地域主権戦略大綱に関する意見(日本労働弁護団) | すくらむ

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 ※日本労働弁護団の「地域主権戦略大綱に関する意見」を紹介します。


 地域主権戦略大綱に関する意見

                             2010年8月9日
内閣総理大臣(地域主権戦略会議議長)
 菅 直人 殿
内閣府特命担当大臣(地域主権推進)
 原口一博 殿
厚生労働大臣
 長妻 昭 殿
                          日本労働弁護団
                           幹事長 水口洋介

 意見の趣旨


 日本労働弁護団は、地域主権戦略大綱のうち、国の出先機関たる都道府県労働局(労働基準監督署及び公共職業安定所にかかる労働基準行政、職業安定行政及び均等・両立・パート行政等を地方公共団体に委譲することは、憲法の趣旨に抵触するおそれがあり、反対である。


 意見の理由


 1.地域主権戦略大綱と労働基準監督等の地方委譲


 昨年の政権交代により、当時の鳩山内閣のもとに地域主権戦略会議が設置、昨年12月12月14日より6回にわたり開催され、本年6月22日、発足したばかりの菅内閣において、地域主権戦略大綱(以下「大綱」という)が閣議決定された。


 この間、全国知事会「国の出先機関原則廃止プロジェクトチーム」が本年3月23日付けで中間報告を発表し、都道府県労働局の事務・権限を地方に委譲するよう提言した。この中間報告によれば、①労働条件、労働者の保護などに関する監督等、②労働基準監督官が司法警察員として行う捜査等、③労災保険の認定・給付等、④国以外の者が行う職業紹介事業、労働者の募集、労働者供給事業及び労働者派遣事業の監督、⑤公共職業安定所が行う無料職業紹介事業、⑥雇用保険の適用・認定・給付等、⑦雇用対策法、高齢者雇用安定法、障害者雇用促進法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、次世代育成支援対策推進法及びパートタイム労働法等に基づく事業主への指導権限(報告聴取・助言・指導・命令・勧告)、⑧個別労働関係紛争の相談、助言・指導、紛争調整委員会によるあっせん、⑨男女雇用機会均等法及びパートタイム労働法にかかる相談、助言・指導・勧告、紛争調整委員会による調停など、都道府県労働局長、その下位機関である労働基準監督署長及び公共職業安定所長が有する事務・権限のほとんどを地方に委譲することになる。同チームは、本年7月、最終報告をとりまとめ、中間報告と同様の提言をするとともに、最重点分野として、職業安定行政、労働保険行政及び労働相談行政を挙げ、2012年4月1日から全国一律に地方移管するよう提言している。


 この報告をとりまとめた知事の複数名が地域主権戦略会議の議員に就任しており、同会議においても、特にハローワークの地方委譲を「改革の象徴」とし、中間報告に沿って都道府県労働局のみならず、労働基準監督署や公共職業安定所も地方に移管するという前提で討議が進められてきた。


 大綱は、義務付け・枠付けの見直し、基礎自治体への権限委譲、ひも付き補助金の一括交付金化などのほか、地域主権戦略会議の討議を踏まえ、国の出先機関の原則廃止を抜本的な改革の方針としている。大綱ゆえに具体的な記述はないが、当然ながら都道府県労働局(労働基準監督署及び公共職業安定所を含む)も原則廃止の方針を採っていることは間違いない。


 大綱は、各府省は「自らが所管する出先機関の事務・権限仕分け(「自己仕分け」)を行い、その結果を本年8月末までに地域主権戦略会議に報告」し、「地域主権戦略会議は、当該『自己仕分け』の内容について精査を行い、地域主権戦略会議としての事務・権限仕分けを行うとしている。


 日本労働弁護団(会員数約1500名)は、わが国のすべての労働者・労働組合の権利確立に寄与する弁護士の団体であり、地方分権改革推進委員会(委員長丹羽宇一郎)の2008年12月8日付け「第2次勧告~『地方政府』の確立に向けた地方の役割と自主性の拡大~」に対し、2009年3月4日付けで意見書を発表した。この意見書において、当弁護団は、厳しい雇用状況の中で国と地方自治体は連携して積極的かつ効果的な雇用対策行政や労働基準行政に取り組まなければならず、憲法上の最高の価値である個人の尊厳(13条)や生存権(25条)を保障する行政が必要であるところ、都道府県労働局のブロック機関化及びハローワークの地方委譲などを提言した「第2次勧告」は労働行政が果たすべき役割・責務に逆行することから、反対の意見を述べた。


 政権交代が実現し、「地方分権改革」が「地域主権改革」に名称変更したものの、その目指すものは「第2次勧告」と何ら異ならない。大綱は、労働分野については、労働者全てに保障される勤労の権利(27条1項)や職業選択の自由(憲法22条1項)に抵触するものといわなければならない。


 そこで、当弁護団は、大綱のうち、都道府県労働局(労働基準監督署及び公共職業安定所)にかかる労働基準行政、職業安定行政及び均等・両立・パート行政等を地方に委譲することについて、労働者の権利擁護という立場から、以下のとおり反対意見を述べるものである。


 2.労働者の権利と地域主権改革


 2.1. 国が有する労働分野の事務・権限を廃止する「立法事実」


 大綱は、地域主権改革が必要な理由として、「我が国は、人口減少や少子高齢化など社会構造の激しい変化や、経済のグローバル化や情報通信の高度化、さらには地球規模での厳しい環境・エネルギー・食料制約といった資源制約等の課題に直面して」おり、「時代が激動の変革期を迎えている現在、これらの課題に適切に対応し、発展し続ける」ことを挙げている。


 しかし、あまりにも漠然とした記述であり、このことから国の出先機関を原則廃止とし、都道府県労働局、その下位機関である労働基準監督署及び公共職業安定所が有する事務・権限を廃止し、地方に委譲することが必要となる「立法事実」は見えてこない。地域主権戦略会議での議論を見ても、職業選択の自由(憲法22条)や勤労の権利(27条1項)という観点から、労働分野の事務・権限及び出先機関を具体的に検討した形跡はない。


 衆議院厚生労働委員会は、昨年6月12日、「都道府県労働局の組織の在り方については、(中略)現行の都道府県単位の組織体制の存続も含め、慎重に検討すること」という付帯決議を全会一致で可決している。この付帯決議に則り、「初めに廃止ありき」ではなく、まずは慎重な検討が求められるのである。


 2.2. 労働者の権利擁護と相容れない「補完性の原則」


 大綱は、「国と地方の役割分担に係る『補完性の原則』に基づき、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本とし、基礎自治体が広く事務事業を担い、基礎自治体が担えない事務事業は広域自治体が担い、国は、広域自治体が担えない事務事業を担うことにより、その本来果たすべき役割を重点的に担っていく」としている。


 しかし、「補完性の原則」は、憲法上の原則でも何でもない。この原則を金科玉条のように持ち出して、労働者が有する憲法上の権利に重大な影響を与える国(出先機関)の労働分野における事務・権限の廃止を指向すべきではない。


 2.3. 経済・産業競争を促す「道州制」とのセット


 大綱は、地域主権改革が進展する中で道州制を射程に入れていくことを宣言している。しかしながら、道州制の導入は、国民的な要求になっていないばかりか、労働分野において、憲法が保障した勤労者の権利の保障を発展させるものであるとは実証されていない。


 むしろ財界が中心になって提唱しているのであり、日本経団連の2010年4月13日付け「豊かで活力ある国民生活を目指して~経団連 成長戦略 2010~」は、道州制の導入を求め、その手始めとして地域主権改革を断行することを求めている。この「成長戦略」は、「地方では、多様な地域経営の実践を通じて、活力溢れる自立した経済圏が各地に形成されることが強く期待されている」、「国民、企業の生活圏・経済圏が広域化するとともに、国境を越えた地域間競争が激化する中にあっては、都道府県の枠組みを超えた行政課題への効率的・効果的な対応を求める声が強くなってきている」と主張するが、これは財界の「期待」と「声」である。また、経済同友会は、「地域主権型道州制」の導入を提唱し、2010年6月11日付け「地域主権戦略大綱の策定に向けて~地域主権国家の全体像の提示を求める~」において、「道州制を視野に、出先機関の権限・財源・人員の受け皿として広域連合の形成や都道府県合併などを促していくとともに、希望する地域への移管を先行して進めることとし、地域主権戦略大綱において出先機関の抜本改革の工程を明確に示すよう求める」としている。


 結局、地域主権改革とその先にある道州制は、企業の経済活動の自由の保障を指向するものであり、大綱の唱える地域主権改革も軌を一にするものである。


 このことは、大綱が出だしにおいて、「地域主権改革は、明治以来の中央集権体質から脱却し、この国の在り方を大きく転換する改革である」とその意義を強調している一方、経済同友会の2009年10月9日付け「地域主権型道州制の導入に向けて」も、「『地域主権型道州制』の導入は、明治維新以降続けられてきた中央集権体制を根本的に改めるための改革である」と述べているのであり、表現だけでなく、出だしに意義を強調する構成まで酷似していることからも明らかである。


 財界は、賃金不払い残業に代表される都道府県労働局や労働基準監督署の取り締まりに反発しているのであり、地域主権改革や道州制に名を借りた国の出先機関が有する労働基準監督等の行政権限及び司法警察権限の廃止の提言は、自らの労働法令違反状態を糊塗するものに他ならない。財界の道州制導入の狙いの一つは、勤労条件基準の規制緩和なのである。


 2.4. 労働者・地域住民への「自己責任」の押しつけ


 大綱は、「地域主権改革が進展すれば、おのずと地方公共団体間で行政サービスに差異が生じてくるものであり、地方公共団体の首長や議会の議員を選ぶ住民の判断と責任は極めて重大になる」とし、「地域の住民が自らの住む地域を自らの責任でつくっていくという『責任の改革』」を住民に負わせようとしている。


 しかし、要は財界が主唱するように、県域、さらに国境まで越えて各地域が経済・産業競争を展開するということであり、その結果、競争に敗れれば住民に帰責させようとしているのである。地域主権戦略会議の議員である橋下徹大阪府知事は、同会議に提出した資料において、「広域自治体が"強調・成長"でパイの拡大を担うには、広域自治体に国の出先機関の権限(本省の企画立案含む)委譲が不可欠!広域自治体に産業政策、インフラ整備の主体として十分な機能・規模を」と主張しており、国の出先機関の廃止が経済活動において「世界的な都市間・地域間競争に勝ち抜くために」必要であるとあからさまにしている。ここに労働者の権利擁護という視点は全くない。


 地方公共団体は、巨額の補助金を支出するなどして争うように企業誘致をしているが、企業が来てくれるために様々な「行政サービス」を施していくことはあっても、地域の労働者への行政サービスを十全なものにするとは限らない。これを労働者を含めた地域住民「自らの責任」と押しつけるべきではない。


 そして、そもそも企業誘致をした当事者である地方公共団体が労働基準監督等の行政権限及び司法警察権限を適正かつ公平に行使することは期待できない。地方公共団体が補助金を出した企業が「偽装請負」等で摘発されたことは記憶に新しい。地方公共団体としては、企業が来て地域間競争に勝ち抜くためには労働条件の最低基準すら運用で緩和するおそれがあるのであり、これでは監督や捜査等が実効性のないものに陥るものといわざるを得ない。


 3.労働分野における国(出先機関)の権限と役割


 3.1. 憲法上の権利を保障するため法律により国に与えられた権限と役割


 憲法は、個人の尊厳・幸福追求権(13条)を最大限保障するため、職業選択の自由(22条)、生存権(25条)や勤労の権利(27条1項)を保障し、そのため勤労条件の基準を法律で定めることを国会に命じた(27条2項)。


 この憲法の規定に基づき、労働基準分野では労働条件の最低基準として労働基準法や労働安全衛生法、労災保険法及び最低賃金法などが制定され、職業安定分野では労働者派遣法、職業安定法、雇用保険法及び雇用対策法などが制定され、均等・両立・パート分野では男女雇用機会均等法、育児介護休業法及びパートタイム労働法などの各種法律が制定されている。


 厚生労働省設置法4条1項は厚生労働省の所掌事務を規定しており、このうち退職金共済、労働金庫、公共職業訓練及び技能検定など一部を除き、大半の労働分野における所掌事務を都道府県労働局が分掌している(同法21条1項)。都道府県労働局は、出先機関ではあるが、労働分野における多数の事務を管轄地域において執行しているのであり、重要な役割を果たすことが立法府から求められている。この理は、都道府県労働局長から委任を受けた労働基準監督署長及び公共職業安定所長も同様である。


 この重要な役割を果たすため、国の出先機関たる都道府県労働局長及びその下位機関である労働基準監督署長、公共職業安定所長は、労働基準行政、職業安定行政、雇用均等行政等において、独自の権限を有するばかりでなく、厚生労働大臣の権限が委任されていることが多い。その内容は、①指示、助言、指導、勧告、②報告の徴収、資料提出・説明の要求、立入検査、③事業廃止・停止命令、改善命令、公表、④許可・免許とその取消しなど多岐にわたる。


 憲法上の権利を保障するため、立法府から与えられた権限(厚生労働大臣の委任も含む)を都道府県労働局長(労働基準監督署長及び公共職業安定所長を含む)が行使することに、憲法上も法律上も何ら問題はない。実態として権限行使が不十分であることは否めないが、だからといって、地方公共団体に労働分野の事務・権限を委譲する法的根拠が生じるわけではない。


 このことは、公共職業安定所における無料職業紹介事業についても同様である。無料職業紹介事業は、労働者の職業選択の自由や勤労の権利を保障するために実施されているものであり、労働基準行政や雇用均等行政とも無関係ではない。職業安定法が2条において職業選択の自由を、3条において均等待遇を規定しているのはこの趣旨である。また、無料職業紹介事業は、政府が管掌する雇用保険や雇用対策とも密接に関連しているのであり、労働者の勤労の権利を保障する趣旨からすれば、国が責任を持って一貫して実施すべきである。


 3.2. 法律による全国斉一の権限行使と平等原則


 法律は、原則として、全国民に対し、全国斉一に適用されなければならない。


 労働基準分野、特に労働安全衛生法において、都道府県労働局長は、重要な権限を多岐にわたり有している。例えば、①事業者に対する総括安全衛生管理者の業務の執行についての勧告(10条3項)、②特に危険な作業を必要とする機械等の製造の許可(37条1項)、③事業者に対する作業環境測定の実施等の指示(65条5項)、④健康管理手帳の交付(67条)、⑤免許の取消し・停止(74条)、⑥事業者に対する事業場の安全衛生改善計画作成の指示(78条)、⑦事業者に対する安全衛生診断の実施及び安全衛生改善計画作成に関する意見聴取の勧奨(80条)、⑧労働衛生指導医が事業場の立ち入り、関係者への質問、作業環境測定・健康診断結果記録等の物件の検査を実施させる権限(96条4項)などである。


 上記各権限は、法律によって認められたものであり、「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべき」(労働基準法1条1項)労働条件を事業者に遵守させるための重要な権限である。この権限は労働条件の最低基準を使用者に守らせるために行使されるものであるから、労働分野の権限行使は、地域の実情に応じて緩和することがあってはならず、全国斉一でなければならない。


 そもそも勤労条件の基準を法律で制定することを憲法27条2項が定めているのは同条1項の勤労の権利を保障するためであり、単に国が法律により基準を設定するだけでなく、法律の適用場面でも国の事務とすることが憲法上の要請である。労働条件・労働者の保護などに関する監督等、労働基準監督官が司法警察員として行う捜査等、労災保険の認定・給付等、職業紹介事業・労働者の募集・労働者供給事業・労働者派遣事業の監督、公共職業安定所が行う無料職業紹介事業などについて、法律で基準を定めるとしても、法律適用の場面では地方公共団体が条例で自由に決められるようになれば、条例の適用範囲は地方公共団体に限定されるから、その条例に基づく首長の権限行使も地域ごとに異なることになり、平等原則(憲法14条)に反することとなる。


 大綱は地域格差を是認しているが、労働分野において地域格差が出るのは、平等原則だけではく、労働者の有する勤労の権利や職業選択の自由に反することになる。


 条例制定権の拡大が、仮に義務付け・枠付けの見直しの場面では通用するとしても、労働条件の最低基準を確保するなど労働分野では通用しないというべきである。


 4.ILO条約との整合性


 4.1. 労働監督機関(ILO第81号条約)について


 国際労働機関(ILO)の「工業及び商業における労働監督に関する条約」(第81号条約。1947年採択、1953年日本批准。以下「81号条約」という。)は、第1条において、加盟国に労働監督制度の保持を義務づけ、第4条において、「労働監督は、加盟国の行政上の慣行と両立しうる限り、中央機関の監督及び管理の下に置かなければならない」と規定し、また、第20条において、「中央監督機関は、その管理の下にある監督機関の業務に関する年次一般報告を公表しなければならない」と規定しており、国の機関が労働監督を実施することを義務づけている。


 地方公共団体は、厚生労働省の監督・管理の下にあるとは解釈されないから、監督機関たる都道府県労働局や労働基準監督を地方委譲することは81号条約に違反する。また、81号条約は、第29条において、「加盟国の領域内の広大な地域について、権限のある機関が、人口の希薄性又は発達の程度にかんがみ、この条約の規定を実施することができないと認める場合には、その機関は、全面的に又は特定の企業若しくは職業について適当と認める例外を設けて、その地域をこの条約の適用から除外することができる」と規定しているが、日本において条約が想定する地域は存在しない。


 仮に地方委譲して地方公共団体の労働監督機関が厚生労働省の監督・管理の下に置かれるのであれば、大綱が強調する「国と地方が対等なパートナーシップの関係にあること」と矛盾することになる。


 4.2. 職業安定組織(ILO第88号条約)について


 「職業安定組織の構成に関する条約」(第88号条約。1948年採択、1953年日本批准。以下「88号条約」という。)は、第1条において、加盟国に無料の公共職業安定組織の維持を義務づけ、第2条において、「職業安定組織は、国の機関の指揮監督の下にある職業安定機関の全国的体系で構成される」と規定しており、国の機関が無料職業紹介を実施することを義務づけている。この趣旨は、労働者の職業選択の自由や勤労の権利を保障するためにあるのであり、これを全うするために、日本においては、厚生労働省の指揮監督下で全国に設置されている公共職業安定所が無料職業紹介事業を実施すべきである。


 むろん地方公共団体においても無料職業紹介事業を実施すべきであるが、地方公共団体は、都道府県労働局や公共職業安定所と異なり、国の機関の指揮監督の下にあるとは解釈されないから、無料職業紹介事業を地方委譲することは88号条約違反に当たる。


 また、88号条約は、第4条において、「職業安定組織の構成及び運営並びに職業安定業務に関する政策の立案について、使用者及び労働者の代表の協力を得るため審議会を通じて適当な取極が行われなければならない」と規定している。公労使の各委員で構成される労働政策審議会は、2010年4月1日、ハローワークの地方委譲に反対する意見を表明している。大綱は「制度の利用者など広く関係各方面の意見等をも踏まえ」るとしているのであり、労働者、使用者及び有識者の代表で構成される労働政策審議会が反対をしている以上、88号条約に照らし、この意見を尊重すべきである。


 5.人員削減と行政上の支障


 大綱は、出先機関の地方委譲により職員を全て地方公共団体に移管するのではなく、「移管等が必要となる要員規模の決め方」等について検討するとしている。この文言だけでは人員削減をするのかどうかは明らかでないが、2010年5月24日の第5回地域主権戦略会議において、ある議員が「この5年間の定数削減でも地方は全体で約10万人の10.1%」削減したのに対し、「国は2.6%しか削減できて」おらず、「そういう意味で、出先機関の原則廃止の仕組みができると、地方で受け取ったのちに、国もスピード以上に整理できるという意味で、国の財政再建と(の)関係でも大きな意味を持つ」との意見を述べているとおり、人員削減は既定方針といえる。


 厳しい財政状況の中で、地方公共団体は、国から一括交付金を受け取りながらも、移管された職員は削減することは容易に想像ができる。人員削減により行政運営上支障を来す場面も出てくる。1例を挙げると、地方公務員の災害補償については、地方公務員災害補償基金が補償を実施することになっており、その支部は都道府県又は政令指定都市に設置され、支部長が県知事や市長が就任しているが、各支部の職員は、特別に配置されているわけではなく、総務課等の職員が行っている。専門知識がないことから、支部の職員が公務災害に当たるかどうかについて独自に調査することはほとんどなく、被災職員の任命権者や所属長から資料を提出させた上で、基金本部にりん伺し、支部の意見では公務災害であるとしても、本部が公務災害ではないという意見を示したら、本部の意見のまま公務外の認定がなされている。都道府県労働局の地方委譲により人員が削減されたら、労災保険の認定・給付についても、地方公務員の場合と同様の問題ある運用がなされるおそれがあり、また地域格差が生じるおそれもあり、平等原則に反することになる。そして、業務外決定が争われて行政訴訟が提起される場合、現行の行政事件訴訟法では、原処分庁となる地方公共団体の所在地を管轄する裁判所に訴訟が提起されない可能性が高い。原処分段階で人員不足であるのに、適正な訴訟追行ができるのかは甚だ疑問である。


 大綱は、最初に「人員削減ありき」で閣議決定されているが、このような現状をまず検証すべきである。


 6.民間委託と労働者の権利


 さらに、労働基準監督署や公共職業安定所の有する事務・権限を地方委譲すれば、地方公共団体の判断により民間委託も可能となる。しかし、民間委託されると営利が追求されるので、利用者である勤労の権利や職業選択の自由が十全に保障されなくなるおそれがある。


 地域主権推進一括法案にある職業能力開発促進法改正案には、都道府県による職業訓練を民間委託する際の基準(委託可能範囲、必要訓練時間数等)を参酌基準に緩和することが含まれており、民間が行う職業訓練を公的職業訓練とみなして行わせることができるとされているところ、現に懸念されるのは、「受け皿となる良質な外部機関」が存在しない下での職業訓練への安易な民間参入である。すなわち、安易に市場に委ねることになれば、人材サービス業者が、公的資金を利用して、低質な職業訓練課程(パソコン訓練しかないなど)に基づく不十分な訓練を行い、これと民間委託された職業紹介事業を結びつけ、採りたい人材だけを選別することが想定されるものである。また、訓練内容の質的低下は、「受け皿」がなければどこまでも進行していくことが懸念され、結果的に地域間格差を広げることになる。


 しかも、地方委譲・民間委託の対象となった職員の労働条件の引き下げや非正規雇用化も進められ、人員減による過重労働を招来するおそれもある。


 7.広域的実施体制


 大綱は、「自治体間連携の自発的形成や広域連合など広域的実施体制の整備に応じて、事務・権限の委譲が可能となるような仕組みも併せて検討・構築する」としている。ここには、当然ながら都道府県労働局の事務・権限を広域化することも含まれているといえる。


 しかし、そうであるならば、かつて地方分権改革推進委員会が提言した都道府県労働局ブロック機関化と異ならない。当弁護団の2009年3月4日付意見書で指摘したとおり、監督・指導等権限の行使の困難性、労働基準法等違反捜査の困難性、労働者の権利救済や利便性に反するなどの弊害が生じるおそれがある。


 8.結語


 以上より、都道府県労働局(労働基準監督署及び公共職業安定所を含む)が有する労働分野における事務・権限の地方委譲は、憲法の趣旨に抵触するおそれがある。


 国務大臣や国会議員その他の公務員は、憲法尊重擁護義務を負っている(憲法99条)。労働者が等しく保障されている憲法上の権利を擁護する観点から、都道府県労働局の事務・権限の在り方が考えられるべきであり、単に行政運営の効率性や経済性の観点から検討されるべきではない。大綱は、都道府県労働局の所掌事務や権限について実証的な検討がなされないまま、基本的人権や平等原則などの憲法上の規定、憲法と労働法との関係、法律と条令の違いなど、法的な問題点を全く検討せず、国の出先機関たる都道府県労働局の原則廃止を打ち出しているが、法体系を看過したものといわざるを得ない。


 今こそ労働者の憲法上の権利を保障するため、国の機関による地域格差のない「労働者保護行政」を徹底すべきであり、これに逆行する大綱には強く反対するものである。

                                     以上