太平洋のさざ波 17(2章日本) | ブログ連載小説・幸田回生

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読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 17

 3月に入った。
 早いもので、今週末は彼岸の入りである。
 部屋の壁にピン留めしたカレンダーを眺め、
 どこに行こうと考えたあげく、和田浦漁港に行くことに決めた。

 


 ネットで調べると、JRの接続がどうにも悪く、和田浦駅から漁港まで少々距離があるので、レンタカーを利用することにした。


 
 ネット予約したレンタカーショップに到着すると、
 土曜日の早い時間も拘わらず、若い男性の店員さんが嫌な顔もしないで、免許証の提示、クレジッドカードでの支払い、保険の説明、車のチェックなど嫌な顔一つしないで対応してくれた、
 20代前半で俺より若い人に礼を言って、車に乗り込んだ。



 いつもはIKEAやコストコで買い求めた商品のため軽ワゴンを利用していたが、今回は同じ千葉県とはいえ距離のある和田浦まで遠出するので、スズキの白いスイフトを選んだ。
 車を運転するのはマウイ島を周遊して以来である。

 


 スイフトのエンジンを掛け、係の人に見送られて駐車場を出る前にナビの目的地を和田浦漁港にセットした。
 外房までのドライブが今、正に始まろうとしていたが、西船橋から和田浦までのルートが頭に入らないまま通りに出ていた。


 
 4月で西船橋に転居して丸2年になるが、基本的に東京暮らしの延長で都心で働きながら、住まい寝床は千葉で完全に東京暮らしのままだった。

 


 TVは千葉のローカルニュース、ラジオも地元のFMに耳を傾け、できるかぎり千葉に馴染もうと心掛け、いっぱしの千葉県民のつもりが、外房、内房に限らず、俺にとって房総半島は意識の外。

 


 ゲンさんと仲間たち、それに奥さんのタマミさん以外に千葉県内にこれといった知り合いもできず、
 もっぱら、学生時代、杉並在住の頃からの人間関係、仕事の中で生きる、千葉都民だったのである。


 スイフトは和田浦漁港を目指すナビが知らせるまま高速に入っていた。
 ナビのディスプレイに示されているようにこれから外房方面の勝浦か、内房方面の館山かの二つに一つで、館山を選択した。



 これには理由があって、和田浦の道の駅で鯨の定食ランチを食べ、館内を出て、もう一度、鯨の標本を見上げた後、
 和田浦の駅舎まで歩いて戻り、房総半島をぐるっと回る西船橋までの乗り継ぎに館山駅で下車した。

 


 海岸まで10分ほど歩く途中で、レンタカーショップを目にしたからである。
 館山からレンタカーで南房総をドライブする人が少なからず存在するのだろう。
 今日も館山まで電車で行って、レンタカーを借りようとしたほどである。

 


 何はともかく、このまま館山までスイフトを走らせるとしよう。

 地元BAYFMがサーフ・ミュージックを流している。
 ノースショアでゲンさんとサーフィンして以来、それまで見向きにしなかったサーフ・サウンドに耳を傾けている。

 


 イメージとしてカリフォルニア、ビーチ・ボーイズしか知らず、 贔屓にするミュージシャンやバンドはいないが、
 サーフ・ミュージックが流れいるだけで、海を感じられ、

 どこかしらポジティブな気分になってくる。
 


 サーフ・サウンドを友に、高速というのか有料道路というのか、 ナビが知らせるままに館山の手前で下道に降りた。
 ディスプレイに現れる房総半島の南端の白浜海岸に心を奪われながらも、今はまっすぐに和田浦漁港に行くべきだ。

 


 ゲンさんが子供時代に訪れたという和歌山と今住んでいる千葉は似た者同士なのだろう。
 東京と大阪という二大都市に隣接し、紀伊半島と房総半島を有しながら、東京と大阪を台風、海、風、津波などの自然災害から天然の要塞として守っている。

 


 白浜、勝浦というように同じ地名の町があり、規模はまるで違えど、成田空港と南紀白浜空港がある。


 館山からナビに身を委ねて30分も走ると、
 目の前に海が開け、和田浦漁協が現れた。
 想いの他、早く到着して、腕時計を確認すると、11時25分である。
 西船橋から2時間半足らずで目的地に着いた。

 


 これなら土曜日の午前中ということもあり、漁協はやっているかもしれないと淡い期待と不安を抱き、車が駐まっている所から一台分空けてスイフトを停め、エンジンを切り、車外に出た。
 胸を躍らせて、漁港の建物に足を向かわせた。



 建物に近寄ろうとすると、どこからともなく現れたグレーとベージュの2トーンのお洒落な作業服姿の長身で細身な若い男性に声を掛けられた。

 


「今日は休みです」

 


「土曜日はお休みですか?」

 


「やっている日もありますが、
 今日は波が高く、10時過ぎでみんな帰ってしまいました。
 くだくだしていた俺もそろそろ引けようかなと」

 


「そうだったんですね。
 アポも取らず、のこのこやって来たこちらが悪いんですけど」

 


「何か急用でもおありですか?」

 


「いいえ、先月、和田浦駅から道の駅まで乗った女性運のタクシー転手さんに鯨に興味があるなら、親戚が漁協関係者だと教えてもらって、今日、こちらに伺った次第です」



「鯨に興味がある?」

 


 意味深な表情で彼が言った。

 


「はい」

 


 俺は正直に応えた。

 


「若いのに面白い方ですね。
 俺も和田浦で5年間漁師をやっていますが、
 鯨に興味がある人に会うのには初めてです。
 どちらから来られました?」

 


「西船橋です」

 


「遠かったでしょう」

 


「そうでもなかったです。
 この先の勝浦に住んでいると知り合いの人にサーフィンを誘われ、初めてお宅を訪れたのが2月の末で、西船橋から外房周りで勝浦駅に着きました。
 

 午後からサーフィンに興じ、その日はお宅に泊めてもらって、
 翌日、電車で安房鴨川駅に寄って、和田浦駅で下車しました。

 


 海岸をぶらぶらして、駅に戻り、ぼーっとしながら壁に貼られた房総半島の路線図を見ていると、初老の方に声を掛けられ、
 近くに道の駅があって、鯨の標本があることを教えてもらいました。
 駅からタクシーを呼ぶと、女性の運転手さんでした」



「そのタクシーに乗って、道の駅に寄られた?」

 


「はい」

 


「道の駅のでかい鯨の標本を見て、鯨の定食でも食べられました?」

 


「その通りです」

 


「女性のタクシー運転手が言っていた親戚の漁協関係者とは祖父と俺のことです」

 


「そうでしたか。
 世の中、広いようで狭いですね。
 ということは、ドライバーの女性は?」

 


「祖父の弟の息子の奥さんです」

 


「そういうことだったんですね。
 僕は吉田と言います」



「俺は柳本です。
 吉田さん、これからの予定は?」

 


「今日は和田浦漁協に行くのが第一の目標でそれ以外は何も考えいませんでした。
 外れたら、外れたでしょうがない。
 その時は房総半島をドライブでもしようかと思っていたので、
 まったく予定はありません」



「それなら、俺に付き合いませんか。
 漁協は休みです、波が立って漁に出れませんから。
 その気になればいくらでも仕事はあるのですが、
 今日、ここで吉田さんにあったのも何かの縁です。
 祖父の家は俺の実家でもあるので、
 家で昼飯でも食べて、午後の予定を考えましょう」

 

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