軽井沢高原文庫 -23ページ目

軽井沢安東美術館に行ってきました。

 クリスマスが過ぎて、軽井沢は町全体が再び落ち着きを取り戻した様子です。周囲には先日降った雪がまだ残っています。昨日の気温は最高1.3℃、最低-5.9℃。 

 昨日から勤務先が年末年始休業に入りましたので、今日は、ふと思い立って、この秋オープンしたばかりの軽井沢安東美術館に行ってきました。

 藤田嗣治だけの美術館。場所は軽井沢駅から徒歩8分。この美術館のオープンにより、軽井沢には計15くらい、美術館が開設されたことになります。

 一通り、館内を見て回って私なりに感じたことがいくつかありました。

 まず藤田嗣治作品をまとめて見たのはこれが初めてでしたが、安東泰志氏夫妻がよくこれだけ多くの藤田作品を情熱を傾けて集められたことに驚くとともに、感銘を覚えました。作品収蔵点数約180点。

 藤田作品について言えば、女性・少女や聖母子などを描いた油彩画にもっとも魅力を感じました。「素晴らしき乳白色の下地」に加え、藤田は日本画の骨法もよく体得していたのか、それが藤田作品のオリジナリティーの重要な要素となっているようです。ずらりと並んだ猫の絵の描写もとても繊細でした。

 5つの展示室が、それぞれ全く異なる空間につくられています。この美術館のコンセプトの一つは「自宅のような美術館」。作品の多くは、もともと安東氏の東京・六本木と同・小金井市の自宅に飾られていたものだそうです。

 建物の外壁のブリック・レッドがとても温かみを感じさせてくれますね。英国から空輸した煉瓦だそうですが、触ってみると、意外にも表面がざらざらしていて、余計な加工を施していないようです。広い中庭もあって、素敵でした。

 館内を一巡して、まず思ったのは、もっと藤田作品を見てみたい!、ということでした。それは、展示物が少ないという意味ではなく、むしろ藤田作品に惹かれたということです。

 そして、私に宿題がいくつか、生まれました。一つ。藤田嗣治の代表作を見に行くこと。二つ。藤田が最後を過ごしたパリ近郊の住居兼アトリエ、メゾン・アトリエ フジタを訪ねること。三つ。藤田が壁画(フレスコ画)・ステンドグラスをすべて担当したという仏ランスの平和の聖母礼拝堂へ行ってみること(ここに藤田夫妻の遺骨が葬られています)。

 1階の「サロン ル ダミエ」に、約120年前に製作された美しい装飾の米スタインウェイのピアノが置かれていました。この明るい部屋で、時折、コンサートなどが行われるようです。

 なお、余談ながら、美術館のマネージャー(広報・学芸担当)の榑沼(くれぬま)範子さんは、昨年1年間、仕事をご一緒させていただきましたので、そのお元気な姿を見るのも今回の目的の一つでした。ヨーロッパに留学経験もある彼女は、展示にも関わっておられます。私以上にお元気そうなので、ほっとしました。

 皆さまも、この軽井沢安東美術館、よろしかったらお出かけください。 (大藤 記)

 

 


 

今年も1年間、ありがとうございました。

 本日12月25日をもって、軽井沢タリアセンは今年のすべての施設の営業を終了いたしました。今年も1年間、誠にありがとうございました。

 なお、軽井沢高原文庫はすでに12月1日より冬季休館に入っておりますが、そのほかの多くの施設は、年明けの1月2日から業務をスタートさせ、1月9日で令和4年度の全業務を終了いたします。(1月の営業日は2、3、7、8、9のみ。1月10日~2月29日は冬季休業)

 ここに、今日私が勤務していた明治44年館と、旧朝吹山荘「睡鳩荘」、塩沢湖の3点の写真を載せます。建物が雪に埋もれている様子も分かると思います。昨日降った約10センチの雪は、太陽光線ですこし融けました。

 最後に、皆さま、どうぞ穏やかな年末年始をお過ごしください。  (大藤 記)

 

明治44年館(深沢紅子野の花美術館)  *旧・軽井沢郵便局

旧朝吹山荘「睡鳩荘」

塩沢湖 (対岸にアントニン・レーモンド「夏の家」が見えます)

MAMPEIフェアウエル・ガラ コンサート&ディナー

 今日は冬型の気圧配置が強まって、北陸など日本海側に加えて、太平洋側でも局地的に積雪が増えているようです。

 軽井沢は今のところ快晴ですが、強風が吹いて大木を揺らしています。気温は最低-9℃、最高-2℃の予想。今季初めての真冬日となりそうです。

 さて、昨日は冬至でした。今日から日が伸びていきます。

 昨日、軽井沢の万平ホテルで開かれたMAMPEIフェアウエル・ガラ コンサート&ディナーに参加してきました。ホテルは2023年1月4日から約1年半、大規模改修・改築工事の為、営業を休止する予定で、改修前の最後のイベントでした。

 コンサートの演奏者は、ドイツに活動拠点を置くピアニスト、藤田真央さん(24)。藤田さんの生演奏は私は初めてでしたが、アルプス館ロビーを使い、70人ほどの聴衆を前に、ロマンティックで、かつ、力強い演奏には驚かされました。ふだん数千人の聴衆を前に演奏なさるのでしょうから、贅沢な時間でした。

 藤田さんは2019年6月、チャイコフスキー国際コンクールで第2位を受賞。2023年1月にはカーネギー・ホールでリサイタル・デビューをします。アンコール曲前の藤田さんのお話では、カーネギーでの演奏に向けての試験的な演奏は、先日の独シュロス・エルマウで行ったのに続き、2度目とのこと。カーネギーでの演奏を楽しみにされている方もいるでしょうから、ここに曲の詳細を記すことはさし控えたいと思います。

 ディナーのほうは、メインダイニングルームにおいて、万平ホテルオリジナルのフルコースメニューと芳醇なワイン。冒頭、万平ホテル料理長からメニューに関する丁寧な説明があり、さすが軽井沢を代表するクラシックホテルと感じ入りました。偶然、隣に座られた万平ホテル社長とあれこれ楽しいお話をさせていただきながら、記憶に残る一夜を過ごしました。 (大藤 記)

 

 

 

 

 

 

 

軽井沢は降雪と共に気温が下がっています。

 この数日、軽井沢は一段と気温が下がっています。昨日20日の気温は最低-8.4℃、最高2.7℃。一昨日19日は最低-8.4℃、最高0.6℃。この低温の要因の一つは、強い寒気が列島に南下して、3日前に再び5センチほどの雪を降らせたことでしょうか。

 ここに、3日前の軽井沢の各所を写した写真を4枚、載せておきます。1枚目はわが家の2階ベランダ(朝)。2枚目は私がいま土・日・月に勤務している明治44年館(深沢紅子野の花美術館)、3枚目は塩沢湖、4枚目は中軽井沢図書館前のイルミネーション(夕刻)。

 皆さまのお住いの所はいかがでしょうか。長野県の隣県の新潟県では、大雪による国道8号と17号の車の立ち往生が続いたようで、これは深刻な事態です。

 私は、このところ、夜は薪ストーブを焚いて燈火の下で読書などし、昼間は休みの日は外で薪割りなどしています。 (大藤 記)

  

 

  

軽井沢は雪が降りました!

 軽井沢は雪が降りました! けさの軽井沢高原文庫へ向かう小道の様子です。平地では12月5日夜に少し雪が舞って以来、本格的には初雪と言えます。皆さまの所はいかがですか?

 あすからまた北日本や日本海側を中心に全国的に寒くなるようです。軽井沢へ車でお越しの方は、ぜひ冬タイヤをおススメいたします。

 きょうは、一日かけて、軽井沢高原文庫本館の展示室と階段のワックスがけを行う予定です。すでに朝から館内を大型ストーブで温めています。 (大藤 記)

 

「通信」第100号発行

 このたび、当館の定期刊行物の一つ、「軽井沢高原文庫通信」第100号が発行されました。2022年11月30日。A4判12ページ。200円。

 内容は次の通りです。詩人の中村稔氏「ひっそり静かな北軽井沢・大学村」、政治学者・東大名誉教授の御厨貴氏「軽井沢と私」、東京外国語大学等非常勤講師の金子冬実氏「二階の人、葛原妙子の思い出」、建築家の三浦慎氏「森の散歩」。そのほか「生誕100年 ドナルド・キーン展―軽井沢と日本語の美」展示資料全データ、資料受贈報告①~④、感想ノートより、など。

 ちなみに、中村稔氏は来月、96歳になられます。三浦慎氏は、今回、軽井沢町新庁舎と複合施設の基本計画・基本設計者を選ぶ公募型プロポーザルで最優秀提案者に選定されたJV(設計共同体)の一人です。

 個人的には、まずは「通信」が100号まで到達できて、ほっとしております。

 ところで、当館はすでに12月1日より冬季休館に入っております。長い休みがあってよいですね、と言われそうですが、いやいや、まだやり残した仕事がたくさんあります。

 きのうは、道路沿いの大看板の撤去、立原道造詩碑や中村真一郎文学碑、案内地図板をブルーシートでおおう作業などを行いました。またきのうは、富山県立の「高志の国文学館」の生田美秋部長が来館され、再来年に同館で開催されるという展覧会の件で、資料協力の要請をいただきました。(大藤 記)

 

 

本日で今年度の営業を終了いたしました。

 軽井沢高原文庫は、本日11月30日をもって今年度の営業を終了いたしました。一年間、誠にありがとうございました。

 きょうは、きのう「軽井沢高原文庫通信」第100号が納品されましたので、友の会会員や関係者等へお送りするための封筒入れ作業をおこない、本日夕方、発送いたしました。

 おかげさまで、定期刊行物の一つの「通信」は、36年かかって、ようやく100号まで発行することができました。制作の継続の原動力となったのは、ひとえに会員の皆様やこれまで様々な形で当館事業にご協力をいただいた多くの皆様の存在であり、ここで改めて、心からお礼申し上げます。

 当館は明日から冬季休館に入ります。休館中のご連絡は、郵便、FAX、メール等でお受けいたします。

 あすから全国的に気温がぐっと下がるようです。皆様、どうぞ暖かくしてお過ごしください。

 次に掲げるのは、2日前の朝9時過ぎ、堀辰雄山荘を開けに行った際、撮影した当館裏庭の様子です。林床で生活する小さな植物たちも、ご覧の通り、たくましく生きています。 (大藤 記)

 

 

軽井沢高原文庫の今年の開館は11月30日までとなります。12~2月は冬季休館。

 軽井沢高原文庫の今年の開館は11月30日までとなります。今日を入れて残り3日。12月1日から来年2月28日までは冬季休館とさせていただきます。どうぞご了承下さい。

 軽井沢はもう冬枯れの景色になってきておりますが、お客様が変わらず足を運んで下さっています。

 今日は会員の金沢の女性が来館されました。子どもの本の仕事に長年携わってきたその女性は、今年9月、北國新聞社からエッセイ集『陽のあたる本棚 児童文学からのおくりもの』(星野ひかり著:筆名)を出版されました。おめでとうございます!

 昨日は、同じく会員で東京の女性画家の方が、妙高へ行ってきた帰りとのことで、来館されました。 

 3日前は、現在、全国各地で開かれている「萩原朔太郎大全2022」の実行委員会が置かれている前橋文学館の柴崎和子副館長と福田貫之副主幹がわざわざ展示を見に来られました。私は所用で東京へ行っていましたので、翌日、お礼のお電話をさせていただきました。 

 私事ながら、私は一昨日から家で薪ストーブを使い始めました。薪ストーブはじんわり部屋全体があたたまって、やはりよいものです。いつのまにか、椅子を薪ストーブに近づけて、本や雑誌を読むようになりました。

 まもなく軽井沢では平地に雪が降るでしょう。皆さまの所はいかがですか。どうぞお身体お大切にお過ごしください。

 なお、昨日、この夏に堀辰雄1412番山荘で行った「女流博物画家 メーリアンの世界」でお世話になった日光の新部公亮さんから、メーリアンに関して先週、NHK WEB NEWS で紹介されたことを教えて頂きました。興味のある方はご覧ください。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221125/k10013902391000.html https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221125/k10013902391000.html

 写真は、さきほど撮影した堀辰雄1412番山荘の現在の様子です。 (大藤 記)

 

 

  

 

 

 

 

 

深沢紅子の絵画作品をいただきに東京へ行ってきました。

 昨日、深沢紅子の絵画作品をいただきに東京へ行ってきました。写真は、朝6時半に軽井沢を出発した直後、江戸時代に女街道と呼ばれた道を走っていて、きれいな朝焼けに遭遇しましたので、撮影しました。

 今年に入って、東京都在住の3人の方から深沢紅子野の花美術館に対して、深沢紅子作品等のご寄贈のお申し出を頂戴しました。今回、その作品をいただきに、学芸員と2人で大きいレンタカーに梱包資材をたくさん積んで、うかがってきました。行き先は東京都大田区、同・武蔵野市、同・東久留米市。

 大田区田園調布のご婦人は、20年あまり前、展覧会で作品をお借りしたことのあった方で、懐かしい再会でした。25号と20号ほどのやや大きい少女を描いた油彩画を2点、いただきました。うち1点は、1985年の日本橋高島屋での「深沢紅子展」に出品された作品で、私は当時大学生でしたが、展覧会を見ています。

 武蔵野市吉祥寺の方は、深沢省三・紅子夫妻が1930年から第二次世界大戦中まで暮らした家のあった、道を挟んだすぐ向かい側で4代続く歯科医院を営まれている男性医師でした。この吉祥寺時代における深沢家には宮沢賢治や井伏鱒二らも訪れています。医師のご母堂を描いた油彩画などを2点、受贈。医師のご説明によれば、ご母堂は深沢紅子の最初のお弟子とのこと。

 3件目の東久留米の方は、やはり女性医師で、同じく医師のお嬢さんと共に病院でお待ちいただいていました。病院の診察室の壁に掛かっていた100号の佐々木薫さん(深沢紅子・孫、パリ在住)の油彩画を、われわれ男性2人がかりで慎重に外しました。この絵は開院の折、深沢省三・紅子夫妻がみずから足を運び、連れの人らとこの場所に掛けたとのことで、孫思いのそのエピソードにも心打たれました。病院はすでに閉院されていて、来春、お嬢さんが東京都内に新たに医院を開くとのことでした。私は、約半世紀の間、この病院を訪れた多くの患者さんがこの絵を目にされて、どれほど心を癒されただろうか、などと、フランス中部のトゥールの街を描いた青を基調とした素晴らしい大作を見ながら、しばし思いを馳せました。ほかに深沢省三と紅子の油彩・水彩作品4点も、いただきました。

 最後に、東京都練馬区内の深沢家にお寄りして、ご寄贈のご報告 をした後、帰路につきました。軽井沢に戻ったのは夜9時半を回っていました。

 なお、一昨日は、小説家・童話作家の鈴木三重吉の孫にあたる鈴木潤吉氏が横浜から用事のあった山形経由で軽井沢にお越しになり、私も軽井沢駅にお迎えにあがりましたが、潤吉氏のご母堂の形見という深沢紅子の油彩画を1点、やはりご寄贈いただきました。「すみれとレモン」という、小ぶりな、とても素敵な絵です。かつて、潤吉氏のご尊父、鈴木珊吉氏からは軽井沢高原文庫のほうに岩波書店版北原白秋全集揃いをいただいています。

 今回、ご寄贈頂いた絵画は、作品のコンディションを見ながら、機会をとらえて、順次、美術館で飾りたいと思います。 

 ここで、皆さまに対し、あらためてお礼申し上げます。 (大藤 記) 

 

読売新聞日曜版(2022.11.20)でA.レーモンド「夏の家」、堀辰雄山荘が紹介されました。

 読売新聞日曜版「よみほっと」(2022.11.20、「旅を旅して」)で、建築家アントニン・レーモンド設計の軽井沢聖パウロカトリック教会、アントニン・レーモンド「夏の家」が紹介されました。聖パウロ教会は旧軽井沢にあるカトリック教会、「夏の家」は軽井沢タリアセンに1986年に移設され、現在、ペイネ美術館として使われているA.レーモンドの元別荘兼仕事場です。

 軽井沢を旅することに関心のある方、軽井沢の別荘建築やキリスト教史などに関心のある方、よろしかったらご覧ください。2ページにわたる長い記事ですので、字が小さくなってしまいますが、ともかく画像を載せます。これは全国版です。

 執筆は、読売新聞文化部の藤原善晴さん。写真は読売新聞写真部の田中秀敏さん。

 なお、記事の中で、私も好きな堀辰雄のエッセーの一つ、「木の十字架」が紹介されています。また軽井沢高原文庫に移設されている堀辰雄1412番山荘にも少しふれられています。 (大藤 記)