(ss)







「ご都合主義の結末はどう」


機械的な笑みが問う。
夢の終わりは如何だい、と。
崩壊の鐘は鳴り、残された者たちは光の粒子に溶けていく。
溶けて、いった、そのさきは。





さあ、どこへ行きたい?





「φ 君は どこへいきたいの?」
ヴァレンタインの問いに、φは微笑んだまま手を翳す。
「僕は傍観者。君の行く末を見守るだけさ」
「φは どこにも いきたくないの」
「君の話の途中だよ」
「だって φには 他の世界はないんでしょう? だって」
「ヴァレンタイン」
「...っ..らぁねさん、ねえ」
「さあ、ほら、ここで選ぼう、君たちの世界の終わりを」



いろんな壁や床がノイズをもってゆがんでいく。
歪んだ粒子のまま固まったφの顔は笑みを深め、半分の顔は泣いているようにも見えた。




「さあ、ヴァレンタイン、君に聞くよ。君に聞くんだ、君にだよ。
君は、どこへいきたい?」
何度も押され、自身へ問われ、ヴァレンタインはφを見つめた。
指先が小さく震えるのを感じ、溶けるような眩暈を覚えた。
それは歓喜か、悲痛か。
瞬きをしない傍観者は、ヴァレンタインへ更に手を伸ばす。
「選べるのは一度だけ。待ったもやり直しもなしさ。さあ、戻りたければ戻るがいい。君のいた場所へ、いなかった場所へ。
全てはすべて、君の御心のままに」



台本を読むように朗々と高らかにφが笑う。
ヴァレンタインは真っ直ぐにφを見つめていたが、緩やかな速度で隣りに立つ男を仰ぎ向く。
透ける足先が明滅を繰り返す電子の空間を蹴り、互いの視線を同じ高さのものにする。
データの世界でも無重力のヴァレンタインの体は羽が落ちるより遅くおそく、浮いた位置で男の首に腕をまわした。
互いの息のかかる位置までヴァレンタインの顔が男に近づき、そこで少し戸惑うように目を伏せ動きが止まる。
「ヴァレンタイン」
男が困ったような声音でヴァレンタインに呟くと、その声を吸い込むように、または吸い込まれるように、ヴァレンタインのくちびるが男の唇に寄った。


男が目を見開く、落ち着かせようと静止するようにヴァレンタインの背を撫でるが、ヴァレンタインが首へ抱きつく力を強めるだけで、啄むようなキスは止まらなかった。



「自慢されてるのかな?それともお別れの挨拶?」
ふふふ、とφの笑う声がした。
く、と男の体が硬くなった。
「答えになってないよ、ヴァレンタイン」



「ごめんなさい らぁねさん」
伏せた瞳のまま、男の唇に吹き込むようにヴァレンタインが呟く。
「ヴァレンタイン」
「ごめんなさい」
ヴァレンタインの瞳から涙がこぼれた。
男が息を呑む中、ヴァレンタインが伸びあがってφを降り仰ぐ。

「ぼくは どこにも行きたくありません」





φの笑みが歪んで深くなる。
男の顔から血の気がひいた。
「だから」
ヴァレンタインがからからの声で泣く。
その声は不思議と耳に心地いい。
「ぼくのいく場所は らぁねさんが決めてください」



φが目を細めたのを、ヴァレンタインは濡れた瞳のまま真っ直ぐ見つめていた。
「どこにも行きたくないなら、このままいればいいじゃない」
「どこにも行きたくないのは、らぁねさんがまだここにいるからです」
「そのらぁねさんがここから居なくなったらどうするの」
「らぁねさんがぼくに望む所へいきます だってぼくは」
ふるり、とヴァレンタインの体が大きく震え、零れる涙とともに縋るように男の首を掻き抱く。
「今度は らぁねさんに望まれて らぁねさんに呼ばれたい」

φが歪んだ笑顔のまま翳す手をあげると、ヴァレンタインの体が粒子を帯びる。

「それが君の望む場所じゃなくたって、僕は知らないよ」
「ううん そこは僕の場所だよ らぁねさんが僕にくれた 僕の生きる場所」
僕がずっと 欲しかった場所
何千人、忘れてしまった繰り返す僕たちが、恐らく誰も手に入れられなかった場所
同じ顔をした彼に、託された場所


溢れて濡れていく衝動に吸い寄せられながら、ヴァレンタインは濡れた顔を男の頬に寄せる。
「貴方の意思で 貴方の側にいかせてください らぁねさん」

アラーニェの腕の中で、記憶をなくす新月のようにヴァレンタインの身体が粒子に溶け、ひとつ大きく、鼓動を鳴らした。


「ならば、君はどこを願うのかい?'らぁねさん'?」



どこかで優しい子守唄が聞こえたような気がした。




(ぼくの願いはただひとつ)
(世界の終わりでハミングを)