愛の夢・・・13 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 13

 

 月曜日の昼過ぎ、求人誌の切抜きを頼りに「MT商事」を探した。 

 切抜きの住所は確かにこの辺りだ。
 Y市の中心部から裏通りに入った、下世話な地帯である。
 無人の競馬場外施設の外に無数の負馬投票券が落ちている。

 

 ターミナルの歓楽街をローカルにした風情は、

 ここに輸入家具を取り扱つかう会社の存在を想わせる要素は何一つない。
 切抜きの住所を数回見て、辺りの番地を再確認した。
 どうやら、この草臥れたモルタルの2Fが「MT商事」のようだ。 

 

 

 1時5分前にドアをノックし、僕はその輸入家具商社の面接に赴く。

 僕は、「はじめまして」と挨拶を済ますと、
「先週、面接の予約を入れました『A・ケンです』」と、名乗った。 


 

 スーツを着込んだ中年の女性がソファーに座ることを勧めてくれた。 
 僕は鞄から履歴書を取り出し、彼女に渡す。
 彼女は僕を見上げた。

 

「あなたは、Z病院に入院されていた方ではありませんか?」
「え!」
 

 

 僕は思わず声を上げ、彼女の顔をまじと見つめた。
 確かに彼女だ、僕の隣のベッドの、亡くなったおじいさんの娘さんだ。


 

「僕はあなたをターミナルのデパートで見かけました、
 Z病院を退院した日だった思います。
 それから、数日後、今度は妻があなたをY市の老舗のデパートで見かけ、

 声を掛けたと言っています」

 

「そうですか、あなたはわたしをあのデパートで見かけたんですね。 

 奥さんには地元のデパートで声を掛けられました。
 あなたのお見舞いに来られていた方ですね、若くて可愛い娘さんなので、

 あなたの彼女か妹さんとばかり想っていました。
 あまりに若くて可愛いらしいかったので」


 

「ここで、輸入家具を取り扱われているのですか?」
「これから、取り扱うといったほうがいいと思います」

 

「正直にお話しましょう。
 父は末期の胃癌であの病院で死を待っていました。
 約1年前にあのZ病院で手術を受けた時には、
 もう既に手遅れでした。
 お医者さんに持って後半年、手術直後に病状が急変するかも知れないとも言われました。
 

 幸い、手術後、抗癌剤が効いたのか2ヶ月で退院でき、
 しばらくは週一度の通院で日常生活に支障はなかったのです。
 わたしは、癌が完治したのではないか、

 お医者さんの診たては間違っていたのではないかと、想っていたくらいです。

 

 しかし、それも長くは続きませんでした。

 退院後、約半年が過ぎた頃です。
 父は急に吐血し、近くの病院に担ぎ込まれ、
 10日ほどそこで過ごし、Z病院に再入院したのです。 

 

 それから、ずっと亡くなる前日まであの病室で過ごしました。
 父が入院してから、あなたで隣の患者さんは3人目です。
 みなさん、退院されていきました、父だけを除いて。
 

 父は高校の英語教師を定年前に退職すると、
 退職金を元手に好きだった輸入家具の会社を興しました。
 会社が軌道に乗るまで数年かかりましたが、
 それからは順調に信用と業績を積み重ねてきたのです。
 

 しかし、バブル後のこの不況です。
 従業員数名の零細企業には荷が重過ぎました。
 わたしも経理を担当していたのですが。
 父の手術以降、開店休業の状態が続きました。
 お金が回らず、商品が底を尽きました。
 やむなく会社を整理、いえ倒産の手続きをとりました。   

 

債権者が殺到しました。
 父は近所の安宿を転々としました。
 わたしは、地方に逃げていました。
 

 

 直後に父が吐血したのです。
 わたしは、父の死を願っていたのです。
 父さえ死んでくれたら、どうにかなる。
 父さえ死んでくれたら、どうにかなると。

 

 確かに、大口の生命保険に加入していました。
 会社の保険にも入っていたのですが、そちらは諦めました。 
 父より先に会社が死んでしまいましたから。
 

 父の死を願っていたのは父の再入院以前、

 父が癌であることを告げられた時、いや、それ以前から、

 わたしは父の死を長く願い続けていたのです。
 これは、何も保険金が入るからだけではありません。

 

 わたしは、長らく父と二人暮らしを続けていました。
 母が早く亡くなり、父娘の暮らしは30年近くになります。

 わたしはその間、父を恨み続け、実際何度か父を殺そうと本気で考えていたほどです。

 

 夜中に包丁を持って父の部屋の前に立っていたことも1度や2度ではありません。
 父がトイレに起き、寝ぼけ眼でわたしを見つめ、

 

『こんなところで何をやっているんだ。風邪引くぞ』
 

 その言葉の後から、父を追い、

 トイレの前で背中10センチにまで包丁を突きつけたことがあります。
 

 でも、わたしは父から離れることができませんでした。
 理由はうまく説明できません。
 大学を卒業してからずっと父の会社で経理を担当し、結婚することもありませんでした。

 

 見合いは何度もしました、

 何度見合いをやったか覚えていないくらい見合いをしました。
 でも、一度もうまくいきませんでした。
 わたしに、結婚願望がなかったからではありません。
 相手先から断られたこともあれば、わたしが断ったこともあります。
 結婚を申し込まれたことも、数回あります。

 

 しかし、結婚まで踏み込めませんでした。
 理由はわかりません。
 どうして、結婚の申し込みを断ったかが。

 

 父は私の結婚を熱望していました。
 その死の直前まで。
 わたしは、恋愛をしたことありません。

 

 わたしは、父に縛れていました。
 わたしは、ある意味父の奴隷でした。
 わたしは、父を呪いました。
 わたしは、父を呪い、呪い続けて、胃癌で父を殺したのです」



 

 僕は言葉が出なかった。
 面接を受けにこの場所を訪れ、とんだ告白を聞かされるはめになった。 

 

「今日は面接に伺いました。
 先ほど、これから輸入家具を取り扱うと仰いましたが、
 会社の経営、僕の採用の件をお尋きしてもよろしいですか?」

 

「そうでしたね。
 わたしは、父が再入院した時から、

 父の死が近い事を確信していましたし、保険金が入ってくることも解かっていました。
 父に内緒で密かに新会社設立の準備をしていたのです。

 

 でも、それは父の死が前提でした。
 父が死んでくれないと会社は興せなかったのです。

 私は父の死後、すぐに動き出しました、猛烈なスピードで。
 ようやく、会社を設立し、求人広告を出して面接までこぎつけたのです。

 

 既に何人かの面接を終えました。
 あなたの面接が最後になると思います」


 

「失礼ですが、不況下で一度会社を潰されています。
 同じ輸入家具をやられて、成功する見通しはあるのでしょうか?」


 

「確実に成功するといえば嘘になるでしょう。
 わたしにはこれまで、父の下で培った経験がありますが、ずっと経理担当でした。
 ライバル会社、輸入家具の大手やフリーマーケットのアンティークも手ごわい相手です。

 

 既成の何代も続く老舗が潰れていく中、再出発はきびしいかもしれません。
 でも、どの業界にもあるようにこの輸入家具の世界にも隙間はあります。

 

 わたしに残されているのは隙間だけかもしれません。
 父が死んで何か憑き物が取れたような気がします。
 もしかしたら、父がわたしに残そうとしたものは、
 一度潰したこの会社ではないかと想えるようになったのです」


 

「そうですか、お父さんを亡くされて、寂しくないのですか?」
「まるで、寂しくありません。
 父が亡くなっても涙は出ませんでした。
 通夜、告別式、火葬場でも涙は一滴も出ませんでした。
 ただ、通夜の席で葬儀社の人に手渡された役所の書類を記入する際、

 手が震えてなかなか字が書けなかったのです。
 理由はまるでわかりませんが」


 

「もし、僕が採用されることになったら、この会社で何を担当するのでしょう?
 履歴書にも記載しているように、証券会社で顧客を担当していました。
 この業界とは縁がありません。 

 

 それまでは金融関係の仕事に就きたいと考えていました。
 それが、あの求人広告を見つけると、吸い込まれるように電話を掛け、

 この会社を訪れることになったのです。
 まったく不思議なのです」


 

「経験は問いません。
 仕事はわたしをサポートすることです。
 家具の仕入れから、営業、経理にいたるまで、すべてに渡って。 

 今回の採用は1名です。時期を見て1、2名のアルバイトを入れたい思います。

 よろしいでしょうか。
 採用結果は封書で通知します、1週間くらいみてください」

 

「わかりました」 

そう言うと、

僕はこの重苦しいモルタル造りの部屋を出て錆びの浮き出た鉄の階段を降り、駅に向った。


 

僕は部屋に戻りソファーで考え込んでいた、

間接照明に灯りを燈し、軽く夕食を済ませ、

アナログレコードの懐かしのロックを子守唄に彼女の告白を振り返りながら。
 

 

ケイの声がした。

 

「今日は灯りを点けているのね。
 それで面接はどうだった。ねぇ、尋いているの? 
 面接はどうだったかと尋いているのよ?」

 

「うん!」

「どうしたの?」

 

「驚いた!
 今日の面接で、彼女に会った。
 ケイがY市のデパートで声を掛けた、

 僕の隣りにいたおじいさんの娘さん、彼女が会社の社長だった」

 

「そうなの。 彼女、確か、

お父さんの後を次いで社長さんになると言っていたけど、

あなたが面接に行った会社がそうなの?」

 

「そういうこと。
 話せば長くなるけど、彼女のお父さんの会社は、Z病院に再入院する前に潰れていた。 
 お父さんが亡くなって、保険金を元手に会社を再建して、
 求人広告に僕が電話して面接に行った。
 掻い摘んで話せばこうなる」


 

「その会社、輸入家具を取り扱う会社でしょう。
 あなたは金融関係の仕事に就きたいと、
 わたしに言ってなかった、先週のことよ」

 

「先週、確かに、金融関係の仕事に就きたいとケイに言ったよ。
 僕もそう決めていた。
 それが、求人誌のあの広告を見たとたん、吸い込まれるように魅せられた。
 気づいた時には、もう電話で面接の予約を入れていた。 
 そして、今日の午後、会社を訪れ、彼女に再会したのさ」

 

「それで、面接はうまくいったの?」
「結果は1週間後、封書で通知するそうだ」
「採用されたら、あなたはその会社に勤めるの?」

 

「まだ、わからない」
「好きにしなさい」

 

 

ケイは突き放すように言うと、バスタブから鼻唄が聴こえた。



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