厳冬の下北・津軽を撮る!(8) | コウの「やじうま絵日記」

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日々の野次馬根性を写真で綴る。

「津軽は暗かった」



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2月25日(金)さあ、いよいよ「下北よさようなら、津軽よこんにちわ」です。朝7時に出発、昨日までの好天から一転して雪交じりの雨模様、しかし、それはそれで趣があっていいんじゃないかな。

国道4号線から280号線に入ってむつ湾が右手に見えてきました、むつ湾を挟んで東と西でこんなにも風景が変わるとは思いませんでした、走っても走っても(とはいっても100キロもありませんが)雪景色の白い浜辺と黒い雲です、まるでモノクロームの世界でした。たまに雲間から日が差すと昔若松浩二監督が得意としたパートカラーの画像になります、それがまたいいですね、自分で褒めてりゃ世話はありませんが。


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この辺りは小さな漁港が連なっていますが、ほとんど人影はありません、カモメさんだって一人ぼっちで寂しそうです、集魚灯だって灯りが点っている時は賑やかですがお休み中は寂しさを増幅させていました。
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龍飛崎まで約100キロ、ここはいつ来ても猛烈な風です、ひとりでは怖くて灯台まで行く気にならないくらいの暴風です、カメラの三脚だって与太付くほどでした。

それに、お土産屋さんも道の駅も開いていません、こんな時期に来る方が狂っているのかもしれませんが、早々に退散です。

一枚だけ、かの有名な339号線の階段国道入口をぱちり、入口に立っている観光地図で見ると、今は車で通れるし実用上は意味がないのですが、意味のないものを整備しているのも、なんかオツな計らいですね、看板まで立てて。

さて、帰り道、下北の九艘泊のおじいちゃんに教わった「よしつねでら」によりました、本当は「ぎけいじ」と読むようです、おじいちゃんは「義経が津軽から流されて9艘の船でここさ着いたのさ、んだがら、九艘泊って言うんだ」といってましたが、「「義経寺」の説明文では無事蝦夷地に渡った事になっていました。どちらにしても、僕らが学校で教わった歴史とは違いますが、その後の義経に想像を膨らませるには超グッドなお話ですし、ホントにお寺まであるなんて、そうーゆーの好きです。
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ホントは階段国道から20キロ走れば日本海側の小泊に行けるのですが冬季閉鎖のため今別、十三湖を経由して70キロ強かけて小泊の道の駅まで行きました、その途中の海岸でヒッチコックの「鳥」を連想させるほどのかもめさんが空を舞っていたので車を止めました、だんだんカモメさんたちが降りてきます、この当りの魚加工工場のおばちゃんがバケツいっぱいの魚の残骸を海に捨てに来たのです、ではなくカモメさんたちにあげてたのですね、カモメさんたちも分っていて集まってきていたのです、こーゆー光景も好きです。
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小泊に着きました、横殴りの吹雪で海岸線がかすんでいます、この先にさっき立ち寄った龍飛崎があるのです。

今日のお宿道の駅「十三湖高原」まで戻りますが、冬の日本海は天気がコロコロ変わります、お陰できれいな夕陽というか、奇妙な夕陽に出会えました。

今日はお風呂もありませんし、駐車場にはボクの車以外物好きな車はいませんでした、内風呂を炊きすぎたのかトイレに出たら、僕の車も周りの景色も真っ白になっていました、もう寝ます、おやすみなさい。今日の走行距離は197キロでした。コウ
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