からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜 -147ページ目

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風光る

潮風光る浜辺に西陽が射して、俺は一人よろめいていた。
大事な瞬間とため息、わかりやすい時間のはずなのに。
砂浜に埋まる思い出、寄せては引く駆け引き。
子供の頃に好きだった、少し怖いおとぎ話。
好きなだけじゃ駄目なのかい?俺は君の返事を待つ。
それだけでもいいのだけれど、それだけでもいいのだけれど。
あの時俺は本棚を整理して、母と読んだ絵本を見つけた。
救いようの無い不気味なストーリー、願いのひとつも叶わずに、
死んでいった。強欲の末路かい?繰り出す教訓かい?
俺の魂は、いつか光を纏うのかい?いつも待ちぼうけ。
死にたがりの男は、君を辛くさせただけじゃないのか。
もう死にたいよ。そればかり呟いて。
明日の予定さえ、君に任せてばかりだった。
犬は犬であるのだからそう、犬は猫であった試しがない。
時は流れ消えて行くものだからそう、時は巻き戻された試しがない。
わかっているよ。そんなことわかっている。
だけれど俺は、理解したフリで君の全てから逃げていた。
日々よ、よろめき過ぎた日々よ。俺の中で君のイメージが消えない。
愛と、まとわりついた憂鬱。俺のせいだと君が言ってくれたらどんなに。
色めき立つ春の気配。彩り鮮やかに輝く幸福の亡骸。君はまばゆいほどに笑ってた。映画のワンシーンみたく背中に夕陽が、格好をつけろと俺の背中を押して、君に告げた言葉は。
曖昧に惑う俺の目と、ありふれた言葉に力無く。最後まで守り抜くことも出来ず、今俺は呆然と立っている。砂浜に。夕陽が射して。後ろも振り向けず、ただ海を波をしぶきを磯辺を見ている。立っていることの意味も忘れまた部屋に帰るのか。俺は。今日も愚鈍なる時をただ過ごし生きる意味から瞳をそらし明日を迎えるのか。俺は。俺は。
日々よ、よろめき過ぎた日々よ。俺の中で君のイメージが消えない。
最後は、ベッドの上で泣いてた、君を見た時俺は鍵を握りしめ動けなかった。
日々よ、よろめき過ぎた日々よ。俺の中で君のイメージがもう消えない。
逢いたい、半月の光照らす風の音がせつない。
俺は涙流してた。知らずうちに涙を流していた。矛盾無く吹く風が俺を包み込んでいる。明日俺は何を思う。日々よ、よろめき過ぎた日々よ。俺の中で君のイメージが消えない。消えない。

アラクネ(27)

ここではなんだと店を出た残りものの二人。

「どこ行く?俺はろくな人生を過ごしてねえからこんな時に行くぴったりの場所なんて知らない。選択肢が俺んちしかねえ」

「死んでも嫌だ」

「そうだろうな」

「あそこに行くぞ」

「…ってどこだよ。歩くの早いなお前」

「君が社会のリズムから取り残されてるだけ」

「痛いです非常に痛いです心が」

「落ち着け。心を痛めて死んだ奴はたくさんいる」

「いるから駄目なんだろ!」

「ところでいくら金持ってるの?ちょっとジャンプしてみ」

「かつあげかよ。いやそこはすっかり慣れちまってるが、この歳になって小銭を対象としたかつあげされるのかよ」

「いいからジャンプして何か風船的なものを捕まえてそのまま空へと上がって上がって上がって上がって行き…」

「行き、なんだよ。カラスにでも」

「つつかれずに?」

「え?カラスにつつかれずに?じゃあ、東京タワーのてっぺんに」

「刺さることもなく?」

「ヘリコプターのプロペラで」

「切り刻まれることもなく?」

「クレージーで評判の飛行機野郎が捨てた火のついた葉巻が」

「煙を出しながら隣を通過して?」

「月光に導かれて飛んで行く蛾の群れに」

「突っ込むこともなく?」

「ハイジャックされたジャンボジェットの」

「乗客に手を振り?」

「降り注ぐスペースデブリの矢を」

「きれいなもんだなと眺めて?」

「衛星軌道上に漂うライカ犬の魂がって俺どこまで空の旅を続けてんだよ!早く撃墜してくれ。風船おじさんか俺は」

「ああ、そうですね、あなた変態おじさんですものね」

「おじさん踏襲しちゃったよ。せめてお兄さんにしてくれ。若いぜ、俺。ここだけの話なんと、お前と同い年だ」

「なるほど、合わせると風船変態おじさんおじさんですね」

「なんで合わせた!?おじさんおじさんってなんだよ。お兄さん抜けてるし」

「グリーン担当だものね」

「色分けされるってことは風船変態おじさんおじさんって戦隊ヒーローなの!?おじさん二人しか見当たらないけども」

「グリーンと赤色2号の二人」

「一人着色料で染められてるんですけど!体に悪いな!なんつうか自然に染めたげて!」

「で?」

「で?ってなんだよ」

「金は?」

「あ、ああ、金な。残り二万とちょっとだな」

「お、なかなか持ってるじゃない」

「使い切ると公共料金どころか生活費も払えなくなるけどな」

「じゃあ、そういうことで」

「どういうことだよ!」

「いいじゃない別に使い切ったってさ。構わないよ私は」

「そりゃそうだろうな!」

「あんたもそのつもりなんじゃないの?どうせ自棄になって暴走したいんでしょ。すぐに死ぬからなんてさ」

彼女は今どんな顔をしているのだろう?カズタカは店を出てからずっとミシモの自分と比べれば遥かに小さい背中を見ている。足早に歩くミシモはさっきからその顔を見せない。顔を見せたくないからわざと足早に歩いて前を行くのだろうか?そう思ってカズタカはひどくセンチメンタルな気持ちになった。

「…急に真面目か。いや、まあ、そんなとこも無きにしも非ず。いや、違う。今日は違うんだ俺は。違うんだ」

「なに?」

まさしく、自棄を起こしている。いや、自棄を起こしたい。カズタカは身も心も一度ボロボロになりたかった。精神に嵐を求めていた。わけのわからぬこの状況、精神状態を号泣の嵐で一度ぶっ壊して、その先に何かを見つけたかった。おそらくは、希望。

「今日は、俺は、俺はさ、俺は本音を吐露したいんだよ。白状したいんだ。その為に呼び出したんだ」

「声震わせて喋るな、気持ち悪い」

すっきりとした声で、ミシモは言った。

「…すまん」顔を上げ、後頭部越しにミシモと同じ空を見る。

本音。それを常にひた隠しにして生きてきた。本音を言えばそれだけ無意味な闘争に巻き込まれると、誤解を生んで誰かを傷つけると、底の抜けた中味の無い缶カラであるカズタカは本音もどこ吹く風の如く素通りさせてやり過ごしてきた。成長するにつれいつしか本音の風も吹かなくなり、いつも曖昧に、微妙に生きてきた。本当の自分をさらけ出したくなかった。

そんな男が漫画家を目指しているなんて変な話だが、作品に鬱屈している本音を仮託させたかったのだろう。しかし、どんな漫画を描いても、仮託させるべき本音の風は渺々たる大海原の遥か彼方へ行ってしまって、ついぞ吹くことはなかった。表現したいもの無き表現者など善良で私利私欲の無い政治家のようなもので、糞の役にも立たない。しかし、それが今吹いている。幼き日に吹いた懐かしき風、母にわがままを言った時、キャッチボールで兄に泣かされた時、行きたくなかった外食先でふてくされて父に怒られた時、いつでも思うままに吹いていた風が今、心の中にびゅうと吹き荒れている。こんなの初めて。どうにかなっちゃいそう、であった。

「怖いんだよ、死にたくねえんだ」

アイドンワナダイ。強がりも排除した正真正銘、本音。カズタカの、いや、二人の精神は死刑執行を待つ日々を送る受刑者に似る。しかしどうしたら罪無き罰を、悔い無き悔いを、受け入れ、改めることが出来るというのか。やりきれぬ。ただやりきれぬ。この気持ちを何にぶつけろというのか。どう昇華させろというのか。わからない。

「……」

何か応えることもなく、無言で歩き続けるミシモ。カズタカは無言で後をついていく。

突然、

「走れ」

小さく号令を発し、ミシモは走り出した。言われるがまま走り、後を追うカズタカ。五十メートル程直進したろうか、ミシモは交差点の角を曲がると、壁際に立ち止まり、唇に伸ばした人差し指を当てている。

静かに。

カズタカは荒れる呼吸に苦しみながらもジェスチャーの意味する通り、出来うる限り静かにした。そのミシモの顔はいたずら好きの妖精みたくにやついていた。

少しして、ミシモは来た道に戻り出る。

金魚の糞のようにふわふわと後を追ったカズタカの目の前を、向こうの生け垣辺りを一心に見つめる作業着姿の男が通り過ぎた。一瞬の出来事であったが、確かに見たことある顔。

その向こうで、ミシモは腹を抱えて笑っていた。

「あー、この歳になってやる鬼ごっこはもはや痛快ね」

「あいつ、あれだろ。ウデムシの時の」

「そう、ファミレスに居た奴、あいつなかなか可愛い奴でさ。気づかれてることに気づいているのかいないのか、最近律儀に朝から晩まで私んちの前に居るのよ」

「毎日?」

「そう、ホノカから鞍替え」

「ああ、ストーカーな。しっかし、どこかの記者には見えないおっさんだがなぁ。第一、記者ならさ、何か訊きたいことあるなら直接俺達に訊けばいいじゃないか。何度かあったろお前も、なんつうの、突撃されたっつうの?」

「さあね、どうでもいいじゃないそんなこと。あいつが何者かもどうでもいいわ。警戒心の強い野良猫にエサやってる感じ。今のだって尾行を警戒したわけじゃなくて、あいつの驚いた顔が見たかっただけ私は。そして傑作だったなぁ。人間焦ると歩くリズム変わるのね。タタンってなってさタタンって。なはは」

「しっかしよぉ、そういうことは初めに言っといてくれよ」

先程までカズタカに宿っていた沈鬱な雰囲気は吹き飛んでしまった。

「大丈夫、もしか乱闘騒ぎになっても、お前は初めから戦力に数えてないから」

「なるほど。男として多少腹立たしくもあるが、正しい計算だ」

ミシモは再びカズタカの前を歩き始めた。

「そして、もしかお前が凶刃に倒れても」

「私は構わない、か」

「誰も構わない、よ」

「それは、ひでえな」

「あー、そうか」

「なんだよ?」

「さっきからなんかめんどくさいなぁって思ってたら、そうか、あんたと喋っているからか」

「おい、気を抜けば今にも泣き崩れてしまいそうな俺に言うセリフか」

「めんどくさいからさ。お前はさっきみたく塞ぎ込んでてくれる?ほれ、泣け泣け。泣き崩れてもアスファルトだけはあんたを支えてくれるよきっと」

「きっとって憶測の入る余地無いだろ。アスファルトに。しかも置いていく気満々だな。いや、財布だけは抜き取っていく勢いだ」

「……」

「何か言え!……」

「……」

しばらく無言で歩き続けた二人。本来なら立場は逆じゃなけりゃ、カズタカはそう思うと同時に、どうしてミシモはこうも強くあり続けることが出来るのだろうと思った。本当はお前も弱いところがあるのだろう?当たり前の安っぽいセリフが浮かんだが、人間として、もはや最低限ではあるが男として、口には出さなかった。言ったとしても、「だから何?」とミシモは自然に言いそうだし、そして猛烈に怒られそうだし、そう言われたら二の句が告げない。俺の腕の中で泣きたいのはカズタカである。

「着いた」

立ち止まったミシモは指を差した。そのぴんとした指の指し示す先とは、

「尾形、お前、お前は…どこまでもか!」

「どこまでもよ」

ミシモは大型電器店で、暇なのよね、と、ゲームソフトを何本かと、こんな機会でも無けりゃ買わないとばかりに、高めのドライヤーを買って、お疲れ、と言ってさっさと帰っていった。もちろん、カズタカ払い、ポイントカードはミシモ持ち。

懐はざんないことになったが、カズタカは元気になった気がした。生きる指針というものを得た気がした。どこまでもか?どこまでもよ。それだけのやりとりでカズタカはミシモに救われたのである。



やはり山がおなにーをしているようですね

スギ花粉を出し乱れるスギ林を喩えて、

「まるで山がおなにーをしているようだ」

は、名言だと思う。高橋君、凄いな君は。

「そう中田有紀に死んだ魚のような目をまぶたで隠した薄微笑で言われたいだけさ」

僕が誉めたらそう言ってにやりとほくそ笑んだ高橋君。言われたいって君、テレビに映る中田有紀はお前に向けて何かを言っているわけではない。でも、その気持ちはわかる。

なぜだろう。あれから僕は花粉情報を伝えるニュースを観る度、「まるで山がおなにーしているようですね」と女子アナがしれっと言わないかなって無意識のうちに期待している。むしろ、「あれ?こいつ山がおなにーしているようって言わなかったぞ?」と疑問に思う時がある。言わなくて当然なのだけれども言わないことを不思議に思う。この感覚、この感覚が皆に伝染れば。いつか、いつの日にかいつの間にか、「いやぁ、このね、スギ林の様子を見ていると、やはり山がおなにーをしているようですねぇ」と中田有紀が半眼微笑で言う日も来るのではないか。その日がやって来るには皆の力が必要だ。高橋君の夢を叶える、ただその為だけにではあるが、またちっぽけな夢でもあるが、是非皆に協力して欲しい。かといって中田女史のブログに書き込む等直接的な行動はくれぐれも控えてくれ。それはテストでカンニングしていい点をとるようなもので、悪銭身につかず、あまりにも無粋というもの。遠回りして攻めるのだ。まず、中田有紀の携帯電話本体を手に入れます(!)。そしてメール画面を開き、何回も何回も「山がおなにーをしているよう」と入力し、消す。そして何事
もなかったようにそっと携帯を戻す。何事もなかったようにそっと戻さないと君が逮捕される可能性があるから注意だ。これで彼女が次に携帯メールで8のボタンを押した時には、予測変換にこれがリストアップされるようになる。これを幾度か繰り返せば彼女の脳内にインプット完了、あとはその日を待つだけだ。最後に言っておく、これはファンタジーだ。

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