コウの「やじうま絵日記」 -16ページ目

コウの「やじうま絵日記」

日々の野次馬根性を写真で綴る。

 

今日は写真について思うところをお話しします

昭和の時代 写真は絞りとシャッタースピードとフィルム感度の知識がないと撮れませんでした

加えてピント合わせが必要でした その頃はピンボケ写真がよくできました

少し分かってくると被写界深度なんかを気にしながら撮ったものです

 

平成の時代は 写真はカメラが全自動で撮ってくれる様になりました

そして 令和の時代はスマホが勝手に良い写真を撮ってくれる様になりました

だからカメラは不要と言う人まで現れています 

さてこんな時代 写真を撮るという行為は何なんでしょうか

 

写真を愛する者にとって 重くのしかかる命題だと思います

もちろん 記念写真や観光写真などはスマホの世界ですから ここでは除外させていただきます

 

それでもプロの写真家は存在します

飛行機専門 鉄道専門 動物専門 水中専門 風景専門 ドキュメンタリー専門 戦場専門 美人専門 植物専門 昆虫専門

挙げたらキリがありません こうゆう方々は専門分野で生活を立てています

 

さて アマチュア写真家(自分も含めてです)は何を目指して写真を撮っているのでしょうか

なんて考えてしまうことがあります

もちろん 写真展を開く 写真仲間で楽しく語らう 写真挿に投稿する 写真コンクールで入選を目指す

これからプロの写真家を目指す  

ボクみたいにブログやFacebookでささやかにみなさんに見ていただく

 

プロ アマ共写真家には難しい時代になったなあと感じてしまします

なぜって 上手な写真や綺麗な写真は誰でも撮れる時代になったしまったのですから

本当にどう写真を撮って良いのか分からなくなります

だから面白いとも言えますが シャッターを切りながらいつも自問自答しています。

 

   (仙台市 国分町)

 

 

 

今日が帰省ラッシュのピークなそうです

そう他人事の様に言うボクは帰省の経験がありません

生まれて74年 実家から離れたことがないのです

学校も地元 就職も地元 転勤の経験なし

まあいまだに「実家離れ」のできない男なのです

 

実家がある人はいいなあ 故郷がある人はいいなあ

と羨ましがりながら74年経ってみると

盆暮れに兄弟たちが甥や姪を連れてボクのうちに来る様になりました

ボクは帰省する暇もなく 帰省してくる兄弟たちを迎える立場になってしまいました

ボクは一生帰省を経験することはないでしょう

贅沢な話ですが 一度でいいから帰省をしたみたかったと思っています。

 

昨日の宮城県は陽性者4200人と過去最高でした

花火大会やら七夕やらが連続しましたから当たり前かもしれません

 

ボクは4回目のワクチン接種を受け 模範的な高齢者として家に蟄居しておりました

こう長く蟄居しておりますと ろくなことを考えないものです

よせばいいものを 37年間の現役時代を振り返ってしまいました

 

振り返ると楽しかったことは忘却してしまいました

思い出したくも無いことはたくさんありますが その中から三つほどお話しします

時間のある方は聞いてやって下さい

 

まずは 会社の金を盗んだとかで 2年ほど窓際の机に座らされ仕事をいただけませんでした

まだ40代 あまりに暇でしたので 宅建の資格を取りました

この事件は同僚がチクったもので のちに疑いは晴れました

 

二つ目は リストラで肩を叩かれました

怒り狂って押し問答した結果 会社側が撤回しました

肩を叩いた当時の常務から「肩を叩いて拒否されたのはお前だけだ!」と苦笑いされました

 

三つ目は 同業業界団体への出向を打診(決して命令だとは思っていなかった)されました

この時も怒りました「ボクは必要ない社員なんですか!」と いらない社員だから出向になることも知らずに

結局ボクの代わりに別の社員が出向になりました その方には悪いことをしたなと今も思っております

 

そういえばもう一つありました

定年1年前に退職しました 理由は社長と意見が対立し 本部長付とかいう超閑職に降格されたからです

あと1年だからと思い切って退職届を出しました

役員から「あと1年しかないのだから頑張ったらどうだ」と言われました 社交辞令だとは思いますが

ボクは「ありがとうございます 最後のお願いとして 会社都合退職にして下さい!」

そして すったもんだの末 会社都合退職をいただきました

 

振り返ってみると会社にとってボクはまさに「お邪魔虫」的問題社員の代表格の様に思えてきました

真夏の夜の不必要な回想でした。