悦楽
監督 : 大島渚

製作 : 創造社
作年 : 1965年
出演 : 中村賀津雄 / 加賀まりこ / 野川由美子 / 八木昌子 / 樋口年子 /  小沢昭一 / 草野大悟

 

 

大島渚『悦楽』 中村賀津雄

 

思えば一作ごとに映画の表現、題材、形態に意表を突く大島渚であってみれば、何も船村徹の歌謡ムード満点に<知って、知って、知って、知って、なぜ惚れた>と主題歌に促されて場面が進んだとしても驚くには及ばないでしょう。それでもヒッチコック劇場のような(原作は山田風太郎の)いささかプログラムピクチャーめく映画となるとこの映画を撮った意図は那辺か戸惑います。公金を横領した役人が背任で服役することになるその間金の隠し場所として見ず知らずの青年を訪れます、ふいの見知らぬ男の訪問に主人公が怯えるのは彼ながら後ろ暗いところがあるからで、それに付け込まれて男の一方的な申し出を受け入れざるを得ません。主人公の弱みとは義憤が恋愛の収まり難い感情に突き上げられて自分の恋する女性にかつて乱暴を働いた男を列車から突き落としたことですが闇に紛れたと思っていた犯行に思わぬ目撃者があったわけです。預かった金はトランク一杯にぎっしりと詰まった(律儀に千円札の伊藤博文が押し込められるままに一斉にこちらを向いて)当時のお金で3000万円、男の刑期は5年です。殺人の密告を恐れて言われるままに大金を押入れに放り込んでいますがやがて著しい心境の変化にどうせ死ぬんならという覚悟に沈んでしまうといままで殊勝に指を咥えていたこの大金を男の出所までに使い切ることを思い立ちます。お察しの通り遊蕩三昧の挙句、あり金が底をつくときが即ち映画の結末で男が現れ主人公がどうなるかに興味が絞り込まれます。こんな物語らしく結末へ危機と安堵が目まぐるしく主人公を持ち上げては揺り落として最後も思惑を掛け違えた人生の皮肉で締め括られますが、サスペンス映画の感興がいまひとつ沸き立って来ません。ただ本作の不発を通して大島が得たものがふたつあるというのが私の思うところです。法外な金で若い男が得ようとするのは結局二六時中自分が思うままにできる若い女たちで月々100万円というお手当で囲った淫楽な毎日ですが、愛欲に溺れようとすればするほどやがてはやってくる自らの破滅が色濃い幻影となって、いや紛うことなき現実の衝迫で出所した男が金の無事を確かめに目の前に立ちます。このイメージから更にかつて詰め襟の学生だった自分が自分の現在を呆然と見つめ、女が彼の殺人を密告しようと朝焼けの警視庁へ駆け参ずる姿が踊って、いよいよ首を吊るしかない自分の最期がありありとそこに映じられて、主人公は(まだ死ぬには猶予のある気怠いいま)それを見つめているというイメージの連関です。こういう文脈を逸脱しながら物語の現在に差し込まれるイメージの使い方は(ちょうど同じ頃鈴木清順が日活で果敢に行っていたものですが)これまでの大島になかった語りです。もうひとつ、この映画を境に大島映画のなかの女たちがその存在を変えます。これまで大島の映画は現実に打ちのめされる青年を主人公にして彼らは物語に押しつぶされながらも一方で男性としては物語の主体であり飽くまで自己の決定権を有しています。勿論『太陽の墓場』の炎加世子のような逞しいヒロインや『日本の夜と霧』の小山明子にしてもプチブルの豊かな生活を愉しみつつ党と党員の権威を翳しては無謬の欺瞞に腐り果てた夫を告発して彼の許を立ち去りますが、男たちはそれに左右されない自己を生きていて、これまでの大島映画の女性は男の傍らか背後に立っているに過ぎません。しかし本作に登場する五人の女たちはあからさまに金で自分を征服しようという男に組み拉かれながら(それに抵抗するでなく)しかし征服されることのない自己によって主人公を圧倒します。主人公は組み拉こうとすればするほど自分が掴みかかっているのは自分自身でしかなく、到底女のその肌の向こうには自分の手は届かないことを思い知らされます。そして本作以降大島渚の映画において男はどれだけ暴力的であろうとももはや自分の足で物語の大地を踏みしめる主体の優越を生き得ず、行けども行けども辿り着かない女という泥濘に立ち尽くして物語を生きていくことになります。仮に本作は不本意なものであれ大きな転換が大島を押し出します。

 

大島渚 Nagisa_Ooshima 1970年代

 

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大島渚『悦楽』 野川由美子

 

 
 
 
 
 
大島渚『悦楽』 中村賀津雄
 
 
 
 
 
 
 

 

大島渚『悦楽』 加賀まり子

 

大島渚『悦楽』 中村賀津雄 樋口年子

 

大島渚『悦楽』 中村賀津雄 草野大悟

 

 

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