平成10年、父が株で大損した。

事務所と住屋の二軒を売りに出した。

事務所は手ごろな金額(1600万円)だったので、すぐに買い手がついた。

しかし住屋の方は、なまじ大きな家だったのでなかなか売れなかった。

値下げしてでも売りたい気分だったが、不動産屋の仙谷さんが、「値下げしたらいかんよ。」と言ってくれていたので、ひたすら待っていた。

が、ついに売れた。

しかも5000万円、一切値下げなしに。

嬉しかった。本当にほっとした。

 

売れたは売れたで良かったのだが、母からこんなことを聞いた。

良美「家が売れて借金返した後、1000万円ほど残ったんよ。」

清巳「そうなん。残るとは思ってなかったけど、まあ高く売れて良かったわいなあ。で、それどうしたん?」

良美「お父さんが自分の通帳に全部入れた。」

 

元々の(父の株の大損より前の)住屋の借金のかなりの額を、母の退職金で返済していたと聞いていた。

とするなら、返済して残ったお金は母の手元に残らねばならない。

いやそもそも、母の退職金分は残らねばならないはずなのだが。

父は自分が株で大損したのだから、母はこの件に何も落ち度はない。(ゼロではないと後で分かったが)

私はこの時怒っていた。

 

今思えば、母がそれを私に言うまえに、父に言うべきだと思う。まあ言えないだろうけど。

或る意味、私がそれを聞いてなんらか動くことを期待して私に話したのだろう。

気に入らないけど自分で言えない。で、人を使う。そんなところか。

だがその時の私は、また二郎が道理に合わないことをしていると憤慨していた。

 

そして父の二郎に物言うことにした。

父からは想像を絶する屁理屈が返ってきたが、長くなるので次回に述べたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の、真由美さんの困った話の関連の話である。

父の二郎の浮気歴は数も期間もなかなかのものであった。

おそらくその最長のものが、前回書いたタンポン入りのポーチの持ち主である。

 

その彼女との逢瀬は金曜日の夜の事務所であった。

なぜ金曜日か?金曜日は私が空手を教えている日で、事務所で残業しないからである。

事務所と言っても、事務所付き住宅の一軒家であるから、事務所だけでなく、風呂も寝室もあって、ダブルベッドが入れられていた。

まあ手軽な場所で、金曜日なら安全ということだったのだろう。

 

しかしある金曜日、祭日だったため、いつも借りている会館がお休みで空手教室もお休みとなった。

その時期とても矢内電気が忙しい時期で、私は残業しようと事務所に入ってしまった。

すると事務所の奥の寝室の方から、悩ましい声が結構大きく響いている。

二郎がAVでも見ているのかと思ったが、二郎の靴の隣に見覚えのないハイヒールがそろえて置いてあった。

一瞬で理解した。

一緒に来ていた真由美さんと、音を立てずにこっそり事務所を後にした。

 

その寝室には大きな窓があった。窓を開けると隣の家の窓が約20㎝先にある。

仕事に疲れた時、私も寝室で休む時があったが、隣のお宅のテレビの音が丸聞こえであった。

我ながら、おせっかいにもほどがあると思うのだが、

ある日、二郎にこう言った。

「あの部屋は隣の家のテレビの音が丸聞こえでうるさいなあ。」

二郎は一瞬ですべてを察知した。

私に浮気が知られたということではない。

隣の家の音が丸聞こえということは、こちらの音や声も隣に丸聞こえであるということだ。

 

すぐさま二郎は私にこう言った。

「お前、防音材を買ってきて、あの窓に張り付けて音が隣に聞こえんようにせい。」

「いやよ、自分でやって」

とはねつけた。

親の浮気の声が隣に聞こえないようにすることを、なんで子供の私がせにゃならん。

 

しかし二郎はそれで引き下がらなかった。

「社長のわしが従業員のお前に仕事を言いつけよんやが、給料もらいよる立場でわしに逆らうんか。」

さすがにその時の私は、

「金曜日の逢瀬は知っている。自分の浮気の声が漏れんようにするのを我が子供にさせるんか。」

とは言えなかった。あらゆる意味で・・・

 

それを言えない状況で、

『給料をやりよるんやから、社長の言う仕事をやれ』

という二郎の命令に、対抗する手立てを思いつかなかった。

 

あの仕事は本当に嫌だった。

 

 

 

父の株の大損で、事務所と住屋の二軒を売りに出した。

先ず事務所が売れた。

その後、住屋も売れるわけだが、あれからもう20年以上が経った。

その住屋での事、母の言葉に私のパートナーである真由美さんがとても困ったと言ったエピソードがある。

それを思い出した。

 

かつて私はこの住屋の中二階で二足目の草鞋の仕事をしていた。

その仕事の手伝いで真由美さんも来ていた時の事、何かの用事で私はその部屋にたまたま居なかった。

そこに母の良美が階段を上がってきた。

お菓子とお茶を持ってきてくれたのだ。

 

真由美さんは

「ありがとうございます。この家も売りに出されていると聞いています。名残惜しいですね。」

というと、良美はこう返したそうだ。

「そうね、あの人は株やら何やら色々放蕩三昧してきた人ですけど、浮気だけはしなかったんです。」

 

真由美さんは絶句してどうしようかととても困ったそうだ。

というのも、父の二郎の浮気の経歴は、私が真由美さんに散々話していたからだ。

 

真由美さんは、いろいろ頭の中で想いを巡らせたそうである。

二郎の浮気のことを良美さんは知らないのだろうか?

本当のことを教えてあげた方がいいのだろうか?

ここには私(真由美さん)しかいない。私がここで話すべきなんだろうか?

でも「母は浮気のことを知っている」と(わたし清巳から)聞いているし、

私はどう返答すればいいのだろうか?

 

結局「ああ、そうですか」で終わったそうなんだが、あとで私にその様子を細かく説明し、

「私は言わなかったけど、教えてあげるべきだったんじゃないかと思う。」

と真剣な面持ちで言ったのである。

真由美さんは真面目で素直な人だなあと改めて思ったものである。

 

私は真由美さんに、

「良美さんは浮気のことは知っているはず。『二郎が浮気だけはしたことがない』と言うたんは、ある意味嘘ではないやろう。ただ、良美さんの心の中で認めてないのか、無かったことにしているのだと思う。」

 

続けて、

「前に事務所に良美さんが来た時、何かをずーっと凝視しとったんで、その視線の先を見たら洗面所のコップやった。そのコップには青と赤の二本の歯ブラシが入れてあって、それを2,3分ずっと見とったことがあったんよ。

それにね、最近この住屋に事務所に有ったはずの小さなポーチが置いてあってね、

良美さんに『このポーチ、事務所に有ったと思うんやけど、誰が持って帰ってきたん?』と聞いたら

『私が持って帰ったんよ。』と言うんよ。

そのポーチ、事務所に有ったとき二郎の物にしては女物の様だしとこっそり中身を見たら、タンポンが数本入っとった。

つまり良美さんは、タンポンの入ったポーチを事務所から持って帰ってきて、中身を抜いて、この住屋に黙って置いとるということなんよ。

浮気の事、知らんはずはないやろ。」

 

「じゃあやっぱり言わんで良かったんやね」 と真由美さん

「まあ、無かったことにするんは、認めたら辛すぎるということやろうから・・・」 と答えた。

 

もっとも、それ以上の意図を感じると言えば感じるのだが・・・

意識では、二郎の浮気は無いことにしたいのだろう。

それは母のこれまでの言動、行動などから間違いないだろうと思う。

ポーチの行動は無意識的にしているのだろうが、私は深堀して考えないことにする。