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行政書士試験 合格証が届いた。

今日、色々考えながら、午前中に行政書士試験用のテキストを片付けていると、何の偶然か、行政書士試験の合格証が届きました。タイミング、良いんだか悪いんだか…。

噂では聞いていましたが、実物をみると、本当にショボいですねぇ…。総務大臣の名前も川端達夫だし。原口一博が良かった。総務大臣は電波や自治に関わるんだから、公務員給与は削減しないとか言うやる気ない人より、記者会見を開放するような人を置いてほしいものだ。


それはさておき、これでようやく行政書士試験が完全に終了した、という感じです。結局、合格した実感という実感も得ないまま、ダラダラと試験が終わったなぁ、という感覚。
でも、資格試験は、二年ぶりですかね。前回合格した資格は、貸金業務取扱主任者資格試験で、09年度に合格してます。

10年度は、司法書士、宅建、行政書士を受けるも全て不合格。司法書士は全く歯が立たなかったです。宅建も、あと3問くらい必要だった。行政書士は択一は良かったんですが、一般知識で足切り。

宅建は、勉強時間が、一週間。さすがに無謀でした。何が無謀って、宅建業法だけならまだしも、当時はまだ民法の知識も中途半端でした。民法で何問か落としていた記憶があります。もったいない。

そいや、宅建は合否通知を見た記憶がない。点数も自己採点のみで、何点だったかも分からず。どこ行ったんだろ?

11年度は、行政書士試験のみに専念でなんとか合格。

12年度は、どうするかな。

久しぶりの酷いデマニュースを発見

ちょっとあまりにも酷い記事、デマニュースがあったので、触れてみます。

[大学生4人に1人、「平均」の意味理解せず 数学力テスト]

パッと見、大学生は平均の計算すらできない、みたいな見出し。でも

"「平均」の定義と性質を尋ねた問題の正答率は76%。日本数学会は「平均の計算法は知っていても、正しい意味が分からない学生がかなりいる」としている。"

つまり、平均の計算はできても、平均の定義、性質を文章で説明せよ、という問題には答えられない学生が多いという話。
あのね、平均の定義、性質って何?こんなの、パッと答えられる人どれだけいるのか?計算方法知ってりゃ問題ない。

次、

"2次関数のグラフの特徴を3つ挙げさせ、論理的に正しい記述ができるかをみる問題は、正答とほぼ正答の割合が計53%だった。「上に凸」などが正しいが、「曲がった感じのやつ」「細い」といった的外れな誤解が続出。"

二次関数、習った記憶はあるが、特徴3つって何?論理的に正しい説明って、何?って感じだ。こんなの、できる大人がどれだけいる?

次、

"定規とコンパスを使って直線を3等分する問題は、正答とほぼ正答の割合が計7.6%にとどまった。数学の基本である比例と作図の理解を問う内容で、ほとんどの中3教科書に出ている"

習った記憶がある。でも、忘れた。



ここで問われてる問題の多くは、習ったけど忘れた、ってやつだと思うんですよね。習ったけど忘れたことと、そもそも習ってないゆとり教育とを、同じテーブルで議論して批判するのは、論点ズレまくり。

人は、習ったことでも、忘れないものと忘れるものがある。で、普通は、圧倒的に忘れることの方が多い。覚えてるのは、1192作ろう鎌倉幕府とか、(今は違ってるみたいだが)そういう分かりやすいものくらい。徳川将軍の名前を全部言えと言われて、昔覚えたけど今は…って人が殆どでしょう。記憶術とか使っても、忘れてたりする。

忘れるから、繰り返し勉強する。まさかと思うけど、今の学生はすぐ忘れるから、ゆとりだ、と批判したいわけではないだろう。
一度聞いたら死ぬまで忘れない、こんなのは天才レベルの人。でも、それは少数派。今回の結果は、ある意味当然の結果。

繰り返しやらないと忘れる。それが普通。特に数学みたいな、公式は最低限暗記しろ、みたいなものは、覚えるのも早いが、忘れるのも早い。

その基本的なことも分からないような人達が教育に携わってるとしたら、そりゃあ、学生の頭も悪くなるだろう。

基礎基本も分からないで難しい話しをされても、なんのこと話してるの?となるのは当たり前。

できる優秀な人にはエリート教育。出来ない人には基礎基本の徹底。これで良いんじゃないの。

1+1=2

この計算が出来る人であれば、世の中の大抵の基礎基本は理解できる。覚える気があることは最低限の前提なのだが、それさえあれば、あとは教え方の問題。少なくとも学校は、教える側は金もらって教えてるんだから、プロとして基礎基本を理解させる責任がある。

その、基礎基本を理解させようとしないで、ダラダラと意味がイマイチ分からなく、つまらない授業をするのは、プロとして失格だろう。

もう、塾でいいよ。

気分転換とは"集中できること"なんじゃ!?

もう、あと一週間くらいで二月が終わりますね。早い。でも、二月は長かったな。

さてさて、思うんですけど気分転換って、なんだろうと考えたときに、他に集中できるもの。じゃないかな?と。

例えば、ゲームをする、買い物をする、そうやって気分転換する時。

ゲームをやってる時って、ゲームに集中してますよね。買い物をしてる時は、商品を見てる時、買うか悩んでる時に集中してますよね。

例えば、絵を描いたり、スポーツをしたり、はたまた妄想をしたり、食べ物を食べたり、友達と話したり…

よく考えたら、それぞれ集中してるんですよね。

このことから、気分転換ってのは、何かに集中することなんじゃ!?と唐突に閃きました。

趣味がない人は、就活中なら履歴書に趣味を書くときとか、何気ない会話の中で趣味を聞かれて困る時があると思うんですけど、そういう時は、"自分が集中できること"を趣味に置き換えて考えたら、案外スムーズに書けたり話せるんじゃないかな?と思いました。

地雷語!社会人が決して使ってはいけない42の言葉 を読んで

えっと。

中山マコトさんの、"地雷語!社会人が決して使ってはいけない42の言葉"という本を読みましたが、けっこう大事なことがゴロゴロ書かれてます。

感想としては、挨拶一つとっても、手抜きのものは見抜かれ、知らぬ間にマイナス評価されるんだな、と改めて考えさせられます。

逆に、誰でもできる何気ない挨拶から手を抜かずにやれば、プラス評価をされるな。とも思いましたね。

これ、けっこう大事。人からプラス評価されたいとき、人は自然と、難しいことをやらないといけない、誰にもできないようなことをやらないと頭一つ出ない、と思いがちです。

でも、実はそんな難しいことよりも、挨拶や言葉など、誰でもできることをいかにしっかりやるか、の方が何倍もプラス評価を得られるんですね。しかも、難しいことをやるよりよっぽどやりやすい。

こう考えると、言葉というのは本当に重要ですね。人間のコミュニケーションツールのとても大事なモノですから、当たり前っちゃ当たり前ですが…。

挨拶、言葉。
簡単なようで、凄く難しい。(笑)

うーん。

新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか を読んで

元ジャーナリスト、上杉隆さんの新著、新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか を買って読んでいます。

まだ途中ですが、読んだ感想としては、震災以降のメディアの報道の仕方は、何度見ても酷いなと思いますね。それに、こういう機会に見て、忘れていたこともたくさんある。

あったあった、ってやつ。

例えば、全炉心溶融という造語を作り出し、メルトダウンの可能性そのものを否定しつつ、二ヶ月とか三ヶ月経ってからメルトダウン、メルトスルーしてました、と、過去形でちゃっかり伝えるとか。

全炉心溶融なんて言葉出てたなー!と思い出しましたね。


低濃度汚染水を海に放出した話も。

"低濃度"という基準は何かと言うと、それは東電が定めた基準だと。テレビ新聞はその根拠を追求することなく、そのまま"低濃度汚染水"と東電の出した情報を垂れ流した、と。

酷い話です。本当に酷い。

プルトニウムを測っていない、SPEEDIを活用しない、

なぜやらないんだ?フリージャーナリストの人達が追求すると、記者クラブの記者が野次を飛ばしてくる、など。

こんなことが表に殆ど出てこないで、テレビ局は、何が震災特番?検証番組?

まず自分達の報道の仕方が正しかったのか、記者クラブの問題も含めて一つ一つ検証してから、震災特番やるべきですね。ダメだよ、自分達のこと棚上げしてちゃ。情報は命に関わります。

その情報が正しかったのか、しっかり情報を引き出せてたのか、出された情報は何かの意図が入ってたり、誘導されてなかったのか、など、少なくとも報道を名乗るのであれば、自分達のことを検証しないといけないですね。