からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜 -141ページ目

ダミーシリーズ。ボツ台本クアラルンプールの土砂

これ書いた時は新年だった。

『いよっ、あけおめ!』
「ああ、あけましておめでとうございます」
『あけおめ!あけおめ!』
「おめでとうございます、ほんと、ね」
『あけおめ!あけおめ!あけおめ!』
「しつこいよ!新年一発目だってのに」
『あけおめこ!』
「恥ずかしくないのかね君は。関西の空気読めないヤンキーか!」
『そうそう、知ってる?』
「知らねえよ!」
『グーグルで検索してみた?』
「まず、検索って言うな!あれになっちゃうだろ!今一番言っちゃいけないことだよ!気になるのはそこだけだ!」
『今年は2009年なんだぜ』
「じゃあ知ってるよ!みんな知ってるよ!」
『デーブ大久保も知ってるかな?』
「知ってるよ!当たり前だろ!」
『デーブ大久保、永遠の2008年』
「やめなよ。傷口に塩を塗り込むようなことは」
『だからおれはあの時言ったんだよ。痩せろ、ってね』
「どの話題に対してそう言ったんだよ!つうかエブリタイム当てはまるだろ!ずっとデーブだったんだから」
『デーブは置いといて』
「勝手に持ち出しといてそれか」
『2009年ってことは100年前は1909年ってわけだ』
「そりゃそうだな」
『というと200年前は1809年、300年前は1709年になるわけだ』
「そうだけど、何が言いたいの?」
『こんな記念すべき2009年、私もう嬉しくて嬉しくて』
「なんでだよ!まだ1192年から900年経ちましたとかならわかるけど、1909年とか1809年で特に覚えてる出来事ねえよ!」
『お前だけだろ?』
「多分みんなだよ!じゃあその年に何があったって言うんだよ!」
『まず1010年前は999年だからね』
「なんで1010年前になるんだよ!999年ってお前、ただ9が3つ並んでる年なだけだろ!」
『それにしても千住って地名あるだろ?』
「駅でいうと北千住とか南千住ね」
『あそこはよく千住にひっかけて1010って数字ギャグを披露すんだけど』
「数字ギャグっつうか、まあ、いいじゃねえか別に、シアター1010とかの建物の名前とか、セールの時の値段なんかも1010円で揃えたりすんだろうな」
『もう二度と1010年はやってこないのに、よくやるよね』
「確かに1010年は二度とやってこないだろうし、次くるとしたら妥協して、9000年後の11010年になるけど、それがどうした!」
『9000年貯めてる一発ギャグなんて他にないぜ?』
「別に貯めてるわけじゃねえよ!一発ギャグじゃねえし!ただの語呂合わせだよ!」
『9000年経たないと面白くないわけだから』
「しつこいよ」
『まったく、面白くないわけだから』
「しつこいってば!名前決める時色々あったんだろ、妥協だよ妥協」
『11010年になれば、ちょっと、面白い』
「ちょっとかよ!9000年待ったのにな!」
『誰も待ってねえよ。さてそんな2009年』
「しれっと否定すんなよな。つうかそんな2009年ってどんな2009年だよって話だったろ!」
『そんな2009年、もう嬉しくて嬉しくて』
「流すな流すな」
『鼻水が止まりません』
「ただの風邪だろ!治せよ!」
『嬉しくて頭もクラクラします』
「だから風邪だろ!」
『体温も39度ありました』
「風邪決定だろ!休め休め!インフルだったらなお休め!つうか体温計るってことは風邪を自覚しているってことじゃねえか」
『もうだるくてだるくて』
「だるいって言っちゃったよ、嬉しいんじゃなかったのかよ」
『勃起もおさまりません』
「それは風邪じゃないな、うん、それは風邪じゃない」
『半勃ちでも?』
「それは風邪だな、うん、それは風邪だ」
『ま、風邪をひいたんじゃなくて2009年がついにやってきたことが嬉しいだけなんですけども』
「それはわかんないな、うん、それはわかんない」
『そんな2009年ですが』
「もう諦めたよ」
『だけどやっぱりママが好き』
「ムーニーのCM曲かよ!なんでだよ!」
『おれずっとママレモンのCM曲だと勘違いしてた』
「あっそう!ママレモンってお前またなんとも」
『ママレモンがあるならママミラクルフルーツもあるよな』
「ミラクルフルーツってあれだろ。ミラクルフルーツを食うとレモンが酸っぱくなくなるってやつだろ?説明めんどくさ」
『ママレモンをかじる前にママミラクルフルーツをかじりママレモンをかじったがママミラクルフルーツをかじりそこなったのでママ苦悶、涙涙で食器をママレモン』
「面倒くさいんだよ!」
『パパラモン』
「外国人ね」
『外国人ねってお前』
「いいだろ!面倒くさいんだよいちいちよぉ」
『パパラモスで』
「ラモンじゃねえのかよ」
『パパラモスでママリカコ』
「なんつうか、思いつきで庭に露天風呂造りそうだな!」
『うちのばあちゃんちょっと痴呆入ってな』
「はぁ、そりゃ大変だな」
『ボケモンゲットだぜ!』
「ゲットすんなすんなって笑えねえよ!やめろ!」
『たも網でゲットだぜ!』
「すんなすんな!たも網の網目からばあちゃんどんな目をしてこっち見てんだよ!やめてくださいほんと。それにわざわざゲットする必要もないだろ、うちにいるんだから」
『まあ外に解き放つわけにはいかないからな』
「だからやめなって!怒られるぞ!」
『そもそもばあちゃんは地引き網に引っかかって、ずりおろされてここに来たから』
「飛躍しすぎててもはやボケでもなんでもねえな」
『ボケモンゲットだぜ!』
「してない。ゲットしてないから」
『あらまあ、○○ちゃんも大きくなったわねぇ。おばあちゃん捕まっちゃった。はいお年玉』
「意味わかんねえよ!どんな家庭だ!」
『おばあちゃん、僕の頭はサッカーボールじゃないアルね』
「パパラモスかよ!いや、ラモスじゃねえ、ラモス、アルね、なんて言わねえもん」
『まったくうちのおばあちゃんったら○○ちゃんにだけは甘いんだから。今度露天風呂に沈めてしまおうかしら』
「怖いよ!リカコ怖いよ!つうかリカコはやっぱ露天風呂だよな!このイメージあってるよな!」
『ママ、パパ、僕もうひきこもりになりたいよ』
「…誰!?そいつ誰!?新手の家族構成か!?」
『ママは、いいんじゃない?なんつって』
「実際にリカコは言わないだろうけど、なんかリカコだったら言いそう。矛盾してるけど」
『ねえ、パパはどう思う?』
「おう、ラモスは?」
『ははは、そんなことしたらパパみたいになっちゃうよ』
「は?」
『アルシンドになっちゃうよ、ってか!ははは!』
「パパアルシンドかよ!だからさっき、アルね、なんて言ったんだ!」
『違うよ』
「ええ~…うまく繋がったんだけどなぁ」
『とりあえずみんなで露天風呂に入ろう』
「もう露天風呂はいいよ」
『露天風呂ってなんか面白いな。露天風呂だぜ?みんなで入ってやんの、なはは』
「どうでもいいわ!ゲシュタルト崩壊してるだけだよ!」
『みんなで露天風呂に入るの。政治家とかも政治に行き詰まったら露天風呂入ってやんの。ファミレスとかもあれ露天風呂だからね』
「わかんねえよ」
『要するにウルトラマンのスペシウム光線にあたる部分がラジウム鉱泉なわけ』
「ただの駄洒落じゃねえか」
『敵とか出てきても露天風呂浸かってるからね。地球の危機にも露天風呂浸かってる。倒さない』
「なんかおれもちょっとおもしろくなってきた」
『あっそう。で2009年が始まったわけですが』
「うわぁ、ひくのはええなおい」
『おいおいおいぃ!』
「いやアニマル浜口のマネするなら気合いだぁ!の部分からやらなきゃね」
『京子ぉ!露天風呂先に浸かってるからなぁ!』
「なんか全然おもしろくなくなったわ露天風呂」
『で、記念すべき2009年の始まりですが、あなたはどのように過ごしましたか?』
「無視かよ。まあいいや、まあおれは」
『私は最悪でした』
「聞かないなら聞くな」
『最悪でした。…最悪でした…最悪でした』
「聞くよ!聞く聞く!ちくしょう。最悪って何かあったのか?」
『いやね、私恥ずかしながら新年早々、記念すべき2009年の幕開け早々、誠に恥ずかしながら屁を、屁をこきましてね』
「そんな恥ずかしがるようなもんじゃないだろ。アイドルかよ」
『その屁がまたなんともね。気に食わない屁だったんですよ』
「へー、どんな?」
『お前なぁ、屁のこと話てるときに、へー、なんて相槌打つなよ!最悪だよ!ほんと最悪!最悪最低です!』
「悪気はなかったんだよ、つい自然と出ちゃったんだよ」
『楽しくウンコの話してるとき勃起してるスカトロマニアぐらい最悪だよ!』
「いまいちわかんねえけど悪かったってば」
『気をつけろよ!ったく』
「はいはい。で、どんな屁をこいたのさ」
『電車の発車音みたいな屁をこいたんだけどもうどうでもいいわ!』
「ごめんな。でも一口に電車の発車音って言っても、各路線で結構違うから」
『うるせえ!』


終わり。恥ずかしい。

アラクネ(33)

ぽかんとして椅子に座っているミシモ。高橋の言っている言葉の意味はわかる。しかし、理解しろというのは酷である。

高橋はミシモの後ろに回った。

「こう言っちゃなんだが、野崎さんの次が武者君で本当に良かった。テストが出来たからな」

高橋はミシモのファンシー手錠に目を付け、跪いてそれを観察し始めた。

「外部アクセス不可能な独立した場所だったらアウトだった。でもそうじゃなかった。助かったよ」

高橋は手錠を探った。ミシモは、触れられるのは嫌だな、と思った。

「賭けだったよ。次に死ぬのが武者君だと決めるのはね。多分に希望的観測に基づく危うい賭けだった」

何かを見つけたらしい高橋は立ち上がると、ぽんとミシモの両肩に両手をついた。その手を振り払うにはミシモの肩は硬い。

「武者君の夢に入り込めた俺は全てを聞いた。壁に耳ありってやつだな」

高橋はすたすたともと居た位置、すなわち、ミシモと扁平頭の男の間に立ち、両者をその視線に入れた。

「アラクネ様ねぇ。調べたが衣替えをするなんてどこにも書いてなかったぜ?」

「貴様がアラクネ様の何を知っているというのだ!アラクネ様の悲しみを!怒りを!嘆きを!愛を!貴様は」

「おっと、お前は俺の許可無しに喋らないでくれるかな」

「どうしてあなたはここに入ってこれたの?」

扁平頭無視ゲームに参加しない尾形ミシモなど尾形ミシモではない。

「それだ、君の前ではあまり言いたくなかったのだが、どうせ君は忘れるだろうから言ってしまうか」

少しうつむいた高橋。

「夢とは繋がっている世界だと言ったよね?」

「ええ、思考やら出来事やらでなんちゃらかんちゃら」

「そう、要するに生活次第で行き着く場所が違う。すなわち」

「同じ生活を営むと」

二人の会話の後ろで扁平頭はなにやら喚いている。だが、二人は意に介さない。

「その通り。そしてその通りだったよ。大変だったけどね。生活をシンクロさせるのは。同じ時間に起き、同じ時間に同じ飯を食い、咀嚼の回数だって合わせた。同じだけ絵を描き、同じ本を読み、同じだけ歩き、同じ所へ行き、同じだけ同じだけ。息づかいまで同じだったろう。もちろん武者君の過去も知れるだけ知った上で。彼の漫画や彼の育った環境、日記も盗み見たし」

「ちょっと待ってよ。どうしてそんな、同じ時間にって、まさか」

「いやぁ、すまないね。盗聴とか、色々させてもらっていたよ。当然、君も」

「うわっ、最悪」

「だからあまり話したくなかったんだ。俺も必死だったということでひとつ」

「ま、いいわ、もう」

「出来うる限り同じにした。君の場合、同じだけゲームを進めたし、同じ音楽を聴いたし、同じテレビや映画を見たし、同じ運動をした筈。昨日はケーキだって同じものを食った。君の場合家にずっと居たからその点楽だったかな。ま、実際同じっていっても限度ってもんがあるが、君に一杯食わされた時なんか焦ったしね、なんというか分類上はそっくりな生活をしていた筈」

「ううん、やっぱり気持ち悪い」

「気持ち悪い、か。そうだろうなぁ。しかし君がその、なんというか、男には絶対に出来ない秘め事というか」

「え、それって、まさか、自分で!?危ねぇ」

「あ、いや、生理の時は困ったということなんだけど」

「はあ!?じゃあそうはっきり言え!なんだよ!」

「それをしないでくれたのは助かったけどね。いや、武者君の時は助かったと言うべきか」

「うるせえ」

「ごめんごめん。ま、それで俺はここに来ることが出来た。といっても普段は出来ない。君達と同じ夢を見ることは出来なかった。どうやらあいつらが夢の世界をいじる時にこの世界の秩序と言うべきものに隙間が出来るらしい。詳しくはわからんが。とにもかくにもだ、武者君の時にこの世界のコツを掴めたことは大きかった。俺もある程度あいつらと同じようにこの世界を泳ぐことが出来るようになったからね」

「ところで、忘れるってどういうこと?」

「君も気づいているだろう。異常があればすぐに連絡を回したはずだと。誰もあいつらを覚えちゃいない。そう、皆、この夢のことなんて忘れてしまった。というのも夢というものは途中で起きないと記憶に残らないものなんだ。そして君達は朝まで目覚めない。だから君も、朝が来ればこのことは忘れてしまうのさ」

「あー、じゃあ今盗聴器の位置を教えてもらっても、教えてもらってもっておかしいな、白状させても意味ないってこと?うわあ。でもなんであんたは記憶があるのよ」

「ふむ。前回俺は途中で目覚めることが出来た。おそらく、なんというか、管轄外、だったのだろう。今回ここまで入り込んだ俺がどのように目を覚ますかはわからない。しかし、どのみち今日で最後だ。盗聴のことは、悪い、とは思うが、君を助ける為だったんだ」

「助けるだと」

扁平頭の言葉が二人の耳に届いた。

「ああ、そうさ。俺は彼女を助ける為にここにいる」

「アラクネ様の脱皮は止められぬ、それは貴様も知っていることだ」

「俺は、助ける、と言ったんだ。止める、とは言っていない」

「ふふん、同じことだろう?」

「いや、違うね」

そう言うと高橋はグーにしていた左拳を開いた。

「それは、馬鹿な」

「馬鹿な?ふーん。これがそんなに珍しいか?」

高橋は左手にあるそれを右手で、本に挟んだしおりを抜くようにつまみ上げた。

「繋がり、彼女達八人には繋がりがあるとお前は言う。それは友情であり、初恋であり、ノスタルジーであり、しかし、お前の言う繋がりとは八人の輪のことではない。そもそも彼女達八人は輪ではなかったからな。お前の言う繋がりとは、突き詰まるところアラクネ様との繋がり」

「…ジグモ」

高橋は試験管のようなジグモの巣を逆さにして振った。手のひらにぽとりと小さな蜘蛛が落ちた。逃げぬようにまた優しくグーにする。

「俺にだって八人の輪に入る資格ぐらいあってもいいと思うんだけどなぁ。土師マユミを想う気持ちなら、誰にも負けていない」

「それは、アラクネ様の、決める、ことだ」

「だろうな。ところで、蜘蛛の女王であらせられるアラクネ様にとって、今俺の手の中でじっとしている、この兆しとでも言うべきこいつは」

「子だ。貴様何をする気だ、やめろ!」

「やめない」

なりふり構わず飛びかかってきた男。しかし如何せん動作が鈍い。高橋は闘牛師のようにひらりと男の突進をかわした。男はどてと肩から転げた。高橋は手を広げ、ぱん、と勢いよくやまなりに両手を打った。蓋を開けると、高橋の手の上で自身のその長い牙により腹を裂いていた。

「おごおごおご」

男はぐにょぐにょと蠢き、やがて一本の大きな蜘蛛の脚になった。

「これは予想外の反応、ぐばあ」

扁平頭の男が変化したその脚は既に抜け殻であった。

高橋の体がぐにょぐにょぐにゃぐにゃと変化し始めた。

「ちょっと高橋!?」

「なんだと…これは…早過ぎる…そんな、俺は既に認め、与えられていたというのか、そんな、いつ…か…ら…記憶に…ない…」

ぐにょぐにょぐにゃぐにゃ。

「ああ、痛い。痛い。曲がる。うねる。くっつく。ああ、気持ちいい。ああ、ああ」

高橋はうろんな目をしていた。

「おい!ついてけねえよ!」

「感じるぞ。感じる」

「今までで一番わけわかんねえっつうの!」

「アラクネ様の愛を、痛みを、悲しみを、優しさを、ああ、アラクネ様のお陰だぁ、ああ、これは俺のおおぉぉぉ」

何か言いかけて、高橋は脚になった。真新しい脚は柔らかそうであった。

「なんなんだよ気持ち悪いな!」

後ろ手に縛られた乙女の悲痛な叫びもむなしく、脚はうねうねと動き、乳白色の海へと落ちていった。

すると、ミシモの目の前に美しい黒髪の少女が現れた。少女は美しかったが、下半身は蜘蛛であった。

「あ、あなた…が、アラクネ、様?」

尾形ミシモの問いに少女は無言で、ただ微笑みかえした。その笑みはどこか物憂げであった。



終わり

アラクネ(32)

「他の脚もお望みかな?」

ハゲタカに人語を喋らせたような声が優しくも無機質な背景に響いた。ミシモは首を横に振った。

「こんな夢、早く目覚めろっつうの」

そう思いはすれど、それが不可能であることに気づき始めている。

再び扁平頭の男が現れると、男は佐藤ヒロフミ、菱山カナコ、土師マユミ、己タケハル、鈴木ホノカ、野崎アヤ、武者カズタカの死に様を朗々と語った。

「佐藤ヒロフミは逃れられぬ過去を持つ男だった」

「菱山カナコは我慢出来ぬ女だった」

「土師マユミは不完全な完璧主義者だった」

「己タケハルはナルキッソスの子だった」

「鈴木ホノカは続けられぬ女だった」

「野崎アヤは痩せた豚のような女だった」

「武者カズタカ、あの男は痛みを恐れ、逃げることしか出来ぬどうしようもない男だった。あいつは駄目だ」

男はクラゲのようにかぷかぷと笑った。

「痛みこそが喜びの根だというのに。苦しみこそが天国へ通じる道だというのに。何も無いくせに自らを後生大事にして」

男は空を指差した。

「尾形ミシモ、この空を見よ。朝だ。朝が来たのだ。ミネルヴァの梟は夕暮れに飛び立つが、おお、見よ。朝だ。朝明けだ。朝靄たちこめることなく透き通る朝だ。アラクネ様の朝だ。お前は認めよ。この朝に認めよ。アラクネ様に認めよ」

清々しいのに重苦しい空を見上げるミシモ。生暖かい風が頬をなでる。その目は生気を放っていない。

「私は何を、認めるというの?」

尾形ミシモを以てしても、男の言葉に抗うことは出来なかった。

「ふふふ、そうだ。お前は認めるのだ。そして与えられるだろう。ふふふお前は」

「ちょっと待った!」

扁平頭の男が認める条件を言いかけた時、割って入る男の声。

「なんだ!?これは、これは、そんな馬鹿な!誰かがこの世界に?」

「ちょっと待て!」

「これは、こんなことが」

「ちょっと待て!ちょっと待て!」

「………」

姿無き声にそう言われ続け、余儀なく待つ二人。

「ちょっと、ちょっと、あれ?ここまで来て!?あ、いや、ちょっと待ってちょっと、あ、こうか?いや、そんな、あら?え?ごめんちょっと、あれま、き、ああ、これか?違う?」

なんとも言えぬ台無し感がミシモを包んだ。

「ちょっと待って、あら?あらあらあら、おお、おお、よし!いける!」

ミシモと扁平頭の男の間に、裸では無いにしろ某未来から来た人型殺戮ロボットの登場シーンのようなポーズをした男が現れた。クラウチングスタイルである。

現れた男はミシモの方を仰ぎ見ると、にっこり笑った。気持ち悪い。しかし、見たことある顔。

「今日、今日だと思ったぜ。今日だと。案の定だ。誕生日にクライシス。アラクネ様の転生、だもんな。この日だと思ったぜ。そんなもんだと思ったぜ」

「なんだ貴様は!」

扁平頭の男が吠える。

「彼女に認めさせやしないぜジャック君、いや、モンタギュー君で正解かな?ふふん」

「貴様は誰だと訊いている!どうやってここに来た!」

「一度に二つの質問をするとは、焦ってやがる。俺のことなら彼女の脳内を探ればわかるだろうぜ。得意だろ?今となってはそれだけが」

「お前、お前は」

「ストーカー」

扁平頭の男の検索よりも早くミシモが答えた。まさしく、現れた男は例のストーカーであった。

「いやまあ、そうなんですけど、ストーカーですか…」

男は少しがっかりした様子で苦笑いを浮かべた。

「待て、こいつ、あるぞ、お前の記憶の片隅に、あるぞあるぞ、忘れ去られた手つかずの領域にあるぞ!お前、土師マユミの葬儀で人目もはばからず号泣していた男だな!」

「あ」

扁平頭の男の言葉がミシモの記憶を呼び覚ました。そうだ。どこかで見たことのある顔だと引っかかっていたのはそれだ。マユミの葬儀で泣き崩れていた男だ。様々なダマ止まりになっていた情報が一気にほつれ、ミシモの口から出た言葉は。

「そうだ。マユミ言ってた。会社にストーカーがいるって」

「やっぱりストーカー!?俺、ストーカー…」

今度は本当にがっかりした様子だったが、すぐに、

「その通り、俺の名前は高橋。土師マユミの元同僚だ。そしてまさしく俺は彼女を愛していた。今でも愛している。だが彼女は、この尾形ミシモさんを愛していた。そんなミシモさんの悲しみを、絶望を、彼女は望んでいない!」

高橋の熱のこもった言葉を聞きながらもミシモは、こいつはマユミのタイプじゃないな、と思った。

「貴様どうやってここに来た!」

「ふふん、お前には俺がわからない分、わかってしまうのだろうな。俺は彼女の脳内のイメージではない。俺は俺だ。ちゃんと自意識を持つ。この世界に於いて、お前と一緒の存在といっても過言ではないだろう。しかし、なにも初めてここに来たわけじゃない。お前に会うのは、いや、お前を見るのは二度目だ。武者君の時にも、俺は見ていたんだぜ。あの時とは場所が違って焦ったよ。といっても、“記憶”の無い、情報の刷新に過ぎないお前には思い出すなんてことは出来ないだろうが」

「…」

扁平頭の男、切り裂きジャックの情報は押し黙った。

「俺は納得出来なかった。土師君の死を。なぜ彼女があんなふうに死ななきゃならん。納得出来るか。してたまるか。だから研究したのさ。俺は、彼女の周辺を、彼女の友人達を、最近起こった出来事を、心理学を、精神世界を、フロイトを、ライヒを、あらゆる宗教を、あらゆる神話を、古今東西の民話を、伝承を、サイエンスを、理論を、あらゆる仮説を、愛を。土師君の死からずっと、ずっと。彼女の友人達が次々に同じ死に方をした。ある日突然何の前触れもなく、腹を裂いた。俺の研究の行き着いた先は夢だった。皆、起きている時は普通だったからね。鈴木ホノカさんが腹を裂いた時に俺は夢で何か起こっているのではないかと思い、警察の手で殺人犯として厳重に“保護”されていたはずの野崎アヤさんが死んだ時、その思いは確信に変わった。野崎アヤさんには悪いが、殺人犯として通報したのは俺なんだ。よかれと思って、いや、実験だったと言おう」

高橋はちらりとミシモに目をやった。

「夢、そこになにかあるのではないか、そう思い至ったがそこからが難しい。果たして、人の夢を覗く、なんてことが出来るのか。こんな現実を見て些かむなしくもあるが、俺はリアリストでね。現代科学では解決しようのない難問に思わず諦めてしまうところだったよ。どうやって人の夢に干渉するか、その夢とはなんらかの暗示や洗脳、催眠術による人為的なものなのか、それとも不可解な力が働きかけているのか。いずれにしてもどうすればこの事態を、彼女が好きだった尾形さんの死を止められるか」

高橋はミシモに近づく。

「止めようというのか貴様、アラクネ様の脱皮を!」

「言ったろう?俺は武者君の夢を覗き見ていたと。止められる、この事態がそんなものではないことを一番知っているのはお前の筈だ」

背中越しにそう言われた扁平頭の男は口をぐむむと震わせた。

「人為的犯行の線はすぐに消えた。彼女達の周りにそんな悪意を持つ奴はどう考えてもいなかった。全くの第三者による犯行も考えたが、俺以外ストーカーもいなかったしね。となると、彼女の好きだったシャーロック・ホームズの言葉を借りるならば、“全ての不可能を消去して最後に残ったものは、如何に奇妙なものであろうと、それが真実だ”。残ったものとはつまり、非科学的パワー」

高橋は何かを探すようじっくりとミシモをねめ回す。

「夢とは何か。突き詰まるところ、それが問題だった。科学的常識を捨てて考えなければいけない。図らずもお前達がヒントをくれたよ。どうやらお前達は夢をコントロールしているらしかったからな。ふふん。夢とは、夢の正体とは世界だったんだ。俺達が見ている、個別に見ていると思っていた夢とは人類、いや、脳を持つ動物が共有している世界だったんだ。インターネットのチャットルームやネットゲームのそれに近い。端末とサーバーだな。そいつの環境や思考、記憶、精神状態、日々の出来事、それらがサーバー分けの選択肢になっている。俺達はそうして日々、毎夜、夢という世界にアクセスしているわけだ。フロイト先生もびっくりだ。いや、本質的には同じことか。分類、だからな。お前達はそこをいじれるんだろ。言うなれば自分達のサーバーへ強制的にアクセスさせるわけだ。通常は行くことの出来ない秘密の場所へ」



いやはや

久しぶりにリアルライフが充実していて…じゃあさようなら。

毎回おもう

うんうんうるせえ!うんうん要員多すぎだろ!っておもう。いつ聴いても。