太平洋のさざ波 18(2章日本) | ブログ連載小説・幸田回生

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読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 18

 柳本さんに誘われ、日産のSUV車、白いエクストレイルの後に付いてスイフトを走らせた。
 BAYFMは今日一日、海をテーマにした音楽特集のようで、
 サーフ・ミュージックに続いてハワイアンが流れている。



 海岸沿いから若干内陸に入って、車で走ること数分、
 ナビで見るかぎり和田浦駅の裏手側なのだろう、
 立派な日本家屋が建つ広い敷地に入り、エクストレイルはエンジンを止めた。
 隣にスイフトを駐めて運転席から降りると、柳本さんが声を掛けてきた。

 


「レンタカーで来られたんですか?」

 


「はい」

 


「この辺りで習志野ナンバーは珍しいので、つい見てしまいます。
 房総は袖ヶ浦ナンバーが定番ですから」



 犬の啼き声が響き渡り、視線を向けると、
 豪邸に家に付きものの番犬が白い体を震わせていた。

 


「よし!」

 


 柳本さんの声に従うことなく、不審者の俺に防衛本能をくすぐられたのか、大きな犬が犬小屋を引っ張る勢いで牙を剥いた。



「よし!
 これもよしの仕事のうちだから、大目にみてやってください。
 慣れてくると、尻尾を振って歓迎するのですが、
 今日のところはご勘弁を」

 


「秋田犬ですか?」

 


「よしは紀州犬です。
 秋田犬より少し小さいと言われています。
 よし、という、ちょっぴり変わった名前も祖父が名付けました。 

  俺が漁師になった年に貰われきてもう5年、もういっぱしの我が家の番犬です」



 四隅に銀色の石が植わった広い庭を柳本さんと歩いて、
「お邪魔します」と声を掛け、勝手口から家に上がった。


 広い和室に通され、中庭の様子を窺っていると、
「直哉、お客さんですか?」
 雰囲気が似ているおばあさんが姿を現した。

 


「ばあちゃん、こちらは漁協で知り合いになった吉田さん」

 


「はじめまして、直哉の祖母の克子です」 

 


 どこか上品なおばあさんは白髪混じりの短い髪で若々しいデニムのシャツとジーンズ姿だった。

 


「はじめまして、吉田と申します。
 初対面の柳本さんに誘われ、厚かましくもお邪魔しています」

 


「ごゆっくりと」
「それで、じいちゃんは?」
「つい今さっきまで、庭仕事をしていたけど」
 そう言うなり、おばあさんは和室から離れた。

「立派なお宅ですね」

 


「ありがとうございます。
 古くてでかいだけが取り柄です。
 夏はエアコンなしでも過ごせるくらいに涼しいのですが、
 海の上で暮らす漁師が情けないとお叱りを受けるのを覚悟で、
 冬はマンショに引っ越したいくらい寒さが身に染みます。

 


 俺は生まれてずっとこの家に住んでいるので井の中の蛙というか、少しは外の世界を見てみたいと思っている間に5月に結婚します」

 


「ご結婚おめでとうございます」

 


「ありがとうございます」

 


 柳本さんは恥ずかしそうに頭を下げた。

 


「結婚して、初めて実家を出るので、
 母や祖母の時代の女性のようで今から落ち着かない気分です」

 


「吉田さん、ご結婚は?」

 


「独身です」



「そうですか」

 


「柳本さんに言われるまで、正直、考えたこともありませんでした。
 ただ、サーフィンを誘われ、夕飯をご馳走になり、泊めて頂いた方が、僕より少し年長の勝浦に住む大阪出身者で今年の1月、
 ハワイで知り合いました。

 


 サーフィンが好きで房総に住むようになって、
 勝浦の隣町の女性と結婚されています。
 家は借家でこちらのお宅のように立派ではありませんが、
 あったかいというか、包み込むというか、
 家庭を持つのもいいかなと実感しました」



「そうだったんですね。
 房総の女はいいですよ。
 母も祖母もそうですし、吉田さんも房総の女と結婚すれば、
 間違いなしです」

 


「柳本さんの奥さんになられる方も房総の女性ですか?」

 


「それが!」

 


「違うのですか?」

 


「埼玉です。
 代々続いている漁師が海のない埼玉の女性と結婚するのかと、
 漁師仲間、先輩、同級生にからかわれることありますが、
 そこはぐっと我慢します。

 


 これも縁です。
 好きになったら、どこの出身かは関係ないでしょう。
 何も外国人と結婚する訳でなし、車で3時間も走れば、
 彼女に会えますし、ネタにされるのも慣れました。
 今は開き直っています」



「意外なことに、千葉と埼玉は地続きの隣の県です。
 僕も最近になって知ったのですが、
 テレビかYOUTUBEだったかは忘れましたが、
 千葉と埼玉の県境を巡る旅でした。
 新鮮である意味で盲点でした。

 


 僕もそうですが、どうしても東京に目が向きがちですが、
 千葉と埼玉はお隣さんですね」

 


「ありがとうございます。
 新たな援軍を得たり、戦国武将の気分です。
 そろそろ昼ですね。

 ちょっと様子を見てきます」



 柳本さんが和室を離れ、一人広い和室に取り残された。
 何畳あるのか、畳を数えている間に柳本さんが戻って来られた。

 


「吉田さん、祖父が見つかりました。
 まずは祖父からお望みの鯨の話を聞きながら昼飯を食べましょう」


 姿が見えなかったおじいさんと対面してお昼をご一緒にすると知って、それまでの寛いだ気分から一転、心臓の鼓動が耳元まで伝わってきた。

 


 そうは言っても、ここから引き返すことも出来ず、
 柳本さんの後から庭沿いの廊下を歩いた。


 
 一度右に90度曲が曲がって板張りの食堂に入ると、上下グレーの作業着姿の五分刈りの胡麻塩頭でガタイのいい老人が広いテーブルの中央で、椅子に座って待ち構えていた。



 高まる鼓動に緊張感が走り、肩が張って、体がこわばった。
 肩の力を抜こうと、深く息を吸って吐いて、呼吸を整え、
 開き直り、2メートル先の老人にしっかり聞こえるように話し掛けた。

 


「はじめまして、吉田と申します。
 西船橋から参りました、
 今しがた、漁協の前でお孫さんの柳本さんに声を掛けられ、
 厚かましくも、お宅にお邪魔しています。
 今日はどうかよろしくお願い致します」

 


「そうですか。
 わしは堅苦しい挨拶は苦手です。
 孫の直哉が連れて来た人なら、わしにとっても客人です。
 まずはここで昼飯でも食べて、ごゆっくり」

 


 老人は座ったまま、鋭い眼光を俺に向けた。



「吉田さんといわれましたか」

 


「はい」

 


「直哉の隣に座って、ばあさんの拵えた昼飯を食べてやってください」

 


「ありがとうございます」



 柳本さんと並んで老人の向かいの席に座ったおばあさんが家長用のお膳をテーブルに置くと、次ぎに、柳本さんの隣の俺のテーブルに膳を置いた。

 


「ありがとうございます」と、

 

 頭を下げると、柳本さんの膳が運ばれ、最後におばあさんが自らの膳を持っておじいさんのテーブルの隣に着いた。



「今日は息子と嫁は出掛けていますが、
 直哉が知り合いになった吉田さんが来られました。
 今からご一緒にお昼をいただましょう」

 


 老人の声に続いて、柳本さん、おばあさんと揃って、
「いただきます」と声を出した。


 おばあさんが拵えたくれたお昼の献立は漁師さんの家ということもあってか、ごはんに白身魚のお吸い物、白いたくわんの漬物とメインに魚の味噌煮。

 


 暫く、黙ってお昼ごはんを食べていると、
 早くも、食事を終えたおじいさんが大きな湯飲みのお茶を飲み干して口を開いた。



「直哉から聞きましたが、吉田さんは鯨に興味をお持ちのようですな?」

 


「はい」

 


「それはまたどうして?」

 


 一見、強面のイメージの外見からはほど遠い優しい口調でおじいさんが俺に顔を向けた。



「広島の田舎の出身ですが、
 今から20年近く前の小学校の低学年の頃、
 家族で隣の山口県の下関に行った際に水族館に寄りました。
 そこで鯨の標本を見て以来、少なからず鯨に興味を持っています。



 今年の1月、ハワイのマウイ島を周遊するバスで立ち寄ったホエラーズビレッジで吊された鯨の標本を見て、それまで眠っていた、子供心に抱いた鯨への興味に火が付ました。

 


 ハワイで出会い、僕にサーフィンを勧めてくれた方がこの先の勝浦に住んでいまして、先月、その方の誘われて、外房の海でサーフィンに興じたそのにお宅に泊めて頂きました。



 翌日、安房鴨川の次に和田浦に寄って海を眺めた後、
 和田浦の駅に戻り、房総半島の路線図を見ていたら、地元の声に声を掛けられ、この近くに道の駅があることを教えられ、
 道を迷わないようにタクシーを呼ぶと、
 女性の運転手さんにご主人のことを教えていただきました」



「弟の次男の嫁ですな」

 


「そのようです。
 吉田さんは来るべきして家にやって来られた客人です」

 


 柳本さんが相槌を打ってくれた。

 


「了解しました」

 


 そう言ったおじいさんの顔を窺っていたら、
 いつかどこかで見た顔を想わせた。

 

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