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おっさんの戯言日記

戯れごとを書いていきますので良かったらお付き合い下さい。

 市川雷蔵の映画は見たことがありません。ですが、なぜかこの本を読み始めました。
きっかけは朝日新聞に載っていた記事です。雷蔵の代表作「眠狂四郎」の写真に妙にひかれたのです。

 名前と顔をぼんやりと知っているくらいの知識で読みましたが、分かりやすい本でした。勝新太郎と大映の看板をはっていたんですね。勝新が長唄の出身であることも初めて知りました。

 歌舞伎の世界は、名門の出でないと出世は難しかったようで、養子縁組したりいろいろ苦労をされたようです。

 写真から漂ってきた雰囲気は、その時代を知らない私にも何か感じさせるものがありました。今でも熱狂的なファンはおられるようです。
 「雷蔵」なんともいい響きを持つ名前です。遅まきながら、映画も見てみたいと思います。

雷蔵好み 村松 友視
 北島選手やりましたね!仕事の関係で生では見られませんでし
たが ビデオで見ても感動しました。

 ライバルのハンセン選手はメダルにも手が届きませんでした。
ただ、北島選手のところに祝福に行っていましたね。私もスポーツ
を長くやっていますが、大事な試合で負けたときは悔しさが先走り
相手を称えるのはなかなか出来ないことです。

 試合前の挑発じみた行為なども報道されていましたがハンセン選手は
「Good Looser」だったと思いました。
当時、酒鬼薔薇事件で首が置かれ、犯人が所属した中学校の校長先生が、主にマスコミ対応について当時のことを語っています。酒鬼薔薇事件にも触れてある「M 世界の、憂鬱な先端」を読んだ後だったので、すんなり頭に入ってきました。
 最近ネットでも「マスゴミ」という用語を見ますが、作者はここでも使っています。たばこの吸い殻、弁当箱やカン、瓶などの「ゴミ」がひどかったそうです。新聞、テレビは「環境」や「ゴミ問題」にはきれい事を言いますが、言っていることと現場の人間のやっていることのギャップが大きすぎますね。
8割方朝日新聞の悪口です。
僕も朝日新聞はあまり好きではありません。自分に関係ある仕事のことを何度か書かれましたが、書き方が批判的すぎます。上から目線での書かれ方に非常に不快感を覚えました。そんな僕ですが、朝日新聞をとっています。なぜかって?サービスで土日にスポーツ新聞つけてくれるからです。嫌いだと言いながら、そんな新聞に金を払っている僕が一番不快感をもたれるかもしれませんね。

校長は見た!酒鬼薔薇事件の「深層」
 1997年に起きた事件、もう11年になりますか。この本は1審で容疑者のネパール人に無罪判決が出たところで終わっていますが、その後上級審では無期懲役となり今再審請求しているようですね。この本を読む限りですが、有罪とするには物証がたりなすぎるような気がします。素人が言うべきことではないでしょうが。

 被害者のOLは、尊敬する父の死が主となる原因で「堕落願望」のまま堕ちていったのではと作者は書いています。専門家の意見も書かれていますが、完全に父親に依存した女性に間々見られるケースだそうです。女の子はいませんが子を持つ親として子育ての難しさも感じました。

 それにしても、彼女の堕ち方はすさまじいの一言です。堕ちたい願望を少しは理解できますが、なぜそこまでと、はかなさを感じます。「普通に生きる」ことが、一番難しいことなのかもしれません。

東電OL殺人事件 (新潮文庫)
私もギャンブルは好きです。ただ、この本や阿佐田 哲也氏の書いた本を見ると本物の「ギャンブラー」にはなれないなと思います。

印象に残った言葉を幾つか。作者の言葉もあれば、作者が引用したものもあります。

「世の中では確実な物は不確実だし、不確実な物は確実なのだ。」
「全ては途中経過に過ぎない。」
「勝とうと思う人は勝とうと思うばかりに負ける。負けそうと思う人は負けにおびえるばかりに負ける。
ちょうど真ん中にいると両方が負けてくれるから勝てる。」

人間は必ずどこかで負けるとも作者は言っています。ちょうど、僕は今人生で負けている状態です。
煙が目にしみるような感じがします。

「要するにギャンブルの勝ち負けは死んでみなければ分からない。」

長い人生か、短い人生か分かりませんが、負けを受け入れる、負けを認めることが必要なのかもしれません。最後に勝てばいいのですから。

賭ける魂 (講談社現代新書 1942)