愛の夢・・・11 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 11

 

 朝になっても、僕は考え込んでいた。

「そこの、味塩取って」
「ああ!」
「ねぇ、昨日からどうしたの?」

 

「ああ!」

「まったく! 
 あなた、コーヒー飲んでるだけで何も食べてないじゃない。
 私の料理がまずくて食べられないとでも言うの」
「考え事をしていたんだよ」
「何を考えているの?」

「死んでいった男のことを?」


 

「死んでいった男? 2時間ドラマみたいね。
 あなた、馬鹿にして観ないでしょう。
 わたしは、ビデオで録画して暇な時観てるのよ、
 知らないでしょう。 
 連続ドラマは観なくても、2時間ドラマのサスペンスはしっかり、 

 観てるから、わたしに話してごらんなさい」


 

「幼なじみが事故に遭ったのが、僕の入院3日目の午後6時過ぎ、

 ケイが病院に来ていた時間だ。
 あいつはZ病院に運ばれたが既に死んでいた、即死だったという。 

 病院から連絡を受けたS署裏にある葬儀社があいつの遺体を葬儀社に運び、

 そこで通夜、告別式が行われ、荼毘された。
 遺体、遺骨の引き取り手がなく、今、S署の地下で無縁仏になるのを待っている。
 

 あいつが死んだ翌日、となりのベッドのおじいさんが死んで、

 娘さんが遺体を引き取り、同じ葬儀社が現れ、

 娘さんと黒のワゴンに乗ってY市の最乗寺で通夜、告別式が執り行なわれた。
 そして、中国人留学生が新聞配達中に当て逃げされ、Z病院に運ばれた。

 

 意識不明の重体のまま一昨日、息を引き取った。
 僕はそれをZ病院の集中治療室で見ていた。
 僕は遺体と共にその同じ葬儀社の古びた紺のバンに乗って葬儀社に着いた。
 そこで通夜を済ませ、昨日、告別式を終え火葬場で荼毘された」


 

「あなたは、探偵さんになるの? 
 仕事を探しているんじゃなかったの?」
「ケイが言った通り、じっくり自分に適した仕事を探しているんだよ」
「あなたに適した仕事とは探偵さんなの?」

 

「いや、金融関係の仕事に就きたいと思っているんだ」
「昨日からの考え込んだあなたを見てると、まるで探偵さんよ」

「ホームズに見えるかね? ワトソン君!」


 

「馬っ鹿みたい! 
 もう、こんな時間、急がないと遅刻するわ。
 わたしは暇な探偵さんに付き合っている時間はありません」
 ケイは食事を済ませると、バタンとドアを閉め家を出た。
 

 僕は食器を片づけ、洗い物をしながらもホームズのように続きを考えていた。
 考え込んでいたせいか、結婚記念にペアで買った僕のコーヒーカップを割ってしまった。
 右手人差し指の小さな傷と共にそのカップは短い命を終えた。

 バンドエイドを巻いてソファーに佇みラジオのエスノな音に身をゆだねる。

 

 パソコンのスイッチをONにしてメールをチェックした。
 数件のメールマガジンや登録していたウイルスソフト、

 プロバイダーからのメールと共に、月曜日に出した前の会社の同僚からのメールが届いていた。


 

『ケンからのメールを懐かしく読みました。
 ケンが突然会社を辞めたのは、僕が香港に出張していた時ですね。 

 それから、何度か電話でのやり取りだけでどうしているか、
 気になっていたんです。
 ケンの入院は奥さんから聞いて知っていました。
 退院前日だったと思います。

 

 ケンの性格からいって、組織の中でうまく泳ぐのは大変でしょう。 

 今はあせらず、チャンスを待つべきではないかと。
 ケンに合った仕事は限られているのかもしれませんが、外資ならケンを採ってくれるのではないでしょうか。
 いい情報があればメールなり電話で知らせます。
 ケンも外資の動きに注目していて下さい、S・Zより』


 

 僕はメールを読み終えると返信のメールを短く打ってパソコンをOFFにした。


 

『メールを有り難く読みました。
 この数日考えて、やはり、金融関係の仕事に就きたいという気持ちが膨らんできました。
 S・Zが指摘しているように、僕も外資を考えていたんです。
 近いうちに一度会って話しがしたですね、ケンより』


 

 僕は久しぶりに部屋の隅に追いやられていたアナログレコードを引っ張り出して、

 ターンテーブルに乗せた。
 デジタルとは違った温かく湿気を含んだ音が今の僕の心に染み込んでくる
 B面に返すと、針飛でカートリッジを軽く押した。
 尚いっそう、アナログな世界が僕の体内を駆け巡って気を自然体へと導いてくれた。

 

 レコードを2枚聴くと、葬儀に着たスーツをベランダに干し、
 エスノな音をBGMに冷蔵庫の残りの冷や飯を炒飯としてお昼にした。


 

 食後、鍵を閉めドアノブを確認し、Yシャツとタイをクリーニングに出して、駅前の本屋に入る。
 定期試験中らしく、数名の女子高生がアイドル雑誌の前で短いスカートから太い足を覗かせていた。
 ほんの3年前、ケイも女子高生だった。
 彼女たちは、ケイと同じ制服を着ている。
 その一人、1年前のケイと同じようなショートカットの娘が僕の横でハンカチを落とした。


 

「落としましたよ」
 彼女は気づかない。
「落としましたよ」
「え!」

 

「ハンカチですよ」
「あ! 本当。ありがとうございます」
「B女子高の生徒ですね?」
「ええ、何故ですか?」

 

「うちの奥さんがOGなんです」
「そうですか、先輩になるんですね」


 

 彼女は1年前のケイと同じように微笑んで仲間と共に本屋を出た。 

 僕はこの1年で、随分と年をとってしまったのかもしれない。
 1年前の僕なら彼女に恋していただろう。
 今の僕はショートカットの娘を見ただけで、もう、ときめきはしない。 
 

 ケイと結婚してより現実的になった、

 失業して事故に遭い少しは世間の厳しさを肌身で感じた結果、

 子供の、少年の感性をも失いかけている。
 悲しいけれど、大人になるとはこういうことだろう。
 僕は求人誌を一冊買い、駅の売店で英字紙を手に入れ、
 自宅でそれらに目を通しケイの帰宅を待った。

 

 

 ケイは「初心者にとっての犬、ビーグル特集」妙なタイトルの雑誌を抱え9時過ぎに帰ってきた。
 ケイはいつも学校で食事を摂ってくる。
 僕は一人夕飯を済ませ、風呂に入りビールに浸ってアナログレコードを聴いていた。


 

「これで、ビーグルを研究するのよ。
 お母さんとわたしたち用に同じ雑誌を2冊買ってきたよ」
「ケイ、僕たちもビーグルを研究する必要があるの?」

 

「当たり前でしょう」
「わたしは、実家に住むことを真剣に考えているの」
「この前、お母さんには僕がよければと、言わなかった?」

 

「そんなこと、言ったかしら」
「ケイは、都合の悪い事はすぐに忘れてしまうから」
「そんなこともないんだけど」

「今朝、僕のカップを割ってしまってね、すまない、悪いことした」

 

「あれ、結婚記念のカップでしょう。
 仕事決まったら、もっといいのを買ってもらうわ」
「駅前の本屋で、B女子高の後輩を見た、
 1年前のケイのようにショートカットで可愛かった」
「それで、ナンパしたの?」

 

「まさか、そんなに若かないよ」
「おじさん予備軍なの? 探偵さん」

 

 二人で雑誌のビーグルを眺め、その日はベッドに入った。

 

 次の日も遠出をしなかった。
 求人誌と英字紙からピックアップした数件の求人広告から、
 求人誌に載っていた、Y市の輸入家具ディーラー募集の広告に心を動かされていた。
 僕が求めている金融関係の仕事いういう訳ではないが、
 何故か僕を呼んでいるような気を感じだのだ。
 早速電話を掛けた。
 

 中年の女性が電話に出て、「MT商事です」

「求人誌を見た者ですが、まだ求人のほうは募集されていますか?」

「はい、まだ募集しています」
「よろしければ、面接に伺いたいのですが?」

 

「解かりました。今から外出する予定がありますので、
 月曜日の午後1時に来てもらえませんか?」
「わかりました、ぜひ、伺います。A・ケンと申します」
「A・ケンさんですね。お待ちしています」
「よろしくお願いします」


 

 僕は電話を置いて月曜日に面接を取り付けたことに安堵しながら、

 どうして輸入家具のディーラーなのか、

 合点がいかない自分をもう一人の自分が窓の外から眺めているような気がした。



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