〜好き勝手な書き物〜・白・ のBLOG -362ページ目

来週の今

そう、行政書士の本試験。


年に一度の、100人中、5人~8人しか合格出来ない合格率を誇る試験が、


来週の今、開催される。



試験一週間前ということで、戦線離脱する者や、戦意喪失者が急増するこの時期。


私は、絶対に諦めない。
絶対に不可能ではない。

この大事な時期に諦めて、戦いを辞めるから、受からないんだ。

戦いを続けていれば、勝機は必ずどこかに見つかる。可能性は低いかもしれない。しかし、今、戦いを辞めた人よりは、可能性は高いと、断言する。

私を含め、受験者の99%は凡人だ。

合格率だけでは言えば、つまり合格者の1%は天才だが、残り4~7%は、私と同じ凡人なのだ。


そんな中で今、戦いを辞めたら、絶対に勝てるワケがない。

7%に入るには、

今こそやる必要がある。

大学③

責任もアルバイトでは求償されるだけだったが、就職することで過失責任、無過失責任と

責任の範囲が広く、重くなっていく。


そんなこともあるのに、わざわざ入門なんて学ばなくても良い。


また、話は変わるが、若者の早期離職は、まさにアルバイトが原因だと考えている。


楽に金が稼げる。

楽でなくても、すぐに慣れてなんとかなる。

自分で選べる。

辞めたい時に辞めれる、という気軽さがある。

本気じゃない。


この延長線上に就職があると勘違いしてるバカ野郎が多いのは事実だと考えている。


大抵は、就職したら、上司が常にいて、さらに期限がある。ルールもある。やりたいが出来ない。40年近くそこが人生の拠点となる。


これらが複合的に重なり、

また、バイト経験により、バイトとのギャップがあまりにもかけ離れ、バイトの方が楽だったと拒否反応が現れる。
よく「こんなにツラいとは思わなかった」

ただのバカの世間知らずの発言である。

私は幸いにも、中学生の頃から大人(40歳~60歳)の方と色々と会って話を聞く機会に恵まれていたため、社会は覚悟しなければと考えていたが、
それがなくとも、テレビの情報だけでも十分に覚悟しなければと考えさせられていたため、そのような発言を最初に聞いた時は驚いた。

今は、ただの無知な可哀相な人と思うが。


それはさておき、そのようなことに陥らないためには、やはり、既にやりたいことをやっておく必要がある。

つまり、過去に未練を残さないのだ。そうすれば、先へ進むしかなく、自分の希望通りでなくとも「ま、いっか、これも経験だ」と思えるのだ。
なぜなら、やりたいをやってしまったからだ。


これを、やりたいこともやらずに、ずーっと同じことをし(主にバイト)就職して金溜まってからやろうったって、そりゃムリだ。

また、就職先にやりたいことがあるから、って、それが出来るとは限らない。


現に、やりたいことと違うと言って辞める奴もいる。既にやりたいことをやっていれば、こんな、事故みたいなことは起きない。

言って置くが、やりたいことは絶対に複数あるし、少なくない。


だから私は、大学はやりたいことをやる場所。と言っている。

大学は②

私個人の現在の『大学とは』は、

大学はやりたいことをやる場所。

であると強く考えている。

理由は

①先は40年近くは働き、その後20年付近で死ぬ。

②人生で初めて周りを気にしなくて良くなる。

③限られた短い時間だが、意外と長い。


よく、大学生にもなってバイトくらいしろ、サークル入れ、ゼミコンだ。

等々言う人がいるが、前回も書いたが、私自身は、大学へは、就職のための猶予期間と考えている。

大学にも入ってアルバイトするくらいなら、さっさと就職すべきである。はっきり言って時間と経験の無駄である。
また、やりたいことがなくてアルバイトすることは、その現状に甘んじて、卒業後はフリーターとなる例が後を断たない。

ただ、やりたいことってのは、延長線上には稼ぐための基礎力を付けることに限るが。

生計にさほど困っていないならば、アルバイトはしない方が得策だ。

大体、本当に困ってる人に対して失礼以外の何物でもない。


遊び半分、社会見学等の理由で、大して困ってもいないでアルバイトをしてるならば、そいつは即刻辞めた方が良い。

そういう奴は、アルバイトしてない奴に対して「親の脛かじり」とホザイている者がたまにいるが

ではそいつは自分の家のガス水道光熱費食費をちゃんと自分の分を払ってるのか。

自分の携帯代と余暇費に消えているのではないのか。

遊んでばかりいて、自分の好きなことに自分の金を使って偉そうにしているのはただのバカだ。

自分は浪費者ですと公言している恥さらし者だと自覚すべきだ。

民法の、金銭債権の損害賠償請求では、不可抗力を持って抗弁出来ず、また、損害を立証する必要はない。

つまり、お金は消えない。

目先の金に目をくらみ、人生を無駄に過ごすのはアワレだ。


お金は卒業後、働いて贈与すれば良い。年間110万円以下なら税金は掛からない。


だから、絶対にやりたいをやるべきだ。
社会など、実際に入ってから経験すれば良く、そこで得るストレスも、学生時代にやりたいことを思う存分にやっていれば、絶対楽に対処出来る。

なぜなら、既に心に余裕があるからだ。
やりたいことをやった人、やってる人の心は、強い。

コミュニケーションの取り方を学ぶったって、バイト先と実際の職場じゃ全く別の人だ。地位すら違うことも多い。

そこに気付いけるかどうか。
そのために、考えてる人は他と違う。

大学は

さっき、日本の大学について様々な国から来た留学生達が討論している番組をNHKで再放送してた。


議論の柱は三つ

①年齢制限の撤廃
②講義を英語で
③就活の禁止


特に、一番気になったのが

③の就活の禁止である。
発表者はイランから来た留学生?だったが、可愛いかった。


ま、それは置いといて、

この議論で考えさせられたのは『大学』そのものの存在意義。


三年から専門科目が重要となるのに、学生は就活。


「大学は勉強するところ」

「大学はサークルやゼミで人間関係を構築というが、四年間もコミュニケーションのために使うのは非効率的過ぎる。」

ふむ、まさにそう思う。


「就活に一年は長過ぎる。」
全くその通りだと感じる。無駄に長過ぎる。

個人的には、一か月くらいの超短期で良いと考える。
もちろん、再チャレンジも含めて。


そもそも、今の大学生は、勉強したいってより、大学行かないと就職ないから、って人はきっと少なくない。

(ちなみに私自身は、高校卒業時は特にやりたいことがなかったため、大学へは就職のために残された猶予期間と思って行った。今はやりたいことだらけである。)


だから、本当は職安みたいな所が好ましいのかもしれない。

大体、将来役に立たない専門知識よりは、生きてく中で使えそうな、

ちょっとした技術(料理やファイリング)

豆知識(法律や心理)

といった能力の方が、簡単だし欲しいと思うのではないだろうか。

そういう学生と、頭良い大学は良い人材と考えている企業のズレがあるように感じる。

確かに偏差値の高い大学の学生は、それだけ学べる力があるという証明だ。

ただ、その学び方、イコールその企業に必ずしも+とは限らない。

本当は『学歴主義』の考えを捨てるべきなのだが、学歴以外で個々人の判断するのは容易ではないため、仕方ない部分はある。

ただ、その考えを捨て、別の方法で(現段階ではまだ分からないが)その企業にあった適材の人を選べれば、就職系学生も減るのではないかと考える。

ミスった

月曜と火曜を勘違いしてた・・・・・。



あぁぁぁぁぁ、、、、、


せっかくの生講義がぁぁぁぁ!!!!!


仕方ないから昨日の講義をビデオブースにて受講。
物凄くショックだった。

生講義だから受講したのに!
勘違いってホント最悪。


昨日なんて何もない、一番何もない日だったのに。なんで気付かなかったの。



おかげで目が覚めた。限られた時間を大事にしよう。

猛烈にエンジンが掛かった。

そんな最中、先生が講義で

「焦って追い詰めても、心配になって結局やらないだけ。それなら、出来る範囲だけやる。」

みたいなことを話した。

その瞬間、急に何か軽くなった気がした。おかげで3時間、気軽に受けることが出来、記憶もされた。


やることやって試験落ちたら、仕方ないさ。

今日からの目標、1科目1日10問。

そう、出来る範囲で。