12
土曜日の午後4時前に、僕とケイはビーグルの雑誌を抱え、
お母さんの元を訪れた。
サムは柿の木にリードで括り付けられていた。
サムは僕を見つけざまに旧友にでも再会したかのように尾を大きく振り甘えるように甲高く啼き、
僕が頭を撫でてやると横になって腹を見せる。
僕はサムのリードを木から放して、首輪からリードを解いた。
サムは狭い庭をはしゃぎ回り、僕に飛びついた後、
また庭をかけ巡りケイの胸元に飛び込んだ。
これでケイとサムの仲は確実なものになるだろう。
サムの啼き声とはしゃぐ騒ぎでお母さんが僕らの到着に気づき玄関から出てきた。
「こんにちは」
僕が声を掛けると。
「ケンさん、待っていたの。この犬どうにかならない、
わたしの言うことをまったく聞かなくて」
「犬小屋もないようですし、餌は何をあげていますか?」
「とりあえず、縁側の下が犬小屋ね。あなたたちが来てから、
考えようと思って。餌なんて、わたしの残り物で充分でしょう」
「サムはいままで室内で買われいました。
生まれてからずっとそうだったと想います。
それにドッグフードしか食べたことがないとも想いますね。
カズさんと由香里さんは何か言ってなかったですか?」
「そういえば、これを食べさせて下さいと、
犬の絵の付いた缶詰をたくさん置いていったわ」
「それが、ドッグフードです」
「犬が缶詰を食べるなんて贅沢な時代ね」
「お母さん、ドッグフードを知らなかったの?」
「そんな物、知らない」
僕はサムを家に入れようとしたが、お母さんの猛烈な抗議を受け仕方なく、
柿の木に幾分緩めにリードを括った。
乱雑に積まれていたドッグフードを物置から居間に移した。
2ヶ月分近くの缶詰が空間を支配している。
「ここに置かれても邪魔なの。
それ、どうにかならない?」
「とりあえず、ここに置いているだけです。あとから整理します」
「お母さん、これ読んで少しは勉強しなさい」
「どうして、わたしが犬の雑誌なんか読まなきゃいけないの」
「お母さんにもサムを好きになって欲しいの」
「わたしが、犬を好きになる?」
「そうよ」
「そうです、サムはお母さんが思うほど悪い犬ではありません。
頭だって良いし、しっかり躾けられています」
僕はケイと共に嫌がるお母さんを連れ出しサムと散歩に出かけた。
もちろん、お母さんにサムのリードを持たせて。
サムはこの家に来て以来1度も散歩をしていない。
サムはお母さんを無視するかのようにリードを引っ張りぐいぐい歩いた。
お母さんの息が少し上がる。
サムは赤信号で停まった。
「この子、信号が解かるのね」
「サムはそれくらい、賢いんです」
サムは信号が青になると、お母さんのペースに合わせてスピードを落としお母さんと並んで歩くようになった。
「お母さん、サムをリードして下さい」
「そう!」
近所をぐるっと一周するとお母さんとサムは少しは打ち解けたのか、
家に戻ってくるとサムは軽く尾を振って、お母さんは緩く柿の木にリードを括った。
夕食前、お母さんがドッグフードを皿に盛りサムに与えた。
サムは久しぶりの晩餐を瞬く間に平らげ、満悦したのか、
「ワン!」と1回啼いて、お母さんに尾を振る。
明日からも、この光景が続いてくれる事を願うばかりだ。
お母さんが、どうしても家の中で犬は飼えないと主張したため、
僕とケイが折りてサムを外で飼う事を決めた。
この2つを交換条件として。
①1日2回、朝晩、ドッグフードを適量与えること。
②1日、最低1回は30分散歩に連れて行くこと。出来れば、2回散歩させる。
翌朝、僕はお母さんと伴にサムと散歩に出かけた。
昨日に比べ、お母さんのリードを持つ姿も様になっている。
サムは数回、僕の顔を覗いた。
僕は彼に目で合図を送る、お母さんがご主人様だと。
お昼前、近くのホームセンターでサムの家を買った。
帰り道、寿司屋に入る。
ケイがランチメニューを注文し、僕は久しぶりの寿司にありついた。
「お母さん、わたしね、家に戻って来ようと思ってるの」
「うれしいけど、ケンさんはどうなの?]
僕はネタが口から出そうになった。
「あなた、もう決めたんでしょう、実家に戻るって」
ケイの独断に僕は本当にネタを吐き出してしまった。
「わさびが効きすぎたの?」
僕は応えることができない。
ネタをティッシュに包んで皿の上に置くのが精一杯だった。
「いつ頃、戻って来るの?」
「ケンさんの仕事が決まり次第ね」
「そう、今から楽しみ」
親子の間で、僕たち夫婦の同居はもう決定事項のようだ。
実家に戻ると、ホームセンターからの配達が来て、サムの家が届いた。
僕はそれを縁側の前に置き、ペンキで『SAM』と書いて、
サムの城が今、出来上がったのである。