末っ子だったのに、いつの間にか私たちの年齢を超えて先に逝ってしまった愛する家族のお話、
興味のない方もおられるかも知れませんが、
もう少し、ここで吐きださせてください。
貧乏な我が家にやってきた美しいこ。
散歩をしているといつも、
「おめめがくりくりでかわいい」と声をかけられていました。
お父さんを駅まで迎えに行くと、
たーぼくんを見つけた夫は、いつも自慢げで嬉しそうな顔で
「どうだ!うちの子かわいいだろ?」って心の声が漏れもれでした。
娘は小さい頃から犬が好きで、
一緒に暮らすのが夢だったのに、娘がひとりで散歩に連れて行ったのは14年近い間に、10回もあったでしょうか?
「散歩連れて行ってよ」と言っても、
「だって歩かないんやもん」とちっとも連れて行こうとしなかった。
娘の後悔はきっと、
もっと散歩に連れて行けばよかった、
もっとちょくちょく会いに行けばよかった
夫の後悔は、
特にこの7年は家に寝に帰るだけでお散歩も殆ど連れて行くこともなくて、
何度も何度も体調が悪くなったことも、
出ベソで手術したことも良く知らないままだった。
やっとゴールデンウィークには一緒に出掛けられると楽しみにしていたのに叶わなかったこと。
私は、
何度でも復活できると信じ切ってしまっていて、
先月の16日の日に薬で元気になったけれど、
あの時、注射や点滴をしてもらって居たら、もう少し生きて居れたのではないかと、
それでも年齢的なことや難病を患っていたこともあり、
最近はずっと愛するものを失うことへの怖さでいっぱいだったので、
喪失感とは引き換えに、恐れが無くなったことに気が付いた。
それでも、共に暮らしてきて、
彼のために身についた習慣が、居なくなった現実を私に突きつけては涙が溢れ出す。
容体が悪化したのが先週の今頃で、
それ以来、抱っこしておしっこをさせたり、お水を飲ませたり、
おもらしをしてしまって、その時が近いことを告げられても、
悲しいのにかわいくて、
悲しいのにそんな時間が神々しくさえ感じて幸せで、
せめてそんな時間がもっと続いたら良かったな。
外食や旅行が出来なくてもちっとも構わない、
もっと一緒に居たかったよ。
