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(8月前半ごろ)

(8月前半のダイジェスト:

アラーニェさん@inuさんとヴァレンタインに悪夢をみせていたのが彩之進さん@kiruさんだと知ったアラーニェさんがぶち切れる
→ガチバトル
→アラーニェさんが彩之進さんを首切って抹殺しようとする
→アンジェロさん@すみ子さんとヴァレンタインが彩之進さんを庇って未遂に終わる
→アラーニェさんとヴァレンタインの関係悪化
→おまけに彩之進さんがくれた(悪夢をみせるために置いていった)黒猫もアラーニェさんに捨てられる
→ヴァレンタインが勝手に連れ戻し
→さらに関係悪化、すぐ回収される距離だったが家出する


その数日後、舞踏会前の話です)













天窓から月がみえた。
細く薄いその月はそれでも輪郭をはっきりとさせ、藍の夜はもう折り返している。
今を今日とも、今を明日とも、主観では曖昧になるような日付をまたいだ時刻である。
少女のような少年のような体がロッキングチェアにもたれ、揺れない椅子のうえで膝に載せた猫の背を撫でていた。



淡い白いからだはベッドルームで発光するように存在を浮かせ、手が動くごとに埃のように塵のように残像を残す。
ishにデータとして変換されたはずの体は0と1の明滅を繰り返し、それでも更に半分実体を失ったゴーストは、彼もまた曖昧といえるだろう。


膝の上の猫は眠る。
猫の頭から首の後ろにかけて撫でる指は、首後ろの小さな傷を避けていた。


ヴァレンタインの顔にかかる髪は薄桃色を含むくすんだ白髪であり金髪だった。
覆う体も羽も白く、ただ膝の上の猫は闇を込めたように黒く、遠くからみるとヴァレンタインの背中の穴が腹まで食い尽くしたようだ。


ヴァレンタインの指が猫の傷の表面にふれる。猫の耳が少し揺れた。
ヴァレンタインの表情も空気もなにも語らない。
ただ無表情に猫の背中を撫でるだけだった。
「どっちがつけた傷なんだろうね」






1人で過ごすには少し広い、けれど2人で眠る部屋でもない。
ここはかつて彼の与えられたベッドルームであり、今は自分勝手に押しかけ居ついた寝ぐらがあるためあまり訪れなくなっていた。
本当に埃が浮いているのかもしれないが、データの空間に本当に埃が溜まるかどうかは分からず、長く起動されず積もった古いデータとのバグが視覚化しているだけかもしれない。
または、埃があるのいう自分の思い込み。
ヴァレンタインはこの部屋が、すこしくすんだと思う。



「ぼくは なにを たすけたんだろう」

暫く、といっても数日であろうが、空けていたこの部屋はとても広く感じた。
この部屋にはあまり用がない。長くいると閉じ込められた気さえする。
それはいつかの既視感であり、覚えてはいないが60年近くを過ごした祭壇の記憶だ。
今は自ら選んでこの部屋に篭ったくせに、胸を埋めるのは虚しさばかりである。


「ぼくは なにを たすけたかったんだろう」
猫の傷は、暴れる猫を無理矢理捨てようとしたアラーニェと、それを止めようとしたヴァレンタインの三つ巴の結果だ。
誰が付けたか分からないが、ヴァレンタインもこの黒猫にさわれる以上、猫に対し加害者となった可能性はある。
結局黒猫は一度捨てられたが、ヴァレンタインが黒猫を連れ戻し、この家はまた3つの存在の在り処となった。
「痛かったね ごめんね」
猫は言葉を返さない。



廊下へ続く扉の向こう、物音さえしないそこは、些細だが籠城したヴァレンタインにはわからないボーダーラインの向こう側だ。
「ねこ ねこ ごめんね」
鍵をかけていないのだから、向こうへふれることは簡単だった。
ただ自分からは開かない。
そして向こうからも開かれない。
「なんで こうなっちゃったんだろうね」
黒猫は、うっすらと目を開けたが、それだけだった。
「ぼくは君のこと しっていたのに」



この傷も近く塞がるだろう。彼が生きている限り、この猫も死なないはずだ。
なにか、を、理解していたわけではなかった。彼も言わなかったし、正確な把握ではない。
けれど、この猫はヴァレンタインがふれられるのだから、自身に害のあるものであることは間違いないのだ。
それでも好んで置いていた、それは自分の甘い判断であり、淡い期待でもあった。


尾を揺らし、扉をみつめる黒猫の尾にふれると、逃げるように左右に揺れる。

魂をもつものは自身が触れようとしても存在を透かし、接触できるのは、自身を傷つける要因をもつものだけだ。
そっと掌を尾に押しつけると、今度は擦るように尾が絡まった。


「寂しいって言ってたの だから 半分こ それくらいなら いいかなあっておもったの」
ダークブラウンの瞳が薄く膜をはったように不透明に月のあかりを映した。
「君は 彼でしょう 君をもらって はんぶんこ でも 本当にさびしかったのは だあれ?」
ぽつり、ぽつりと掠れた声が部屋に落ちる。
「居なくならないで だれも」
居なくならないで、と繰り返す。
「居なくなったら いやだよ」
やだ、やだ、と口の中で駄々をこねた。
背中の暗い空洞がぐらりと密度を増す。




彩之進の倒れる姿がフラッシュバックした。
そこにいる人物を認識して世界が崩れるような気がした。
彩之進を庇い、本当に世界が崩れた。
自分のとった行動がどんな意味をもったとしても、あの行動に間違いはなかったと今でもおもう。
ただひどく、蹲る程、苦しいのだ。



「ごめんね ねこ ねこ」
自分が助けたのは君と彼だが、本当に助けたかったのは、君でも、彼でもなかったのだと、とっくに気づいてる。

「君も 彩ノ進さんも アンくんも大好きなの だけど ぼくにはひとりだけ ひとりだけのひとがいるの」

それは自分の世界の外のひと。忘れてしまうけれど、また次も、側にいてくれるひと。

「順番なんてなかったんだ 誰より誰が上だなんて そんなのってないよ
ねえだけど どうすればいいの ひとりだけなの ひとりだけ」


離れることも、話さないことも、暗い目を向けられることも、
頭を撫でられないことも、しょうがないですね、と笑うようなため息をつかれないことも、貴方だけ、全てが辛い。
蹲っても耐えられない。
悪夢を耐える事はできる。
覚めた時、側に貴方がいることが幸せだと思うから。





空間に混じるのは空気ではなく空気だとおもう自身の思い込む感覚と、知らない誰かの作った数字や文字のつくったデータだと聞いた。
ならばこの、自分の薄い呼吸も、命も、漠然とした言葉の見つからないなにかも、頬を伝う水分も、
例えば全て貴方に、言葉より明確な形で説明できるのではないかと、ヴァレンタインは思う。

この気持ちが何を根源に湧くのか、何に向かっているのか、何を受け止めようとしているのか、ヴァレンタインには分からない。








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ダイジェストで挙げさせていただきましたお三方、お借りしております。ありがとうございました。

喧嘩しました。家出もしました。ひきこもってます。後悔中。
そのうち仲直りしにいくのです。

えちゃやらツイッターで言っていた分、唐突にまとまった分。
アウトな部分あったらDMください!