映画ひとつ、ヴィクトル・シェストレム監督『殴られる彼奴』
  監督 : ヴィクトル・シェストレム
  製作 : アメリカ

  作年 : 1924年
  出演 : ロン・チェイニー / ノーマ・シアラー / ジョン・ギルバート / フォード・スターリング

 

 

ヴィクトル・シェストレム 殴られる彼奴


無声の黒く沈んだ画面に浮かび上がるのはひとりのピエロです。幻想的な光沢をだぶつかせて襞の多い服をまとった彼は全身で笑みを揺すり上げては巨大な玉を手の先に乗せています。闇のなかを止まることなく廻り続けるこの玉がやがて地球儀に二重写しにされていくとそこは荘重なお屋敷の一室で如何にも何年も没頭する研究の行き詰まったありさまが卓上にぶちまけられて主人公の最後の苦悩を思わせます。長い闇の先にやっとその手に光明を握りしめようとしているのは人類の起源に関する彼の思索でいよいよ積年の努力が報われるときです。それにしても堆い資産と家系の脈々たるところを感じさせる屋敷の格式ばった構えにしては主人公の身なりが何分見窄らしいのも当然で当家の主である男爵は隣室で優雅にチェスを興じております。彼こそ主人公の長年の後援者にして屋敷の一室を提供しては研究に打ち込むべきあらゆき援助を惜しまぬ理解者なのです。研究の最後の結句を書きつけるのももどかしく草稿を鷲掴みに隣室の扉を開け放つといまや人類の燦然たる知恵にたなびいた彼の姿がそこにあって男爵ともども(彼のチェスの相手をしつつこのような優雅で鈴なりの富の生活に唇の先まで魅了されている)主人公の妻も輝いた笑みで振り返ります。三人が三人ともに待ちに待った瞬間が到頭もたらされたわけです。煥発させた喜びを分かち合うのも束の間張り詰めていたものがゆるゆると解けるとこれまでの労苦が巨大な睡魔となって主人公を呑み込んで学士院で発表するまでのあれやこれやは男爵に任せていまは眠るだけです。そしてついに発表の晴れの場、並み居る学者の面々が階段状に顔を寄せ合う満場の臨席を賜ってまず壇上にあるのは男爵で控える主人公は自分の紹介演説を聞くと思いきやだんだん熱を帯びる男爵の口ぶりは単なる式辞では済まずあたかも世界へ光を授けん如き怒涛の発表となって見る見る主人公の研究の成果が彼の口から溢れ出ていきます。いま行われていることの意味を喪失して呆然と男爵に詰め寄ろうとする主人公を妨げるのは革新的な研究に捧げられた学者諸兄の惜しみない賛辞と拍手でありその合間を縫って漸く口についた抗議の言葉も男爵に丸め込まれ尚追いすがると狂人扱いに顔に平手を喰らってとんだ寸劇に万座の笑いものにされる主人公です。しかし彼を笑うものはもうひとり、思わぬ男爵の背信に泣きすがった妻もまた彼を突き飛ばすととっくに情を通わせる男爵に身をよじりざま主人公の顔を殴りつけます。心の奥の奥を貫き通したこの痛みで主人公はすべてを悟ると月日の暗闇に消息を断ちます。それから幾年かパリのサーカスに夜な夜な観客を熱狂させるひとりのピエロが現れます。うなぎ登りの人気に率いる座員の数は舞台を埋め尽くすほどで皆同じ白い服の道化の大人と子供がづらづらと取り囲むとそれに向かい合うピエロがひと言妄言を吐くたび傍らの男にガツンと一発顔に喰らっては吹き飛んで観客は笑いさんざめきそれに後押しされてまたひと言言えばガツンと喰らって殴られるうちにサーカス小屋を割れんばかりの喝采となります。よろけながら立つピエロの目には身を寄せた道化姿の座員たちがあの日の学者面々の立ち並ぶ姿に重なり笑いに身をよじる観客が自分を狂人と指差して罵ったあの顔この顔にだぶっていきます、そうです、主人公は自分を笑いのめしたあの日の悶死を繰り広げては服に結わえられた白い布製のハートを最後にはむしり取られ舞台の土に埋められて毎夜毎夜観客の渦巻く哄笑の下に埋葬されるのです。とっくに死者である自分が死に切れないために自分を殺した屈辱に日毎生かされ続けるという人生の化けの皮です。しかし死の前をぶらさがる彼の毎日にひとりの可憐な少女が現れたことで永久に土に埋めたはずだった自分の心を彼はもう一度掘り起こします。

 

ヴィクトル・シェストレム 殴られる彼奴 ノーマ・シアラー ロン・チェイニー

 

こちらをポチっとよろしくお願いいたします♪

 

ヴィクトル・シェストレム 殴られる彼奴 ルース・キング マーク・マクダーモット

 

ヴィクトル・シェストレム 殴られる彼奴 ロン・チェイニー

 
 

 

 

関連記事

右矢印 フリッツ・ラング監督『月世界の女』

右矢印 貴女を(男たちは)忘れない、メーベル・ノーマンド : 銃弾。

右矢印 大波の、小波に足をさらわれて : 柳腰

 

 

ヴィクトル・シェストレム 殴られる彼奴 ーマ・シアラー ジョン・ギルバート

 

 

2年前の記事

右矢印 またまたまぎらわしい

 

 

ヴィクトル・シェストレム 殴られる彼奴 ロン・チェイニー

 

 

前記事 >>>

「 役の系譜 : 好々爺 : 50年代 」

 

 

ヴィクトル・シェストレム 殴られる彼奴

 

■ フォローよろしくお願いします ■

『 こけさんの、なま煮えなま焼けなま齧り 』 五十女こけ