馴染んでいるモノの呼び方ってありますよね。


もめんとの場合、食器洗い洗剤は「中性洗剤」ではなく「ママレモン」です。

絆創膏は「バンドエイド」、

コーヒーミルクは「スジャータ」です。

メーカー問わず、こう呼んでいます。

それで通じる人とそうでない人がいます。


皆さんの呼び方も知りたいので、常連さん、通りすがりさん、隠れ読者さん、


なるべくコメントくださいまし。

コメントくれなんて、めったに頼まないんだから、
くれといったらくれ!


いや、お待ちしてます。

シーン…………。


うつ病の症状がだんだん寛解してきて、

心の重荷が軽くなってきて、

教会に通うのにも足取りが軽やかになってきた頃、
時々牧師館で司祭との語らいの時を持った。

司祭自身、過去にうつ病にかかったこともあり、
もめんとの話をよく聞いてくれていた。

司祭夫人がお茶を持って来てくれ、

「洗礼受けましょ!」と軽やかに言う。


司祭もニコニコしている。


「正直憧れています。20代の時初めて聖書に触れた時から、ずっと地下的に誰にも言わずに憧れ続けてきましたよ。
でも、実家が仏教で、嫁ぎ先は神道です。正直いうと、家の法事もちゃんと出たいんです。」


「お出になったらいいでしょう。」


「いいんですか?」


「うちの信徒は、奥様だけ、もしくはご主人だけクリスチャンという方もいますし、お亡くなりになってから仏式のお墓に入る方もおられます。」

「へぇ!」


「現実的に考えますと、お身内の法事に、一切参列するなという考え方は、難しいですし、そこでいさかいが生まれたら何にもならないと思いますよ。
またどのような形態のお墓に骨が納められようとも、
クリスチャンの魂が向かうところは真っ直ぐひとつなんですから、心配することはありません。」

よし。


それで意を決して、オット母、もめ母、オットの順に話を切り出すことにした。


「あのぅ、私…、クリスチャンになりたいと、ほぼ決めているんですが…。」


オット母「…いいんじゃないかしら。」

義妹「なんでクリスチャンになりたいの?」

もめ「私さぁ、実は昔から好きなんだ、イエスさまが!」

義妹「じゃあ信仰極めて女性の牧師さんになったら!」


なんだ、このアッサリ感。

次にもめ母、

「何でわざわざ洗礼受けなきゃならないの?心で信じてるだけじゃダメなの?」

もめ「やはり洗礼を受けたい。」


もめ母「じゃ、どうぞ。」

もめ父にしても「ほほう!なるほど。」

で終わり。


最後に厄介なのがオットだが外堀を埋めたから、まぁ大丈夫だろう。


もめ「みんなから反対されなかった。」


オット「反対されたら、断念すんの?」


もめ「…いや…、しない。何年かけてもわかってもらう。」


オット「信教の自由が保証されてる限り、反対する理由もない。」


おっしゃあ!


こんなワケでクリスチャンになっていった次第である。


もめんとが今の教会の門を叩いたのは、4年前のこと、うつ病を患っていた時だった。

厭世感と身の置き所のなさに支配され、薬を飲んでいてもどうにも悲しくて苦しくてつらいのだ。
子供の世話も家事もできない。

とにかく生きる気力が奪われる感じで、背筋を伸ばして歩くことが出来ず、
四つん這いでしか動けない。

勇気を出してなんとかスーパーで買い物をするが、
レジの方がにこやかに「ありがとうございました。」と言ってくれるだけで、
もうありがたくて泣いてしまうのだから、
どれだけ神経がむき出しの敏感な状態になっているかがわかろうというものだ。

そんな時、教会に行きたいとふと思った。

あそこでいい。
自分がかつて通っていた幼稚園を持つ教会。


典礼のことなどわかりもせず、
ただ司祭の説教の言葉ひとつひとつが心にしみて泣けてきた。


神さまは、イエスさまは、
弱くみじめなものを決して見捨てられることはないと。


礼拝のあと、司祭に
「初めての方ですか。もしよろしければ、お名前を。」

と言われ、うつ病の人間は取り繕う気力がないので、
もう正直に
「もめんとと申します。今心の病がありまして、苦しくて苦しくてどうしようもなく、久しぶりに駆け込んでしまいました。
私はここの幼稚園の卒園生です。
イエス様のもとに、泣きにきました。」

そういいながら我慢が到底できず皆のまえで既に泣いているのだった。


そして少しずつ通うようになり、
ある時司祭との語らいで、

自分はやはりイエス様に心惹かれると言ったら、
「もう、あなたは立派なクリスチャンですよ。」
と言われたのでビックリした。

洗礼受けてないし、
そもそも受けるかどうかもまったく考えてない時である。

「洗礼を受けることは、もちろんキリスト教徒になることではありますが、
イエス様を慕う気持ちがある人はもう、クリスチャンなんですよ。」


「そうですか…。」


「イエス様はあなたを離すことはないでしょう。
いやずっと前からそうだったと思いますよ。
あなたが病をきっかけになぜここに来ようと思ったのか。
きっと導かれたんですね。」


確かに。
神さま、苦しいんだ!
頼む!
どうか助けてくれ!

その気持ちだけでアポイントもとらずにやってきたのだ。


ふしぎだ。ほんとうに。