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朝食のため階下に降りてフリースペースに寄ると、
昨夜の老人が色違いのTシャツ姿でテーブル椅子に座り、
知り会いと見られる少し年下に見える白人女性と親しそうにコーヒーを飲んでいた。
「おはようございます!」
今朝も彼の方から日本語で声を掛けてきた。
「おはようございます!」
俺も返した。
「これから食事ですか。
わたしはお先にパンと卵を頂いて彼女とコーヒーを飲んでいます。
こちらはニューヨーク在中のイタリア系アメリカ人のマリアさん」
マリアさんは俺に目を向け、小さく微笑んだ。
「こちらは昨日、知り合いになった日本の方で・・・・」
老人は茶目っ気たっぷりに笑顔を浮かべた。
「吉田と申します」
「吉田さんですか。
昨日は申し遅れましたが、わたしも彼女と同じくイタリア系でマイケルと申します」
「どうぞ宜しくお願いします」
日本語で言葉を返すと、マイケルさんとマリアさんが揃って小さく頭を垂れた。
マイケルさんもイタリア系だったのか。
二人から少し離れたテーブルでトーストにジャム、シリアルにミルク、オレンジのスライス、ホットコーヒーを飲みながらチラリ、 チラリと彼らの様子を窺うと、マイケルさんがマリアさんの手を握りながら親しげに語り掛ける様は素敵な熟年カップルのような気がしてならない。
二人に目配せしながら、俺はフリースペースを抜けた。
今日はザ・バスでオアフ島を巡る1日にすべく、
予定通りにアラモアナセンターに着いた。
マウイに向った前日、真珠湾帰り寄ったパールリッジセンターから乗ったバスでここを訪れていたので、フードコートにもショップに寄ることもなく、スムーズにノース方面のバス停まで進めた。
ザ・バスは住宅街を走っている。
今まで目にしてきた観光地ハワイが見せる表の顔とは一味も二味も違った、裏通りと言っては失礼になるが、
オアフ島のもう一つの顔のローカル感とも違う、
椰子の木に見られる南国チックな風景、
決して豪華ではないトタン屋根の平屋とプレハブのチープな家屋を後部座席から上目遣いに眺めていた。
時折、派手なスポーツカーを目にするにつけ、マウイ島でよく見掛けたフェラーリの跳ね馬を確認しようとしたが素早く逃げ去った。
バスがリゾートホテルの横を抜けると、
ハワイとは無縁な垢抜けない南方にいる錯覚に苛まれて、
突然、目の前に海が開けた。
バス旅のガイドブックとスマホの地図アプリで確認すると、
オアフ島の東海岸というか、北東の半島のような付け根の部分から北ないし北西方面に向っているの確認できた。
バスは海岸沿いを走っているにも拘わらず、
どうにも垢抜けない景色とごつごつした岩場の繰り返しで、
これから向かう予定のサーフィンのメッカと言われるノースショアの憧憬が崩れ始めていた。
退屈で欠伸が止まらず、つらつらと眠りに誘われ、後部座席でうな垂れ、目覚めると、数名の客がバスから降りていた。
次のバス停でも数名の客が降りた。
バスの窓に映る、どこかしら殺風景な景色も太陽の光に照らされた煌めいた海が覗えると同時に通りを歩く水着姿の若いカップルの姿が見える。
バスに乗って1時間近く経過している。
そろそろだな。
バスを降りる心持ちを整えると、男性の声のアナウンスが聴こえた。
運転手に一日乗車券を見せ、通りに出ると、それまで所々に目に入っていた海の煌めかしい景色も消え去った。
トイレに行くのをためらい、バスの中での水分補給を控えて喉がカラカラに渇いていたが、ナップザックのペッドボトルの水を飲むのをためらわせるほど砂埃が舞った。
もう二つ三つ前のバス停で降りるべきだったのかもしれないが、なるようになれと開き直るしかない。
何もない通りをバスが来た方向へ3分も歩くと、蜃気楼の只中にセブンイレブン発見した。
ホテルのある賑やかなワイキキビーチ周辺から一変し、
どこぞの僻地に迷い込んでしまったのかと、心も折れかかっていたが、セブンイレブンを発見し、知らずのうちに早足になっていた。
ホノルルに到着した当日、銀行街でバスを降りて以来のセブンイレブンである。
正直、うれしかった。
店内に入る直前、背中のナップザックを胸元に回し、
ペッドボトルを摘まみ出して、二口、三口と水分を補給して、
店内に入ると、エアコンの冷気に触れると、一気に生き返った。
日本より小粒なセブンの店内でサンドイッチ、クロワッサン、
目に付いた菓子を買い物籠に詰め、レジで払いを済ませ、
店を出ようとすると、
黄色い海パン姿でビーチサンダルを突っかけた、
どこかで見掛けた、ドレッドヘアーの男性が目に入った。
セブンに入って来るなり、
「あなたは?」
「お久しぶりです」
「ザ・バスの中ではぐれて、もう日本に帰ったとばかり想っていましたが、ここで再会したのも何かの縁ですね」
外見から想像できない丁寧言葉に戸惑いながならも、
「そうですね」そう言うのが精一杯だった。
「この近くでサーフィンしていますが、
良かったら、ご一緒しませんか?」
「サーフィンの経験はありませんが、僕で良ければ」
彼の魔力に引き寄せられ、思ってもいない言葉が出てしまった。
「そうこなくっちゃ」
そう言うなり、ドレッドヘアーの男性はセブンの狭い店内を巡り、さっさとレジ支払いを済ませた。
「さあ、行きましょう。
ザ・バスの中ではぐれた旧友と再会できたので今日は最高の一日になる」
セブンイレブンを出て、彼と一緒にカローラバンに乗り込んだ。
カローラはバスが来た道を辿るように逆行すると、
時折、乾いたアスファルトから通りの端から赤土っぽい小さな粒が風に舞った。
ハンドルを握るなり口を開いた彼によればバスの中で知り合った俺を誘い、一緒に車を借りようと想っていた矢先、SIMを買うためアラモアナセンターでバスを降りてはぐれてしまった。
付いて来てくれると思っていた自分の早とちりで、
こうして、ノースショアのセブンで再会するのも何かの縁だと。
そうこう言っている間に、セブン前からもう一つのセブンイレブンの前を通り、ビーチ側の駐車場に到着した。
「ここから歩いて5分で絶好の波が来ています。
サーフィンの経験はなくても、すぐに乗れます。
俺も高校生の頃までは、サーファーなんて気障なナンパ野郎だと想っていましたから」
「大阪出身でしたよね。
それにしては訛りがありませんね」
「大阪出身ですが、高校卒業して以来、プロのサッカー選手の夢を諦めてから、千葉の勝浦に住んでいます」
「勝浦といえば房総ですね?」
「そうです」
「今は西船橋に住んでいますが、僕は広島の外れの出身です。
波の静かな瀬戸内海沿岸の海の近くで育ち、海に馴染みがあるのですが、言い訳かもしれませんが、乗れるような波が来ないので、 サーフィンには縁がありませんでした。
房総といえば、学生時代、友人の車で深夜ドライブかたがた、
外房か内房がわからない海岸を訪れて、月明かりに照らされた、誰一人いない、静かな波のない深夜の海を見た切りです。
もちろん、自分で運転していなかったので、
どこをどう走っていたのかも覚えていません」
「そうでしたか。
出会ったバスの中で言いましたか、
俺は大阪南部の泉州地域の出身で岸和田のだんじりや少々ガラが悪いので有名ですが、一緒に乗っていたLCCが飛び立った関空の近くと言ったほうがわかりやすいでしょう。
あなた同様、海の側に育ったのですが、
さっきも言ったようにサーフィンなんてとバカにしていた口です。
サーファーがバカというより、俺がただのサッカー馬鹿でした。
外房の一宮から勝浦、和田浦かけてハワイにも負けないくらいの良い波がやってきます。
さあ、車を降りた」