、父親から教わった石での水切りをしていない。

ただ茫然と川の向こう岸を眺めている。

彼は何日も何日もその川の前に立ち尽くし、川の向こう岸だけを見ていた。雨が降り出しても彼はそこに立っていた。

どれ程の日にちが過ぎたかという時、彼はしゃがんで石を1つ手に取った。それを投げようとしてその手は止まった。しかしすぐに動かしたとなると、その石で自分の頭を何度も何度も殴りつけるようになった。

赤い血がだらだらと流れている。着ている服がその血で赤く染まっていく。それでも彼は何度も何度も自分の頭部を殴り続けついにはその石を落とした。しゃがみこみ、彼は足元にあった大きな石に自ら頭部を打ち付ける行為を繰り返すようになった。

彼は破壊衝動を繰り返している。河原に行けば頭部を石に打ち付け、家に帰れば家族の思い出が詰まった家具や衣類をことごとく破壊、燃やすことを繰り返している。そしてついには自宅に火をつけた。燃え盛る中に入ろうとしたところで手を掴まれる。

「随分といい形をした手だ、どうだろう、うちでちょっと勉強をしてみないか」

彼の焼身自殺をギリギリで引き留めたのは後に彼が師匠と尊敬する相手、刀鍛冶を生業としていた番条仁作という男性だった。

 

『番条仁作』

番条仁作が逢坂桐蔭の怪我の治療をしている。

「また河原に行ったのか、せっかく綺麗な顔をしているのに傷が残るぞ」

「すみません」

「悲しいか、つらいか」

「申し訳ありません」

「謝る事ではない、俺も幼い頃に両親を亡くした、その時1か月泣き通した」

「申し訳ありません」

「涙が枯れるまで泣くと涙も底をつく、桐蔭はまだ泣いたことが無いんだろう、だからそんな簡単なことも分からないんだろうな」

番条仁作は逢坂桐蔭に刀鍛冶の勉強を勧めている。

「い、」

「はは、鉄を打つ時は手元をよく見るんだ、よく見ていないから手を怪我してしまう」

「…」

「おいおい、刀鍛冶は、」

「…、…、」

「やめなさい、せっかくの手が槌も持てなくなってしまうだろう」

根気よく、丁寧にと番条仁作が指導をしている。しかし、逢坂桐蔭の痛みを感じる行為には歯止めが効かない状態だった。

 

「…、…師匠、出来ました」

「ほう、なかなかいいな、そうだ桐蔭、こうして武器をあつらえるという事で面白い話をしてやろう」

「何でしょうか」

「こうして鉄を打ち、目の前にはその鉄を溶かす高音の炎があっても、出来上がったものは我楽多だという事だ」

「我楽多とは」

「こういう武器と称される物は造り出した者の意思が宿る。物づくりに共通する事柄だ。桐蔭が今仕上げをした短刀も、桐蔭の気持ちが詰まった大切な武器としていても、武器は扱う者を見ている。自分にとってこの者は主としていいのだろうかと伺っているんだ。俗に神宿りをした神器というものがある、扱う者がその武器に主と認められたのと同時に、その主の本来の潜在能力が反映されると、神的な才がその武器に宿ることだ。ただな、本来こういう武器というものは相手を傷つけてしまうだけだ。誰かを憎み、誰かを呪ってしまうような気持ちはよくないこととされる。だからこそ、我楽多止まりとしておくんだよ。玩具と留めておけば、幼い子供がチャンバラごっこをするような楽しいものとなる。俺は一度も、我楽多以外を造ったことはないんだよ」

「しかし我楽多を売って生活をすることは難しいのでは」

「桐蔭、ただ生きて居るだけでいいんだよ。何かしら生きて居たいと思える理由さえあれば他には何もなくていい。俺は我楽多を造り、それを売り、僅かなお金に替えたとしても、別段そこでご馳走を食べたいとか、高級なお酒を飲みたいという欲望はない。

ほんの少しお腹が膨れる程度のご飯や水があれば充分生きていけるのだから、

それにもう気付いているだろう、俺は左脚が不自由だ。他の人のように動き回ってあれやこれやと慌ただしい仕事が出来ない、座ってする仕事しか出来ない。ただ桐蔭には才能がある、両足も自由に動かせる、両手もだ、しかし楽をして生きたい、何不自由なく生活をしたいという思いはいつか傲慢に繋がってしまう、必要なものだけを手にしてささやかに生きる事もまた美しい生き方だ」

「師匠は水切りをしたことがありますか」

「河原でのか、実はしたことがないんだな、俺は左脚を不自由だと言ったがこれは生まれつきでな、走り回ったこともないし、歩くとなっても杖が必要だ、器用に石を投げて向こう岸まで届かせるような楽しい遊びをしたいとは思ったことがあっても、いつになっても出来やしない、その点、桐蔭は得意そうだな」

「父が教えてくれたんです、目標は36回です」

「ほう、かなりの特技とされる程だ」

その日、逢坂桐蔭は夜中、河原に向かった。向こう岸を見つめている。幼い頃の父との楽しかった思い出が記憶を呼び覚まし、喪失感が彼を河原に向かわせた。

彼は石を拾う。そして投げる。しかし水切りは不完全だった。1回も成功することなく、川の中にその石は投げ捨てられたような音を立てた。

「…目標は、36回」

彼はしゃがみこむ。その日また彼は頭部を石に何度も打ち付けた。

 

番条仁作が今日もまた逢坂桐蔭の頭部にぐるぐると包帯を巻きつけている。彼の自傷行為、頭部を石に打ち付けるという行為はどうしても止められずにいた。

「桐蔭、面白いものをやろう。12歳の誕生日の記念だ」

師匠の番条仁作は逢坂桐蔭に1つの鍵を渡した。

「これは何の鍵でしょうか」

「この國の何処かにその鍵が適合する扉があるそうだ、残念ながら俺は左脚が不自由だから遠出が出来ない。持っていても仕方がないしほら、綺麗な鍵だと思わないか」

「紅い石ですね」

「稀少価値のあるレッドダイヤモンドという宝石がはめ込んである、俺がそれを手に入れた時、どこぞの貴族が使用している金庫の鍵だとそういう話を聞いていた。もしもこの先お金に困るような事があれば売り払ってもいいし、こんな俺からの誕生日プレゼントとして持っていてもいい、気に入らなければ捨ててしまってもいいんだがね」

「ありがとうございます、大切にします」

「なら失くさないように、こうしようか」

番条仁作が首から下げられるようにとその鍵を逢坂桐蔭にと渡した。

「師匠、この國の何処かにこの鍵が適合する扉があるのですか?」

「そうらしいよ、御伽噺となるけれどもね」

「そうですか…」

「ははあ、気になったか。少し根を詰めていたからな、少し気晴らしに外に出て来なさい。ああそうだ、ついででいい、1本でいいから綺麗な花を摘んできてくれないか」

「師匠は花が好きですからね」

「毎日毎日鉄を打つばかりが人生じゃない、昔は俺も、庭師になりたいという夢があったくらいだ」

 

逢坂桐蔭はにこやかにと出掛けていく。少しずつではあるが父と母を失った喪失感、それに伴う悲しみの激痛が番条仁作と共に過ごしているうちに薄れて来ていているからである。時に父のように、時に兄のようにという番条仁作から、誕生日を記念にとしてもらったその鍵を眺めながら、逢坂桐蔭は久々に浴びる太陽の光の下、花を捜し歩いている。番条仁作との生活で逢坂桐蔭の顔は表情豊かになっていた。時折訪れる破壊衝動を抑えきれずに怪我をしても、それを介抱してくれる師匠からの愛情が彼の激痛を和らげてきていた。そんな時、逢坂桐蔭は酷く荒れ果てた場所へとたどり着いた。

花が枯れている。茂っている蔦がおどろおどろしいという場所だった。彼は知らなかった。その場所は『秘密の花園』と呼ばれるいわくつきの場所であった。

そして彼は再会を果たす。

「お、母さん、」

「桐蔭、この中に入ってはいけないわ」

「お母さん、い、生きていたんですか、」

「絶対にこの中に入ってはいけないの、花なら別の場所に行き捜しなさい、あなたを家族だと想ってくれている方を悲しませてはいけないわ」

「何故この中に」

「引き返せなくなるからよ、昔、あなたのお父さんが入ってしまったことがある、運よく引き返せたからよかったものの、危なかったのよ」

「分かりました、別な場所、ですね」

「桐蔭、大きくなったわね、それだけで私もお父さんも、とても嬉しいわ」

逢坂桐蔭は一度その場から離れる。そして頃合いを見て引き返し、もう誰もいない入り口から中にと入る。

彼には常に働いている感情があった。希死念慮である。

『自分の父親が入ったことがある』より『危なかったのよ』という言葉の方に彼は重きをおいて中に入った。そして彼はその庭園の中で扉を開ける。

帰りに美しく咲いていた花を一輪だけ師匠の元へと持ち帰った。それが逢坂桐蔭の12歳の誕生日の事だった。

「師匠、花です」

「桐蔭、この花はどこで、」

「綺麗だと師匠は考えますか」

「…桐蔭、」

彼がその庭園の中の扉の中に封じて来たのは彼の感情そのものだった。

 

「師匠、また花を摘んできますか」

「疲れたのなら少し外の空気を吸ってきてもいいよ」

「疲れは感じません」

「連日で鉄を打っているよ、疲れている筈だ、休憩してくるといい」

「ありがとうございます」

破壊衝動はなくなっている。そんな彼が花を摘みに行くという日課が偶然の出逢いをもたらした。花畑の中に寝転がっている同い年くらいの少年との出逢いである。

 

「ん?あれ?」

黙々と花の選別をしている逢坂桐蔭に気が付いたのはルドラ=シヴァという彼である。

「へええ、男なのに花を摘むだなんて、好きな子にでもあげんの?」

「すみません、休憩の邪魔をしてしまいましたか」

「ちこっと疲れたから寝転がってただけだよ、ん?」

「すぐに退散します、これでいいと考えるので」

「なあなあ、お前この國の人?」

「はい」

「ええと、この國の人って人形?」

「人形ではなく、例えば俺ならば神人族とされます」

「ほえー、ふむふむ、神人族ってみんなそんななの?」

「そんな、というのは」

「いやいや、ああそうそう、俺、ルドラ=シヴァって名前なんだ、えーと、神話世界っていうところに家があって、プチ家出中でーす」

「すみませんでした、プチ家出を邪魔したようです」

「ええと、名前は?」

「名前、俺の名前は、」

彼は一呼吸置いてから答えた。

「逢坂桐蔭です」

「ほおー、この國の人はそういう名前なんか」

「すみませんでした、プチ家出を邪魔してしまって、失礼します」

「あ、あー」

「はい」

「俺、この國に来たばっかで何も分からないんだ、もし暇だったらちょいと」

「ちょいと」

「ちょいと話、してくれん?」

「ちょいと話、をするわけですか」

逢坂桐蔭は花を見て、それから彼を見て、

「この花を師匠の元へ届けてから許可を得て戻ってきます、そうしたら、ちょいと話、をします」

と言い、番条仁作の元へと一度戻る事とした。

「師匠、この花を選別していた際に頼まれたことがあります、外出許可を頂けますか」

「頼まれた?」

「ちょいと話、という事です。その方の名前はルドラ=シヴァ、神話世界に家があり、プチ家出、をしてきていたのですが、それを俺が邪魔してしまったのです」

「あはは、いいよいいよ、その、ちょいと話、というのをしてきなさい」

「ありがとうございます、花です」

「ああありがとうね。帰りは遅くなっても構わない、楽しんできなさい」

 

逢坂桐蔭が先程の花畑に戻る。その前に寝転がっていたルドラ=シヴァが気付いていて起き上がっていた。

「おお、やほーい」

「ちょいと話、をしに来ました」

「あはは、何かすげえ、えーと、俺は神話世界でだと12歳くらい」

「はい」

「あのさ、同い年なんだから敬語はやめてちょー」

「俺は年齢を伝えた記憶がありません」

「なあなあ、この國には神族がいんのな」

「はい、あ、」

「お?」

「敬語はやめてちょー、とは」

「ぶはは、俺みたいな話し方にしてくれればいいんだよ、なんつうの?砕けた口調?先輩後輩でもなかろうに、同い年なんだから同じ感じの方が俺も話しやすいんだよね」

「…神族は、いる」

「神人族と神族なわけか」

「それが」

「うーんと、俺もこの國の神族、みたいな感じの種族だからかな、でも世界が違うから別かなとか、そんで桐蔭は神人族なわけね?師匠ってどんな師匠?」

「刀鍛冶の師匠」

「刀鍛冶、つーことは武器をがっちゃんこなわけか、ふーん、この國の武器ってどんななの」

「我楽多」

「ガラクタ?ん?武器じゃないな、ん?」

「師匠と造っているのは我楽多、神宿りをしていない前の段階の武器、なので我楽多、誰も憎まず誰も呪わず、相手を殺す道具ではない我楽多、の師匠と弟子の俺」

「あはは、桐蔭っておんもしろーい」

「俺を面白い、と考える?」

「うんうん、なんかいいなあ、あー俺、家に帰りたくないなあ」

「プチ家出」

「そう、何かさ、いやーなことばっかで面倒くさくなって、そんで家出してきた」

「いやーなことばっか」

「あはは、桐蔭てちょいと変、でもどしたんその頭」

「頭」

「包帯してるじゃん」

「ああ、もうきっと治っている」

逢坂桐蔭が包帯を外す。

「治ってないよ?」

「治ってないのか、ならまた巻くしかない」

「えー、痛くないの?」

「痛くないから治ったと考えた」

「うわー、桐蔭ってタフなんだわ、タフ」

「タフというのは」

「強靭とか言うかな、めたくそ強いよって意味、あはは」

 

逢坂桐蔭とルドラ=シヴァの会話は連日のように続いている。主にルドラ=シヴァが笑いながら話をし、逢坂桐蔭がそれを真剣に聞いている。そんな頃、2人の近くで爆音が轟いた。

「あらま、落っこちてきた」

「…」

その当時の神國には高さのある建物は存在していない。

「どこから、落っこちてきた」

「あー、うーんと、まあいいや、ちょいと見に行ってみようぜ」

2人が向かった先にうつ伏せで倒れている人物がいる。

「おーいおーい、元気出せー」

「…辿り着けんかった…」

逢坂桐蔭は上空を見上げている。

「しゃーないじゃん、そうそう簡単に空は飛べないわい」

「おぬしは空を飛べるのか…」

「とりあえず起き上がってちょ、桐蔭があたふたしてるんだわ」

うつ伏せ状態から平然と起き上がったのが若かりし頃の煉獄閻魔である。

「どこ目指してたんだよ」

「宇宙だ」

「宇宙?」

「宇宙征服が夢なのだ」

「壮大だなー、つーか名前は?」

「吾輩は煉獄閻魔という名をしておる」

「あり、もしかしてさ、魔界に家があったりする?」

「魔界は実家だが今はそれどころではない、宇宙へ行きたい」

「いやいや無理よ無理、飛べないじゃん、ジャンプしてぽーんじゃないんだわ、そんくらいで行けたら俺でも行けるわ、でもすっげ、宇宙征服かい」

「世界征服より壮大であろう」

「おうおう、夢はでっかく、いいねいいね」

「しかし、そちらは」

「あーあー桐蔭、こいつすんごくたかーくジャンプして届かなくて落っこちて来たの」

「跳躍をした結果だったのか」

「吾輩はこう、」

煉獄閻魔が跳躍を披露する。2人が其々に異次元な跳躍の高さを見上げている。そしてどっすん。

「まずは着地の練習をしなよ、受け身とかだよ」

「…辿り着けんかった…」

「それよか宇宙へは行けないんだから家に帰るんか」

「…帰り道を見失っておる…」

「ただの迷子じゃん。」

うつ伏せで地面に激突着地、から再び煉獄閻魔が平然と起き上がる。

「吾輩は煉獄閻魔だ」

「俺はルドラ=シヴァ」

「逢坂桐蔭だ」

ここから少しの間の僅かな季節、3人は平和に楽しく友情を刻む関係性となった。

 

逢坂桐蔭は特技としている刀鍛冶技術を披露している。ルドラ=シヴァも煉獄閻魔もその手先の器用さに感心、感服、としながら見ている。

「俺ね、ちらっと無意識にだけどちょい先が見えるの」

「先が見える?」

「あーあいつは次どう動くかなーみたいなやつだけど」

「羨ましい限りである」

「神話世界ってまだできたばっかなの、魔界は魔界で歴史があるだろ、地獄とかに繋がってるじゃん、こっちは歴史が浅くて中がごっちゃ、面倒くさくなってたんだけど」

「?」

「だからほれ、先が見えるわけだから、もうそろそろ戻ってこいやーみたいなね、そう言われる俺が見えてるの、先見之明っていう名前なんだけど」

「神話世界に戻ると何をするんだ」

「うーん、何かになれ、という命令が下る」

「何かになれ?」

「しょうがないんだよな、生まれた場所のしきたりには従うのが当たり前だし、実家の家業を継ぐようなあれよ、同期がいんだけど、なんか気が合わないっつーか」

「吾輩も従属者がおるがしつこくてな」

「従属者?」

「パシリだよなパシリ」

「魔界では奴隷、奴婢と、何やかやと付きまとい煩いのだ」

「俺には師匠しか居ない」

「いいじゃん、そんなすげえ技術を教えてくれた先生だろ、自慢の師匠様だな」

「そうだな」

「そういや閻魔は帰り道思い出したんかい」

「少しばかりだが」

「まだ迷子じゃん。」

「仕方あるまい、方々で包囲されるのだ、そやつらの相手をしとると方向感覚が鈍る」

「…なら」

逢坂桐蔭が二人にと槍、短剣を渡す。

「所詮我楽多となるが、壊れたら壊れたで何かに再利用が可能だ、使うか」

「え、いいの!?」

「貰っても良いのか」

「喜ぶことなのか?」

「え、実はさ…桐蔭が黙々と造ってるじゃん、超かっけーと思ってたんだよ、うわーうれしーやったー」

「吾輩は体術ばかりであったが武器も面白そうだ、ありがたく頂く」

「あ、閻魔って体術系?俺てっきり運動馬鹿かと思ってた、だはは」

「準備運動は重要だ」

「あのジャンプとか準備運動?」

「例えばだな」

ここで再び煉獄閻魔が体術を披露。

「すっげ、何回転した?」

「準備運動だと10回転、本気を出すならば今は高速で1000回からの蹴り」

「うわー…目がぐるぐる回らんの」

「実はふらふらする」

「だはは、未熟なわけね、これからも鍛錬なわけね」

「しかし桐蔭も自分に何か無いのか、吾輩達ばかりでは不公平ではないか」

「俺の」

「そうだよそうだよ、友情記念だ!」

「少し、考えてみる」

そして3人の別離の日が訪れる。逢坂桐蔭が造りたての武器を2人に見せた日である。

「見たことがないなー」

「一見刃物型に見えるが銃器の機能を追加した、近距離、中距離、遠距離、ただの我楽多、護身用にとした」

「名はあるのか」

「そうそ、俺のはロンギヌスの槍だろ」

「吾輩の短剣はマスカレイド」

「ライジングサン」

「うお、かっけー」

「意味は何なのだ」

逢坂桐蔭が真顔で告げる。

「俺達の夜明けだ」

 

「桐蔭はどうなんだ」

「どうというのは」

「刀鍛冶は、楽しかっただろうか」

「…申し訳ありません、自分にはそう感じられるようなものがなく」

「まだ桐蔭に何も話していなかったね、昔、俺は結婚をしていた、不自由な左脚は生まれつきではなく、妻を助ける際に神経を断裂させてしまってね、その時妻のお腹には子供がいたんだが、胎教にいいからと散歩に出掛けた妻が足を滑らせて崖から堕ち、それを庇った際に負傷したものなんだ、妻も子供も助けられなかった、俺の脚なんかくれてやるからどうかと願った、でもどうにもならなかった、傷心の身で自死を決意していた日、偶然、あの河原で桐蔭を見たんだ」

「あの花は」

「妻が花を好きな女性だったものでね、崖の少し下、手が届く所に綺麗な花が咲いていてそれを摘もうとして崖から、その冥福を祈る為に毎日、桐蔭が摘んで来てくれる花を飾っていたんだよ、ありがとう、桐蔭は俺にとっては実の息子のようだった、ただ自分で自分を痛めつけるしかないその悲しさや痛みを俺も知っていたから、どうしても放っておけなかった。桐蔭、現状が無意味だと考える事がまだ出来るのなら、考える事がまだ出来るうちに成すべき事を果たすんだ、神人族、神族、そんなものどうだっていいだろう、俺の妻は神族の一員だった、種族が違えど相互理解がいつか叶う日が来るかも知れない、桐蔭を友と認めてくれた2人の為にも」

「師匠、」

「俺は此処を離れられない、大切な家族と過ごせた時間が、記憶が残っている場所を捨てて離れる事をしたくない、ただな桐蔭、お前だけには生きて欲しい、俺が教えた技術を誰にも利用されず、逢坂桐蔭の才として己の為だけに使え、そうすれば父も母も君を誇りと出来る筈だ」

 

逢坂桐蔭が足早にと向かった先に神人族軍の長が居る。

「軍長、僭越ながら申し上げます」

「何だろうか」

「斯様な戦争は無意味と考えます、神人族は滅ぶべきです、相手を認めるか認めないか、其の様な理由だけで同胞が血を流す事を最小限に止める為にはまず投降を、其れ以外の道は、」

「逢坂大佐、貴君の功績は充分に賞賛に値する、兵器開発にも武器技術提供にもだ、だが無意味な戦争等では無い、戦況は此方が有利だ、勝利を目前に投降等あり得ん」

「しかし」

「現時刻をもって貴君を追放とする、意識が同調出来ない異質な者は同じ一族の者であっても認める事に値しない、その名を剥奪とする」

「失礼致しました」

 

逢坂桐蔭が名前を剥奪され、神人族から追放処分、除籍とされた。彼は一度、師匠の元を訪れている。かつて自分が弟子として修業に明け暮れた工房の跡地を訪れ跪いた。

「俺が設計開発をした化学兵器が番条仁作をも、…申し訳ありませんでした」

彼が古代神國を出た日からすぐ、古代神國における戦争は神族軍の圧倒的勝利という結末で終わった。

 

その後彼は刀鍛冶時代を経て一度、ルドラ=シヴァ、煉獄閻魔との再会を果たしている。2人はお互いの武器を交換、それを目の前にしながら、逢坂桐蔭は何も言葉が出なかった。

「…ごめんな閻魔、俺を赦さなくていい、神話世界が魔界の敵となるとはな、俺は何もしない、お前が好きなように神話世界を潰してくれていい」

「吾輩は別な場所へ向かう、魔界は無法地帯、争いを好む愚者共が戦をすればよい」

「ごめんな、せっかく桐蔭が俺達の為に造ってくれたのに、俺は友を殺す道具として使わない、元気でな」

涙を流しながらの武器交換はお互いがお互いを敵だと認めないという意志、2人の思考の象徴となった。

逢坂桐蔭も刀鍛冶業を廃業とした。そして次なる道、萬屋稼業へと踏み出した。

独立する為の過酷な鍛錬、修行を仲間達と共にし、とうとう独立という日に、別れの記念として逢坂桐蔭は我楽多、最低ランクの玩具を仲間達に譲渡した。二度と醜い争いに発展しないようにと願いながらも、唯一の特技の披露でもあり、番条仁作の言葉、己の為だけにその才を使え、父も母も君を誇りにと出来る筈、それを信じて8人の仲間達に渡した。

 

依頼をされれば何でもやる。

彼は萬屋として数々の仕事をこなしていった。特に一番の功績となったのは5番門扉世界の建築物の改築工事である。かつてその世界を滅亡までに追いやった元凶を回避させた一助となった。

しかし、彼は葛藤を続けていた。それがアビス魔界となった場で遭遇した、郷間静華、郷間志津史という兄弟であり、特に弟の郷間志津史が装備しているロンギヌスの槍、マスカレイド、かつて自分の友2人が涙を流しながら戦闘放棄の意味合いで交換し合った武器、自分が別れの記念にと友2人に譲渡した自作の武器が、彼の脳裏に刻み込んだ意識があった。

ある時、逢坂桐蔭は意を決して例の鍵を紛失させている。しかしその鍵は再び手元に戻った。

依頼があれば必ず全うするまで生きる事を諦めない、そんな彼が同時に思考していたのは依頼が無ければ自分は無価値であるということである。かつての友、ルドラ=シヴァに再会し、共に仕事をし、約束を交わす。いつかこの鍵の話をする。

しかしそれは果たされなかった。果たさずとも良いのではないかと彼は考えていた。

それは、ルドラ=シヴァが以前のように、出逢った頃のように笑顔で店番をこなす姿を見ていたからである。そして、自分がもう居なくとも、店舗営業に差支えが無い、と思考していたからでもある。

在庫チェック表を見る度に、店舗外観を見る度に、自分はもう既に無価値となっていたのだろうと痛感していたからである。そして、あの日が来た。

 

奴隷死魔となる直前の人型概念、筒香真白による簡易的な襲撃。彼は致命傷ではないと判断し、筒香真白に自らの急所を伝えた。非力な攻撃ではあっても何度も何度も繰り返させることで彼の意識がだんだんと薄れていく。

「すまないが、其れだけは受けられない、疲れてしまった、少しだけ休みたい、」

 

頼成隆景の横で号泣している者がいる。郷間志津史。

 

『ルドラ=シヴァ』

既に分かっている。俺はそういう使い方をされいずれ葬り去られてしまう。

俺には生まれつき先を見通せるという能力が宿っている存在だった。同期の者達にはないもので、俺はその者達を見ては視線を落とす他なかった。少し外に、ただそれだけの理由で神話世界を出た。拝命を受ける迄の僅かな時間であっても、少しの自由を感じてみたかった。

古代神國。そこに辿り着いた時、神話世界とは別の色をしている空に恋い焦がれた。

「青いんだなあ、雲が白いんだなあ」

普通のことであっても、俺には新鮮な色として目に映った。花畑があったので、そこに寝転がってぼんやりとその青い空と白い雲を見ていた。いつかこの色も別な色に見えてしまうんだろうな、そう考えていた時に見えたものはこっちに向かって歩いてくる存在だった。

「…ん?あれ?」

何か違う、でも生きてる?俺は起き上がって確認した。意識を感じない、でも別な意識は感じる。それが、逢坂桐蔭という名前をした、その神國に生きる友となった。

「名前が漢字なのか、ふうん、神國って名前が漢字なのか、へええ」

「名前が漢字だと、何か違うんだろうか」

「ううん、たまたま俺の名前が漢字じゃないからだ、でもなんか変」

「なんか変」

「ええと、うーん、」

逢坂桐蔭、彼は当初、俺の言葉をまるでオウム返しのようにと話す人だった。

「桐蔭は花が好きなんか?毎日だなあ、好きな子に毎日贈り物かいな」

「師匠が飾っている」

「師匠かあ、いいなあ、何か教えてくれるんだろ、俺にもそういう優しい先生がいたらなあ」

「鉄を打っている」

「ん?」

「目の前に焔がある、熱で鉄を溶かし、打つ。その後冷やし固め、我楽多となる」

「我楽多?ん?何で?超頑張ってるのに何で我楽多?」

「師匠が我楽多を造っている」

「んー…」

俺にはもう既に俺専用の武器が授けられていた。

「なあなあ、その師匠って何故男性なのに花を飾ってるんだ?」

「師匠が男性だと説明をしただろうか」

「ええと、話の筋から想像をしたんだ、多分そっかなーって」

「師匠は男性だ」

「そかそか、でも花が好きな理由は何だ?」

「好きな、理由」

「そうそう、俺の家がある世界ではな、花ってーと、何だろ、女神、あー、主に女性がな、きゃあー綺麗、きゃあー素敵、とうるさいんだよ、俺は好きじゃないからさ」

「綺麗、素敵、と師匠は考えるのだろうか」

「そら毎日飾る程なんだから、綺麗だ、素敵だ、そう思って花を愛でるというか」

「花を愛でる」

「うん」

「あまりそのようなことを考えた事がなかった」

神國の空は綺麗な色をしていると話したこともある。雲が白い、いろいろな形になる、例えばあの雲は何かに似ていないかと話したこともある。でも、いつも桐蔭は答えに詰まり、しばらく考えてから、

「あまりそのようなことを考えた事がなかった」

としか返事をしないおかしな人で、でも一緒にいるだけで自然と笑いが出た。

 

煉獄閻魔という名前をした友が出来たのはその後すぐだ。

「ありま」

何か落っこちて来る、直後どっすんという音がした。桐蔭とそこへ行くとうつ伏せになりながらわなわなとしていたのが閻魔だった。

「辿り着けん」

「そらなあ、宇宙までジャンプは無理だよ」

桐蔭は何度も何度も閻魔が落っこちて来た、という方角を見上げていた。違う意味なんだけどなあと思いながらもあははと笑いが出た。

「なあ、魔界って悪魔ばっかって世界だろ、歴史がふっかーい」

「確かに悪魔と呼称される輩がおる」

「閻魔は悪魔じゃないの?」

「吾輩は少々異質なのだ、従属者達が悪魔というだけだ、煩わしい」

「女の子にきゃあきゃあ騒がれてうるさいなあって?」

「魔界には女性は少ない」

「ああそう?神話世界にはうじゃうじゃいるんだけど」

「煩わしいか」

「あーうん、対応がめんどい」

神國にも女性が結構いた。俺の出身の神話世界は男性女性の比率が半々、もしくは女性の方が多い時もあり、こんな俺にも許嫁という存在がいたりした。でも、男同士でわいわいといろいろな話をする方が、打ち解ける感があってとても楽しかった。そして、俺の目に、それが見えた。

 

別れの記念、友情の証、そうして俺は桐蔭からめたくそかっこいい『我楽多』を貰った。

「大事にする、宝物にするよ」

閻魔もめたくそかっこいい『我楽多』を貰っていた。

「吾輩はあまり武器使用をしないのだが大切にする」

そして桐蔭も自分用に護身用だと言って、ライジングサンという名前のめたくそかっこいい『我楽多』を造った。

「俺達の夜明けだ」

 

神話世界に戻るとしこたま激怒された。そして俺は拝命となった。分かっていたことなのに、ただそれを受け入れる事しか出来なかった。

ブラフマー、ヴィシュヌ、その2人が俺と同期という仲間だ。

俺の家はカイラス山という場所にあり、ブラフマーとヴィシュヌの2人と俺、3人で3つの柱と称されていたものの、当時の最高神3人のうちの1人という位置が俺にはどうにも嫌悪対象だった。ブラフマーは創造神、ヴィシュヌは守護神、そして俺は破壊神と拝命となった。

「シヴァ、寂しくなるわ、外に行くのね」

「サティー、俺はもう戻らないかもしれない」

「どういうこと」

「破壊神だからだ、命令には従わないと、全世界を破壊尽くしてこいと言われた」

「…そう、いつでもあなたは戦いを好まない性格だったもの」

「俺さ、友達が出来たんだ、見てくれこれ」

俺は許嫁というサティーという幼馴染に桐蔭からもらったロンギヌスの槍を見せた。

「とても斬新なデザインだわ、見たことが無い、綺麗ね」

「だろ?俺の宝物なんだ、俺達が知ってる神話武器とは別物だ、我楽多だって言われたけれど、俺には大切な宝物なんだ」

「きっと、きっと帰ってきてね、待ってるから」

俺は返事が出来なかった。見えている先がそうさせなかった。

 

「また誰も居なくなった」

最初は俺も、目の前に現れた存在達と対話を試みようとした。あの逢坂桐蔭のようにちょっとおかしな感じがする相手でも友達になれたんだ、だからと話をと思っても、

「は、破壊神なんだろ、神話世界の、お、俺達を殺しに来たんだろ、」

否定が出来なかった。そして向けられるものは全部が全部敵意、そして俺に対する恐怖感、加えて、

「み、認めるものか、貴様の存在等、死する前に貴様を滅する、」

認める、認めない、両極端の考えだけで誰もが俺を敵だと考える。判断する。俺も分かっていた。きっと俺がその相手の立場であったら目の前に破壊神、破壊だけを命じられた神が降臨となっただけで畏怖、恐怖、命乞いするしかない。

どうして俺は破壊神なんだ。ブラフマーは創造神、ヴィシュヌは守護神、なのに俺だけが何故破壊だけを命じられる存在なんだ。

葛藤が決意に変わり、決意が強固な意志となり、その意志は義務から生まれるものであり、その義務が葛藤へ、葛藤が決意へ、決意が意志、そしてまたその意志が義務の下へ戻り、その循環を俺は思考する事を諦め、ただひたすら破壊行動を行った。

戦闘に勝利し、相手から戦利品を奪取する。その戦利品を売り飛ばす。ただ不思議なことに売り飛ばした筈の戦利品がいつしか手元に戻って来る。

俺専用の武器はある。ただ、戦利品として滅した相手から奪取した武器や防具が俺に語り掛けてくるようになった。特にシャルル、時に獣の形をとったり、標的に投げつけるだけで戦況報告、そして共に考えてくれる存在。ありとあらゆる武器を持ち破壊行動ばかりを繰り返す日々。

笑うことも、泣くことも、何も感じることもなく、ただひたすらに目の前の存在を葬り去るだけの日々。疲れた、そうして少し眠ろうとしても、休もうとしても、既に状況は変化していた。殺される前に俺を殺す為の奇襲、休む暇さえ与えられない状況下、俺はその4本の剣を戦利品として手に入れた。誅仙四剣、この4本が揃うと誅仙陣という結界が張れる。俺は束の間の休息を取りながら、そんな日々の一時、一度だけ神話世界に帰還したことがあった。

帰還命令が下ったからだ。

その内容に驚愕した。魔界と神話世界間の抗争への参戦命令だった。命令には絶対だ、しかし魔界には俺の友、煉獄閻魔が居る。

実直で、真面目で、思考が固くて、けれど3人で楽しかった時代を共に生きて、僅かな時間であっても、どうしても友を敵だと認める事は俺には出来なかった。

 

奇襲命令を実行する、その目的の為に俺はその場所へ向かった。その頃魔界は黄泉の世界と繋がりがあり、その中間という場で待ち伏せをし、奇襲をという命令に従う振りをして俺は閻魔と再会した。手に握りしめていたのは桐蔭から貰った宝物、魔界王となっていた閻魔もその手にマスカレイドを持っていた。

悲しかった。もう、何も、一緒に笑い合えない仲になってしまったのかと、そう考えただけで涙が流れた。友とは戦えない。命令が絶対だとしても、俺は破壊命令よりも友情の方が重要だった。優先したいのはいつでも、俺の心だった。

「…これ、」

俺は悲しかった。嫌だと何度も思った。

「俺は閻魔と戦えない、神話世界と魔界が、そんな歴史が訪れることまで俺には考える事がもう出来なくなっていて、命令は絶対であって、義務であっても、俺は、あの頃の夜明けが、空の色が、忘れられない」

大切な宝物は、いつかこの手を離れる時が来る。けれど閻魔は俺にマスカレイドを差し出して来た。

「交換をしようではないか、吾輩も桐蔭から貰った宝だ、下らぬ争い等には興味等無い、愚者だけが戦をすれば良い、我等は友、互いを認め合った仲だ」

俺はロンギヌスの槍、閻魔はマスカレイド、お互いがお互いの宝とする、友情の証を差し出し、交換とした。それは逢坂桐蔭という共通した友に捧げる、俺達2人の友情の誓いだった。

「俺は戦わない、それにもう何もかもやめる」

俺も閻魔も涙を流し、その日を境に別離となった。その場に桐蔭が居た事は、その時の俺は気が付けないでいた。きっと、今まで生きて来た中で一番動揺をしていたからだと今なら分かる。

 

放浪の旅に出る頃、サティーが焼身自殺をしたと知った。まだ幼かった太陽神も月神も俺ではなく、ブラフマーやヴィシュヌばかりを慕い、他の同胞達も俺を異質な物と見るような目で避けていた頃だ。一度も俺の破壊行動は称賛されたことはなかった。何故俺にそんな義務を、命令を下したのだろうか。俺が嫌悪とする行動を何故、誰もが今になって否定するのだろうか。己の存在を否定されることは多く経験していても、同じ世界の同胞から否定されることは激痛でもあった。

魔界と神話世界間の抗争は休戦状態にあった。魔界王の煉獄閻魔が長らく不在だったことと、一番の戦力だった俺が参戦しなかったことで上の者が勝手に休戦協定を取り付けていたからだった。

ただ、俺が参戦しなかった代償として、サティーの焼身自殺という件は、命令の下にあった事には酷く葛藤をした。許嫁であっても、サティーだけは俺を心配してくれる、優しい相手だったからだ。

 

誰も、一度も、俺の行動を、存在すら、認めてくれなかった。

放浪の旅の先でオーディン夫妻と話をしたことがある。同じ神族の者であっても、出身が別だから無意味な戦闘は不要でもあったし、俺は俺で自分が神話世界の破壊神だと名乗らなかった事もあり、ただ普通に話が出来た。

その夫妻には子供がいて、それがアエノ=トールという名前をした少年だった。アース神族の一員で、雷の化身でもある雷神というその子は、神話世界に生きる俺の同胞とは別な考えをしていた。一緒に遊んでやってもらえないだろうか、そう頼まれて、少しだけ俺が知っている遊びを披露した。

「どっかーん」

俺は頭を抱えた。俺が知っている遊びは『狩り』と称されるものだけで、雷神に玩具だと言って渡したミョルニアという槌を雷神がぶんぶんと振り回し、

「どっかーん」

と繰り返し繰り返し言いながら雷撃をとどろかせては面白そうに大笑いをしていた。

「楽しいのか?」

「んー、おっしょー様はミョルニアをどっかーんしないんですか」

「おっしょー様?」

「え?おっしょー様でしょ?あり?」

おっしょー様と呼ばれたのは初めてで俺は苦笑するしかなかった。

「あんなあ、ミョルニアはこうだよ、素手で使うのがまず駄目。手が痛くなるんだよ、鉄の手袋だけどこれ、ヤールングレイブル、これを両手にはめて」

「おうっす」

「それとこれ、ちょいと力が倍増する力帯、メギャンギョルズをつけるとな、ほれ」

「どっかーん」

地面に雷撃が貫通し大きな穴が開いた。

「おおー、すごーい、おっしょー様」

「楽しければそれ、やるよ」

「いいの?」

「俺には要らないからな、貰ってくれるとありがたいんだ」

「じゃあもらうー、やったー、やったー」

かつて戦利品として手に入れた武器が此の手を離れる事が少しだけ嬉しくもあった。

「ああそう言えばな、日本という国で雷神みたいな子と逢った事があるんだ」

「んおー?」

「風神って言ってな、風を司る神という子だった。風って風邪だろ病気の、その風邪を流行させちゃうことがあって疫病神扱いされたことがあるってさ、そんでそれが嫌だーってわんわん泣いてたな」

「ほえー」

「でもここ、いいところだな、ビルスキルニル、雷神はトールだろ、神々と人間、両方を守る要とされるアース神族の一員だ、誰かを其の手で護れるっていいぞ、もし大切な友達でも出来たらその友達の事も護ってやんな、そしたらその友達も雷神を護ってくれるかもな」

「ほえー」

「あんなあ、俺の言ってる事分かってる?」

「あんま」

「あちゃー」

俺は破壊する事しか出来なくても、雷神は防御の要とされるヴィシュヌみたいな守護神系の神族だ、でも守ってばかりでは疲れるだろうと思って、あれやこれやといろいろな武器を玩具だと言ってプレゼントしてみた。

「ぶんぶんっ、ぶんぶんっ」

「あはは、楽しいんかい」

「おっしょー様は何を使うの?」

「んー、俺は俺専用があるからそればっか」

「ほえー」

「…分かってないだろー」

「あんま」

 

雷神と出逢う前の話となるとその日本だ。戸隠風神という名前に懐かしさを覚えた。

漢字の名前だからだ。

「師匠は御国はどちらですか」

そこでも師匠と呼ばれていたので少々気恥ずかしい感じだった。

「神話世界なんだけど」

「では我が父と我が母とは縁戚となる方ですか」

「どうだかなあ、出身が違うから。でも同じ神族なのは一緒だな」

「我が父は釣りを趣味としています」

「知ってる知ってる、島を釣り上げたんだろ」

「知っておられるわけですか」

「噂で聞いてただけ、ああそうだ風神にはこれ、これで遊んでみ」

「何でしょうか」

「イムフルって名前だ、風を司る神の子だろ、疫病神だなんて悪口言われないように、風邪なんかそのイムフルで吹き飛ばしちまえ、風神が望めば、そのイムフルが風神の気持ちに応えてくれる」

「望むだけで」

「武器はぶんぶん振り回すだけじゃない、念じる事で力を貸してくれる武器もある、俺がちょっと疲れて休みたいなーとか思った時、これな、誅仙四剣ってんだけど、これが俺を守ってくれるんだ、ちょいと寝たいから頼むよってな」

「すごいですね」

「優しいんだよ、武器って相手をどうのこうのと攻撃するだけじゃないんだ、俺にも大切な宝物としている武器がある、でもいつかその宝物でさえ俺は手放す時が来るんだろうな、いつまでもいつまでも永遠に残る物体はないだろ、ガラスで出来ているのなら落として割ってしまえばもう駄目だ、日本となれば『覆水盆に返らず』だっけか、こぼれてしまった水はもう元々の水じゃない、俺が知っていた物とはもう別物になってしまって取り返しがつかないことになるんだ」

俺にとってそれは友情だった。

 

「随分と、遠い所まで来てしまったんだな」

 

もうやめよう、もう終わりにしよう。そう決意した時その新たな存在に遭遇した。こいつで終わりにする。俺が殺し、その命を奪う者はこいつで終わりにする。

「…人の形をとった概念、其の思想には少しの美しさと聡明さを感じ取れるが、俺が本当に知っている美しいものとは全く別物だ、比較も出来ない程」

俺はヤグルシを手にしていた。追放、もう俺を追放してもいい、神話世界よ。

俺はヤグルシを振り上げた。そしてその人型概念の頭部も、人間に似たその身体もろとも粉々に破壊し、人型概念が生命とするその思想の色を俺は見ていた。

「全然違う、そんな色をしていてはいつか漆黒のように闇と化すだけだ」

会話も出来ない人型概念だった、けれどそのような新しい存在が誕生している時代に、歴史にその流れをこの世界は身を委ねたのかと思うと、どうしようもなく俺は、自分を古き者だと痛感せざるを得なかった。

相手が誰も俺を認めなかった。だから俺も誰も認めることをしなかった。誰か1人でも俺の話を、言葉に耳を傾けてくれてさえいれば、俺だって破壊神という義務をどこか途中で放棄出来ていたかも知れないのに。

いつでも、どこにいても、俺は自分が生きて居てもいいのだろうか、その生きる理由というものだけをひたすらに捜し続け、ただ茫然と空を眺めていた。

「…已めた」

もう違う色に見えるんだよ、桐蔭、閻魔。3人で見上げていたあの頃の空の色とはもうどこへ行っても別な色にしか見えないんだ。

桐蔭はどこかでまだ生きて居るんだろうか。特技としていた我楽多作りをまだしているんだろうか。神人族という種族だったから、普通の人間とは違うから寿命が長いだろうけれど、あの頭部の怪我の酷さに対して痛みも感じない、何も感情が働いていないような不思議な友。

閻魔もまだどこかで生きて居るだろうか。魔界に帰れたんだろうな、だから魔界王になっていたんだから、もう迷子にならずにしっかりした大人になってるんだろうな。

桐蔭も、閻魔も、自分にとっての生きる理由、生きて居てもいいと認められるような理由を持てているんだろうか。

俺にはもう何も無いんだ。

自分の手で破壊し尽くしてしまったから、もう破壊するものがどこにも無いんだよ。