映画 『さびしんぼう』には要注意!人心を愚弄してるかも? | 出版物『光のおと』 直感の小部屋 ~天国の鍵~

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こんにちは「直感の小部屋」です。京都のオフィスを中心に、スピリチュアル・カウンセリングやヒーリング、各種セミナー等を行っています。日々爽やかに過ごすことを指針に、天上界(全ては1つの世界から)今、あなたにとって最も必要なメッセージをお伝えしています。

皆さま、ごきげんようでございます。


天上界メッセージとは異なる内容ですが、今回はまた、世の中に流されている、分かりにくい呪的な物についての考察を書かせて頂きます。

(天上界メッセージ は、月末頃にアップします)



今回は、大林宣彦監督が撮られたとされる、有名な尾道三部作と言われる中の一作『さびしんぼう』についてになります。


随分前に一度観まして、その時から何とも言えないモヤ感がありました。

その後も、大林監督という文字を目にする度に、この『さびしんぼう』由来の、湧き上がるモヤ感がありましたが、この度、あえて再度鑑賞することにより、このモヤ感の理由がハッキリと致しました。

(因みに他の三部作といわれる『転校生』『時をかける少女』には特にモヤ感はございません)



ご存知無い方の為に、少しだけ説明しますと、ノスタルジック青春ラヴストーリーで、ラストは、おそらく本命さんとの未来のハッピーエンドを描いているとも取れる内容でした。


そしてネタバレ的に説明しますと、まるでムーミンの某お話にあるような絵本から抜け出たみたいな感じに、16歳のさびしんぼうが白塗り舞台衣装姿のまま、写真からリアルに出てくるのですが、これは主人公の昔の母親です。


このさびしんぼうがですね、なんとゆーか未来の息子なのに告白するという場面が出てきます。

写真から抜け出た母親は16歳なのですが、未来の息子であることは劇中でも理解しています。

好きな人にそっくりな息子を生んで、好きな人と同じ名前を付けて育てている設定。この時点で夫さんに対してどうかとは思いましたが、夫は分かっていて良しとしているという台詞があり、観客は、ここで麻痺してしまうはず。


しかも息子も本命を思いながらも、上手く行かず別れてきた日に、16歳の母親に告られてまんざらでもなく抱きしめるとゆー。

彼はこの時、まだ16歳の母親だとは理解し切れていないようでしたが、ここでのシーンに感動する方が多数おられるようで、また、本作が最高傑作と言われる方もおられます。


いや、失恋したての時に告られてフラつく心理なだけですやん? どこが純愛なん?

いや、未来の息子って分かっていながら告白してるんすけども? どこが純愛なん?


この映画、下手したら近親恋愛推奨のようにも思えると、家族の1人が申しました。


本作はショパン氏の『別れの曲』を随所に散りばめ、セピア色に加工した映像を多用し、成就しない初恋や、切ない別れを過剰演出し、観客を酔いしれさせる映画といえますが、そういうのが好きな人もおられるでしょう。


問題はそこというより、本当はおかしな話であることに気付かせないために壮大に盛り上げ、本質に気付かせないように、美しく見せ掛けていることではないでしょうか。

偽物をあたかも本物のように仕立て、そのように思わせる。これは謀りでしょう。人心を愚弄してませんかね?

ネガティブならばネガティブだよと。
倒錯しているなら、倒錯してるんですと。
正々堂々としている方が、潔いです。



と、いう訳で、映画の感想です。

本来さびしんぼうが会いたい人は、未来の息子のヒロキではなく、当時のヒロキさんであるはず。


未来の自分が産んだヒロキに、なぜに告白する必要があるのか。それで当時、好きと言えなかった過去の思いが成就しますかね、別人ですよ。

幾ら当時のヒロキさんに似ていても未来の息子であり、さびしんぼう自身、それを理解した上での告白でした。


さびしんぼうが写真の中に戻った翌朝、写真を眺めながらの母と息子の会話でも、通常の感覚では無いものを感じた次第です。


こういうのにやられてしまうと、自分の中のノスタルジーが刺激されて、分からなくなってしまうのかも知れません…要注意ですね。




↓美味しかったです。特に皮が!あんこも余り甘くなくて。





東京駅でも売っているそうです。
これは美味しい最中でした。
ごちそうさまでございます。