日本経済に未来はあるか~労働者・国民の生活危機の原因 | すくらむ

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国家公務員一般労働組合(国公一般)の仲間のブログ★国公一般は正規でも非正規でも、ひとりでも入れるユニオンです。

 8月10日・11日に全労連主催で開催された第3回労働組合幹部セミナーに参加しました。その中から、増田正人氏(法政大学社会学部教授)の講義の概要を紹介します。貧困の深刻化や格差の拡大の背景となっている社会構造、労働者・国民の生活危機打開には国際的なとりくみが必要だということがよく解りました。なお、以下の記事は、他の講義で聴いたことや私の主観も含めて記しています。(文責:モール)


【はじめに】


 講義の目的は、(1)グローバル経済の本質的な特徴をしっかりと把握すること、(2)グローバル経済の中で日本経済がおかれている構造を理解すること の2点で、キーワードは、①ニュー・エコノミー(すばらしい取引の時代・きびしい競争の時代)、②多国籍企業と知的所有権(労働と生産なんかくだらない)、③アメリカと新興工業国に挟まれる日本(輸出から在外生産、逆輸入)の3点。


【ニュー・エコノミーとはどういう経済か】


 ニュー・エコノミーは90年代半ば頃からアメリカで使われはじめた言葉。ニュー・エコノミーの特徴として、まず「技術革新と情報通信産業の発展による消費者の選択幅の拡大」が挙げられる。消費者はインターネットを利用して商品の様々な情報を収集し、世界中から欲しいものを最も安い価格で素早く手に入れることができる。インターネットがない頃には新聞広告など情報が限定され、制約的な商圏内でしか商品を選択できなかった。かつてないほどの商品の中から選択が可能な、形式的「消費者主権」の時代が到来したとも言える。


 一方、「生産者の厳しい競争」という特徴が反面的に現れている。生産者が勝ち残るには、どの商品をどこで買うか、気まぐれで移り気な消費動向から常に選択され続けなければならない。また、売れるときと売れないときとのギャップが激しいため、生産者は、生産設備を持たない、いつでも解雇可能な形態で労働者を雇用するなど、生産組織の弾力化にとりくんだ。


 また、これに伴い生産者にとって必要な労働者も変化した。必要とするのは新製品の開発者(科学者・技術者)と消費者の欲しがる形態で提供することができる(商品化の企画力・交渉力を持つ)人材で、実際に製品の組み立てなどにかかわる労働者は代替が可能として低賃金化が進み、日本国内での非正規化・低賃金化や下請単価の切り下げなどにとどまらず、外国での生産に大きくシフトするなど労働市場もグローバル化した。


 このため、労働者の面からみると、「一日中働き続けることを要求する社会」に変貌したといえる。企業から必要とされる労働者は、面白いから働く、稼げるときに稼ぐ(勝者総取り・速さが第一)という意識からプロスポーツ選手と同じ状態に。一方、代替可能とされたモノをつくる労働者は、低賃金をカバーするための残業や副業、不安定雇用からくる失業への不安や恐怖、組織の中の競争激化と孤立化という状態に置かれている。経済格差と働くことへのストレスの拡大から、「公務員攻撃」などスケープゴートへの攻撃をはけ口とする傾向が強まっている。また、労働者がのべつくまなく一日中働き続ける社会では、少子化など深刻化する社会問題に歯止めがかかろうはずもない。


【グローバル経済とはどんな経済か】


 次に、多国籍企業と知的所有権がキーワードになる背景として、経済の構造を理解しなければならない。80年代初頭までのように日本経済など各国の国民経済が集まって世界経済を形成するという時代ではない。世界中を範囲としたグローバル経済がひとつの単位で、日本経済はその一部として組み込まれているに過ぎない。日本経済の現状をはかるにも、グローバル経済への組み込まれ方が見えないと解らない。


 グローバル経済の中心をなす多国籍企業は、本社(経営の中枢)や研究開発、販売の中心は先進国に置き、生産は低賃金の開発途上国で行っている。まさに、前記のニュー・エコノミーの特徴を積極的に利用している。こうした多国籍企業の経済活動を支えてグローバル経済を形成してきたのは、貿易や資本移動、人の移動を自由化する政策であり、その推進力となったのが世界貿易機関(WTO)。


 WTOの役割は、「貿易の自由化+知的所有権の保護」と「経済制度の統一化(多国籍企業の競争条件が国によって異なることがないよう各国の経済制度の差異を縮小)」の大きく2点。これらにより、世界的な経済活動のモデル・ルールとなる「グローバル・スタンダード」が形成されている。WTOに加盟するためには、本協定をはじめ全ての付属協定の条項を一括で受諾することが要件となっており、各国の経済手続きなどは必然的にWTOの協定に沿うこととなる。協定に沿わないルールを適用した場合には、重要品目に対する(メーカーや品目を指定した)制裁措置をとることが可能とされており、実効性を担保している。


 WTO体制のもと、多国籍企業は知的所有権(特許とブランド)すなわち高収益部門を独占し、生産は委託契約によりコスト削減を図っている。一方、発展途上国の企業は受託生産(下請)による薄利多売の価格競争を繰り広げている。このように国際的な分業体制が確立している。多国籍企業は下請の発展途上国企業を競争させ、単価を切り下げる。より安くつくれる企業が登場すれば、従来の企業との委託契約を打ち切り、その企業との委託契約で生産を始める。委託生産のメリットは、雇用関係がないなど撤退の容易さと土地や設備など初期投資が要らないこと。自社で生産部門を持たず、どこで誰がどのようにつくるのかは問題ではない、まさに「生産なんかくだらない」とういう世界。


 先進国の製造業の空洞化は、アメリカの製造業被用者が1979年をピーク(日本は1992年がピーク)に下降していることにも現れており、先進国経済がサービス経済化していることを物語っている。一方、発展途上国は工業化が進み、薄利多売とはいえ経済成長の継続と拡大により、国民経済の発展や自立的発展の芽も出始めている。こうした経済発展により商品需要が急増し、原材料となる資源の価格が高騰し、資源国の経済成長ももたらされている。また、グローバリゼーションの進展とともに、先進国とりわけEU諸国では自国の制度をグローバル・スタンダードにするため、発展途上国では各国分断による搾取をされないように地域主義的な対応が拡大している。何れにしても現下のグローバル経済を前提とした対応ではある。


【日本経済の困難(労働者・国民の生活危機、経済停滞の原因)】


 日本の輸出大企業は、WTO体制のもとで価格競争に直面し、汎用品ほど国内生産・輸出から低賃金の途上国での在外生産へとシフトし、最近では在外生産の本格化から逆輸入を拡大するまでになっている。生産地の変遷でみれば、4大工業地帯→地方移転→地方工場の閉鎖と海外移転 という構図になっている。国内の生産設備は過剰となっており、この間の利益をため込んだ大企業の有り余る資金は、国内では投資されず海外での投資や金融部門での運用に回されている。エコカー減税やエコポイントも結局は企業への補助金であり、その補助金が国内で循環しないという構図になっている。


 日本の輸出大企業は、主な収益を国内需要に依存していないため、内需拡大の意欲はなく、国内生産においても国際競争力強化としてコスト削減を進めている。労働者の賃金抑制や下請け企業への納入単価の切り下げなどのコスト削減は、国民所得の減少→内需の停滞・後退→ますますの輸出依存→コスト削減 という悪循環の構造となっている。また、(日本の経済部門への投資の回避を目的として、日米構造協議でアメリカに押し付けられた430兆円の公共投資(その後200兆円積みまして630兆円)やバブル崩壊後の景気対策で)大型の公共事業を拡大したことなど(法人税減免、高額所得者の所得税減税による税収減)により、財政赤字が拡大、債務が累積し、これ以上財政赤字が拡大できない状況となり、公共事業や社会保障関係費の削減策がとられていることも内需の停滞・後退に拍車をかけている。


 日本の企業は(グローバル経済の一部分に過ぎない)日本経済(日本国民)とともに「沈没」する気は全くない。グローバル企業として生き残ることを絶対的第一義とし、なりふり構わぬ競争をしている。法人税減税の要求もそのひとつで、日本国企業の投資を求める発展途上国で法人税を下げさせる交渉材料としたいに過ぎず、日本経済(日本国民)のことなど「あとは野となれ山となれ」という扱いではないか。


【おわりに】


 日本経済を立て直し、日本の労働者・国民の生活危機を打開するためには、日本経済が組み込まれている多国籍企業中心のグローバル経済に対し、世界的な法的規制をかけることが不可欠。貧困の深刻化と格差の拡大は、程度の差こそあれ世界中で問題になっており、その根源にグローバル経済・WTO体制がある。前記の法人税の切り下げ競争が各国で展開されれば何れの国でも税収減となり、労働者・国民への公的責任・役割が縮小し多国籍企業(株主)のみが繁栄していくことになる。国内においても世界においても社会的なダンピング競争に終止符を打つべきであり、労働の側のグローバル化(国際連帯)と広範な国民との共同が求められている。