製作 : 松竹
作年 : 1942年
出演 : 坂本 武 /高峰三枝子 / 佐野周二 / 小藤田正一 / 河村黎吉
出演の顔ぶれを見ているだけでも愉しいものです。1942年(ともなれば戦前もあとわずかですが)松竹を彩るあのひとこのひとが顔を揃えます。雪を頂く連峰を見据えて峻険な高原にひとり暮らす坂本武は一本鉄を呑んだような頑固者です。ご機嫌伺いに先廻りして<当節ちょっと手に入らん>鮭を持たせてやって自分はあとから悠々とやってくる河村黎吉にはまあ魂胆があるわけです。土産を餌に坂本が飼育している卵を廻して貰おうというのですが村人に小分けすると言いつつその実町の料亭に卸しているものですからまあ口には出さないながら持ちつ持たれつの含みです。しかるにバレないと思っていた料亭の件はとっくに坂本に知られていてそうなると梃子でも卵を廻すつもりはないらしく鮭を鼻先にぶら下げてもそれどころか両手をついて頼み込んでもけんもほろろで鮭も足許に放り投げられます。そんな偏屈な山暮らしの老人の許にいま若い女に連れられて子供が預けられることからこの物語は始まって... お察しの通り『アルプスの少女ハイジ』の頂きです。小藤田正一なんて結構な歳ながら子供が扱うような羊の群れを引っ張ってさしずめペーターというところでしょう。対米英戦争に突入しているとは思えないほど子供たちの長閑な物語に全編大きく伸びでもするように緩められた映画の節々が時代を越えて心地いいです。子供を主人公に据えて大人の背丈からはずっと低い視線から汲汲とする大人たちの隙間をくぐり抜けるように生活を写し社会を写していく姿勢には『風の中の子供』(清水宏監督 松竹 1937年)や『子供の四季』(清水宏監督 松竹 1939年)、或いは『大人の見る絵本 生れてはみたけれど』(小津安二郎監督 松竹 1932年)や『腰弁頑張れ』(成瀬巳喜男監督 松竹 1931年)まで遡る松竹映画の系譜を思わせます。それだけでなく子供の姉である高峰三枝子はいまは師範学校に通っていますがそれをほどなく卒業すると海浜の小学校に赴任します。そのうららかな光景を転々と映しながやがて校舎に入ってくるキャメラがその壁に捉えるのは(教育勅語ではなくて)大きく書き出された譜面で子供たちは唱歌を歌っています。子供の純真と教育のありかを語って同じく高峰が教員であった『信子』(清水宏監督 松竹 1940年)から大きく風が流れ込むようです。清水宏ゆえか原作が獅子文六ゆえか『信子』なんて少なくとも1960年代の日活の学園映画程度には民主化されていて... そんな戦前の松竹のうるわしいあれやこれやを花束のように掴んで進んでいく本作にもやはり戦争の渦中にある現実が追いついて作品の(時代に何とか持ち堪えてきた)様相は最後の5分で一変していまが1942年であることをいやというほど思い知らされます。
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