自分の人生において、
問題を解決したい
認められたい
成長したい
変わりたい
いまよりもっとよくなりたい
もっと良い結果を手に入れたい
と願うのは
当たり前のことだと思います。
僕もそう思ってきたし
多分これからも
その思いが消えることはないでしょう。
そして、そのために
努力し
頑張り
学び
考えて
生きてきました。
き ま し た。
でも
ずっと抜け出せなかった。
突き抜け、られない。
ずっと
同じ輪の中で
ぐるぐる回っていた。
でも
平気なフリ
幸せなフリ
大丈夫なフリをしてた、かな。
そしたら
「そうでないと嫌われる、認められない自分」
という
その恐怖と
「本当の自分」「本当の気持ち」の葛藤、
本当の自分の気持ちを
ガマンしすぎたとき
「強制終了」が、やってくる。
ブレーカーが落ちる。
強制、甘えなさい
強制、ひとに迷惑かける
強制、何にもできない
強制、休みなさい
強制、動けない
強制、助けてください
という
大転機。
ま、僕の場合も
子どもの問題や
仕事の問題や
離婚や、と
いろいろやってきたのに
「まだ、気づけなかった」
で、あるとき、
その輪を抜け出した。
そしたら
抜け出すコツがわかったので、
そのコツを
毎日コツコツとここに
書いているわけですが(うまいっ
そのコツを、
一言でいうと
これもいつも言ってることですが
「タブーに挑戦する」
ということです。
(それかーい、やっぱ)
もうね
それ以外にないですわ。
自分が
「タブー視」
している言動をする。
「いままでやらなかったこと」を
「やってみる」
「してはいけない」と思っていること
「そう言うわけにはいかんよ」ということ
「それだけはないわ」ということ
それに挑戦するわけです。
「マイルール」を
破る。
例えば?
汚い言葉を使う
わがままを言う
自己中に
神社にお金を放り込む
なまける
頑張らない
人に冷たくする
遅刻する
仕事を休む
仕事をさぼる
いま、やめるわけにいかない
いま、抜けると非難轟々の状態で抜ける
助けてって言う
人に頼る
甘える
丸投げする
迷惑かける
やりたいことしかやらない
やりたくないことは、やらない
損する方を選ぶ
収入を捨てる
信用をすてる
いままで積み上げてきたものを捨てる
ま、一言でいうと
「何かを捨てる」てこと
「でっかいものを捨てる」てこと
「大損する」てこと。
そのときに初めて
「いいんだ」と
目からうろこが落ちる。
「捨てても大丈夫なんだ」
していいんだ
やめていいんだ
やらなくていいんだ
やっていいんだ
しなくて
よかったんだ
悩む人は
真面目な人です。
成長したいと思うひとも
真面目な人です。
そして
「そうでないと嫌われる」という
怖い怖い固まりを握りしめてるひと。
だから
「いいひと」「手のかからないひと」
「いつも明るいひと」「なんでもできるひと」
であろうとし、
やせ我慢し、
「与えられた」ルールを守り
「与えられたルール」の中で解決しようとします。
もちろん、大切なことですが、
ずっとそこを抜けられない。
がんばって
「枠の中で優秀」になろうとする。
だから「競争」になる。
「ナンバーワン」にならないとしかたない。
そうでないと
認められない、と思う。
そこには
限界があって
そこにたどり着いたら
今度は、そこをずっと
キープしないといけなくて。
「手でボールを触ってはいけない」
とされるサッカーの途中に、
思わずボールを抱えて
走り出したところから
あたらしいスポーツが生まれたように。
答えは
常識の外にある
その答えを
見つけた時が、
次のステージへの
入り口です。
次のステージは、
いまの世界とルールが違うのです。
もっと
ゆるゆるで
もっと
自由な世界
なんでもありで、
ルールの中で生きている人にとっては
「非常識」な世界。
「ありえない」
ありえなさすぎて
腹が立ってくる(笑)
だから、
僕の本やブログを見ても
全く理解できなかったり
怒りが湧いたりするわけです。
胡散臭いわけです。
だって
常識の外だから
胡散臭いのは当然です。
「今まで信じて来たものと違う」から
危険に感じるのは当然ですよね。
で、
そのままでいるのか
心屋の言ってることを
「信じてみる」のか、で
次のステージに行くのか、
今のままにとどまるのか、が
変わるわけです。
で、今のままでも、いいんですよ。
シアワセなら。
でも、いまもし、
そうでないとしたら
(そうでないからこそ成長したいと願うのでしょうし)
「信じてみる」と面白い。
次の扉を開くカギを
ここにちりばめています。
そして、
「成長」とは
何かができるようになることでもなく
欠点を克服することでもなく
それ(あたらしい常識)を
知っていくことが成長なのです。
新しい知識を知っていくとは
他の価値観を「許し」ていくこと。
だから
何かができるように
努力していく過程で、
「新しい常識」を
発見することも多いので
大いに努力することも
大切だと思います。
ありえないぐらい練習する、とか
死ぬほど頑張る、とかもね。
そうしながら、
ひとつひとつ
「許し」ていく。
やっていいんだ
やめていいんだ
こんな方法があったんだ
自分で
縛りに縛って
ハムみたいになった心と体を
ほどいて緩めて許していくのです。
それが
成長。
「許す」ことで
世界が、変わるわけです。
で、
「許す」、とは、
いわゆる
怒り、憎しみを許す、
ということだけではなく
いままで
マイルールに従って
否定
禁止
抑圧
してきたもの、
罪悪感や、
いまの常識の
ルールを
許していく。
壊していく。
破っていく。
捨てていく。
そう
それも、いい
あれも、いい
ダメも、いい
そして、
素晴らしい、
も、いい。
そう、「許す」は、
ダメを許すだけでなく
自分の素晴らしさも
許していくことなのです。
だから、
色んな今までの自分の
「ありえない」に飛び込む
「非常識」に飛び込む
「キャラじゃないこと」に挑戦する
「怒られそう、嫌われそうなこと」に挑戦する
「恥ずかしいこと、笑われそうなこと」を
やってみる。
「損しそうな方を選んでみる」」
「こだわりをやめてみる」
「与えるのをやめてみる」
そんな
「恐ろしいところ」
「知らない世界」に
答えはあるから。
あなたの直観が
教えてくれる声を
損得や
恐怖や
恥ずかしさで
止めないで。
そして、
その「タブー」は
あなたの苦手な人や
パートナーが持っているのです。
そんなオチですわ。
ゲスく
生きよう。
昨日は、デューク更家さんから
ステキなニュースを戴いて
(すごい!このお腹!!)
鳳凰も飛び回り
と、いいつつ
こんなこと書きつつ、
僕もこの数年、
またぐるぐるしてたので
そろそろ抜け出さないとね。
あー怖いよ、あーやだよ(°▽°)
ぐるぐるは
ぬるま湯、なんですよね、要は。
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