異分析について | 中村教授の愉快な毎日

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ブログの内容は筆者の個人的な見解であり、明治大学とは無関係です。

実家にいる時、ヒッタイト語を中近東文化センターで習っていた。


日曜午後で、ものすごく遠いところ、ほとんど八王子の方にあった。


30代は気力があったものだ。


私も亡母に「ヒッタイト語」といったのだろうが、彼女は最後までヒッタイトとは言えず、「ヒッタイ語」と言っていた。


また、短歌も盛んにやっていたときなので、よく歌人たちから電話がかかってきていた。


もちろん固定電話だ。


短歌結社誌の編集長で、「沖ななも」という変わった名前の歌人がいた。


亡母は、この人のことも、切るところを間違え、「沖」さんと言えず、最後まで「おきな」さん、と言っていた。


私もいちいち訂正するのを諦めていた。


こういう、切れ目を間違えることを「異分析」metanalisi, metanalysis と言い、どの言語にも見つかる現象である。


英語で言えば、nickname がそうである。


元来は、ekename  だった。


不定冠詞がつくと an ekename となるが、冠詞のnが語頭にくっついてしまい、



nekename < nickname 



となったものである。


1440年に初めて文献に出てくる。


ekename の初出は、1303年だから、あまり時代に差がない。