ごめんなさい

とてもひきょうだと ぼくもわかっているんです
それでも あなたの口から聞きたくて
もういちど さいごのさいごも 呼んでほしいんです


閉じたこの目を あけたらさいご みえる世界はどこだろう
どこだって ぼくは忘れてしまうのだから 望む必要はないんだって
だけど もう あきらめたくないんです



わすれたくない おぼえていたい
世界がかわっても どんな姿でも ぼくを呼んでください
あたまを撫でて なまえをよんで できなくっても 気持ちだけで かまわないから


ぼくの命はみじかいけど おわるまで どうかあなたのそばで
できるなら あなたを看取るその日まで

もう一度 あなたがぼくを呼んでくれたなら



(ss)







「ご都合主義の結末はどう」


機械的な笑みが問う。
夢の終わりは如何だい、と。
崩壊の鐘は鳴り、残された者たちは光の粒子に溶けていく。
溶けて、いった、そのさきは。





さあ、どこへ行きたい?





「φ 君は どこへいきたいの?」
ヴァレンタインの問いに、φは微笑んだまま手を翳す。
「僕は傍観者。君の行く末を見守るだけさ」
「φは どこにも いきたくないの」
「君の話の途中だよ」
「だって φには 他の世界はないんでしょう? だって」
「ヴァレンタイン」
「...っ..らぁねさん、ねえ」
「さあ、ほら、ここで選ぼう、君たちの世界の終わりを」



いろんな壁や床がノイズをもってゆがんでいく。
歪んだ粒子のまま固まったφの顔は笑みを深め、半分の顔は泣いているようにも見えた。




「さあ、ヴァレンタイン、君に聞くよ。君に聞くんだ、君にだよ。
君は、どこへいきたい?」
何度も押され、自身へ問われ、ヴァレンタインはφを見つめた。
指先が小さく震えるのを感じ、溶けるような眩暈を覚えた。
それは歓喜か、悲痛か。
瞬きをしない傍観者は、ヴァレンタインへ更に手を伸ばす。
「選べるのは一度だけ。待ったもやり直しもなしさ。さあ、戻りたければ戻るがいい。君のいた場所へ、いなかった場所へ。
全てはすべて、君の御心のままに」



台本を読むように朗々と高らかにφが笑う。
ヴァレンタインは真っ直ぐにφを見つめていたが、緩やかな速度で隣りに立つ男を仰ぎ向く。
透ける足先が明滅を繰り返す電子の空間を蹴り、互いの視線を同じ高さのものにする。
データの世界でも無重力のヴァレンタインの体は羽が落ちるより遅くおそく、浮いた位置で男の首に腕をまわした。
互いの息のかかる位置までヴァレンタインの顔が男に近づき、そこで少し戸惑うように目を伏せ動きが止まる。
「ヴァレンタイン」
男が困ったような声音でヴァレンタインに呟くと、その声を吸い込むように、または吸い込まれるように、ヴァレンタインのくちびるが男の唇に寄った。


男が目を見開く、落ち着かせようと静止するようにヴァレンタインの背を撫でるが、ヴァレンタインが首へ抱きつく力を強めるだけで、啄むようなキスは止まらなかった。



「自慢されてるのかな?それともお別れの挨拶?」
ふふふ、とφの笑う声がした。
く、と男の体が硬くなった。
「答えになってないよ、ヴァレンタイン」



「ごめんなさい らぁねさん」
伏せた瞳のまま、男の唇に吹き込むようにヴァレンタインが呟く。
「ヴァレンタイン」
「ごめんなさい」
ヴァレンタインの瞳から涙がこぼれた。
男が息を呑む中、ヴァレンタインが伸びあがってφを降り仰ぐ。

「ぼくは どこにも行きたくありません」





φの笑みが歪んで深くなる。
男の顔から血の気がひいた。
「だから」
ヴァレンタインがからからの声で泣く。
その声は不思議と耳に心地いい。
「ぼくのいく場所は らぁねさんが決めてください」



φが目を細めたのを、ヴァレンタインは濡れた瞳のまま真っ直ぐ見つめていた。
「どこにも行きたくないなら、このままいればいいじゃない」
「どこにも行きたくないのは、らぁねさんがまだここにいるからです」
「そのらぁねさんがここから居なくなったらどうするの」
「らぁねさんがぼくに望む所へいきます だってぼくは」
ふるり、とヴァレンタインの体が大きく震え、零れる涙とともに縋るように男の首を掻き抱く。
「今度は らぁねさんに望まれて らぁねさんに呼ばれたい」

φが歪んだ笑顔のまま翳す手をあげると、ヴァレンタインの体が粒子を帯びる。

「それが君の望む場所じゃなくたって、僕は知らないよ」
「ううん そこは僕の場所だよ らぁねさんが僕にくれた 僕の生きる場所」
僕がずっと 欲しかった場所
何千人、忘れてしまった繰り返す僕たちが、恐らく誰も手に入れられなかった場所
同じ顔をした彼に、託された場所


溢れて濡れていく衝動に吸い寄せられながら、ヴァレンタインは濡れた顔を男の頬に寄せる。
「貴方の意思で 貴方の側にいかせてください らぁねさん」

アラーニェの腕の中で、記憶をなくす新月のようにヴァレンタインの身体が粒子に溶け、ひとつ大きく、鼓動を鳴らした。


「ならば、君はどこを願うのかい?'らぁねさん'?」



どこかで優しい子守唄が聞こえたような気がした。




(ぼくの願いはただひとつ)
(世界の終わりでハミングを)

(ss)

(8月前半ごろ)

(8月前半のダイジェスト:

アラーニェさん@inuさんとヴァレンタインに悪夢をみせていたのが彩之進さん@kiruさんだと知ったアラーニェさんがぶち切れる
→ガチバトル
→アラーニェさんが彩之進さんを首切って抹殺しようとする
→アンジェロさん@すみ子さんとヴァレンタインが彩之進さんを庇って未遂に終わる
→アラーニェさんとヴァレンタインの関係悪化
→おまけに彩之進さんがくれた(悪夢をみせるために置いていった)黒猫もアラーニェさんに捨てられる
→ヴァレンタインが勝手に連れ戻し
→さらに関係悪化、すぐ回収される距離だったが家出する


その数日後、舞踏会前の話です)













天窓から月がみえた。
細く薄いその月はそれでも輪郭をはっきりとさせ、藍の夜はもう折り返している。
今を今日とも、今を明日とも、主観では曖昧になるような日付をまたいだ時刻である。
少女のような少年のような体がロッキングチェアにもたれ、揺れない椅子のうえで膝に載せた猫の背を撫でていた。



淡い白いからだはベッドルームで発光するように存在を浮かせ、手が動くごとに埃のように塵のように残像を残す。
ishにデータとして変換されたはずの体は0と1の明滅を繰り返し、それでも更に半分実体を失ったゴーストは、彼もまた曖昧といえるだろう。


膝の上の猫は眠る。
猫の頭から首の後ろにかけて撫でる指は、首後ろの小さな傷を避けていた。


ヴァレンタインの顔にかかる髪は薄桃色を含むくすんだ白髪であり金髪だった。
覆う体も羽も白く、ただ膝の上の猫は闇を込めたように黒く、遠くからみるとヴァレンタインの背中の穴が腹まで食い尽くしたようだ。


ヴァレンタインの指が猫の傷の表面にふれる。猫の耳が少し揺れた。
ヴァレンタインの表情も空気もなにも語らない。
ただ無表情に猫の背中を撫でるだけだった。
「どっちがつけた傷なんだろうね」






1人で過ごすには少し広い、けれど2人で眠る部屋でもない。
ここはかつて彼の与えられたベッドルームであり、今は自分勝手に押しかけ居ついた寝ぐらがあるためあまり訪れなくなっていた。
本当に埃が浮いているのかもしれないが、データの空間に本当に埃が溜まるかどうかは分からず、長く起動されず積もった古いデータとのバグが視覚化しているだけかもしれない。
または、埃があるのいう自分の思い込み。
ヴァレンタインはこの部屋が、すこしくすんだと思う。



「ぼくは なにを たすけたんだろう」

暫く、といっても数日であろうが、空けていたこの部屋はとても広く感じた。
この部屋にはあまり用がない。長くいると閉じ込められた気さえする。
それはいつかの既視感であり、覚えてはいないが60年近くを過ごした祭壇の記憶だ。
今は自ら選んでこの部屋に篭ったくせに、胸を埋めるのは虚しさばかりである。


「ぼくは なにを たすけたかったんだろう」
猫の傷は、暴れる猫を無理矢理捨てようとしたアラーニェと、それを止めようとしたヴァレンタインの三つ巴の結果だ。
誰が付けたか分からないが、ヴァレンタインもこの黒猫にさわれる以上、猫に対し加害者となった可能性はある。
結局黒猫は一度捨てられたが、ヴァレンタインが黒猫を連れ戻し、この家はまた3つの存在の在り処となった。
「痛かったね ごめんね」
猫は言葉を返さない。



廊下へ続く扉の向こう、物音さえしないそこは、些細だが籠城したヴァレンタインにはわからないボーダーラインの向こう側だ。
「ねこ ねこ ごめんね」
鍵をかけていないのだから、向こうへふれることは簡単だった。
ただ自分からは開かない。
そして向こうからも開かれない。
「なんで こうなっちゃったんだろうね」
黒猫は、うっすらと目を開けたが、それだけだった。
「ぼくは君のこと しっていたのに」



この傷も近く塞がるだろう。彼が生きている限り、この猫も死なないはずだ。
なにか、を、理解していたわけではなかった。彼も言わなかったし、正確な把握ではない。
けれど、この猫はヴァレンタインがふれられるのだから、自身に害のあるものであることは間違いないのだ。
それでも好んで置いていた、それは自分の甘い判断であり、淡い期待でもあった。


尾を揺らし、扉をみつめる黒猫の尾にふれると、逃げるように左右に揺れる。

魂をもつものは自身が触れようとしても存在を透かし、接触できるのは、自身を傷つける要因をもつものだけだ。
そっと掌を尾に押しつけると、今度は擦るように尾が絡まった。


「寂しいって言ってたの だから 半分こ それくらいなら いいかなあっておもったの」
ダークブラウンの瞳が薄く膜をはったように不透明に月のあかりを映した。
「君は 彼でしょう 君をもらって はんぶんこ でも 本当にさびしかったのは だあれ?」
ぽつり、ぽつりと掠れた声が部屋に落ちる。
「居なくならないで だれも」
居なくならないで、と繰り返す。
「居なくなったら いやだよ」
やだ、やだ、と口の中で駄々をこねた。
背中の暗い空洞がぐらりと密度を増す。




彩之進の倒れる姿がフラッシュバックした。
そこにいる人物を認識して世界が崩れるような気がした。
彩之進を庇い、本当に世界が崩れた。
自分のとった行動がどんな意味をもったとしても、あの行動に間違いはなかったと今でもおもう。
ただひどく、蹲る程、苦しいのだ。



「ごめんね ねこ ねこ」
自分が助けたのは君と彼だが、本当に助けたかったのは、君でも、彼でもなかったのだと、とっくに気づいてる。

「君も 彩ノ進さんも アンくんも大好きなの だけど ぼくにはひとりだけ ひとりだけのひとがいるの」

それは自分の世界の外のひと。忘れてしまうけれど、また次も、側にいてくれるひと。

「順番なんてなかったんだ 誰より誰が上だなんて そんなのってないよ
ねえだけど どうすればいいの ひとりだけなの ひとりだけ」


離れることも、話さないことも、暗い目を向けられることも、
頭を撫でられないことも、しょうがないですね、と笑うようなため息をつかれないことも、貴方だけ、全てが辛い。
蹲っても耐えられない。
悪夢を耐える事はできる。
覚めた時、側に貴方がいることが幸せだと思うから。





空間に混じるのは空気ではなく空気だとおもう自身の思い込む感覚と、知らない誰かの作った数字や文字のつくったデータだと聞いた。
ならばこの、自分の薄い呼吸も、命も、漠然とした言葉の見つからないなにかも、頬を伝う水分も、
例えば全て貴方に、言葉より明確な形で説明できるのではないかと、ヴァレンタインは思う。

この気持ちが何を根源に湧くのか、何に向かっているのか、何を受け止めようとしているのか、ヴァレンタインには分からない。








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ダイジェストで挙げさせていただきましたお三方、お借りしております。ありがとうございました。

喧嘩しました。家出もしました。ひきこもってます。後悔中。
そのうち仲直りしにいくのです。

えちゃやらツイッターで言っていた分、唐突にまとまった分。
アウトな部分あったらDMください!