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Side Steps' Today

裏版Side Steps' Today

所用でロンドンへ。日本には楽器屋街があり、都内ではお茶の水ロンドンの楽器屋が代表的ながらも、それは世界的にも稀有な存在と聞いたことがある。それから類推するにロンドンの楽器屋も街中に分散しているかと思われるが、いや、そんなことはない。しっかり楽器屋が集まっている場所はあるものだ。思えば、ニューヨークもそうだった台北やハノイ(発狂的に暑くて断念したので記録はなし)は分散していたけど…。ロンドンで比較的集中しているのは、大英博物館の近く、トッテナム・コート・ロード(Tottenham Court Road)駅より至近のデンマーク・ストリート。なにがデンマークなのかは全く不明だが、ここに数軒のギターショップが並んでいる。日本人としてはローランド・ストア(ロンドン)があるのも良い。もちろん他のギターショップとはやや毛色が違うが、出店する側としては、ここら辺に楽器屋が集中していることからここに店を置いているのだろう。しかし、日本になく海外オリジナルの製品など恐らく存在しないので、ローランドは華麗にパス。ロンドンならではの楽器が見たい、また、極めて可能性は低いが「これは!」というものに出逢ったのなら、これまた発狂的なイギリスの物価を顧みず購入かもしれない、という期待感だけは常にある。かつて実際に海外の楽器屋でなにか購入したことはないけれど…。大概の場合、この期待感は大きく裏切られる。そして「日本の楽器屋はイイ…」という事実に改めて瞠目するというのがパターンである。そもそも、為替がいけない。訪問時の英国ポンドは1ポンド=200円ほど。ただ、体感的な購買力平価は1ポンド=100円。日本の感覚として1ポンド=100円で換算すると日本の物価でシックリくる。つまり、買い物をしようとすると日本での倍を支払って、やっとこさ等価の感覚であって、倍を払ってそれでもなお買いたい!というモノ、つまり、ここでしか買えないとか、大変希少な1点といったモノは果たして存在するのだろうか…。

野地温泉(福島県福島市)

再訪。チェックインするなり、玄関に見覚えのある顔を発見! というのも、数ヶ月前にこの付近で雪崩れがあり、宿泊客と従業員160名ほどが一時孤立。一部はヘリで救助されたと聞いたが、再度雪崩れが発生して1ヶ月ほど業が中止。たまたま見ていたお昼のテレビニュースにて、1ヶ月ぶりに帰宅する従業員が自家用車内からインタビューを受けていた記憶がある。なお、ここの従業員の方は女将伝統なのか社則なのか大抵がリーゼントスタイル。このインタビューでも1ヶ月ぶりの解放にも関わらず、リーゼントをキメていたのが大変印象的だったが、「テレビに出ていた方ですよね?」と直撃すると、乙女が如くはにかんで、「あ…、はい、そうです(笑」と自身の有名人ぶりに満更でもない様子。おもわず「はにかむリーゼント」にギャップ萌え。エレベータに乗る我々に深くお辞儀していただいたのも大変印象深いが、あとで聞けば一時孤立時にもストックの食材で宿泊客に食事は対応でき、食事が尽きるころに開通できたと。ただ、その余波でその後1ヶ月も休業を余儀なくされたらしい。玄関正面から見て右(土湯)方面に進んだ道路が雪崩れで不通となった場所で、訪問時もその痕跡が明らかだったが、それなら逆の左(磐梯吾妻スカイラン)方面に行けば良いのでは…と思いきや、そちらはその時期に除雪が全く入らず、開通するのは例年4月上旬ということだから、なんとか除雪して救出したのだろう。なお、例年開通時期には「雪の回廊」となる積雪量で、これを麓からラッセルして道を作るのは相当な難儀と想像される。で、肝心の温泉は前回同様素晴らしい。標高が高いので吹き抜ける風も大変涼しく、温泉の浴後にベストマッチ。何度でも入れる。今後は孤立覚悟で厳冬期に来るぜ。

※写真は温泉のそれにあらず、雪崩れの発生現場!

 

2010年10月2日吉祥寺シルバーエレファントでの演奏。Inner Spaceシリーズは1から3まであり、今回収録のSilent Dreamer - Inner Spaceをシリーズ番号にするとInner Space II- Inner Space Iであり、その間をドラムソロでつなぐ構成になっています。Inner Space3は「Triumphal Return」ですが、メンバー間でも「インスペI、II、III」と呼んでおり、記憶ではSilent Dreamer (Inner Space II)を伊東さんが書いたころは、ちょうど我らが敬愛するKENSOの「夢の丘」がリリースされた頃。その中の「月の位相」シリーズがありますが、このライブを見たことが個人的なトラウマに…。そのライブはライブレコーディングされており、KENSOはこれをどうしても収録したいが、演奏でミス。バックアップでさらにアンコールでも演奏してもダメで結局収録されなかた六本木PITINNのライブをナマで目撃した身としては、このSilent Dreamerがミストーンなく弾けるか、と毎回緊張しきり。プロ成りせずにやりたい音楽をやる(=田村リーダーのご発言ではもっとドギツくストレートな表現をしていましたが…)という点でKENSOは我々のモデルケースでもありました。Inner Space IはSide Steps初期の代表曲であり、Mazda Urban Sound International Convention Jazz '92というコンテストに出場して優勝。優勝賞品としてマツダ車を頂戴した、という因縁の曲ですが、この映像を収録した2010年10月のライブも、ちょうど日経のコンテストで優勝した後のライブとなっており、なんだか同じく因縁めいております。翌年2011年には東日本大震災があり、自粛ムードからコンテスト類も休止。ライブの機会も逸してしまっていますが雌伏中につき、再開をご期待ください。まさに「Triumphal Return (Inner Space III)」が如く…。

 

 

個人的体験として、音楽とそれを聴いた時の風景がセットになって記憶されることが非常に多くあります。ランダムに曲を聴くとそれを聴いた時の風景が想い起こされます。聴く音が色に見える共感覚の色聴という現象があるも、ワタクシに共感覚ではなく映像が見える!ただ、見える映像は綺麗なものとは限らず、例えば車内で聞いたなら、とある幹線道路(場所は明確に景色から特定できる)だったりします。一例では、大学入学前に通っていた時の自動車教習所の景色とチック・コリア・エレクトリックバンドの「EYE of the Beholder」のマッチングという、どーでも良い記憶なのですが…。そして今回の録音はGino Vannelli(ジノ=バレリ)の「Fly into This Night」。正直、Gino Vannelliの曲の中では印象が薄かったものの、それは原曲アレンジのためで今回のアレンジは良い!この特有のテンション感!「ベース以外のマスタートラックが完成したので、録音を」とご連絡をいただいた時のは、たまたま所用で来ていたロンドン。セントジェームス・パークの開放感はあるがトイレが途轍もなく汚いカフェでメッセージを発見、そこから宿営地たるウィンブルドンに向かう車内での脳内は完全にこの曲一色でした。これにより、完全にウィンブルドンの丘の上の景色がこの曲とリンクして脳内に焼き付きました。今回も見どころは映像。映像に集中するためか、音楽がどうしても頭の中に入ってこない…といういつものパターン。このまにゅ~先輩シリーズの伝統でもあります。ベース以外は打ち込みですが、本人が歌っているのでは?と勘違いするほどのボーカル、さらに今回はカッティングするギターなんて、とても打ち込みとは思えない仕上がり具合。先輩の技術も加わって恐ろしい世の中です。人はこうやって時代に取り残されていくんでしょうね(ワタクシだけ?)。テンポやタイミングも良い感じに考えられていて、ロンドン構想をもとに帰国後の半日程度で録音完了! 半日寝かして熟成させ、再度聴いた第一印象を重視して若干を録り直して完成です。止せばイイのに、録音PC環境をいじって他のソフトウエアに浮気し、やはり元のソフトウエアに出戻りしたので、そのセッティングに時間を浪費。演奏外の部分で時間を浪費しましたが…。全AIによる映像を筆頭にベース以外は最新のテクノロジーという温度差も感慨深し、です。なお、最後に。英国滞在中にKENSOの小口健一氏の急逝を知りました。ニュースのヘッダーで知るも英国ではYahooニュース記事が閲覧不能のため、もどかしい思いでした。ご冥福をお祈りします。

 

 

【これまでの宅録シリーズ】

1. 春望                

2. 秋のモノローグ  

3. Aozora for you~小春日和 

4. Floating cloud  

5. Everything Must Change

6. And the Beginning of 2024

7. Midspace Action

8. ライオン

小浜温泉(長崎県雲仙市小浜町)
有名なる雲仙温泉の麓たる小浜の海岸沿いにある温泉。これまで何度か雲仙温泉には行く度、この温泉から山に入っていくのだが、ここの温泉に入るのは今回が初。雰囲気は小ぶりな「かつての熱海」といった風だが、メインストリートにはデフォルトした温泉宿はホテルが点在、それも「かつての熱海」を彷彿させる。浜の近くでは温泉蒸気を利用した釜蒸し料理屋もあるほど源泉温度が高く、同じ九州の温泉の雄・別府のようでもある。熱海や別府は地理的に海が東にある一方、ここ小浜は西に海があるため夕日が名物(?)なのだが、それを見るのに絶好な「日本一長い足湯」がある。「ほっとふっと105」というが、源泉湧出温が105℃、長さも105mあるが、その構造は排水口に近づくにつれ、人間様の足湯→足つぼ刺激用→ペット用と泉質も劣化するであろう内容。泉質は食塩泉(ナトリウムー塩化物温泉)。舐めてみれば塩分濃度はかなり控え目で、やや塩味を感ずる出し汁程度。なお、ちょっと舐めてみたのは入浴用の温泉であって、足湯のそれではないので衛生観念上、念の為。ちなみにこの温泉では石鹸の泡が立たない。無色透明で微妙に褐色な気もするが、ここから山を登って雲仙に行けば白濁・硫黄泉なのとは大違い。源泉温度が95℃と高いことから、どの浴槽も基本的に熱い。入るときに思わず、デス・メタルのような「ゔーーー」という低い声が漏れてしまうが、これぞ温泉!。濃い食塩泉にある浴後の火照りもなく、さっぱりしているのが好印象。

壁湯温泉 (大分県玖珠郡九重町)
およそ20年ぶりに再訪、それまで何度も前を通過する機会があったのだが…。再訪して女将に聞けば、20年間のうちにいろいろとあり、最大の災難は2020年7月7日の「令和2年7月豪雨(熊本豪雨)」。ここ壁湯は熊本県ではないが、目の前を流れる町田側(筑後川水系)が大暴れし、川際にあるこの壁湯も完全に土砂に埋もれた。当時の写真をみれば、この浴槽が完全に黄土色の土砂に埋もれている…。復活のため必死に土砂を掻き分けたところ、奇跡的に温泉は健在。というのもここ壁湯は足元湧出系、岩盤湧出系の湯で確たる湧出口があるわけでないので、どのように復活させるのかが難関だが、結果として体感的には20年前の姿と不変にみえる。湧き出ている砂地も記憶にあったが、その位置も変わっていない。排水口をみればかなりの量が流出しているが、これは相当な量が足元から湧出している証拠。なお、かつては川際に小さい浴槽があったが、こちらは完全に流出していて復活していない。聞けば旅館の玄関前はすべて改築したとのこと。早速入浴するが、こちらは混浴。ただ、女性は湯浴み着を着用可に加え、女性用更衣室も完備されており安心な設計。一方の男性はこれも従来のまま、ほぼ閲覧フリーな状態での着替え。一応、見るな的なスダレがかかっているが、これも破れ放題でほぼ用をなしていない。入浴感は前回と不変。前回以上に肌に水泡がつく気も。上の岩の隙間から水滴(温泉?)が落ちてくるが、体温よりちょっと高い程度のぬる湯でゆったり静かに入ることができる…、と思ったら、異様に低空飛行な軍用機が頭上を通過。まだ初春だったためか他に入浴者はおらず、常に独占状態。出ればさすがに寒いが、入っていると快適至極。なお、前回この奥にあった共同浴場はコロナ禍のため現地のお年寄りを考慮して、鍵をもっている地元民にのみ開放とのこと。この壁湯のあと、至近の川底温泉も攻略しようと目論んだが、あいにく休業で断念。
 

窮余の策で飛び込んだ喫茶店での麹ラテが美味。駅構内では外国人に「石打へはどれに乗ればよいか」と聞かれて案内するも、この激閑散な上越線でスキー場までいくこの根性は見上げたものだ。上越線1216に乗車して1256水上着。車内でも外国人客あり、北上するはずが間違って南下する列車に乗っちゃった?とも思ったが、なんと湯檜曽(ゆびそ)で下車…逞(たくま)しい。水上では1時間半の待ち時間。ここは越後湯沢以上になにもないのでこれまた途方に暮れるが、新潟側では晴天なるもこちら群馬県側では灰色の空。駅前の蕎麦屋で舞茸天蕎麦、コーヒーをとって駅付近を散策。駅北側にSLや転車台があるが、雪の中で観光客は皆無。温泉でもとも思うが、駅付近に温泉も皆無。水上温泉は有名だがここからは離れているのであった。1423発の上越線高崎ゆきに乗車して1527高崎着。途中の景色は新潟のそれと比べようもないほど凡庸。高崎からは八高線へ乗換。いつかは乗ってみたいと思っていた憧れの八高線に乗り換えて1550高崎発。ちょうど下校時間にあたるため学生諸君が多い。また当方母校に生息していた典型的な鉄研野郎のような乗り鉄中学生も…そういえば都内では中学受験日あたりか…。なお、高崎から高麗川までは非電化区間、かつての北海道で染みついたディーゼル独特の走行感と車内匂が蘇る。新潟側ではあれだけの積雪だったがこちらではまったくないが、曇天のせいかひどく寂しい雰囲気。外を見遣るが日も暮れていき、夕刻には早くも漆黒に。景色が見えないと記憶も薄れがちだが、秩父鉄道や東武線の並走区間ともなると次第に都会の雰囲気であまり見るものはなし。川越線と合流する高麗川以降は通常の通勤列車状態のまま帰宅ラッシュど真ん中の八王子に到着。中央特快に乗り換えて完全に帰京した気分。ダイヤ不安のない域に到達した安心感ながら、地元駅のレストランへ直行したが、ちょうど先ほど到着したばかりでメニューを睨んでいる家族とランデブー成功。さすが日本が誇るJRの定時運行、今回も全く遅延なし。(完)
【写真】積雪でもなんとか見える設置の高さが素晴らしい

ここ数日で見たことのない人混みで圧倒・翻弄されながら越後湯沢駅構内のショップを一通り見てから家族に連絡するに「いま温泉に行っている」とのことで、20分ほど歩いて本日宿泊の温泉旅館へ。送迎もあるが越後湯沢の街を見るために徒歩で向うも、英語の看板表記も多くて雰囲気は混沌としたアジアリゾートの商店街(冬版)そのまま。旅館に到着するとすでに家族の荷物が部屋に入れられており、こちとら独り温泉を堪能。大浴場から帰ってくると家族も到着。なお、この旅館宿泊は素泊まり。夕食朝食もあるが、夕食は越後湯沢の特色のある内容でもなく、また前日に依頼すれば可能という朝食は、所詮前日に依頼すれば用意できる程度のものしか供されないと判断し、より安い素泊まりに決定。夕食は駅近くの小洒落た蕎麦屋。昨夜長岡で食べたのと同じようなメニューを再度食する。なお、家族は翌朝はスキーへ行くというが、こちとらも出発時間に恐ろしい制約がある。帰路は鈍行のみで東京に戻る予定だが、越後湯沢駅発の上越線上り(水上ゆき)は0814の次は1216になる超閑散ダイヤ。4時間も来ないってどうよ、とも思うが、通勤・通学用途なのだろうか。温泉に入ってゆっくりしたのち、1216に乗ることとするが、家族は0830にスキー場へ出発し、夜1900に自宅駅のレストランでランデブー。家族は17時台の新幹線で帰京、こちとら1216の鈍行の各駅停車してちょうど1900に着く。旅館のチェックアウトは1000だが、越後湯沢で2時間費消する必要があるも行くところなく、途方に暮れる。(続)
【写真】温泉から谷川連峰を臨む

駅に戻る途中思わず、あぽろん楽器なる楽器店を発見して吸い寄せられるように入店するも、長岡らしいコレといったレアな楽器はなし(当たり前)。長岡駅から上越線に乗車しようとするも、1時間に1本ペースにて相当の待ち時間があるため駅ビルを隅々まで見学するが、突然家族から連絡が…。越後湯沢でランチするが来れるか?というが、長岡ー越後湯沢の距離、さらに1時間に1本ダイヤを考えれば今さら無理にて断念。ラーメンでもと思って行ったラーメン店は激並びでこちらも断念し、上越線ホームで待つことに。これら雪国のホームは必ず暖房が効いた待合室があって大変親切で素晴らしい。乗るのは12:34発の越後湯沢ゆき、湯沢には14時前には着く。この列車も2両編成であり、ワンマン運転。ワンマンは運転・車掌を兼ねるだけなく、無人駅がほとんどのため料金徴収という駅員役も兼ねている。料金を払って降りる必要があるため進行方向一両目の再前ドアしか開かず、二両目はまったく開かない。終点まで乗っていく当方には静か、かつ、冷気が入ってこない二両目は大変好ましい。途中のスキー場があると思しき上越国際スキー場前駅や石打駅から大荷物をもった外国人観光客がガンガン乗車してくる。彼らがこの激閑散なダイヤで運行される上越線で移動していることに衝撃。結構な混雑な中、越後湯沢に定刻着。(続)
【写真】想定以上に難ダイヤな上越線

 

ベースマガジン連載記事だった有名スタジオ・ミュージシャンへのインタビューをまとめた1冊。岡沢章をスタートに錚々たるメンツが並んでおり(失礼ながら一部例外あり)、早速拝読。当方は電子版でなく紙版だったが、775ページ・重さ925gのかなり重厚な本で読んでいて手が痛い…。活字は比較的少なめ、写真多めで入手当日に3時間程度であっさり読了。この手のインタビュー集でよく見られるのは、どうしても有名どころや大御所からインタビュー着手となって、読むに従ってメンツが次第に先細りになっていくという哀しい現実…。この本はそれにできるだけ配慮して順列したようにも読めるが、個人的趣向に強く影響され、どうしても興味の濃淡は発生する。インタビュー内容は生い立ちからのヒストリー中心で、インタビュアー制約のためか技術とか演奏・仕事、機材や楽器、サウンドへの考え方といった内容が稀にポツポツと出てくる具合であり、文字が少ないだけに行間を読まないと吸収がない。具対的な記述がとても少なく、全般的に教則的な内容が希薄なのが物足りない。全体の傾向として、ベースを弾き始めたのは偶々だった経緯、人との出会いで仕事が増えていくという流れは当然、必然に一般化している。スタジオミュージシャンに必要とされる譜読み(初見)に関しても特段のテクニックはなく、緊張を強いられる環境で数をこなすのが上達のコツという感じで全く取り付く島もないが、これは事実。かつてハ音記号、それはEを裏返したような記号でビオラ等の中域楽器の譜面で見られるが、驚異なのはその位置が上下動してEの中央線がハ音(=C)になるというもの。そんな恐怖の記譜でも、オーケストラスコアをPCに打ち込んでいる時にスラスラと読めるようになったのは事実で、これからも体感的な裏付けがある。読後に思うは、これは本の内容が冴えないのではなく、ワタクシが本に求めたものは、簡単に話者がインタビュー時に言語表現でき、文章で表現し、それを読者が再現できるほど容易な世界でない、ということ。そんなものを求めて読み始めたワタクシが下品でありました。