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一ヶ月くらい前に見た悪夢

そういや、一ヶ月だか二ヶ月だか三ヶ月だか、そんくらい前に見た夢がある。それは、行政書士試験で208点を取って合格した夢だった。合格証書は届いてなかったが、合否通知に208点で合格と、ちゃんと書いていた。

俺にとっては、こんな夢は悪夢そのものだ。現実であって欲しいとか、夢であって欲しいとか、そんなんじゃなく、一度合格したと思わせといて、実はまだ合格してません、ってやつは、かなり精神的にやられる。二度目だ。


もう、二度とこんなクソみたいな夢は見ない。夢ではなく、現実に合格すれば、再度同じ夢を見たとしても、起きた時のあの何とも言えない疲労感もないだろう。

それと、どこかで、仮に不合格でも勉強したことは財産になる、なんて言ってる人がいるが、そういうのを綺麗事と言うのだ。勉強は、何のためにするか。試験に合格するためだ。それ以外は、何の意味もたない。合格しなければ、勉強に関しては全て無駄になる。

それが、国家試験。

それを承知で、受けるものだ。

今日、必ず合格してくる。

まだ…

今日は、まだ2時間30分くらいある。試験も、まだ始まってもいない。

だが、なんか、今回は酷い。知識も終わってるし、そもそも、演習量が圧倒的に足りない。

なんでこうなった。。。


と、いうのは、その通りなんだが、今更そんなこと言ってても仕方ない。できる範囲内で全力を出すしかない。これはもう、根性論。そして、冷静に。ケアレスミスだけはやってはいけない。

一般知識さえ乗り切れば…。それでも、記述式でやられるかなぁ。

緊張も、不安感も、こんなにくるものなのか。


まぁ、受けるからには、合格してくる。当然だ。落ちると思って受けても、落ちるだけだ。それなら、楽勝と思って受けた方がいい。

もう、これで終わりだ。

あと一日…

あと、一日だけ残っていた。

知ってはいたが、この"前日"は凄い助かるな。実際は、明日なんてやれることは殆どない。復習で終わる。だが、それが大事なんだよね。ほんと。

今回は、憲法がかなり遅れてしまった。一般知識も、取れない可能性が高い。文章理解や情報関係も、ミスるだろうと思われる。

記述式でも、ヘマをやらかしそうだ。

色々考えると、もう、詰んだ感じがする。

まだ、終わってないのに。そんな感じがするのはなぜだろう?

不安?

この季節は、もう、トラウマだな。なんか、嫌だ。

試験がもう、すぐそこにあって、不安がないかと言われたら、そんなことはない。むしろ不安だらけである。このやりとりも、もう何度目か。

やはり、試験は、不安になるものだ。緊張を楽しめ、なんて言う人もいるが、僕には出来そうもないみたい。緊張は、緊張。緊張を楽しむというよりは、この試験から解放されたあとのことを考えることの方が断然楽しめる。

何か不安になると、その考えにハマってしまい、不安のスパイラルに落ち込む時がある。一度ハマると、抜け出すのはかなり大変。そうならないために、不安に陥るのを防ぐために、別のことを考え、常に思考し続ける、というやり方がいいと、最近気づき始めた。結局、何もしないと"不安"を考えることになるのだから、どうせ考えるなら、別のことを考えた方がいいじゃん、という発想だ。

これは、案外、効果的だ。それでも難しい時は、一切の思考を辞める、というのもある。不安とは、つまり、自分と無用な会話をしてるわけだ。その、自分との会話を辞め、周りの音や視界に、全神経を集中させる。これは、本当にどうしようもなくなった時に使える。無我の境地の、お手軽にできるバージョンである。

あとは、不安の種を一つ一つ声に出し、あえて弱音をはく、というのも使える。そして、原因と対処方法を自分なりに考え、思いついたことを全て声に出して行く。最後に、これなら大丈夫だと、ここでも声に出して自分に言い聞かせる。これは、心の中でやっていては意味がない。不安に陥るだけだ。ちゃんと声に出してやれば、気持ちが楽になる可能性が高い。

これらをやったからと、全ての不安が解消されるわけではないが、多少なりとも効果があれば、あとは少しずつ自然と消えていくものだ。何かきっかけさえあれば、人は案外スッと変われる。これは、心も同じ。


と、こんな長文を誰が読むのか、という話だが。

とにかく、不安は、試験が終わるまで、合否が分かるまでは、絶対に消えない。合格したらしたで、それはそれで、新たな不安が出てくるだろう。

ならば、不安を消し去ろうとするのではなく、別のことを考え不安を置いておく、という方が合理的なんじゃないのかな、と思った次第。

あと、笑う、というのはけっこう大事。無理矢理にでも笑ってみると、スッキリするかも?(笑)

あと3日

あと3日でこの忌々しい試験地獄から脱出、解放されると思うと、なんとも言えない気持ちになるな。ようやくきたか、という感じだ。一年に一回は長すぎる。人生がもったいない。

もう、これが最後の受験になるだろう。合否を問わず。合格はしたいが、できなかったら、それはそれで仕方ない。

諦めるとかではなく、納得である。

もちろん、合格する。だが、万が一、というのがある。しかも、これまで二回ほど起きてる(笑)ことをみれば可能性の問題として残るわけで。

そうなった場合でも今回が最後だろう、と。

本当に、失う必要のないものをたくさん失ったからな。試験が終わったら、そのあとの人生は、長いんだか短いんだか分からないが、今までのことを一度まっさらにして、好きに、試験に縛られることなく有意義に過ごそうと思う。

労働だってしてみようじゃないか。海外にも本当に行ってやろう。やりたいことは、たくさんある。来年は、それをやりまくる年だ。

これまでの4年の間で、ここ二年くらいが1番辛かったかもしれない。だが、それも最後だ。今後、あれ以上の辛さがあるとすれば、病気か何かで、医者に余命を告げられる時と、家族や親しい者の死くらいだろう。それ以外の辛さは、僕にとっては、この二年間の辛さに比べれば大したことではない、ことである。それは間違いない。

これはこれで、いい人生経験だったんじゃないかな、とさえ思える。

完全燃焼してから、さらに続ける、なんて普通の人ではとても出来ないことではないだろうか?これは凄く貴重な体験だ。今後の人生に、必ず生きてくるだろう。再々々受験という道を選んで、本当に良かった。

あと3日、悔いの残らぬよう、しかし淡々と事務的に、勉強をこなし、何のことなく、合格してみせる。