前ブログの続きである。

平成10年、父が株で大損した。

で、住屋と事務所の2軒を売りに出していた。事務所の方に買い手がついたのだが、

銀行が私を連帯保証人にして父が金を借り、その金で事務所の借金の残金を払って根抵当を外し、

それから事務所を売れと言ってきたという。

それが以前(平成3年)事務所を抵当にして借金した時の約束事だと。(その時の連帯保証人は私である)

そんなやり取りの続きである。

母もその場にいたが、話は専ら私と父であった。

 

清巳「じゃあその時の契約書を見せて。」

二郎「そんなもんは無い。」

清巳「契約したんなら契約書はあるやろ。」

二郎「わしは金を借りただけで契約なんかしとらん。」

清巳「金を借りたということは、金銭貸借契約をしたということよ。」

二郎「金銭貸借契約なんかしとらん、わしはただ金を借りただけじゃ。」

清巳「金を借りるということ自体が金銭貸借契約なんじゃげ。こっちは大学で法律勉強して帰って来とんじゃけん、そんな訳の分からんことを言うても通用するわけないやろ。」

二郎「ほうか、ほんなら契約はしたんじゃろ。でも契約書は無い。」

清巳「銀行と金銭貸借契約をして契約書が無いことはないやろ。」

二郎「無いんじゃけん、無いんじゃ。」

清巳「じゃあ聞くけど、その契約の連帯保証人は僕じゃろ。(平成3年の契約のこと) 契約書に署名捺印せんと連帯保証人にはならんじゃろ。どうやって僕を連帯保証人にしたん?メモ書きにでも書いたん?契約書に書いたから保証人になっとんやろ。」

二郎「・・・・・・契約書はある。でもここにはない。」

清巳「じゃあ、どこにあるん?」

二郎「・・・銀行の貸金庫の中」

やっと白状した。

清巳「今度銀行に行って見てこうわい。」

二郎「ほんなら契約書を見たら、連帯保証人になってくれるんじゃのう。」

清巳「はっ、そんなこと一言も言っとらんじゃろう。連帯保証人なら僕じゃなくていいじゃない。住屋の今の借金の保証人の人にでも頼まんけんよ。誰が保証人になってくれとん?」

二郎「さあ誰じゃったかいのう?」

清巳「本当に覚えてないん?」

二郎「おう、国広じゃったかのう、吉尾先生じゃったかのう、覚えてないわい。」

清巳「多額の借金の連帯保証人になってくれた人を覚えてないん?それ酷いことない。」

二郎「わしが払う借金なんやけん、連帯保証人なんかどうでもええんじゃが。」

清巳「・・・・・・・・・・・・」

清巳「連帯保証人いうんは、契約者が借りた金と同額の保証をするということよ。」

二郎「そんなことは知っとらい。」

清巳「自分を信じてくれて、それだけの覚悟を持って連帯保証人になってくれた人のことを・・・覚えてないじゃの、どうでもええじゃの・・・よう言えるな・・・・人間としてどうかしとるんじゃないの?」

やり込められたからか、二郎は腹を立てて立ち上がり、私を睨みながら足をドスドス踏み鳴らしてどこかに行ってしまった。

 

母と二人だけになった。一息して母に言った。

清巳「父さんは酷いな、あれだけ自分が無茶苦茶なことを言っといて、自分の方が腹を立ててあんな態度で行ってしもた。」

すると、思いもよらぬ言葉が母から返ってきた。

良美「あんなに正しいことばっかり言うたらお父さんが追い詰まるやろ。正しいことばっかり言うたあんたが悪い。」

清巳「正しいことを言われて追い詰まるんは、本人が正しいことをしよらんからやろ。悪いんは父さんじゃろ。」

良美「いいえ、あんなふうに言うたら誰でも追い詰まる。あんなに正しいことばっかり言うてお父さんを追い詰めたあんたが悪い。」

 

父も父ながら、母のこの言葉には大きな衝撃を受けた。

母は私の言っていることの方が正しいと分かっている。分かっていて私が悪いと言う。

何で?最初は意味が分からなかった。

だが自分の興奮が冷めてくると、あることに気が付いた。

 

子供のころ、父の言うことは間違えている。父は酷いと母によく訴えていた。

その度に「清巳、お前はお父さんを色眼鏡で見ている。お父さんは優しい人よ。あんたがそれを分からんだけ。家の中ではお父さんの言うことが一番正しいのよ。」と何度も言われた。

そして私は自分の方が正しいと思うことに半ば罪悪感さえ覚えるようになっていた。

もしかしたらあのころから母は、私の方が正しいことを言っていると分かっていたのではないか。

母はそもそも正しいか正しくないかなど、どうでもよかったのではないか。

ただ父に逆らわない、機嫌を損ねない。

・・・・それがつまり母の安全安心・・・・

母は自分の安心安全を守りたい。それが母の最優先。

30年もの間の私の微妙な罪悪感が、この日氷解した。

 

 

 

平成10年、父が株で大損した。(ことを告白した)

 

何もしないで家で布団をかぶって寝ている父に代わって

父の友人で不動産業をしている仙谷さんに住屋と事務所の二軒を売りに出してもらうように頼みに行って数カ月経ったある日、

父から電話があり、事務所の方に買い手がついたという。

私はホッとした。

で、父が私に話があるので来てくれという。

何だろう、今になって売りたくないとでも言うのか?

と思いながら話を聞きに行った。

そこには父と母が待ち構えていた。

 

父、開口一番

「連帯保証人になってくれんか?」

清巳「はっ、何の?」

二郎「事務所には根抵当があってな、事務所を売るには銀行の了承が要るんじゃ。」

清巳「売らんと借金払えんと言うて了承してもろたらええやん。売れたお金は借金返済に必ず使いますと約束したら。」

二郎「銀行が言うにはな、お前を連帯保証人にして新たにお金を借りて、その金で事務所の借金の返済をして根抵当を外してから売れと言われたんじゃ。」

清巳「先方の買値を考えたら、事務所の借金は十分返せるんじゃけん、そんな面倒なことをせんでも同じことじゃろう。」

二郎「銀行がそう言うんじゃが。」

清巳「銀行の言うまませんでもええじゃない。要は借金を返せばいいんじゃろ。」

二郎「前にお前に保証人になってもろて事務所の金を借り換えたやろ。あの時そういう約束になっとると銀行が言うんじゃが。」

確かに平成3年くらいに父から、

『今金利が安くなっとるから、借り換えたら払いが少なくて済む。家族みんなのためになる。お前が連帯保証人になってくれたらそれが出来る。』

と言われて借金の借り換えの保証人を承諾したことがあった。

清巳「そんなこと僕は約束した覚えないよ。」

二郎「でも、銀行がそうじゃないと事務所を売らさんと言うんじゃが。」

清巳「じゃあ、その時の契約書を見せて。」

二郎「そんなもんは無い。」

清巳「契約したんなら契約書はあるやろ。」

二郎「わしは金を借りただけで契約なんかしとらん。」

 

ここからとんでもないやり取りになるのだが

長くなってきたので次のブログに続きを書きたいと思います。

 

 

 

以前のブログ【024】・【025】にも書いたが、私はよく父の従兄弟の矢内幸之助という人と比べられることが多々あった。

矢内幸之助さんは矢内家本家の長男、中学の時は私の父二郎の方が成績が良かったらしい(父の自称)

高校は首席で卒業し、京大に進学、卒業後大手繊維メーカーの研究所に就職、優秀につき企業が阪大の大学院に行かせたという経歴の持ち主である。

一方の二郎は分家の次男、親がなく中学卒業と同時に住み込みで就職、NHK学園の通信高校が最終学歴である。

 

私がもう30歳も過ぎたある日の会話である。

この話に至った経緯は忘れてしまったが、矢内幸之助さんの話から始まった会話だった。

私が何か努力をして父の従兄弟の幸之助さんを超えろという話になった。

 

清巳「なんで僕が幸之助さんを超えるとか超えんとかの努力をせんといかんの?」

二郎「家長の命令じゃ」

清巳「家長、家長といつまでも言いよるけど、分家の分家で家長も何もないやろ。」

二郎「お前は長男やからせんといかんのじゃが。」

清巳「長男も何も関係ないやろ。」

二郎「長男のお前は矢内二郎二世なんじゃが。」

清巳「矢内二郎二世なんかじゃない、僕は矢内清巳一世じゃ。」

 

うん、我ながら上手い返しと思った。すると

 

二郎「それはお前、道理に反しとる。幸之助は本家の長男じゃから本家の何世、和春兄(父の兄)は分家の長男やから義春(父の父)二世なんじゃが、わしは次男じゃから継ぐ上がおらんから、わしが初代になってお前が二世なんじゃが。」

清巳「何を訳の分からんことを言いよん。」

二郎「それが世の中の決まりなんじゃ。」

二郎「わしは幸之助より頭はよかった。じゃけど親がおらんかって進学できんかったから幸之助と大分差が出来た。けど、わしはそれから相当な努力をしてもうちょっとで幸之助を超えるところまで来た。でも流石に親のおる本家と親の無いわしの出だしの差は大きいけん、一代の努力では超えられん。お前がほんのちょっと努力しただけで超えられるところまでわしがやってきとんやけん、二世のお前が努力して本家を超えるんが長男の責務なんじゃが。」

 

長男の責務??

 

清巳「そんなこと興味も無ければする気もない。幸之助さんを超えたいんなら自分自身でやったらよかろ。」

二郎「わしがここまで努力しとんのにその努力を無駄にするんか。二世のお前がやらんで誰がやるんじゃ。」

清巳「人の人生はそれぞれの人の物じゃ。自分が幸之助さんを超えたいと思うなら自分でやってくれ。それは私がしたいことではない。父さんのしたいことじゃ。私の人生は私がしたいことに使う。それぞれの人の人生はそれぞれの人のためにある。それが本当の道理というもんじゃろ。」

 

この話は交流分析の件より後の話である。

いつも父の自分勝手な屁理屈に困っていた。が、もう一つ反論できないでいた。

『二郎が父、私は子、父の言うことは聞かねばならない。恩ある親に逆らってはいけない。』

という思い込み(刷り込み)が大分抜けてきた。

父の二郎に対して、私が子供である必要はない。

二郎が間違えたことを言うなら、私が父(CP)の心でそれを正して構わない。

そう思えるようになって随分心が楽になった。