父の株の大損からは何年も前の事、矢内電気の仕事を初めて間もない平成2年のころである。
その頃、うちの下請けで電気工事をしてもらっていた松江電気、その社長の息子の誠志さん。
ある現場で配線ルートがないからと、梁に直径8㎝の穴をあけて配線を通した。
梁は重要な構造物(建物の強度に関わる構造、耐震性に影響する)である。
それに穴をあけると建物自体が弱くなる。
その重大性を知っている他の職人が、「あれはやばいよ」と父に報告したのである。
父の二郎は「それはいかんな。注意してやらんといかん。」
ということで、私を運転手にして松江電気の事務所に向かった。
車の中で二郎は「あのバカ誠志が、おのれ、これと言うほど解らしちゃらんといかん。」
と息巻いていた。
私は、ああ、修羅場になるかな、その場にいたくないなと思っていた。
松江電気の事務所に着いた。誠志さんに向かって二郎は言った。
「やあ!誠ちゃん~職人から聞いたけど、梁に穴をあけたらいかんよ~」
な、なんと優しい一言。
ああは言っても寛大なんだなと思った。
帰りの車の中、父の二郎の息使いが荒い。はぁはぁ言っている。
体の調子が悪いのかなと思った瞬間、二郎が興奮気味にこう言った。
「あのバカ誠志が、あれだけ言うちゃったら解るやろ。」
私は運転しながらズッコケそうになった。
え、行きの車内で言っていることと、現実に相手に言ったことが違うだけでなく、
実際言った言葉やその雰囲気と、二郎の今の言葉と興奮状態は全くちぐはぐである。
なんじゃ、こいつ
ああ、二郎がはぁはぁと興奮するぐらい「言ってやった」と言っているが
言ってやったという現実とはあれぐらいのことなのか。
思わず私の口からこぼれていた。
「あれだけ言うちゃったらと言うても、『やあ!誠志ちゃん~』じゃったやない。」
それを聞いた二郎が激怒した。
「なんじゃーや、こらー」
事実を認めないのか、二郎の中ではそういうことになっているのか・・・・・・・
父と仕事を一緒にするようになって1年くらいの間に、ここまでではないが似たようなことが何度もあった。
私の二郎像が変わっていった。
本当は弱い人であったのだと。
子供のころは二郎が怖かった。何をするかわからない怖さがあった。
私が山に遊びに連れて行ってほしいと言った時の事、
二郎「ほう、山に行きたいんか、ほんなら二、三日休むと学校に言うて来い。」
清巳「平日にそんなことで学校に休むと言えんやろ。」
二郎「学校より親が偉いんじゃが。わしが言よんじゃが、学校にそう言え。」
良美「それは言えんやろ、お父さん」
二郎「ほんならわしが言うてきちゃるがー」
とものすごい剣幕で家を出ようとした二郎を、私と母の良美がすがって止めたこともあった。
あんなことしなくても良かったんだな。
二郎が横暴な態度が取れるのは、家族内だけなんだ。
私の中では内弁慶という言葉すらに収まりきらない。
二郎は本当は弱い人間だったんだ。
もう私には正体がバレている。
でも相変わらず私たちには横暴である。
三つ子の魂百までと言うが、正体が分かってもまだ怖かった。
気に入らないことがあると私に向かってイライラをぶつける二郎に対して、
「それは僕に向けておこることじゃないやろ。言うべき人に対して言って。」と言えるようになっていた。
もっともその都度二郎に逆切れされてはいたが・・・・・
そして、「わしは体が動く今のうちに社交ダンスの競技会に出たい。矢内電気の仕事は1年間お前が一人でやっといてくれ。」
と二郎は仕事をしなくなった。(工事の確認検査と職人にお金を渡すことだけはしていたが)
もちろん1年経っても仕事に戻ってくることは無かった。