映画ひとつ(づり)、佐藤闘介『その男、佐藤允』
  作者 : 佐藤闘介

  出版 : 河出書房新社
  作年 : 2020.07.20

 

 

佐藤闘介 その男、佐藤允 河出書房新社

 

花冷えのときに外出を手控えるうち晴れてふたたび緞帳が開けたものの、何となく前の習慣をさらっている感じで同じようにやっているつもりで気づかず本屋の前を素通りです。先日思い直して本屋に足を踏み入れると見下ろす平積みに(まあ豁然とこちらを見つめておりましたよ、悪党退治の銃撃に歯ぎしりするあの笑顔で)さてもさても射すくめられた本書です。それにしても世界が災厄に垂れ込めるなか(まさにそんな暗い時代だからこそ)雲間を割って降り注ぐ慈恵ともおぼしき奇貨が今年をしてすでに三つ、ひとつは永田キングに関する単著が現れたこと(澤田隆治『永田キング』)、もうひとつがまさしく本書で愛する佐藤允が前途に立ち竦んだ私たちの肩を分厚く叩いてくれるでしょう、『さびしんぼう』(大林宣彦監督 1985年)で校長室の掃除を命ぜられた悪ガキ三人組を出迎えて手のひら一杯に激励を込めた重い手形を肩に焼きつける、あの手で。そして最後のひとつはいま私の手のなかにDVDの形であって... いっそこのまま『赤線基地』だの『偽大学生』だの『おんなの渦と淵と流れ』だの『肉体の市場』だの『山谷 やったらやりかえせ』だの陸続と現れてこの世をキネマの天地に変えてくれないものかと願うばかりです。1/3をフィルモグラフィーにして巻末に据えるとそこに迫るまでかつての仲間たちへのインタヴューを詰め込んで夏木陽介、川島一平、江原達怡、水野久美、岡本みね子の諸氏です。これらインタヴューを貫くのが佐藤允が東宝に入社する経緯を詳らかにするということで確かに三船敏郎、久我美子、若山セツ子らから続く東宝ニューフェースの連なりに置いても何ともはみ出す感じですし大部屋から這い上がったようにも思えません。(インタヴューの思わぬおこぼれで明かされるのが中丸忠雄で『独立愚連隊』での、あのぬらっと自分の影をねぶっているような敵役が評価されて幹部俳優の契約に漕ぎ着けるまでずっと大部屋にいたとのこと、勿論稀有な成功であって夏木陽介をして他に知らないと言います。知的な二枚目ですが彼の悪役には尊大に構えても不意に心の芯から捩じ込まれるような悲しみがあってそんな浮き舟に身を漂わせた名残りでしょうか。)さて真相のほどは本書に譲るとして(例えそれがどうあれ)私としては佐藤允は降って湧いたようにそこにいてそこにずっといたかのように生き生きと迫ってくる俳優であってまだ東宝の俳優でも何でもなかった『不良少年』(谷口千吉監督 1956年)からして久保明や太刀川寛、江原達怡に混じっても借り物でそこにいるのではない、振り絞る存在感に両足で作品に踏ん張っています。そうであるからこそ兄に腹の底まで心酔している三船敏郎の弟であり(稲垣浩監督『暴れ豪右衛門』)、勝新太郎の土性骨を握り合った磊落な弟分であり(村野鉄太郎監督『富士山頂』)、鶴田浩二の窮地に花と散って悔いのない男ざまを生きる片腕なのであって(降旗康男監督『任侠興亡史 組長と代貸』)主人公たちを湧き上がるものへと引き立ててこの三人のスターにすっと寄り添えるひとを私は佐藤以外に知りません。ただ本書で再三触れられるように『独立愚連隊』でやはり世に知られることになった佐藤はかの作品での軽妙で敏捷な無頼ぶりをついつい彼が持っているものと誤解されてしかしそれは飽くまで岡本の当てぶりであって本当はもっと落ち着いた役にこそ佐藤の役者の道があったのかもという夏木陽介の言葉には何とも胸に込み上げるものがあります。そうそう本書を買われた暁には是否一度カバーを剥いでご覧あれ。

 

 

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