今思うと当時、一生懸命ないいお母さんに見られたかったんだなと思います | 子育てコーチング協会(旧:子どものこころのコーチング協会)

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こんにちは。

インストラクターの薮内ゆかりです。

 

 

 

うちの4番目の長女は現在、年少さん。

今年の6月にオムツが外れたばかりです。


寒くなってきたこの頃、トイレに間に合わないことが増えてきたんですね。


遊びに夢中になってギリギリ、トイレの目の前で出てしまう。


次男・三男のオムツ外しはスムーズだったため困ったことはあまりありません。


でもそういえば同じような光景を見たことがある・・・

過去に長男のトイレの失敗で怒ったことを思い出すきっかけになりました。

 

 

  長男のできたできないが私の通信簿のように感じていた


当時、長男は年少さんから入園予定。

園生活では布パンツで過ごすため、オムツが外れていないことに焦りを感じた私。

入園するまでトイレトレーニングに必死になりました。

・何度もトイレに誘う
・お兄ちゃんパンツを好きなキャラクター柄にする
・成功したらご褒美シール など

とにかく躍起になっていましたね。


遊びに夢中になるとトイレに誘っても頑として行かない。

足を交差させたり、体をくねらせたりするのにギリギリまで行こうとしないのです。

そして、間に合わずトイレ前で出てしまうことをくり返す。


失敗する度に、即座に私の怒りは爆発!でした。


「私の仕事、増やさないでよ!」

「トイレって言った時に行かないから、こうなるんでしょう!」


何度も怒るうちに、長男は漏らすと泣くようになっていました。

泣いている長男にも、私の文句は止まりませんでした。



オムツは外したい。

でもお布団を汚されるのも後始末が大変だから、入園後も夜だけオムツを続けました。

せめて周りから見える日中だけは、早く外せたように見せたかったんです。



今思うと当時、一生懸命ないいお母さんに見られたかったんだなと思います。


早くオムツが外れることはお母さんが頑張った成果だと思っていましたからね。


恥ずかしながら、子どものできたできないが私の通信簿のように感じていました。


 

 

  過去から見えてきた自分の本音


もう長男本人は覚えてないけど、当時泣きながら謝りました。

トイレの失敗は、私の長男への罪悪感を刺激します。

たくさん怒って悪いことをしたなと思い出すんですね。



ふと思い出した当時の怒り。

その根っこには何があるか、改めて見つめ直してみました。



当時夫は帰りが遅く、出張も多いため一人での家事育児。

頼れる親戚も近くにいない。

次男の重度食物アレルギー発覚後で、別でご飯を作る負担。

初めての幼稚園に向けての緊張感・・・



どんどん重い石が乗せられていくような、負担が増える感覚が思い出されます。



まず、

「私の仕事、増やさないでよ!」


この言葉から、

 やることがたくさんある私の大変さを分かってほしい
 
 誰も頼れず大変なんだから困らせないでほしい

という期待があったことに気づきました。



しかし同時に、

 うちよりもっと子どもが多い家庭があるんだから、大変なんて思っちゃダメ

と言い聞かせるような、心の声も聴こえてきました。



他には、長男がトイレに失敗することで・・・

 一生懸命やっているのにうまくいかなくてもどかしい、母として無力感でいっぱいだったんだな。

 私の子育て失敗を突きつけられている気がしてつらかったんだな。

 早く一人前になって欲しいという期待があったんだな。

このような当時は見えなかった、長男に対する期待や本音に気がつきました。




小さい長男に向けて大きなことを求めている自分がいたことに気づき、笑えました。


それでも当時の私は本気だったんですよね。



ここで自分の心の声を聴くコツなんですが、湧いてきた気持ちに良い・悪いのジャッジはしません。

そう感じた自分をそのまま眺めます。



長男を傷つけたかもしれないけど、私もそれだけ大変だったんだよね。



長男に怒った過去は変わりません。


でも年数が経っていても、親友に声をかけるように、

「大変だったよね」

「助けが欲しかったよね」

先程本音に出てきた自分の気持ちや欲求を、当時の自分に向けてかけました


するとね、自然と涙が出てきて、当時の必死だった私が少し癒された感じがしたんです。


 

  心の声を聴くことで得られるもの


自分の心の声を聴くようになってから、子どもの成長を親の評価として捉えることはなくなりました。


長男の時は、何もかもが初めて。

トイレ失敗だけはすぐに怒り爆発で、文句を言わないと気が済まなかった。

なので、トイレの失敗に対して共感して聞くことはできませんでした。



でも現在は、たとえ長女がトイレに失敗しても、怒る・咎めることはせず、

「漏れたら気持ち悪いね」

「トイレに行こうと思ったんだね」

と共感や代弁して、聞くことができるようになっています。




とはいえ、忙しいときや疲れているときに起こると、やはりイライラすることももちろんありますよ。

怒っちゃダメというわけではありません。

たとえ怒ったとしても、後からでいい。


怒りを通して自分の本音が明らかになると、感情に振り回されにくくなっていきます。



子どもが失敗すると、親はたいてい見ていられない。

できるなら失敗しないようにとつい先回りしたくなる。

親の負担も増えることであったら尚更です。



失敗ってネガティブな感情を抱きやすいし、大人が悪いことだとジャッジしてしまいがち。

私のように子どもの失敗が自分への評価に繋がると無意識に感じていたり、子どもに完璧を求めてしまったりすることがあります。



でもまずは、そのまま眺める。


大変だー
 →「大変だよね」

やることいっぱいでイライラするー
 →「やることが重なるとイライラしやすいんだな」

失敗するんじゃないかってハラハラ
 →「子どもが失敗すると思うとこわいんだな」


こんな風に自分を客観的に見て、心に湧いてくるつぶやき・声を聴く。

そうすると段々怒りがおさまってくるんです。


だから長男の時には怒ることしかできなかったけど、長女の失敗に私は怒らず、落ち着いていられるんだと思います。


現在のうちの子どもの人数は倍。

親の負担は当時よりきっと増えているはず。


それでも、当時の苦しさほど今は感じていません。

同じようにトイレの失敗があったとしてもです。


怒っても自分の心の声を聴くことで、自分と対話ができ穏やかでいられる。

そして子どもの話を聞くことで子どもと信頼関係ができているので、怒っても大丈夫だと思えるのです。



今後も子どもに怒ることはまだまだあるでしょう。

それでも別の時に子どもの話を聞く。

同時に自分の心の声にも耳を傾けながら、子どもを見守っていきたいと思っています。



最後までお読みいただきありがとうございました。




子育てコーチング協会

インストラクター 薮内ゆかり