オンラインゲームと韓流の日々 -15ページ目

山本廃業

なにげに「ヒデ引退」なみにショックを受けてる自分に驚いてます。



私はピザ屋さんでバイトしてたときに、16,17の女の子が新年会や歓迎会で普通にアルコールがばがば飲んで(むしろ大人の女性のほうが節度があるね)マルボロメンソールすぱすぱ吸って(若い子ってどーしてマルメン好きなんだろう)る姿を見てるから、被害者の女の子には悪いけどあまり「未成年者の飲酒を勧めた」事に関しては普通の大人たちほど「とんでもないこと」とは思ってないんだ。

もちろん暴行はね、ちょっとどうよって思うけどさ。バンドやってた友達がライブをやったときに、友達の先輩バンドマンがきてて、友達のバンドのファンの女の子とライブハウスのトイレでやっちゃったとかって話を聞いたりしてると、有名人に群がる女の子に同情する気にならないってのが本音なんだよね。

もちろん事情は知らないから無責任な話になっちゃうけどさ。



当然、山本は大馬鹿者です。こっちも同情の余地はない。



私はね、うっちゃんとか木梨とか太平シローとか松本人志とか、好きなのよ。共通点としては相方と違って芸人としての自分を大切にしてる感じ?それは結果的に、であって初めから好きな芸人がそういうタイプってだけで、「それゆえに好き」というのとは違うんだけど。

そういう意味で極楽も山本のほうが好きなのさ。

だからすごく残念です。廃業が、ではなく行為自体がね。

西の善き魔女

『西の善き魔女』に、はまってしまいました。

気がつくと毎晩3時とか4時とか5時とか…。平日の話よ?

先週は寝る暇なかったよ…。



萩原規子という人、名前に覚えがあるのだけど、何を読んだのか覚えてないのです。別に読んでないのかなぁ?ううむ。気になる。



竜が恐竜なのがいいよねぇ。

おそらく人間はあの狭い所にしか住んでないんだろうねぇ。東がどれほど広いかわかんないけど、おそらくさほどじゃなさそう。

赤道まで行かないくらいに壁があって、中央に砂漠、北は森(だっけ?)があって行けず、地球上でいえば北アメリカくらいの広さかな?

そんなことを考えながら読むのも楽しいものです。



あ、アニメ化されてるんだね。

キャラクターみたけど、イメージ通りなのはアデイルくらいかな?

トーラス関係の連中は、生徒会がそこそこありかなってくらいで、ヴィンセントなんてかなりイメージ違う。あ、マリエが一番違うな。あのマリエはだめです。納得できない。

といってももう終わってるんでしょ?終わったものに文句言っても仕方ないね。

生徒諸君

教師編を見つけて、懐かしくなって読んでみた。

一巻の絵は妙というか変というか、なんかね、庄司さんに限らず昔の漫画家さんでいま変な絵の人多くないです?

大人の女性向けに絵柄を変えて失敗してる感じ?それともCG導入して失敗してるとか?はたまた単純にブランクで下手になった?

とまぁそんな感じで気になって仕方なかったのだけど、それでも我慢して読んでるとだんだん昔に戻ってきました。もう二巻の終わりくらいになると、さほど気にならなくなってきたくらいなので、もし読む人がいたら我慢して読みましょう(笑)。



私は主人公たちと、リアルタイムで同い年(確かガラスの仮面の北島マヤも同い年)だったので、すごく愛着がある作品です。連中は年齢とまってしまってるけどさぁ。

で、全24巻かな?完読したのですが、やっぱりあちらこちらで"うるうる"くるわけですよ。特に私は初音ちゃんが好きだったので、初音ちゃんネタで泣かされます。

初音ちゃんってのは、当時同性に評判悪かった。わかんなくもないんだけどね。周りに比べてかなりうじうじしてるしね。でもあれが普通だから。ほかの連中が異常なの。平凡な普通の人でも友情に恵まれて前向きにやっていける姿を作者は描きたかったんだろうなと思うんだよね。つまり「影のヒロイン」は初音ちゃんだと思うわけ。

初音ちゃんって作者に愛されてる気がするんだよね。あんなひどい目にあったりはしてるんだけどさ、ちゃんと幸せになってるし、教師編じゃナッキーに頼られてるくらいのしっかり者になってます。彼女の言う「岩崎家の懐の深さ」は、初音ちゃんだからこそのすごい説得力を持ってます。

いやまて、初音ちゃんの話に終始してどうする(笑)。



大学生くらいから、どうもつまんなくなってくるのは、恋愛話に比重がかかっていくからなんだろうか?

忙しかった日々

『西の善き魔女』読了。

『生徒諸君/教師編』1~9を読んだ後『生徒諸君』全巻再読。

MoE(マスターオブエピック)を始めてみる。

『花より男子』ドラマ版DVDをみる。

『千里眼/トランスオブウォー』ようやく読了。

仕事は毎日残業。

連休の初日に馬刺しを持って友人宅へ!

仕事のお昼休みには、いろんな神話の神々のことが書かれた本を少しずつ読みすすめてます。やっとエジプト神話まで来た。この影響でマスターオブエピックのキャラクター名はメソポタミア神話から「アヌ」に。



ブログがとんでる間にやっていたことってこんなもんです。



千里眼シリーズ

松岡圭祐は結構好きな作家だ。

『催眠』『千里眼』と文庫化されれば買って読んだ。



ここ数年の環境の変化で読書量自体が激減し、思い出したようにまとめ買いする以外はあまり本自体を読まなくなった。ここ数ヶ月はオンラインゲームをやらなくなったこともあり、DVDをレンタルしたり本を買ったりできるようになってきた。

そこで途切れていた『千里眼』シリーズをまた読もうと思い、買ったのが『千里眼とニュアージュ』だったのだが、どうやら三作品ほど間を飛ばしてしまったらしい。一気に買うのも大変なので、『千里眼とニュアージュ』は我慢して、『千里眼の死角』から一冊ずつ読み始めたのが先月くらいのことだ。

『ヘーメラーの千里眼』『トランスオブウォー』と読んできたのだけど、『死角』と『ヘーメラー』って、別作品といってもいいくらい変わった気がする。



いきなり『千里眼とニュアージュ』を買ったのは『蒼い瞳のニュアージュ』のヒロイン、一ノ瀬恵梨香がお気に入りでこりゃ読まにゃなるまいと思ったからであり、『トランス』で明らかになった岬との関係は夢にも思わないものだったのだ。予想していたのは『千里眼/マジシャンの少女』の時のようなスーパーヒロインの岬なのだけど、スーパーヒロイン岬美由紀は『千里眼の死角』で終了してしまったようだ。『ヘーメラー』になると、臨床心理士としてはまだまだ未熟な28歳になってしまっていて、どうにも違和感を感じて仕方がない。嵯峨ももう出ないんじゃないだろうなってくらいの違いだ。あ、『トランス』の一冊目が終わったとこなので、二冊目以降出るかどうか知らないんだけどさ。

こうなってくると、どうにもこうにもこの等身大ヒロイン岬美由紀ってのは、岬の「鼻につく」部分ばかり伝わってきてどうにもこうにも魅力を感じない。困ったものだ。松岡も後から整合性をつけようとして設定を変えているみたいだし、この辺は割り切るべきなのかもしれないね。嵯峨の設定も『催眠』と『千里眼』ではずいぶん違うし。



まぁ、そこは割り切ったってことにする(笑)。

実は『千里眼』で私が好きな部分はカウンセリングの部分で、この部分は結構じんわりと感動しちゃったりするわけだ。『トランス』ではいまのところほとんどないもんね。その辺がファンとしては不満なんだろうなぁ。後半に期待だ。

てか、次作の『千里眼とニュアージュ』に期待、かな?

『背徳のシンデレラ』はどうなんだろうねぇ。釈だよ、釈。女優としては中堅程度の評価をしてるけど、ファンの投票で釈に決まったってのが、つまるところ「等身大ヒロイン岬美由紀」=釈ってことなんだろうな。



たとえば私なら誰を推すか?と、やはり考えてしまうわけだ。女優好きだしね。

イメージキャラクターであって、実際に演技するわけじゃないのなら、アクションにこだわる必要はないんだよね。

そうだな、伊藤歩とか合いそうだ。5年後とかなら香椎由宇が良さそう。

住んでみたい街はいっぱいあるさ

gooのお題が「住んでみたい街はどこですか?」なので、書いてみましょう。



たっくさんあるんだけどね、一番は鎌倉。

っていうか、江ノ電沿線に住みたいなぁ。第一希望は極楽寺。いや、泳げないんだけどね、私は。海はすきなのさ。

それから金沢?ただねぇ、昔は素直に住みたいリストに入ってたけど、今にして思うと別に思い入れはないなぁ(笑)。やっぱりそうなると鎌倉が別格かな。



私は商店街が好きなのです。それもアーケード街。

旅行に行っても、観光するよりアーケード街をぶらぶらしたい。買い食いしたりするのが大好き。それもね、焼きそばとかさ、たこ焼きとかさ、どこでも食べられるようなものがいいの。普通に生活してる感じがいいのです。



その辺を考えると、鎌倉って弱いんだよね。普通感があまりない。北鎌倉とかに行くとあるのかな?わかんないけどさ。

鎌倉の人、読んだらアーケードあるかどうか教えてください(笑)。

猟奇的な彼女

てっきり、コメディとして評価されたのだと思っていた。

違ったのね。

いい映画でした。



韓流ブームって、冬のソナタの数年前から、マニアックな映画ファンの中で萌芽があったと思う。

マニアックは言いすぎかな。「商業主義に乗せられないタイプの映画ファン」ってところかな。

いや、私は邦画だけだから違うけどね。私の韓流ブームは「イヴの総て」で始まり「イヴの総て」で終わったから(笑)。「早すぎた韓国ドラマ」と言われてるらしい(笑)。一年遅ければブームだったのにねぇ。

それはさておき、韓国映画である。

シュリあたりである程度の評価はされているわけだけど、そのあともJSAとかよさげな(どっちもみてない)映画は作られている。私は火山高くらいしか見ていないのだけど、これを機にいろいろ見てみるのもいいかもしれない。



で、感想。

「ハル」を思い出した。

いや、ぜんぜん違うんだけどさ(笑)。後味ってのか?そういうのが似てる。

当然あの設定(ネタばれになるので書かないけどさ)は同じなので、その辺からの連想かもしれないんだけど、ヒロインの心の動きとかは似てるんじゃないかな?性格の違いか国民性か(笑)、表に出る行動は正反対と言ってもいいんだけどね。

手紙の時点でラストは予想がつくわけだけど、素直に良かったねって思えるよなぁ。

「恋愛したくなる映画」だね。

うん。いい映画でした。

そろそろジーコの采配について書いてみる

時機を逸した感もあるので、そーいうサイトへの書き込みは控えて、自分のブログに書いてみる。



まず、初戦の柳沢→小野の交代で、ジーコの采配ミスが取り沙汰されている件。

選択肢としては、これはあり。小野が期待に応えられなかったのが誤算。ただね、途中出場した選手が活躍するかどうかっていうのも、やっぱり監督の能力のひとつなんだと思う。出した選手が活躍すると「だれそれマジック」なんて言い方をスポーツ界ではよくするけど、これはマジックでもなんでもなく、コンディションやメンタル面をきちんと見た上での判断なので、そういう意味では采配ミスではあるだろう。ただ、凡庸な監督のジーコには、それは期待できなかったということ。

あの場面でも小野の役割は中盤の底からの攻撃への基点だろう。そうでなければ稲本を出せばいい。ヒデをシャドウストライカー的に使うためには、ヒデがやっていた役割を果たす選手が必要だったのは考え方として悪くはない。遠藤という選択肢もあったはずだが、ジーコ的には小野だったんだろう。

それよりも坪井がだめになった時点で3バックから4バックへの移行という選択はなかったのだろうか?ジーコの采配で一番不満なのは、そういう流動的なシステム変化が感じられず、三戦通じての交代がほとんど同ポジションで行われていたことだ。柳沢→小野にしても一見システム変化があったように見えるが、実際にはヒデが柳沢の代わりになるだけで、たいした変化ではない。坪井に代えて、玉田、巻、大黒を入れる、もしくは稲本、遠藤を入れる。そういうチームスタイルを一瞬にして変えてしまう選択肢もあるわけだ。

ジーコジャパンに関しては、最初の三試合と最後の三試合しか見ていないので、これまでどういう采配をしてきたのかわからないわけで無責任な言い方になってしまうが、ジーコという監督からはアイデアを感じられない。



それから俊輔を使い続けた件。

初戦は仕方ない。俊輔を中心に据えた以上、初戦で見限るわけにはいかない。それではあまりにもポリシーがなさ過ぎる。故にそれは是とする。問題は二戦目以降だ。風邪をひいてコンディションが悪いということも加味すると、高原を残して俊輔を下げての3トップが妥当だったのではないか?引き分けていい試合ではなかったのだ。その部分でも、2トップというシステムに固執したアイデアのなさを感じる。



あとはなんだろうな?

試合前のコンディション管理の件は、別の話なのでやめておこう。

とりあえず、この二件だけ書いておく。

引退宣言

ヒデが引退した。



私はJリーグ発足時の大ブームの際にまったく興味を示さなかった。

だからドーハも見てないし、アメリカWCも明石家さんまなどが騒いでるのをテレビで見ながら「ミーハードもめ」と冷ややかに感じていた(あんたもミーハーやんかという指摘には「ごもっとも」と言うしかないのだが・笑)。

その私がサッカーを好きになるきっかけとなったのは、広島アジア大会の前園と井原だった。特に前園の強引にもみえるドリブルに魅せられ、サッカーを見るようになった。

その前園は協会の意向もあり、A代表からはずれ五輪代表に専念するようになった。その五輪代表において前園とともに中心選手となったのがヒデだった。



ベルマーレでのヒデは、代表に呼ばれもしない程度の選手(代表歴1試合出場)ではあるがベルマーレのエースではあった野口の一試合5得点を演出したことで、私の印象に深く残っている。おそらくヒデのプレイスタイルと野口の資質がぴったりと合っていたのだと思われる。

これは余談だけれど、たとえば藤田(磐田)は左サイドからのクロスにすばらしい反応を見せていたが、名波がいたがゆえに、その資質は活かされていたといえるだろう。ヒデは右サイドを深くえぐり、低くて速いクロスを正確に出せる選手だった。そのパスに野口は相性が良かったのだと思う。



アトランタの五輪代表は、良くも悪くも前園のチームだった。ヒデもその一員として機能した。前園も去年引退し、いまは少年サッカーの育成に力を注いでいるようだ。ヒデも前園と同じ年齢で引退する。しかし、その内容はまったく違うようだ。



フランスWCアジア予選で、ヒデはチームの中心となった。

私は、ヒデは右サイドでこそ活きる選手だと思っているが、本人も世間もそうは見ていない(ひょっとしたら世界で私だけかもしれん・笑)。確かに彼の視野の広さを考えると、サイドに置くのはもったいないのは確かだ。でもベッカムだってフィーゴだってクロアチアのなんとかって奴だって、右サイドじゃないか。いや、ベッカムを知らないころから私はヒデを右サイドの選手だと思ってたので、別に連中を見て言い出したわけではないことは明記しておくが。つまりは前記の野口との相性の話に根拠はあるのだけど。実際ヒデの左サイドからのパスは、かなりオッペケペーなのだ。

そのヒデはセンターで司令塔として使われることになる。名波はレジスタタイプなので本来名波が司令塔であるべきなのだが、いかんせん名波自身が言っているように「自分たちの世代とは次元が違った」ので仕方なかったわけだ。

私の持論であるが、トップ下に司令塔がいた場合、強力なFWがいないと枚数が足りない。トップ下がフィニッシャーになれないことと、相手ゴール前のスペースがつぶれてしまうことが原因だ。私は日本代表の「決定力不足」をそのせいだと思っている。実際今大会ブラジル戦でのゴールは、DMFの稲本のパスを基点としている。

ヒデは日本をフランスへ連れて行ってくれた。これは間違いない事実だ。

しかしフランスにおいて、私はヒデが右サイドのプレイヤーだということを再認識した。



その後、ヒデは世界へ旅立った。

その活躍は誰もが知っていることだと思う。マスコミのとんちんかんな報道もあったが、ヒデはあきらかに「日本の誇り」だった。



ここ数年は、なんとか症候群とかで、股関節に痛みがあるらしい。あのころの輝きが失われてしまった原因のひとつだろう。引退は半年前から決めていたそうだ。マネージメント事務所の社長のコメントでも、それは確かなようだ。

今後は、大学に行くとか事業をやるとかいろいろ言われていて、ファンとしては少し寂しい気はするが、「人生設計」の通りみたいなので仕方がない。





あるサイトに私はこう書いた。



カズは「自負」を持っていた

ゴンは「ひたむきさ」を持っていた

ヒデは「矜持」を持っている




そのヒデらしい選択を敬意を持って受け止めたいと思う。

ダンス?

歌手がやたらと踊るようになって久しいが、私はあまり好きではない。

それはそれとしてさっきフジテレビの721というチャンネルで昔の歌の振り付けを覚えようみたいな番組をやっていたのだが(いや、いま書いている時点でまだやっているのだが)昔の振り付けって『ダンス』ではないね。

その証拠にダンサー(いや、NY帰りの振り付け師?)がやるとウマすぎて変だよ(笑)。