神楽坂で骨董ざんまい -9ページ目

「親切」は、どうして「親」を「切る」なの?

先日、時間外の郵便局で

AT機械を使いこなせないと、

係の人に電話越しで迫っている背の小さな女性ががいました。


「私はね、振り込みを今日中にしなきゃなんないんです。

でも振込用紙がどこにも入らないのよ、どうすればいいの?」


おばあちゃんでした。


「だって、振込み用紙をどこに入れたらいいんです?

でも大きくって入りませんよ!」


ちょっとイライラし始めつつ、でもとっても困ってるような

おばあちゃん。


なのに周囲の人は、誰も何もしてあげません。


だから私、「あのぉ・・・」と声をかけて

「もしよろしければ私がお手伝いしましょうか」と

と声をかけてみました。


おばあちゃん、速攻で手に持っていた電話を切って、「い、いいんですか?」と

とても喜んでくださいました。


ちょっと手間取りましたが

無事、振込み完了。


帰り際も、機械操作の途中も、何度も何度も

「見ず知らずの方に、こんなにまぁご親切にしていただいて」

と繰り返しお礼を言ってくださいました。


私は、いえいえ大丈夫ですよ、良かったですね間に合って、と

その場を後にしました。


で、その帰り道。

ふと「親切」について考えちゃいました。


なんで、「親」を「切る」で「親切」なんだろうと。


・・・むむむ。

・・・むむむむむ。


広辞苑を見ましたが、語源は出ていません。


だから私なりに答えを出してみました。


「親」じゃなくて「親切」の「親」は

きっと「親しさ」なんだろうと。


親しさを切り離して、知らない人にも心をかけてあげること。

それが親切なのじゃないかと。


どうでしょ?


ボロボロに命を吹き込む→12万円なり。

ボロボロの、中国の古い絵を買いました。

でも、本物であるのはもちろん、実に希少なものだと確信しています。


まさに一目ぼれ。


・・・といってもネット・オークションで買ったので

外れだとしても自己責任、と思って

画面だけで判断したのだけど。


現物を見て、逆の意味でびっくりしました。


え?

こんなのを持ってる日本人がいたんだ、という驚き。



その画家の名前は伏せますが、江戸中期に長崎に来航して

当時の日本の絵描きに

それはそれは多大な影響を与えた人です。


尾形光琳や若冲も、その人からのエッセンスを

血肉としました。


この人の絵は、贋作が多く、

さらに騙されて買う人も多く。


でも自慢じゃないけどわたくし、

一時期は若冲の本を本気で書こうと思っていたくらいに

若冲研究を相当にしたので


その若冲が若かりし頃に寝る間も惜しんで

臨模(模写)し続けた師匠ともいえる人の絵を

間違うわけがありません、っちゅう話です。


むしろ、若冲の絵は、この人の真似をして

追いつけ追い越せだったのかと、目からうろこが落ちたほど。


若冲の絵のようです。

・・・いえいえ、

大好きな若冲の絵よりも、やはり頭ひとつ抜け出ている

と言っていいでしょう。



いやーーーー実に実に、素晴らしい絵です。



で。

ボロボロでしたので、腕利きの表具屋さんに

修復と表装を見積もってもらったら

12万円前後と言われました。


ふむ。

・・・でしょうね。


決して安くはありません。


でも、修復工程を知っているので

襟を正して敬意を払って、その値段でお願いすることにしました。


表装を手がける人は、「表具師」といいます。


機械でぱぱぱっと適当に仕上げる人も増えましたが

まじめで実直なお仕事をされている表具師さんには

頭が下がります。


その職人さんのお父様は、現代の名工にも選ばれた方。


だから安心してお任せしたいと思います。


きれいに直ったら、しばらくは

贅沢にうちの玄関に飾ってまおうと思います。


うふ。



人間国宝、なりそこないの。

言い方は悪いけど、

自己主張のない人は、

どんなに良いものを作っていても

どんなに腕が優れていても

人間国宝にはなれない。


だって、世に言う「実績」がない、と評価されてしまうから。


そうなると生み出される物につく価値に、

雲泥の差がつく。


雲泥。

いや、それ以上かもしれない。


先日、人間国宝なりそこないの某作家のものを

人にお譲りした。


その方は

幸い、その作家さんの腕を買っていて、品物を見初めてくれた。


でもお客さんは言った。


「物の良し悪しは、出来栄えじゃなくて

その作家さんや、その物につけられる札(作家の経歴など)で決められるのは

とても残念ですが」と。


日本は、その最たるものだ。


骨董や美術品を買うときに、

物の直感的な良さ・美しさよりも、

「誰が書いたか作ったか」を重視する。


欧米人は、

直感でいいと思う→値段を聞く→作家をきく

という流れで美術品を買う。


でも日本人は、

誰が作ったか書いたか→値段を聞く→確かな物、であれば人に自慢できる、だから好きになろう

という流れだ。


日本人はやはり

細胞の記憶に島国根性が残っている。

すべてに対して、とても間口が狭い。


同調する人がいなければ

自分の美意識気にさえ自信が持てない。


なんとも残念だけど

DNAの記憶は、きっとそうそうは消せないのだろう。



それはまさに

心の広さと比例しているのだけれど。







ランチノあと、眠くなる理由。

ランチのあと、びっくりするくらい眠くなることがある。


それは、一日が始まった中休みで

ちょっと気が緩むお昼という時間に、

胃に物が送られると


体中の血液が、わーーっと

胃に集まるために

軽い脳貧血になるから。


血がたくさん胃に集められれば

効率よく消化が進むでしょ。


朝ごはんで眠くならないのは、

眠りからさめてぼーーっとしている体に

糖分が送りこまれて

脳をはじめとする全身の細胞が


たったか、たったか、動き始めるから。


あーーそれにしても。


血が薄くて少ないわたくしは、

ランチのあとは


もう道端でもパタッと倒れて

眠ってしまいたいほどの睡魔と戦わねばなりません。


眠い~

でも今日はこれから取材なのよ~。


眠い~。


まぶたに目、

描いておこうかな。



取材に行ってくれ、の依頼で、思った。

困ると電話をよこすプロダクションがある。


締め切りが近くて、

原稿を書ききるライターがいないとか、


取材をさせていただく相手が

あまりの大御所とか、チョー話下手とか、マスコミ嫌いとかで、

若手のライターじゃどうしても手に負えそうもない。そんなとき。


で、わたくし今週、急に某舞台俳優さんの取材をすることになった。


テレビや映画にもよく出ている男優さんなので

ライター駆け出しの頃の私だったら

緊張やら、舞い上がったりもしたものだけど・・・


今や、緊張の「き」の字もありゃしない(笑)。


だって、どんなに有名で売れっ子だとしても、

結局ね、みんな同じということにわたくし、行き着きましたから。


いやーー大人になっちゃったなぁ、自分(笑)。


だってさ

所詮「ひとりの人」は

「10人の人」どころか「2人の人」にさえ、なれはしないわけで。


グラスと一緒ですよ。


アンティークバカラの15万円のグラスであろうと、

100円ショップの量産品のグラスであろうと、


入れられる水の量は「際まで」と決まっている。


その水が、濁っていたり不味かったり、

逆に湧き水だったり、酸素や栄養素が添加されている水だったりはするけれど


水は水。

ぎりぎりまでしか入らないことは

何も変わりがない。


どこぞの国の王子様だろうが

今をにぎわす政治家だろうが

オリンピックの金メダリストだろうが


みんな結局は同じですって。


一人の人は、それ以上には

絶対に絶対になれないし、

なれないからこそ、人なんだと思いますよ。


よく泣いて、よく笑って

つまんないことに腹をたてて、へそを曲げて

そうして眠って起きて、

また新しい一日を始める。


人はみんな一緒です。


特別なヒトか否か。


それは別に、たいした問題ではありません。