【子どもが挨拶できなくてもいい。】
こんにちは。
子どものこころのコーチング協会
インストラクターの内海まこです。
私には5人の子どもたちがいます。
性格はそれぞれ違うな~と感じていますが、5人に共通していることが1つだけあります。
それは、全員が「恥ずかしがり屋」というところです。
今では上の子も挨拶できるようになりましたが、小さい頃は、モジモジしている姿を見て
「相手の目を見て!
相手に聞こえる声で言わないと挨拶の意味がないでしょ!」
「ご挨拶もできないなんて、恥ずかしいよ!」
と、イライラして怒っていました。
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挨拶が恥ずかしい?はぁ?
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怒っているときの私の頭の中はこうです。
「挨拶するのは当たり前だ。」
「挨拶しないのはいけないことだ。」
「相手の目を見て、相手に聞こえるようにハキハキと挨拶すべき。」
挨拶が恥ずかしい?はぁ?意味がわからない!!と思っていました。
どうしてこんなマイルールができたかというと、
私自身も子どもの頃、母に厳しく注意されていましたし、
きちんと挨拶したことで周囲の人に褒められたりもしていました。
挨拶できてよかった!という経験の方が私は多かったからだと思います。
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自分と子どもの感じ方は違う。
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このマイルールを
「挨拶できるに越したことはない。」
「挨拶できなくてもいい。」
と思ってみることにしました。
やってみて私自身の心は「嫌だな。」と感じました。
やっぱり挨拶は大事だと思うし、気持ちがいいので私はちゃんと挨拶がしたいのだな、と感じました。
ですが子どもの心はどうでしょう。
無理強いされて「挨拶するのは気持ちがいい、挨拶したい」と感じるだろうか・・・
そこで私は、子どもに対しては
この「挨拶すべき」というマイルールを緩めることにしました。
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「挨拶できなくてもいい。」
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現在、年少の次女は1才から今も同じ保育園に通っています。
毎朝、園長先生が交通整理のため外に立ってくれていますが、次女も上の子たちと同じ、恥ずかしがり屋。
3年経っても、なかなか挨拶することができません。
「挨拶できなくてもいい。」
そうマイルールを緩めていると、心がざわつかず、凪のような自分がいました。
「挨拶するなんて当たり前!」
と思っていたときは、心にストッパーがかかったように言えなかった、
「ママと一緒にご挨拶してみようか。」
という言葉がすんなりと口から出てきました。
私、子どもの心に歩み寄れるようになったかも、と感じました。
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できてもできなくても、私も子どもも価値は変わらない。
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たとえ今は挨拶できなくても、いつかできるようになるから大丈夫。
そう信じて、口をパクパクさせるだけの日、蚊の鳴くような声の日、恥ずかしくて何も言えない日。
そんな毎日をずっと過ごしていました。
ある日、いつものように腰をかがめて次女に
「じゃあ、ママと一緒にご挨拶してみようか。せーの・・・」
と、言うや否や、私よりも大きな声で次女が
「おはようございます!!」
園長先生もニコニコ、次女も嬉しそうにニコニコ。
「できた!」
と誇らしそうに舌をペロッと出して、保育園の門をくぐる次女の姿がありました。
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心のストッパーを外すと、世界が変わって見えた。
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それから、毎日挨拶するようになったか?と言うと、
そうは問屋がおろさないのですが・・・^^;
できるときと、できないときがあるよね^^;
大人でもそうだもん、と思って見守っています。
自分の中のマイルールに気づき、緩めてみると、
子どもに歩み寄る気持ちになれるものなんだな・・・と感じました。
また、挨拶ができようと、できまいと、先生は毎朝変わらず、笑顔で迎えてくださっています。
ずっと他人の目や、評価を気にしていたけれど
私も子どももそのままで大丈夫だし、受け入れてもらえていたのですよね。
挨拶できないのを見張って、怒っていたのは自分。
挨拶できないことを許さず、責めていたのも自分だけでした^^;
オセロがひっくり返るようにパタンパタンと黒が白へと。
住む世界がまるで変わったように感じた出来事でした。
最後までお読みくださりありがとうございました。
子どものこころのコーチング協会
インストラクター 内海まこ