愛の夢・・・17 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 17

 

 予定の2時を前に彼女が待つモルタルの階段下で僕の心臓の鼓動がジンと響いた。
 ドアをノックし、僕の声を確認すると、彼女のほうからドアを開けた。
 

 彼女は僕の目を見据える。

「本田です、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

 

 彼女の先制攻撃に、僕は不意を食らったように落ち着けなかった。

 

「結論から言います。
 数名の応募者の中から、

 今回あなたを採用することに決めたのは、わたしの直感です。

 

 先週、確かにわたしはあなたに経験は問いませんと言いましたが、 

 あなたは輸入家具の経験はありませんし、動機も不純です。   

 応募者の中には輸入家具の経験者や将来の独立を見据えてここで経験を積みたい、

 今やっている仕事を辞めてでもやりたという方もおられました。
 でも、わたしはあなたに決めました。
 

 あなたの履歴書を拝見する限り、

 あなたは大手証券会社にお勤めのエリートでしたね。
 エリートの方が、こんなちっぽけな、いつ潰れてもおかしくない会社を選ぶこと自体不自然な気がして、

 あなたの身元を少し調べさせていただきました。

 

 あなたが、ここに来られた目的は何ですか? 
 偶然、父とZ病院で隣のベッドに居合わせたから、という訳ではないんでしょう」


 

「面接でも述べた通り、

 それまで僕は金融関係の仕事に就きたいと考えていました。
 それが、あの求人誌の広告を見つけると、吸い込まれるように電話を掛け、

 この会社を訪れることになったのです」


 

「あなたは、嘘を仰っていますね。
 あなたが、わたしや亡くなった父、会社の事を探っているのは解かっています。
 わたしが調べたところ、あなたは素人さんのようですね。
 誰に頼まれ、いったい目的は何ですか?

 

 わたしは、今回の面接であなたを採用したのではなく、
 あなたをここに呼んで、あなたの目的を確認したかったのです」


 

「あなたが、そうはっきり仰ると気持ちの整理がつきました。 
 もし、採用されたらどうしようかと昨日まで迷っていたのです。 

 昨日の夕方、届いた速達を見てここに来る決心をし、
 そして今、腹が決まりました。
 

 僕の幼なじみがS署の近くの交差点で事故に遭い、即死しました。 

 あなたのお父さんが亡くなった前日です。
 彼は事故後、Z病院に運ばれ、

 その後S署裏のあなたのお父さんと同じ葬儀社の手で、

 そこの一室で孤独のうちに通夜、告別式を終え、荼毘され、

 今、遺骨となってS署に保管されています。
 そのことはあなたもご存知なはずです。
 

 彼は2年前まであなたのお父さんの輸入家具会社で倉庫係りとして働きそこを寮として寝泊りしていたからです。

 

 警察はあなたに確認したと言っています。
 彼の運転免許証の住所は、彼が寝泊りしていた寮、倉庫のままだったからです。
 

 彼はS署の地下で遺骨の引き取り手を待っています。
 このままでは、直に無縁仏になります。
 もう、彼に残された時間はわずかです。
 僕は遺骨の引き取り手を探しているのです。

 

 あなたは何か彼に関する情報をお持ちのようですね、
 これはまったく僕の憶測ですが。
 しかし、これだけは本当です。
 求人誌を見てここにやって来たのと、
 あなたのお父さんとZ病院で隣のベッドに居合わせたのは偶然だったということです」

 


「確かに警察はここへ彼の確認をしに来ました。
 面倒なので、彼が2年前までここで働いたと正直に話しました。 

 しかし、その後の彼の足取りは知らないと」

 

「でも、あなたはご存知のようですね?」

 

「あなたが面接に来て、履歴書であなたの身元を探る過程で、
 あなたと彼が幼なじみなのを知りました。


 

 彼はわたしの父の子供です。
 わたしの腹違いの弟になります。
 父は母を亡くして以来、男手一つでわたしを育ててくれました。

 でも、父は母を裏切ったのです。

 

 父は母が亡くなって暫くすると、

 教え子の女子高生に手を出して妊娠させてしまいました。
 その噂は校長、教頭、同僚、PTA関係者の耳にも届こうとしていた矢先、

 父は血のような物を大量に吐いて入院してしまったのです。
 十二指腸潰瘍でした。
 

 1ヶ月ほどで退院するとまた、

 血のような物を大量に吐き、今度は3ヶ月入院しました。
 妊娠した彼女は退学して学校を去りました。
 父はその年度いっぱい療養すると、新年度から別の高校に移りました。
 

 父は幸運だったのです。
 わたしは父が教え子に手を付け妊娠させたことを知っていました。

 その時、わたしは中学3年生でした。

 

 その後、わたしは父に内緒で彼女の行方を追いました。
 でも、解かりませんでした。
 その頃のわたしは、世の中に興信所のような便利な所があることを知りませんでしたから。
 わたしの知る範囲では、彼女から、彼から父に連絡はなかったようです。
 

 本当の事はわたしには解かりませんが。
 4年前、急に彼が父とわたしの前に現れました。
 自分から、父の息子、わたしの弟だとは名乗りませんでしたが、父にはそれとなく言っていたようです。

 

 わたしは、彼を一目見るなり、父の子供であることが解かりました。
 DNA鑑定をした訳ではありませんが、
 父の子供であることを確信したのです。

 

 でも、わたしは彼を弟とは認めませんでした。
 認めることができませんでした。
 母親が違っていたからだけではありません。
 父を彼を許すことができなかったからです」


 

「お父さんはともかく、彼に責任はありません。
 まったく責任はないんですよ。
 彼は子供の頃から、僕の実家の近所に住んでいました。
 両親も揃っていました。
 噂でおばさん、彼のお母さんの連れ子だと聞いた事はありますが」

 

「彼の母親は彼を生んで再婚したのです。
 彼は戸籍上、私生児です。
 父親の名前は彼が死ぬまで空欄のままでした」

「彼はどういう理由でここを訪れたのですか?」

 

「はっきりした事は解かりませんが、
 他に行く当てがなかったからではないですか。
 彼は身寄りがないと言っていました。
 両親は事故で死に、兄弟もいないと。

 

 わたしは彼を疑っていたので、彼の身元を洗いました。
 確かに、母親と義父は同じ日に亡くなっています。
 事故死とも自殺とも言われていますが、
 はっきりとした結論は出ていません」


 

「彼は、お父さんに会いたくてここを訪れたのです。
 どうしても、会いたくて訪れたのだと。
 そして、あなたにも会いたかったと。
 寂しさや打算ではないと想いますね。

 

 彼と家族は、地上げで街から放り出されました。
 もう10年近く前になりますが。
 それ以来、彼の消息を僕は知りませんでした。
 最後に彼を知ったのは、Z病院の売店で買った新聞の片隅に載っていた事故の記事です。
 それは、彼の死を伝えていました。
 彼は会社の経営状態やお父さんの病気の事を知っていましたか?」


 

「会社の経営が思わしくないのは、薄々感じていたはずです。 
 それで、わたしが彼を会社から追い出したのです。
 いろいろな難癖を付け、父を説得して」

「お父さんはそれを了承されましたか?」

 

「いやいやですが。
 その頃は会社を維持するのがギリギリで、
 父とわたしの二人で充分だったこともあります。
 最後に残っていた従業員が彼でしたから」

「彼はお父さんの病気を知っていたのですか?」

 

「父が亡くなる1週間前、あなたが隣のベッドの来られる前に、
 Z病院に突然現れ、わたしはあまりのことに腰を抜かしそうでした。 
 父は彼の居所を知っており、密かに連絡を取っていたのです。
 自分の死を前に彼に会っておきたかったのでしょう。
 二人は互いに手を取り合い、わたしの前で涙を隠しませんでした。 


 

 わたしは病室を出て、病院内のカフェで気を鎮め、
 30分ほどで病室に戻ると、彼の姿はなく父は静かに眠っていました。 
 それが、彼を見た最後です」

「彼の遺骨を引き取って貰えませんか?」

 

「それは出来ません。
 父の遺骨さえ母と同じお墓に納骨するかどうか、
 わたしは迷っているのです。
 父の遺骨は、今はお寺に預けてあります。
 それをどうするか、わたしにとって会社の再建と同じく、
 それ以上の大きな課題なのです」


 

「どうしても、彼の遺骨を引き取っては貰えないのですね?」
「わたしと彼は法的には赤の他人です。
 どうして、わたしが彼の遺骨を引き取る必要があるのですか?」

 

「法的に他人なのはわかります。
 あなたは先程、彼を一目見るなり弟だと確信した、ただ認めることができないだけだ。

 と、仰いました。

 あなたの本能が彼を認めても、

 あなたの理性が彼を認めることが出来ないと、言われているように、

 僕には想えるんです」


 

「あなたが、どう想われようと、あなたの自由です。
 彼と彼の母親の存在が、わたしを30年近く苦しめ続けてきたのです。 
 先週にも言いましたが、わたしは父の死を願い続けてきました。 

 それと同時に、まだ見ぬ彼と彼の母親の死をも同時に願い続けてきたのです。
 

 わたしは父から離れることが出来ませんでした。
 わたしは病んでいました。
 そして、今も病んでいるのです。

 

 高校生の頃から、わたしは病院通いを続けています。
 何軒もの病院を転々として。
 わたしは30年間原因不明の腰痛に苦しんでいます。
 わたしは30年間毎日、締め付けられるような腰の痛みに耐え続けています。
 

 いろんな検査を受けました。
 でも、原因が解からないのです。 
 現代の医療を持ってしても。 
 薬は一時凌ぎにはなっても、根本的な解決には程遠いのです。

 

 あなたに、この苦悩を解かってもらえますか? 
 勿論、解かってもらえないでしょうが」


 

「わたしは医者ではありません。
 素人が言うと、おかしいかもしれませんが、
 あなたが長年腰痛に苦しんでおられるのは、
 あなたが人を許してあげないからではないですか。

 

 あなたは30年間に渡って、お父さんの死を願い、
 まだ見ぬ彼と彼の母親の死も同時に願っていた。
 仰っていたことからも、あなたは必要以上に人を恨み続けてきました。
 

 もう、3人ともこの世にはいません。
 もう、彼らを許してやっていただけないでしょうか。
 彼の遺骨を引き取って貰う事は諦めました。
 あなたが、彼と彼の本当の両親を許して貰えるだけで充分です」

 


「わたしも、腰痛の原因には気づいていました。
 それは、彼が会社を辞めた時、わたしと父から離れた時です。
 腰痛の原因に気づいただけでは、どうしようもありませんでした。 

 原因が解かったことで、直一層わたしは苦しみました。

 

 腰痛も酷くなり、

 ベッドから起き上がれず仕事も出来ない状態が10日ほど続きました。
 父と彼を殺したのはわたしだったのかもしれません。
 わたしは、父を呪い殺しただけではなく、彼をも呪い殺したのです。
 

 彼の死を警察から聞き、異様な喜びの感情がわたしの心を覆い尽くしました。
 やっとこの時が来たと。
 わたしは父からと同時に腹違いの弟からも自由になれたと。
 わたしは神に懺悔し、感謝しました。
 

 その夜、わたしは夢を見ました。
 父と彼と彼の母親がどこか遠くでわたしを待っているのです。
 3人はわたしに何かメッセージを伝えようとしていました。
 メッセージは英語だったような気がします。

 

 でも、わたしには伝わりませんでした。
 わたしの母親の顔は見えませんでした。
 夢から覚めると、酷い頭痛で吐き気を催しベッドを汚してしまい、

 その日は一歩も外に出ることができませんでした。

 次の日から、幾分頭痛も軽くなり、仕事をここまで進めることが出来たのです」


 

「今日、ここに伺ったのは意義がありました。
 彼が無縁仏になることを受け入れます。
 僕は彼が納骨される警察のお墓に行くつもりです。
 もし、時があなたの気持ちを変えるようでしたら、
 彼に会いに行ってやってください。

 

 きっと、彼は喜ぶでしょう。
 今日は、これで失礼します。
 僕は自分が希望する金融関係の仕事を探すつもりです。
 あなたも、お父さんが望まれているという輸入家具の会社を再建してください」 


 

 僕がこのモルタルの部屋を出ると、低く垂れ込めた雲から稲光が轟き、駅に着くと同時に、あいつの涙のような雨が駅舎を激しく叩いた。
 

 

 ケイに面接が駄目になったことを伝えると、

 

「言わないことじゃないでしょう。
 あなたが輸入家具を扱うなんて無理に決まっているの。
 あなた、美的センス、ゼロよ。
 わたしが一番知っている。
 あなたは、得意な世界経済の展望でも考えていればいいの」


 

「彼女は、幼なじみの姉さんだった。
 お母さんが違う、腹違いの姉弟だった」

「あのおじいさん、あなたの幼なじみのお父さんだったの?」

 

「おじいさんは、あいつの父親だった」

「でも、訳ありそうな親子ね」

「あいつとおじいさんは、一日違いで死んだ
 あいつは、おじいさんが死ぬ一週間前にZ病院を訪れ、
 おじいさんが亡くなる前の日に交通事故で即死状態ながらZ病院に運ばれた。 
 

 二人は同じ葬儀社の手で通夜、告別式を別の所で済ませた。
 遺骨になっても居場所は別々だ。

 

 でも、それでいいんだと思う。
 彼らは、彼らの魂は同じ場所にいる。
 彼女がそう言っていた。
 親子は死んでやっと永遠なる場所を見つけることが出来たと、
 僕は想うんだ」


 

「わたしがあなたに病院で言ったことを覚えている?
 生まれる前から人の一生って決まっているものなの。
 人は死ぬと次生まれるまでどこかで待機しているの。
 あなたにも、そのことが、少しは理解できるようになったようね」

 

「僕も、ケイの哲学を少しは理解できるように成長したよ」

 

「そう、あなたはわたしのためにも生きなければならないのよ」



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