学校生活46−1 一学期終業式 頭の使い方はオートマチックに
おはようございます。
林間・自然学校も終わって、いよいよ1学期も今日で終わりますね。
わたくしも一年生の方にお供して白根の山頂まで登って来ました。
さすがにわたくしには少しきつかったですね。
今年の一年生中々体力があって、ついて行くのにしんどかったです。
2年生は聞いたところによるとプールにいったのかな。
岩菅山の登山も無事に終わったのかな。
わたくしも過去、岩菅山にも何回も登っていますが、高度からいったら岩菅山の方が高いのですが、実際に登ると白根山の方がきつい感じがしますね。
1,2年生は知らないかもしれませんが3年生は今年から飛行機を使用しました。
中々良い自然学校が出来たと聞いております。
これには天候が特に左右されるから来年のことはまだわからないけどね。
今年は3年生の先生方が良い思い出をと大いに骨を折って計画を立ててくださいましたね。
1年から3年までの旅行が無事に終了することが出来ました。
ここで今一度学校の中を振り返って見ましょう。
今日は終業式と言うことでお話があります。
実は2年生にちょっと嫌な事があったのです。
もうやった人達も反省していることだから、ここで今更言うこともないかもしれないけど諸君に少し考えてもらいたいことがあります。
そこであえてお話をしたいと思います。
ある連中が人の嫌がることをしたのですね。
本来なら、やった人達、やられた人を呼んで罪を認めさせるといった個人間の問題ですが。
一部の生徒の事で全校生徒の問題ではないかも。
先程まで実は悩んでいました。言うまいか、どうか。
でも言うべきと決めました。
それは、わたくし部長になって常々思うのですが普通部はとても良い学校です。
でもどうしても一つだけ諸君に期待したいことがあるのです。
せっかく年齢差がある諸君が集まっているのだから最上学年の3年生は色々な面で下級生を見てほしい。
下級生の面倒も見ることもふくめてね。
例えば今回のことでも意外と諸君の方が先生達よりも先に情報を得ているんだね。
学年を超えてね。そんな情報が入ったら「おい、やめろよ」と言ってくれる生徒がいたら。
このあたりに関しては普通部は弱い気がします。
個々の生徒は素晴らしいと思います。
しかしどうも他人のことになると、それこそ他人事、「俺には関係ない」感が強い。
それ自体は一概に悪いことではない。
他人に干渉しない、個人主義であるといったらその通り。
それぞれが自分で生活しているのだから。
でも、物事の善悪の場合はそれは成り立たないかもしれない特に。
悪いことがあったら「それは俺には関係ないよ」では寂しですね。
そう思ったので今回は諸君に事の次第をお知らせしました。
1年、2年は注意しない、3年生が注意しろと言っているのではないですよ。
3年生が先頭に立ってキリッとすると学内が良い方向になるのではないでしょうか。
3年生、宜しく。今わたくしが話した問題は、たまたま発見されたのかもしれません。
この中にはもっと問題が隠れているのかもしれません。
嫌な事をされている人がもっといたりするかもしれません。
その時、周りがそのことを無視しない、そういう学校になってもらいたいですね。
常々思うのですが、今この目の前の720名前後の人の中で色々ごちょごちょ起きるのなら、もっと大きな世間あるいは日本の社会で上手く行くわけないよね。
こんな小さい世界でだめだったら。
だからこれは実験だと思って先ずこの720名の世界で嫌な事は未然に防ぎたいですね。
そんな気持ちが終業式にあったて脳裏をかすめました。
それから勉強の事をお話しましょう。
今日これから諸君は担任から頂くものを頂くわけですね。
人間と言うのは大方の人が勉強、特に暗記は嫌いですけど、これは頭の使い方が下手な人が多いと思います。
よく聞く、「俺は勉強が嫌だから嫌なんだ」と言う人いるけど、今の中学の時代に基礎をきちっと築き上げておかないと今後、上級学校に行くとどうにもならない。
そこで頭の使い方何ですが、頭というのは興味のないことは特に受け付けない。
では興味のないことはやらなくていいのかとはなりませんね。
興味のないことをやらなくなったら成績ガタガタですよね。
それは分かっているから無理やり自分お尻を叩いて勉強する。
そしてもっと勉強が嫌になる。
この繰り返し。
そこで提案。頭の構造を上手く利用して人間はこの嫌になるとやらないという思考パターンを一旦休ませてオートマチックにつまり自動的にやるという機能を使う。
人間の頭にはこんな機能も備わっているのです。
中学の時代にはそれを上手く使い分けて頂きたい。
例えば暗記とかやでしょ、勉強しているとこういうことありますよね。
どうして嫌な部分、「何でこんな事やらなくてはいけないの」という気持ちになったら自動的な方を使って頂きたい。
諸君が朝起きたら歯を磨いて、顔を洗って、食事をして、服を着替えて、電車に乗って普通部に来る。これがオートマチックな行動。
これを利用するのです。
そうすると辛さが半減される。もう一つの方、つまり「俺は何でこんな事しなくてはいけないの」、この物事に対して疑問を持つ、これはこれで必要なんですね。この思考はどういう所に使うかというと例えば労作展に取り組む時に使うとか。
つまり自動的ではなく頭を使う思考なのですね。
この時、労作展に対して「何で俺はこんな事やらなければいけないんだ」というのではなく、「俺は何をやりたいのか」とならないと。
労作展というのは決まっていても労作展の中身、これは自身が自ら決めるのだから。
これに思考を使う。これには疑いの精神、疑問の精神、つまり考える精神を使うと、良い物が出来かもしれません。逆に労作展をオートマチックに取り組んではだめ。
このように頭をその都度使い分ける。
この話は先ほどの2年生の話と重なってきます。嫌な事する人は殆ど自動的に間違った行動を取る。
人に嫌な事をする、最初はドキドキ、でも慣れると今度は楽にまたやる、そして殆ど自動的に嫌な事をする。
だから悪いことに自動的な時は自らの気持ちを一つ一つ疑う、これを能動的と言うのですが、この二つ、自動的と能動的が頭の中にあります。
うまく切り替えてましょう。きっとうまくいきますよ。
46−2に続く